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嵐咲く  作者: 加藤無理
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徐の父親

 早朝。佐藤はロジャンとその家族に挨拶して別れた。近くに有る大きな公園の自動販売機の横に立って待つ。周りに人はいない。肌寒いが耐えられないほどではない。


 徐が二歩ほど離れた正面に現れた。佐藤は、

「お久しぶりです」

 と、挨拶した。徐は微笑む。空気が一変。気が付けば森に囲まれた村にいる。山の中にいるのか平野部とは違った匂いがする。台湾は低緯度に位置しているはずだが、意外と寒い。周りを見渡せば近代化された家も有れば伝統的な家も有る。


 徐は手で家を示して案内した。佐藤はついて行く。徐の家は大きい。近代化されているようだが、伝統的な雰囲気も残している。近くにいた人達が二人に振り向く。徐は気さくに挨拶する。佐藤も手を振る。


 中に入ると十人ほど座っていた。年齢も性別も体型も服装も様々だ。徐は振り向いた皆を佐藤に一人一人紹介した。名前や関係性を聴いたが、佐藤は覚えきれなかった。徐が終わって振り返ると佐藤は英語で自己紹介した。


 奥にいた老人が空いている所を示して二人を座らせた。徐の父親だ。隣にいる老女は母親。佐藤の正面にいる女性が流暢な日本語で、

「貴方の事は夫から詳しく聴いています」

 佐藤は驚きつつも、

「今回はお招きいただき、有難うございます」

 徐の妻は無表情だ。喜怒哀楽が読み取れない。妻の隣には十歳前後の男の子が不安そうに佐藤を見つめている。徐の息子だ。


 壮年期の女性が佐藤に水の入ったコップを渡した。佐藤は短く礼を言うと受け取った。それを眺めていた父親が淡々と語り出した。妻が通訳する。


 佐藤が黒人二人を殺害しただけではなく、中国に百個以上の台風を送りつけた事もこの村の人達は知っている。一方で台湾政府が規制しているので佐藤の存在を全く知らない台湾人の方が多い。徐には守秘義務が有るが、台湾政府は同郷にだけは打ち明ける事を許している。


 佐藤は父親と妻を見比べながら不思議そうに眉を寄せる。他の者達は佐藤の様子を黙ってうかがっている。


 「君から中国へ攻撃を仕掛けようと提案したらしいが、それは何故だ」

 父親が落ち着いた声で尋ねた。妻が無表情で訳す。佐藤は父親を見返しながら答えた、

「攻撃こそ最大の防御です」

 妻が目を大きくしながら訳した。皆、顔を見合わせる。父親の眼光が鋭くなった。母親は怯えた顔を徐に向ける。父親は右手で握り拳を作りながら低い声で、

「その思想で君達は滅びかけた」

 妻が不安げに訳す。息子の顔は引きつっている。佐藤は無表情で、

「私達の国は今、いつ滅んでもおかしくありません。何もせずに不戦と平和を唱える余裕は有りません」

 妻の目が泳いだが、妻は忠実に訳した。皆、不快を露わに声をもらした。徐は無表情。父親は人差し指を口に当てて皆を沈黙させた後、

「君は他国を道連れにしたいだけなのか?」

 妻が訳した。佐藤はゆっくりと頭を左右に振ると、

「いいえ。どんなに非道な歴史と先祖を背負っていても、私達は黙って滅びたくはないのです」

 妻が狼狽しながら訳した。佐藤の眼光が鋭い。女達は首を傾げた。男達は上半身を傾けた。父親は冷たい声で、

「他国を攻撃すれば滅亡が防げるのか?」

 妻は訳した。佐藤は指を組むと、

「防げませんね。けれども私が中国人ならば必ず日本を滅ぼそうとします。日本からの中途半端な謝罪や卑下は火に油を注ぐ行為です」

 妻は俯きながら、ゆっくりと訳した。男達は顔を見合わせる。徐は腕を組む。父親は、

「そう考える根拠は何だ?」

 妻は顔を上げて訳した。佐藤は、

「私達は世界に悪虐の限りを尽くした事を忘れてはいません。それが形だけの謝罪や自己嫌悪で解決出来るとも思いません」

 妻は不思議そうに訳した。父親は、

「開き直るのか?」

 妻が訳す。佐藤は、

「時には開き直るのも誠実です」

 妻が引きつった顔で訳した。男の一人が怒鳴った。息子がヒッと息を飲んだ。父親はまた人差し指を口に当てて静かにさせる。周りを見渡す。皆、不快と不可解で顔が歪んでいる。拳を固く握りしめている者も何人かいる。徐だけは無表情だ。佐藤は無表情のようで眼光が鋭い。父親は微笑み、

「君は面白い日本人だね」

 皆、驚く。妻が訳す。佐藤も目を大きくさせた。父親は明るい声で、

「誰か、酒を持って来てくれないか?」

 徐は立ち上がり取りに行った。皆、腑に落ちない様子でそれを目で追う。


 徐は戻って来ると、

「酒だ」

 と、差し出す。佐藤は、

「私が精神障害を理由に禁酒している事は以前に話したはずです」

 徐は落ち着いた声で、

「一口だけでも飲むべきだ」

 佐藤はじっと見つめる。皆、不安そうな面持ちで様子をうかがう。徐は酒を差し出したまま、セデック語で佐藤が精神障害を理由に酒を飲まないようにしている事を説明した。女達は口を塞いで動揺した。男達も目を泳がせている。父親は微動だにせず、佐藤を見つめる。


 佐藤はおもむろに受け取る。近くにいた男が遮ろうとしたが、徐が制止した。独特な匂いがする。佐藤は飲み始める。息子は怯えた様子でそれを見つめる。


 佐藤は三口ほど飲むと一度中断する。皆、動かず黙っているが、瞳が揺れている。佐藤は再度飲み始める。三口ほどでまた中断。肩を落として溜息を吐く。更に飲もうとする。父親が拍手して、

「もう無理しなくて良い」

 徐が訳した。佐藤は既に二口飲んだが止めた。徐が受け取る。半分も残っていない。皆、拍手した。佐藤は床を睨んでいる。

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