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懐疑、色々。

あれから数日が経ち、世間はゴールデンウィークへと突入した。かく言う俺も例外ではない。


だが俺の生活に進展はない。学校がなければ外に出る理由がないからな。ふっ。

ガラケーを開く。

メールも着信もない。ふっ。


俺はこっちの世界に来て、母親以外誰の連絡先も知らない。そりゃ見ず知らずの相手からいきなり連絡が来ても怖いが、鳴らないケータイを見つめるのは、それはそれで虚しい気分だ。

ふっ。


「こんな事なら、雄也の連絡先でも聞いておくべきだったな。」


はぁ、と溜息をつく。暇だ。


……そういえば、もうすぐ母の日だったな。


俺の母親はここ最近出かけてくるねと言い残して、朝から晩まで帰ってこない。

何の報告も受けてないが、恐らく仕事だろうな。

決して多忙を極めているようには見せないが、俺にはそれが不安要素でしかない。

女手一つで育児をする以上は、多少無理を通してでも働いて稼ぐ必要がある。

そしてあの人はきっと、俺の為に稼いでいる。


自分の財布の中身を確認する。

え、八千円も入ってるじゃん。マジかよ。

社会人の俺が見ても少し嬉しくなる金額だ。


「よし、これだけあれば安心だな。」


そんな母親を、たまには労わってやろう。

母の日ってのは気持ちを伝えるのにもってこいの機会だ。


適当に私服を揃えて出掛ける準備をする。

雄也の家に寄って一声掛けてみるか……と思ったが、あくまでも私情が大きく、小っ恥ずかしい。

変に弄られるのも癪だしな。

と、そんな感じで俺は一人、隣の市にあるショッピングモールに出かけた。


それから数十分、自転車で街中のショッピングモールまで着ていた。


それにしても久しぶりに自転車なんて乗った、フラフラして危なっかしい。よくこんなものを平然と乗りこなしていたものだ。


駐輪場に自転車を停めて店内に入る。

決して大きくはないこのショッピングモールも、大型連休の真っ只中ってなると店内は大いに賑わっているようだ。

デートで来ているであろう若い男女、家族で来ているであろう子連れの夫婦、地元の連れだろう高校生たち等、目立つ客層はこの日を待ってましたと言うような集団客だ。

1人で足を運ぶ人は少ないように見える。ふっ。


俺の目的は母の日に母親へ贈るプレゼントの買い物だ。他人に興味はない。くっ。

店を見渡すと、さすが日が近い事もあってか

『母の日』

『プレゼント』

といった文字がよく散見される。この分なら、時間をかけずに買い物も済ませそうだ。

どの店にも、赤いカーネーションや、それに類似した花の飾り付けだったり、造花なんかが置いてある。

母の日と言えばカーネーションなんだろう。

だが果たして、母の日に贈るカーネーションの意味を知っている人間はどれだけいるのだろうか?


