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タイムリープ者

工事現場に駆けつけた警官を薙ぎ払い、宮澤が走り去っていった。

俺は必死に学校へと引き返すが、如何せん宮澤がいた工事現場まで体力を消耗したせいで身体に力が入らない。


「とは言え、流石にフィジカル系統の能力となるとその差も歴然だな。」


宮澤の能力はフィジカル系統の物。

どこまでの作用とデメリットがあるかはわからないが、常人ではとても適わなぬ相手だろう。

俺が追いつけないのは愚かもはや車より速いのではないかと思えてしまう。



息を切らしながらも必死になって足を動かしていると遂に学校へと辿り着いた。


最後のひと仕事……。


宮澤が残したその言葉の裏には、後悔と信念がある。

俺たちが“過ごした”この学校で、俺を含むタイムリープ者が思いをぶつけ合っている。


「……こんな能力を持った手前、見届けなきゃいけないんだよな。」


そしてこれは、信念のぶつけ合いでもある。

こんな世界にしたい。こんな世界になるべきだ。

それぞれが歩む人生の中、自分が見出した価値観に苛まれ間違っていることすら強行してしまう、それもまた信念なのかもしれない。


亡くなってしまった清水や井上も、きっと自分の望んだ世界とは裏腹に、己の軸にある信念を誇りとして守りきったのかもしれない。


「さて、俺も俺の信念を全うしなくてはな。」


そうして一歩進んだ時。


「かずき!」


不意に呼び止められる。

振り向けば、そこには息を切らし何かに絶望したような顔をした母親が立っている。


「……母さん。」


息を整えようと苦しげな表情を浮かべる母親。

俺はただ、じっと次の言葉を待つ。


「はぁ……はぁ……かずき、学校、学校には入っちゃダメ!中で、中で凄いことになってるのよぉ!」


中で凄いことになってる、というのは十中八九宮澤が最後のひと仕事をしているのだろう。


「あぁ、知ってるよ。」


「!!じゃあ早く逃げましょう!一緒に!ね?」


強引に俺の腕を掴み引きずろうとする母親の腕を逆に掴み強くこちら側へと引っ張る。


「あっきゃっ!」


まさか抵抗されると思ってなかったのだろう。

反応出来ずにバランスを崩し、こちら側へもたれ掛かる。


「母さん。残念だけど、時間切れみたいだ。俺たちが望むような世界にはならなかったんだよ。」


まるで何を言っているのか理解出来ないと言うように、俺の目を真っ直ぐ見たまま母親は困惑している。


「かずき……?なにいって……」


「母さん。母さんもタイムリープ者だろ?だから俺が同じ境遇だってわかってるはすだ。もう隠し合うのはやめよう。」


そう言うと、お互いがしばし沈黙する。

静かに流れる風の音と、母親の荒い息づかいだけが耳を掠める。

母親は俺の言葉を理解しようとしている。

俺はただ、母親の答えを待っている。


やがて理解に及んだ母親は、ポロポロと涙を零し始めた。


「な……何で……なんでわかってるのに一緒に居てくれないのよ!かずきぃ!!」


まるで張り詰めていた糸が切れたように、泣き崩れ、俺の身体によがりながら訴えてくる。

実の母親がここまで号泣するところを俺は初めて見る。


この感情は、なんと言うか。

“わかっていた事”ながら胸に込み上げてくるものがある。


「あたしがぁ!どれだけ苦労して!どれだけ努力して!どれだけ……どれだけあなたを愛していたか……!今更こんな事で諦めろだなんて酷すぎるわよ……!」


“ここ”にいる、ということは母親は前世で他界していた事になる。

前世での俺は……母親と喧嘩別れしていた。

だから前世での母親の思いを、俺は知らない。


ただ……。


“こちら”に来てからはその思いはヒシヒシと、いや。

ズッシリと俺にのしかかっていた。


「母さんだって気付いてたはずだ。俺が“こっち”に来た時に。少なからず違和感を覚えていたはずだ。」


俺の文言に答えることなく、ただ嗚咽と共に涙を流す母親。

母親との縁をまた切りたくはないが、あまり悠長にしている時間もない。


それを母親もわかっているのだろう。

込み上げる感情を無理矢理に飲み込んで言葉を紡ぐ。


「ねぇ……あたしじゃ……あたじゃダメなの?かずきはあたしとじゃ幸せになれないの……?」


純粋で素朴な疑問。


「……ああ。幸せにはなれない。母さんだけじゃない。誰とでもなれない。」


そう、これは人と人との関係性なんかじゃない。


「この世界じゃ、ダメなんだ。」


特殊能力という他人とは異なる能力を持つ事によって、俺たちの価値観はまるで常人から掛け離れてしまった。

これはもう人外と言っても過言ではない。


「俺たちは前世の記憶を持ちながら今世に転生して来てる。これは誰よりも有利な事だ。」


「……?」


俺の言っていることが理解できないのだろう。

言葉もなく困惑した表情を浮かべる。


「母さん。この優位性はこの世界じゃなくても役に立つんだよ。俺達にはその力があるし、母さんには……その能力がある。」


徐々に理解しているのか、そのリスクに怯えているのか、せっかく整ってきた母親の息づかいがまた一段と荒くなる。


「か、かずき……?何言って……」


「ごめん、母さん。俺には時間がない!」


別れの挨拶も無しに俺は駆け出す。


「待っ!かずきっ!」


呼び止める母親の声を背中に受けながら、俺は校舎内へと入った。

俺には時間がないと言ったが、母親のタイムリミットも同じ。


この校舎内には荒ぶる宮澤と、それを必死に止めようとするであろう雄也がいる。


考えづらい事ではあるが、万万が一宮澤が雄也に危害を加えた場合、俺の作戦は無に帰してしまう。


「はぁ……はぁ……まだだ、まだ動ける、まだ走れる……!!」


悲鳴をあげる身体に鞭打って校舎内を駆ける。


最後の希望。


世界を創り変えるという希望を、捨てる訳にはいかない。


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