表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/57

移りゆくもの。

ジリリ!ガチッ!


ふっ。1000円ショップの目覚まし時計よ、元社会人をなめるなよ。俺は昔から朝は強い方なんだぜ。

決め顔で目覚まし時計を握る。たまたまアラームが鳴るのと同時に目が覚めた。自称朝には強い俺がリビングへ降りると母親が朝ごはんの支度をしていた。


「おはよ~かずき~。朝ごはんは私でいい?」


思春期の男子学生になんてこと言いやがる。


「今焼いてるその卵が食べたいかな。」


「も~つれないんだからぁ。」


むすっとした表情で料理を続ける母親。して、自称朝に強い俺も通学の準備をする。


「今日も寝坊してないのね~3日坊主にならなきゃいいけど~」


うふふと薄ら笑いをしながら母親が言ってくる。


「残念。俺は昔から朝は強いんだよ。」


「あんた小学生のころ好きだった女の子と遊ぶって言ってすっぽかしてたの、なんでだっけぇ?」


「うぐっ」


「お寝坊さんよねぇ?朝強かったかしらぁ?」


……チッ、ばれたか。そんな平和で俺には何のお咎めもなさそうな会話を交わしつつ、朝の支度を済まして、雄也が迎えに来て、学校へと向かう。

”こっち”に来てから定着しつつあるルーティンだ。因みにお咎めがなさそうな会話はこれが初めてだ。


学校に着くなり、雄也はまた部活と言って駆け出して行った。さてと、じゃあ俺も教室に……なんてことはしない。

昨日の一件もある。そして、この世界の成り立ちも謎だらけだからな。俺が行動すれば未来が変わると思っていたが、現実はそれ以上の異質さを突き付けてくる。

今しがた話していた雄也も、俺の母親も、今目の前で部活動に励む生徒たちも、もしかしたら何か裏の顔を持つ人間の皮を被った化け物かもしれない。なんて想像が嫌なくらい膨らむほどに、この世界は俺の知っている過去とは違う。


俺が過去と同じ行動をしていないから、違った出来事に遭遇するのは必然的だ。しかし、自然体であるはずの事象に対して抱くこの漠然とした不安感、恐怖感。そして、違和感。


世界や他人だけではない。自分に対しても抱いている、違和感。知りたい。知っておきたい。

俺には俺のできることがある。一晩考えて辿り着いたのはその答えは……


やっぱ雄也くん尾行かな!


だって知りたいけど手の付け方わかんないし~雄也なら尾行がばれたところで言い訳すれば許してくれそうだしな~。


そうして今俺は物陰に隠れながら、たまに靴紐を結びなおしてみたりして、極力自然体で後をつける。雄也だけではなく、周りにも尾行をしていると悟られぬように。

そっちのがスリルも味わえて楽しいね!


駆け出して行った雄也は真っ先にグラウンドへと向かう。確か陸上部と言っていたな。

陸上部は今、朝練前の準備体操をしている。

各々がペアを組んで、それらしいストレッチをしている。

グラウンドには陸上部以外にも、他の運動部がそれぞれの活動をしている。

しかし雄也はというと、そのストレッチ組の脇を通り抜け、グラウンドの端の方まで走って行ってしまった。

そっちには確か、使われているのを見たことがない古びた倉庫があったな。

体育の授業では使わなかったが、陸上部専用の倉庫か何かだろうか?雄也は倉庫の扉を開けて中に入ると、すぐにその扉を閉めた。

その一瞬、中に誰か他の人影を見た気がした。それに、道具を取るにしても中から扉を閉めるだろうか?不信感が募る。

追おうにも部活をやっていない俺が制服姿のままグラウンドを突っ切るのはさすがに尾行とは言い難い。

仕方がない。バレたら咎められるだろうが、校舎の裏手から体育館の脇を抜けて行ってみるか。


それから一旦教室へ鞄を置いて、身軽な状態で校舎の裏手に回る。幸い、この時間帯に登校した生徒はほとんどが部活に行き、教員も顧問として職務を全うしているために人目は少ない。