そんな事を思いながら、モール内に開かれた店を横目に歩いていく。


「ま、意味は何であれカーネーションってのは一番わかりやすいか。」


適当に寄った店で、赤いカーネーションの造花を手に取る。恐らくハンドメイドだろう、それぞれ形や大きさが若干異なっている。

こうも個性豊かだと、少し悩んでしまう。


「母の日のプレゼントをお探しですか?」


ふと顔を上げると、若い女性の店員がニコニコと話しかけてきていた。


「あぁ、まぁそんなところです。」


「いいですね!素敵です!お母様も、きっと喜ばれますよ!」


「ははは、そう言って貰えるとこちらも嬉しいですね。」


そんな会話を交わして、赤いカーネーションの造花を一本手に取ると、店員さんから


「是非、日頃の感謝を伝えて上げてください!」


と、これまた満面の笑みでもう一本の造花をおまけしてくれた。素敵な女性だな。

さて、手持ち金は残り七千五百円くらいか。


次の目的に向け歩みを進める。


今目の前に見えている、ゲームコーナー。

中には子連れ客が多く、様々なゲームを楽しんでいるようだ。一人で入るには少し緊張するな。


とりあえず、自然体でいるために近くの両替機を探す。と、意外とあっさり見つかってしまった、と言うか両替機はそこら中に点在しているようだった。


流れるように両替を完了させ、緊張を隠しつつクレーンゲームのコーナーに赴く。

流行り物のアニメやゲームのキャラクターがモデルになったフィギアやぬいぐるみ、時折ポスター等が顔を見せている。その外れの一画に俺の目的はあった。

うさぎのぬいぐるみだ。


昔の記憶だが、母親と出かけた際にうさぎのぬいぐるみに目を惹かれていたのを見た覚えがある。どうせなら、形に残るものを贈りたい。

しかしどうしたものか、その筐体の近くでは、母の手を引く女児が欲しい欲しいとやいややいや騒いでるではないか。

そんな女の子の隣で一人ちょっと大きなお友達がプレイするのは気が引けるな。


しばし考え込んでいると、トントン、と肩を叩かれた。振り向くとそこには、一人の少女の姿が。


「……杉山くん……?だよね……?」


隣のクラスの中原優美さん……成人式で一度見たのが最後だが……


少し照れくさそうな顔をした、小柄で前髪パッツンセミロングの少女が上目遣いでこちらを見ている。

確かに。この容姿なら将来あんだけ美人になってたのは頷けるな。うんうん。


「お、おう、そうだけど、中原だったか?」


「うん!覚えてくれてたんだ!中学入ってからあまり友達もできなくて。ほら、私って多分影薄いみたいだから……」


「い、いやぁ?そんな事ないと思うぞ!ただほら、俺らはクラスが違うからな。あまり面識がないから。」


テンポの掴みづらい会話にドキマギしてしまう。中原も少し不本意そうな顔をしている。


「ええと、すまん。何か変なこと言ったか?」


「いいいいやいやいや、変なこと、じゃないんだけどさ。私、杉山くんと、一応小学校から一緒だったから……」


しまった!当たり障りなくを徹底するあまり中原と同じ出身校だった事が欠落していた!


