ココロ液状化ゲンショウ
心は液体で出来ている。硬く出来上がるはずの心は不安や怒りで波がたつと形を保てなくなる。
波が落ち着くまで、次の刺激は勘弁して欲しい。
波長は合わせているだけ。
波長が合うとはよくいったものだ。まるで自分と相手がひとつになったかのように混ざりあった、気がして心が落ち着いていく。呼吸の膨らみ、肩の上がり下がり、胸の打つ小さな鼓動と大きな脈動、手を繋げば血が入れ替わっていくような抜けた感覚がして、これが波長が合うことなのだと脳が理解していった。
「ねえ真由、今日さ、カラオケ行こうよ」
「いいね、梓」
呼吸はふたつ、真由が椅子の背もたれに伸びを押し付けて返事をした。梓は机にひじをついて、窓の外の夕焼けに顔を向けて、目線は真由の方を見ていた。制服の下にある小さな胸の膨らみが私と似ている、と感じて目線を外した。帰り支度をするように教科書をカバンに詰めて立ち上がった。
「じゃ、いこ」
梓は手を差し出した。その手を取った真由が自分に向けて彼女を引くように力を入れ立ち上がる。僅かに距離が縮まったことに、梓は頬が赤くなったのを隠すように真由を先導した、手を繋いで。少しばかり梓が前を歩いて、肩が触れない距離を保って階段を降りていった。
心は液体でできている。しかし形を保つことができるのは、本来の心は硬く出来上がるはずだったからだ。人間には感情があって、不安や焦り、怒りで波が立つと形を保つことができなくなる。
だから勘弁して欲しい、とも思ったのは梓だ。
「彼氏できたんだ」
「ガーン」
「え、なに」
「いや、何もない。彼氏? おめでたいね……」
「ありがとう。梓には一番にいいたくてさ。いざとなったらいいごのんじゃったけど、私がなにかいおうとしてるの察してカラオケ連れてきてくれたんでしょ?」
「んー、いいや、歌いたかっただけだよ。どんな人なの?」
梓は歌い明かせなかった。心は液体でできているから、もう彼女の心は形を保つことができなかった。だから、波が落ち着くまで、次の刺激は勘弁して欲しい、と思い、波長は合わせているだけなのだと知ったのだ。