難なく校舎裏に辿り着き、そのまま体育館の方角へ足を向ける。そして、立ち止まる。


「ああ?聞こえねーんだけど??」


突然聞こえてきたその声に、一瞬バレたかと焦ったが、どうやら他の誰かがなにやら揉めている様子だ。


雄也が入っていった倉庫は体育館裏の一本道から回り込んだこの先だ、当初の目的としてはこのまま先に進みたいのは山々だが…。

ここで出て行ったら巻き込まれかねない。少し様子を見るか。


「…くは、…に…」


「だから聞こえねーって!!はっきりしゃべれやクソ殺すぞてめぇ!!」


突然張りあがる罵声。おお、こわ。


「いやマジで声でかいって。バレるバレるっ。」


へらへらとした調子でまた別の誰かの声。今のところ声だけで三人確認できる。


「んで!?どういうことか説明しろっつってんだよ!なぁ、何回言わせんだテメカスコラ」


いやいやいや怖いねぇ。口悪すぎでしょあの子。


「僕は…」


「ああぁ!?」


「僕は何も知らない!僕だって怖いんだよ!!」


震えながら、でもしっかりと聞こえてきた。


「なんだてめぇ?あくまでもしらきるつもりかぁ?ああ!?」


あんな怯えてる子に恐喝して……声と性格から察するに、罵声を浴びせているのは恐らくうちの学年のヤンキーの伊藤だろう。アイツは俺も好かん。

俺の記憶にもしっかりと残っている、他校にも名を知られているほどのやんちゃ君だ。


「ほんとに知らないのに!もうやめてよ!」


今にも泣きだしそうな声で被害者が言う。可哀そうに。


しかし残念、とてもとても助けてあげたいんだが俺もバレるわけにはいかないんでな。決して怖いわけではないぞ。


「…こいつぶっ殺すわ。」


その一言と同時、バコンバコンと少し鈍い音が聞こえてくる。恐らく手を出されているな。俺が直接行っても二の舞だ。

仕方ない、雄也の尾行はあきらめて大人を呼びに行くか。


「うわぁまじ?やめといた方がいいんじゃねーのー?」


去り際にまた、取り巻きであろうへらへらとした口調の男が言う。そこまで口出すならお前が止めてくれ!

そう思いながら、俺は教員を呼びに、校舎へと引き返した。


数分後、校舎に戻った俺はたまたま近くを通りかかった学年主任を見つけて今しがた起こったことを説明した。

俺がそこにいた理由も聞かれたが、


「校舎からしょっぴかれていくのを見てこっそり後をつけた、辛うじて伊藤君がいたのは見えました。」


ってな具合にごまかした。

学年主任はそこまで興味がなかったのか、俺が言い終わるより先に現場へと走って向かった。聞く気がないなら聞いてくるなよな。


俺もその後の展開が少し気になり、学年主任の後を追う。

この学年主任、ボディビルダーでもやってたのかと思うような筋骨隆々な体系をしている。

正面から見ても威圧感があるが、正直背中を追っているだけでも気圧されそうだ。そんな学年主任を味方につければ頼りになるってもんだ。


そうして、昇降口が見えてきたところで、校内に差す朝日を遮る一筋の影が目に入った。何を感じ取ったか、俺は近くにあった教室の扉を開け中に身を隠す。


「伊藤!お前何してたんだ!?」


学年主任がでかい声で聞く。

ビンゴ!伊藤だった!危ない、俺が一緒にいたら、チクったのが俺ってバレルからな。逆恨みなんてされたらたまったもんじゃない。


「あぁ?なんだよ。生徒が校舎にいて何がわりぃんだよクソゴリラ。」


この口の悪さ、やっぱりさっきのは伊藤で間違いなさそうだな。


「お前その手はなんだ?何で血がついてる?」


「は?お前になんの関係があんの?邪魔なんだけどどけコラカス」


「なんだその口の聞き方はぁ!!!!!!!」


あーあ、学年主任までキレちゃったよ。

廊下から学年主任と伊藤の怒鳴り合いが聞こえてくる。こりゃ収集つかなさそうだな。

俺は教室の窓からベランダへと出て、そのまま教室に向かおうとも思ったが、そろそろ多くの生徒が登校してくる時間だ。ベランダから入ると目立ちそうだな。

ベランダから1番近い昇降口側へと移動し、上履きのまま坦々たる面持ちで校舎へと入り、自分の教室へと向かった。いやこれもしかして目立ってる?


あれから10数分ほど経過し、ほとんどの生徒が登校してきた。朝練を終えた生徒たちも一緒になって教室に入り、その中に雄也の姿もあった。他の運動部員たちが汗ばむシャツを肌に貼り付けながら入室してくる中、雄也は陸上部という運動部に所属しているのにも関わらず、汗一つかいてない。

コイツ……やっぱり何か隠しているのか?


雄也は俺に一瞥をくれると、おう、と言わんばかりの表情と軽い手つきで挨拶をして、そのまま自分の席へついた。

他の生徒たちは、始業時間までの間恒例の談笑だろう。俺も暇つぶしがてら耳を傾ける。


「五組の伊藤くんやばくない?またらしいよ。」


「んね!聞いた!てか学年主任と喧嘩してたし!」


相変わらず噂になるのが早いこと早いこと。

そのまま耳を傾ける。何となく察しがついていたが、クラスは伊藤の噂話で溢れかえっている。恐らくは他クラスでも同じ状況だろう。

伊藤はすぐに手を出す問題児だからな。中三になっても時折耳にするくらいには名前の上がる生徒だ。


「ほら〜お前ら〜席に着け〜」


担任が教室に入るなり指示を出す。

生徒は話の続きが名残惜しいといった表情を見せつつも席に着き始める。


「お前らみたいな歳だとな〜事件だとか何だとかって好きなのはわかるんだけどなぁ。

そんなに話題にすると本人もつけ上がるから、ほどほどにしといてくれ〜」


担任がなんの前置きもなしに話をする。

だが、言わんとしていることはわかる。


「せんせー、伊藤くん誰と喧嘩したんすかー?」


男子生徒が言う。


「はいはい詮索しない詮索しない。

やられた側も不本意なんだから。伊藤のこともそう刺激してやるな。」


気だるそうな感じから、少し気を張った言い方に変わる担任。


「あいつ目合わせるとすぐタイマン張れとか言ってくるんだもんなぁ」


一人ぼやくと、周りもわかるわかると同調する。かく言う俺も、“前に”何回か絡まれたことがある。嫌な思い出だ。恐らく被害にあった生徒も、不本意ながら伊藤の機嫌を損ねる事でもしてしまったんだろう。


「ま、そんな事だから噂話はほどほどにするようにな〜」


また緩い調子で担任が言った。

伊藤を刺激するな、被害者を詮索するな、か。


……いや、あの現場には確かもう一人いたよな?