「あぁあぁあ、小学校の頃の話ね!すまんすまん、中学上がってから小学生来の友達ってそんな話してないんだよね〜はははっ!」


……ちょっと強引すぎたか。中原は若干顔を赤らめているが、その表情からは何がなにやらと目が回っているように見て取れる。


「……おい中原、大丈夫か?」


目をグルグルと回した中原がふっと我に返る。


「あぁぁあぁだだだだ大丈夫だよ!」


「中原ってこんな感じなのか……」


「何か言ったかな?」


「いえ、別に。」


中原優美……俺の記憶では、中学時代には生徒会に属している超真面目ちゃんだ。

だから中原が言うような影が薄いって事もないし、このドキマギした会話も中原のイメージを崩しかねない。

あと気になる事と言えば……


「なぁ中原。お前1人で来てるのか?」


「ひぃえっ!はいっ!1人ですっ!」


顔を真っ赤に染めて答える中原。俺は別にナンパしてるわけじゃないんだが……


「あああああの、でででも、わわ私、そういうの初めてだから……あの……その……」


「いやいや落ち着け中原。そういう意味じゃないんだ。」


「ぇぇええ?何?何?」


「いやほら、お前って真面目なイメージあったからさ、ゲーセンに一人ってのはちょっと予想外と言うか……」


「あぁあああ!あははははは!あああぁあ私また早とちりしちゃったぁあぁあぁ」


また目をグルグルさせてしゃがみこみ悶える中原。

コイツこの調子でよく生徒会が務まってたな。


「中原、とりあえず落ち着け。周りの目もある。」


ハッ!とした表情でまた我に返る中原。そしてゆっくりと視線を上げて周りを見渡すと、自分に向けられた視線に気づいたようだ。


見る見るうちに顔を赤らめて蹲る中原。近くの女性陣たちが『かわいいー♡』なんて言い出しそうな顔で中原を見ている。なんなら言ってる人もいる。

そして……


『おい彼氏ちゃんとフォローしてやれよゴルァ』


と言った表情で俺を見ている。勘違いしないでくれよな〜。ふふっ。


「中原、まだ時間あるか?」


「ふぇぇえええ?時間??ああああるあるあるあるあるあるんじゃないかな!?」


「頼むから落ち着いてくれ。俺が欲しいぬいぐるみがあるんだが、取るのに少し付き合ってくれないか?」


「うううううんうんうんうんやるやるやる……!」


半ば強引にだが、その場から撤退する事が出来た。と言っても欲しいぬいぐるみがある筐体はすぐ目の前なのだが……


そこには先程ごねていた女児と母親の姿はなく、俺たちが気兼ねなくプレイ出来そうな状態で筐体が稼働している。


さっそく百円を入れてプレイを開始する。


レバーを操作して三本アームのUFOを動かし、ボタンを押して降下、キャッチ、上昇。

しかし、そう上手くはいかない。上に持ち上げたところでアームが力なくぬいぐるみを離してしまう。


「あ〜だめか。これは難しそうだな。」


「そうだね、確率が来るまでやるか、タグにでも引っ掛けられればいいんだけど……」


中原が突然饒舌に話し始める。


「中原、お前はクレーンゲームが得意なのか?」


「ええぇっ!!!」


目を泳がす中原。なかなかスムーズな会話ができないな。


「まぁいい。もし何かアドバイスがあったら教えてくれ。」


そう言いつつ、もう百円入れてプレイをする。

レバー操作、ボタン操作で先程と同じように狙っていく。が、またアームはぬいぐるみを手放し、放り出されたぬいぐるみがひっくり返る。はぁ、こりゃ俺には無理かもな〜。


「す、杉山くん!これ!取れる!かも!」


いや取れるの!?どこ見てそれ言ってるの!?


「中原、俺多分センスないから代わりにやってくれないか?」


「ええ!?私責任取れないよ!?」


驚きつつも、その目は輝いている。それはもうキラキラと。


「あぁ、俺は取れる気がしないからな。後は頼んだ!」


キラキラとした目で、しかし真剣な眼差しで中原がレバーを操作し、ボタンを叩く。


するとそのアームはぬいぐるみに着いている商品タグにするりと引っかかりそのまま上昇して景品獲得の穴まで運んできた。


「うぉおおお!マジか中原、思わぬ才能ここで発揮か!?」


思わず興奮気味に言ってしまうが、当の本人は少し照れ気味……と言うよりかは苦笑いをしている。


「おっと、すまんすまん。思わず興奮した。」


「こ、興奮!?」


また顔を赤らめる中原。何なんだこいつは。


「……もう突っ込む気にもならんな。」


「なななななななに言ってるのすぎすすす杉山くん!絶対ダメだから!」


目をグルグルとさせる中原。もう勘弁してくれ。


そうして、周りからの冷ややかな視線を感じつつ、俺は景品であるうさぎのぬいぐるみを取り中原を強引に引き連れてゲーセンを出た。



中原の手を引いて少し歩いて立ち止まる。


「はぁ……はぁ……」


中原は少し緊張を解すような面持ちで呼吸をしている。少し急かしすぎたか。


「すまんすまん。ちょっと早歩き気味だったな。」


「あぁ、はぁ……ごめんね、私こそテンパっちゃって。」


さっきの中原とは違い、少し照れくさそうに、しかししっかりとした口振りで答える。

まるで人が変わったようだ。


「いやまぁ、テンパったってレベルじゃなかったけど……」


「あはっ何か言った?」


笑顔で言ってくる。中原が言うと実際威圧より可愛さが勝つのが難点である。


しかし、それはそれとして少し気になる事がある。


「そろそろオヤツの時間だな、ちょっとその辺の店でも寄ってかないか?」


「んぇ?あぁうん。私でよければご一緒するよ!」


キョトンとした表情で答える中原。

という事で、近くにあった喫茶店に入ることにした。

店員に案内されたボックス席につき、お互いにドリンクを一つずつ注文する。

大した会話もないまま、注文したドリンクが席へと運ばれてきた。


「オヤツって言ったのに、ドリンクしか頼んでないね!」


無邪気な笑顔で中原が言ってくる。食べたいのか?おやつが食べたいんだな?


「あぁ、とりあえずな。何か食べたかったら好きに頼んでくれ!」


何か物言いたげな表情をしているが、本題はそこではない。


「中原、お前今日一人で来てたのか?」


突拍子もないが、この際いいだろう。思い切って切り出す。


「う、うん。一人……私、友達いないし……」


「いや流石にそれはないだろ!」


「ほ、ホントだよ!みんなお外で遊ぶのが好きだからね……」


うん?お外?


「私ね、こう見えて、ていうかどう見えてるかよくわかんないけど、実は結構オタクというか……普段は家でアニメ見ながらネットゲームとかずっとやってて……。」


「ぇぇぇぇぇぇぇぇえぇっ!」


めちゃくちゃ驚いたが、店内なので自重して小声で叫ぶ。


「うぅぅやっぱりヤバいよねぇ。好きなキャラが景品で出たらたまにゲームセンター来るんだけど皆ゲームセンターは友達と来てるみたいだしでも今日杉山くん一人でゲームセンターいるの見たから好きなのかなってついつい思い上がっちゃって声掛けちゃってそしたら何か私も気持ち追いつかなくてそれで……」


「ぉぉおおおいおいおい落ち着け落ち着け!

わかった、わかったから!」


早口で事情を述べる中原だが、何となく事情はわかった。


「中原、お前ケータイ持ってたりするか?」


「ええっ?ケータイ、一応あるけど……」


「メアド、交換しよう。」


「ええええっ!?」


声がでかい。この反応は結局素の中原って事なんだろう。


「いや、俺も少しゲーセンに興味が湧いてきた。もしよかったら今度教えてくれ。」


そう言うと嬉しそうに、真っ直ぐに俺を見つめてくる中原。その素直な笑顔に思わず見蕩れる。


「お客様2名様ご来店でーす!」


沈黙を破る2名様。

店員の掛け声とともに俺たちの横を通り抜ける2名様。

不意に顔を上げると目が合った。


「うおっ」

「…マジ?」

「なっっっ!!!!」

「え?」


そこには見慣れた少年と、あまり見慣れぬ少女の姿があった。

内訳を説明しよう。


俺「うおっ」

雄也「…マジ?」

清水「なっっっ!!!!」

中原「え?」


と。こんな感じだ。清水と中原は何故か驚きのあまり表情が固まっているような様子。


「「お前ら付き合ってんの!?」」


俺と雄也が同時に言う。


「「んなわけない!」」


雄也と清水が同時に言う。


「いやもう付き合ってるだろ!」


「いやいや待て待て和希お前も中原ちゃんとデートとか隅に置けないからな!?」


「「なっ!デーt!!!!」」


中原と清水が同時に言う。白目を剥きながら。


「いや、ちょっと一旦落ち着こう。」


そう言い、店員さんにお願いして4人同じボックス席に着いた。


あれから十数分、お互いの事情を説明して何とかこの場は落ち着いた。


どうやら雄也と清水は部活動に必要な物の買い出しに来たついでのショッピングらしいが、その説明中の目配せは正に隠し事をしている人間のそれだった。が、まぁいい。本人たちはお忍びデートってとこだろう。


「にしてもよ〜まさか和希が中原ちゃんとデートしてるとはねー。」


「いやだからデートじゃないっての!」


「「え、違うの?」」


雄也と清水が同時に言う。コイツら付き合ってるよな?


「何回言わせんだよ、俺と中原はたまたま会って、俺が無理言って買い物に付き合ってもらったってだけだよ。」


「……杉山くんは中原さん、が好みなんだねぇ〜意外〜!」


歯切れの悪い、少し曇りのある表情で清水が言う。


「確かになー和希から誘うって事は和希が中原ちゃんの事好きって事だもんなー。」


こちらは全く無神経に言葉を並べた様子。

それを聞いた清水と中原はそのまま顔面をテーブルに落とした。ガツンッといい音がする。


「お前ら、あまり俺をおちょくるな。

さっき説明した事情に嘘もないし裏もない。」


そう言うと、三人それぞれがため息をついた。


それからは何気ない世間話を交わしつつ、オヤツ(ドリンクのみ)の時間を過ごした。


小一時間程経過して喫茶店を出ると、何やら店内が騒がしい。別にやる事もなかったし、何かイベントでもあるのかと四人でその騒ぎの中心へと向かった。

騒ぎの中心へと近づくにつれて、イベントのような明るい騒ぎではなく、何か不穏な空気が漂ってきていた。


程なくしてその中心へと辿り着く。俺と中原が遊んでいたゲーセンの入口付近でそれは起こっていた。

ここにたどり着くまでにすれ違った人達は騒動が気になるらしく「ちょっと行ってみよ」なんて言いながらゲーセンの方に歩みを進めていた。が、ゲーセンからはその騒ぎを避けるかのように、時折悲鳴じみた声を上げながら出てくる客もいる。あまりの人集りで詳しい状況はわからないが、もしかして不審者が刃物でも振り回してるのか?