取り巻きはお咎めなしってか?

昇降口で学年主任と伊藤が鉢合わせた時も、直接目にしたわけではないが学年主任と伊藤の二人だけだったと思う。影も一筋だったから恐らくはそうだ。

もう一人はどこへ行った?

まぁ話題にならないくらいだ。気にする必要もないか。俺が気にしたって変わることではない。何を隠そう俺は喧嘩なんてした事ないヒョロガキだ。取り巻きとて探したところでボコボコにされる未来が見える。

担任の言う通りにして、余計な詮索はよしておくのが吉だ。


それからはいつも通りの授業風景、学校の日常が過ぎていった。伊藤の話も既に旬を過ぎたように話題にはそれほど上がっていない。

そして俺は、当初の目的である雄也の尾行について考えている。まだ決行して日が浅いとは言え(ていうか最早初日だけども)何かと邪魔が入る。

親友を疑うなという神様からの暗示だろうか?

そして放課後になった今、俺はまた雄也と共に下校している。相変わらず午後練には出ないらしい。無言で歩くのも気まずいので、話題を振ってみる。


「今日の伊藤の件、相当凄かったらしいな。」


「あぁ、伊藤ね。あいつヤンキーだもんな〜。」


「あの後どうなったんだろうな?」


「そうだなー……伊藤……」


妙に歯切れが悪い。顔色を伺う。

俺の知ってる過去では雄也と伊藤は関わりがなかったと記憶している。

しかし、ここは俺の知ってる過去ではない、俺の記憶など当てにはならない。


だがこの表情。何か不安を抱えていると思えるこの表情にはどうしても裏があると思えてしまう。何でもいい、雄也が時折見せる仕草に納得の行く答えが欲しい。


「雄也って伊藤と関わりあっ…」


言いかけて、腕を引かれる。


「っぶねぇよお前ー!何してんだよ!」


見ると、そこには歩行者信号が赤色に光る交差点。どうやら俺は、信号を見落としてこの交通量の多い交差点に進入するところだったらしい。…

…いや冷静に解説してる場合か!危機一髪じゃねぇか!


「うわっ!マジですまん、ボーっとしてた。」


「ま、マジで気をつけろよ…目の前で友達が死ぬところなんて、見たくねーから…」


少し震えた声で雄也が語りかけてくる。表情からも声色からも、本気で心配してくれている。

本当に申し訳ないことをした。


そこから俺たちは、死ななかった安堵感から……ではなく、恐らく死を直感し肌に感じた恐怖から、会話を交わすことなく家に帰った。


雄也と別れたあと、俺は真っ直ぐに自宅へと向かった。

玄関を開けると、そこには薄暗い廊下がリビングへと伸びている。いつもとは違う風景。

リビングのドアの磨りガラスから漏れている西日の光はなく、雲ひとつない今日の天気とは打って変わって、少し不気味にも思えてくる。


「ただいま〜。」


返事はない。そのまま靴を脱ぎ、リビングへと向かうと、いつも開放的なその空間は、カーテンが閉められた閉塞的に感じる空間となっていた。

ふと視線を落とすと、テーブルの上に紙切れが一枚と、千円札が二枚置いてあった。


《用事があるので出かけています。

帰りは遅くなる予定なので、夜ご飯は自分でやってね♡》


母からの書き置き。何の変哲もない書き置き。

その書き置きを見て、俺はまた嫌な過去を思い出す。


逸る気持ちを落ち着かせてから、お茶でも飲んで一息つこうと冷蔵庫を開ける。

そこには、母が出かける前に作ったであろう手料理が皿に盛り付けられ、ラップをされた状態で冷やされている。

冷凍庫を開けると、買い溜められた冷凍食品たちが敷き詰められている。


「……至れり尽くせりってか。」


自嘲気味に笑う。

冷蔵庫の手料理と、冷凍庫の冷凍食品を適当に手に取り、電子レンジで温める。

手短に食事を済ますと、自室へと直行し、寝支度もしないままベッドへ倒れ込む。


「あぁ、目覚まし、セットしてないや……」


結局そんな気力もなく、脱力感に身を任せたままに瞼を閉じる。

今日は色んな事があったなぁ。


この世界はきっと、俺の人生をやり直す為の世界なんかじゃない。もっと根深い、もっと冷たい何かが渦巻く、そんな世界なのかもしれない。

そう考えると妙に納得する自分がいる。

そのまま、沈みゆく気分とともに、俺の意識は夢の世界へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