もう少し近くで見てみたいなと思い一歩踏み出した矢先、中原が俺の腕をガッチリと掴んだ。


「杉山くん、行かない方がいいと思う。」


かなり強ばった表情で、強く俺に訴えかけてくる中原。


「何の騒ぎかわかったのか?」


「ううん、よくわからないけど、他のお客さんも逃げてるんだよ?危ないよ。」


どうやら状況からそう判断している、と言ってはいるが中原本人はとてもそれどころじゃないような、切羽詰まった物言いで訴えかけてくる。

ここは素直に従うか。


「何か危なそうだから、俺たちも帰ろう。」


少し大きめの声で、雄也と清水にも声を掛けた。しかし、当の本人らはとても驚いたような、何かに恐怖を感じているような顔をしてその身を強ばらせている。


「おい、どうした二人とも?」


「あ、あぁ悪い悪い。つい何があったのかと見入っちまった。」


ふと我に返り返事をする雄也。清水は未だ怪訝そうな顔をしているが、どうやらこれ以上の詮索は諦めてくれたようだ。


そうして俺たちは踵を返し、中原に引かれるように足早にその場を離れた。

しばらく無言で歩いていたが、雄也の「これからどうする?」の一言で、とりあえずは解散。という流れになった。


雄也と清水は部活云々でまだ用事があるからと言って去ってしまったので、俺と中原が二人、家路に着いた。


「そういえば俺チャリで来たんだけど、中原は?」


「あぁぁええと、私は電車で来たから、電車で帰ろう、かな?」


わざわざ電車で来たのか。


「家はどの辺だ?」


聞いてみると、俺の家から少し離れているが十分送っていけそうな距離だった。


「二ケツしてくか?」


そう誘うと一瞬、中原の顔が真っ赤に染まる。


「だだだだダメだよ杉山くん!二人乗りは法令で禁止されてるんだから!」


「冗談だ。帰りは別々だな。」


そう言うと、中原はすん。とその表情に影を落としていった。


駐輪場に着くと、珍しく俺のケータイが鳴る。

画面を見るとそこには母親の文字。俺にわざわざ電話とは珍しい。


『もしもし?』


『もしもーしかずき〜?今お出かけ中?』


『あぁ、もうすぐ帰るけど、何かあったか?』


『あらそうなの〜何時頃帰るかなって思ってね!すぐ帰ってくるの?』


『いや、もうしばらく掛かるかな、小一時間くらいか。』


『え〜どこいるの〜?』


『隣の市のショッピングモールだよ、欲しいものがあったし暇だったからチャリで来た。』


『ふ〜んショッピングモールねぇ。デート?』


『いや違うって。彼女いないし。』


『またまたぁ彼女じゃなくったってデートくらいしてもいいのよ?』


まるで何かを見透かしたような言葉。

ほんっとに底知れぬ人だなこの人……。


『まぁ、適当な時間に帰るから。』


『わかったわ〜。あ、今日の夜鍋うどんも作りたいから、時間分かったら教えて〜!』


そう言われ、適当に返事をして電話を切った。

結局、俺がどこにいるのか知りたかったのか、晩御飯を伝えたかったのか、電話の意図は読み取れなかった。


すると不意に手を握られてビクッ!となる。

振り返るとそこには中原が立っていた。


「杉山!!くん!!電話!!お母さんから!?!?」


妙に迫力のある……いや中原が言うと可愛さが勝ってしまうが勢いのある姿勢で聞いてくる。


「あ、あぁ母さんからの電話だったんだけど……中原は電車で帰るんじゃなかったのか?」


「えっ!あぁええと、やっぱり、一緒に帰りたいな〜なんて……」


目を泳がせながら、そんな事を言う。


「二人乗りはダメなんだろ?」


「うん……危ないよね……。」


「……じゃ、歩いて帰るか?」


そう言うとちょっと嬉しそうに、その目を細めながら、うん!と頷く中原。

そうして俺たちは歩きながら、二人でその家路を辿った。


家路を辿る俺たちは、歩みを進めながら世間話をしていた。

しかし、関わり合いを持ってからまだ間もない二人ではその会話は長く持たない。


しばらく続く沈黙の時間……。

どうせなら少し気になっていることを聞いてみる。


「中原、俺とお前が話すのって今日が初めてだよな?」


「ええっ?うん。そうかな。そうかもしれないね。」


「お前、友達いないって言ってたよな?

それにしては妙に積極的というか、その、何だ?俺に話しかけたみたいにすれば、友達くらい出来るんじゃないか?」


そう言うと中原は少し俯きながら目を見開いた。何か言い訳でも考えているんだろうか?それとも……


「あのね、杉山くん。私ね……友達がいないのは事実なんだけど、その……」


歯切れが悪い。言葉を選んでいるように見える。


「中原、この際ハッキリ言ってもらっても構わないぞ。俺が疑問に思ったことで、その答えは俺しか聞いてないから。」


少し戸惑いながら、中原が口を開く。


「そう、だね。私ね、友達がいないのは事実なんだけど、欲しいかどうかを聞かれたら、素直に欲しいとは言えないんだ。」


「オタクだからか?」


「う〜ん……どうだろう?オタクの子って私以外にもいっぱいいると思うんだけど、決してオタク友達じゃなきゃ嫌だってわけじゃないの。」


少し考え込む中原。どうやら、俺の思っている以上に思慮深い女の子なのかもしれない。


「……ごめんね、そんな事聞かれると思ってなかったから、上手く言葉に出来ないや!」


そう元気よく答えた中原。その笑顔には、さっきまで見てた可愛さではなく、正しい表現かはわからないが『儚さ』を感じる。

きっと、色んな事を思い、色んな環境に耐えて生きてきたんだろう。


それからまたしばらくの間下らない話に花を咲かせた。


「杉山くん!!」


話にオチがついたところで中原が声をあげる。


「お、おお!?どうした??」


「ごめん!そこの道!そっち!」


どうやらお別れの時間のようだった。


「ああ、悪い悪い。じゃぁ今日はここまでだな。」


「そうだね。今日はお別れ。楽しかったよ!ありがとう!」


満面の笑みで手を振る中原。今日会うまでは、こんな人だとは思わなかった。とても無邪気で、可愛らしい。


「おう、また学校で会うかもな。」


「そうだね。それから……」


少し表情に影を落としながら、中原が続ける。


「さっき杉山くんが聞いた友達がいない理由ね、私なりに答えを出そうと思う。」


「いや、あまり思い詰めないでくれ。俺も深い意図があったわけじゃないからな!」


「ううん。それでも。今まで聞かれたこともなかったから。私はもうちょっと、言葉にする練習しないといけないと思う。」


「お、おお、じゃあ待ってる。」


「それじゃ!また学校でね!」


そう言い残し、小走りで去っていく中原。

言葉にする練習。彼女の言い残したそのセリフは、一般的に使い回されるような言葉ではない。

きっと、中原なりの考えがあるのだろう。


しかし、ここで気になってくるのはその考えについてだ。

確かに、辛い過去や経験から得られる物は人によって異なる。中原からはそれが顕著に感じられる。それくらい苦労してきたと会話から感じ取れてしまう。


だが、冷静に考えてもみろ、俺たちは今中学一年生なのだ。達観した子供もいる、なんて言われたらそれまでかもしれないが、俺の場合それだけで片付けるには少し、気がかりが多く残る。


「まさか、な。」


中原と別れたあと、しばらく考え込んでいた。

ゲーセンであった時は感じ取れなかったが、彼女との会話には違和感を覚える。

「初めて話すよな?」と確認すれば「そうだと“思う”」と返してきたのもそうだ。


まさか中原もタイムリープ者なんて事もありえるのか?


ただ、今までの世界の変わりようを見れば下手に動くと何が起こるのか予想できない。

中原がどんな立場であれ、早い段階で行動するのはやめておいた方がいいのかもしれない。


「っぶねぇだろガキぃ!前見て歩けねーのか!!!!!」


突然張り上がる怒声。

気付くとそこには怒りを顕にしたスキンヘッドの“いかにもな”中年男性が原付に跨りこちらを睨みつけている。

やばい、気付かないうちにボケっとしながらフラフラ歩いてしまっていたようだ。


「す、すみません。」


「何してんだよ、死にてぇなら一人でやれや!」


「申し訳なかったです!」


とりあえず平謝りでその場をやり過ごそうと試みる。中年男性の怒りは既に着火済みといった具合にその態度からヒシヒシと伝わってくる。


「ごめんで済んだら警察はいらねーからな。

お前みたいなカス轢いただけでこっちの人生が狂うんだわ。」


「……はい、ごめんなさい。」


怒りが収まらない中年男性の脇を、たまたま通りかかった若い男性が横切る。

こちらを一瞬だけ見るようにしてから、まるで自分は何も見ていないかのような素振りで男性はそのままスタスタと歩いて遠ざかって行く。


見て見ぬふり、触らぬ神になんとやら。

こんな“いかにもな”おっさん相手じゃ普通であれば関わりたくないだろうな。せめて警察くらい呼んでくれ!頼む!


「なんだよ、謝るんなら最初からやるなよ、なぁ?お前喧嘩売ってんだろ?」


そんな願いは露知らず、男はその原付を停め俺の方に近づいてくる。

はぁ……話の通じない相手は疲れるな……しかしどうしたものか、俺喧嘩だけはしたくないんだよ……


「申し訳なかったです、ほんと。ちょっと考え事しててふらついてしまいました!」


必死になって頭を下げて謝罪する。しかし中年男性は止まらない。その足取りから見るに、欲しいのは謝罪ではなくサンドバッグの方なんだろう。


そんな事を思っていると、自転車に乗り颯爽と現れる少年の姿があった。


「あれあれあれあれあれ!中道さんじゃないスカ!何してんスカ?」


軽い調子で近寄ってきた彼はそう、ポンコツ学生の宮澤くんだ。

どうやら中年男性こと中道さんとはお知り合いだったようだ。


「んだよテメェ?部外者が首突っ込んでくんなや!」


しかし、それが更に火に油を注いだようだった。怒りの矛先が、宮澤に向けられる。


「い、いや、すんませんそんなつもりじゃ……」


「黙れやぁ!てめぇよいつもいつもヘラヘラした態度でうぜぇんだよなぁ!」


「いや、すんませんほんとそんなんじゃ……」


「いやええから、お前ちょっと着いてこいや。」


「……はい。」


そう言って、二人は俺を残してどこかに去っていった。思わず安堵の息を吐く。


しかし、中学生に喧嘩を吹っ掛ける中年男性ってのはなかなかのもんだな……ま、原因は俺にあるんだけど、それにしたって大人気ない。


宮澤……。


彼がポンコツと呼ばれる理由が更に深くこの身に染みたわけだが、今回はそんなポンコツ具合に助けられたな。

お礼と言ってはなんだが、念の為ケータイで警察に連絡して今し方起こったことを説明しておいた。

無事でいてくれることを祈るよ、宮澤。ウンウン。

そうして再び俺は家路に着いた。


それからほんの数分歩いて家に着く。

玄関を開けると、何やらセカセカと部屋を片付けてる母親の姿が目に入った。


「……ただいま。」


「あ、かずきぃ〜おかえり〜!

これからお夕飯作るから待っててね!」


「あぁ、うん。そんなに急がなくてもいいよ。」


そう言い残して自室へと向かう。

懐かしい香水の香りが鼻につく。


さて、今日も今日とて予想だにしない事がありふれていた訳だが、その分収穫もあった。


ケータイを開く。アドレス帳には母親の他に中原優美の名前。

なんかちょっとこう、ドキドキするな。


「あ、雄也の連絡先……」


また聞くのを忘れていた。仕方ない、休み明け辺りに聞きに行こう。


それから待つこと数十分。


「かずきぃ〜出来たわよ〜のびちゃうから早くね〜!」


とリビングから母親の声。母の日はまだ先だが、まぁいい。今日揃えた品々を持ってリビングへと向かった。


リビングのドアを開けるとにこやかに俺を迎える母親の姿があった。

俺は顔を直視せず、持ってきたカーネーションとウサギのぬいぐるみを手渡した。


「はい、母さん。ちょっと早いけど母の日のプレゼントだ。」


そう言うと俺の母さんは珍しく……いや、今まで見たことないような顔をしていた。


嬉しいだろうか?喜んでもらえるだろうか?


一瞬見せたその表情からは何故か、悲哀に近い感情が読み取れてしまった。

しかしすぐにその表情は真昼の陽光を浴びる向日葵のような満面の笑みに変わった。


「わぁ〜!!!!かずきが買ってきてくれたの!?!?今日は記念日ね!!!!!」


なんかもう、その言動と仕草からは大人の女性とは思えないほど無邪気なものを感じた。



それからは、普段より明るく振る舞う母親と、他愛もない話をしながらうどんを啜った。

こんな日々が続けばいい。幸せすぎず、多少刺激がありながらも、最後には笑って話せる家族がいる。そんな日常でいいじゃないか。

俺は母親が見せるその満面の笑みを瞳に焼き付けた。

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