敵か味方か。2
「ところで杉山くんさぁ、力と言えば色んな物があるわけだけども、その中で一番強いのはなんだと思う?」
自分の事を語り終えた宮澤が、俺の感想も聞かずに問いかけてくる。
「力……いきなり聞かれてもわからないが、パッと思い付くのは権力じゃないか?」
組織のトップが持つものは結局のところ権力。
権力は力の中ではそれなりに大きいものだと思ったが、俺の答えを聞いた宮澤が鼻で笑う。
「権力ね。確かにあれば楽だけども、実際は権力より暴力のが強い。法を度外視すれば残るは生物としての強さだけだ。」
その分かりづらい言い回しに一瞬戸惑ったが、噛み砕いてみれば宮澤の言う事は一理ある。
会社の社長なら自分の下で働く社員たちに対する権力は凄まじいものになるが、一歩外に出てしまえばただの一般人になりうる。
社長という立場を知っている人間に対してのみ働く権力に比べて、暴力は誰にでも平等に働く。
「宮澤の言う事はわかるが、決して権力が弱い訳じゃない。法を度外視すれば、なんて簡単に言っているが度外視出来ないのが法律だろ。」
宮澤は依然としてその価値観を崩さない。
「法律を度外視出来ないのは力を持っていないからだ。ここから先は繰り返しの会話になるぞ?」
ここまでの会話でわかった。
宮澤は、俺たちのようにタイムリープを経て何となく生きているのではない。
己の能力を、確固たる理想に向けて行使している。
「力……つまり俺たちの能力を使って、法律を度外視して国を作りかえる……そういう事か?」
宮澤が求めている完璧とは、自分の正義を貫くだけではない。
誰一人として例外を認めない事を念頭に置いている。
つまり……
「国じゃなくて、世界もだ。この世に腐った人間は必要ない。」
なるほどな。だから“頭脳”を持った俺に協力を持ち掛けてきた訳だ。
尻尾を掴んだと思ったら、見事に逆手に取られていた訳だ。
「一応確認しておくが、お前の能力は暴力に関係しているんだな?」
そう聞けば、簡単に頷いてアッサリと認めた。
「そうそう。ここ最近のニュース見てればわかると思うけどね、喧嘩が強いなんて一言で表せないくらいの身体能力を得ちゃった訳だ。」
お気楽な調子でその能力を認めた後、苦笑しながら続ける。
「でも残念な事にねぇ、身体能力以外は前世のまんまなのよ。だから頭は悪いまんま。ガキ相手ならそりゃ勝てるけども、それ以上となると正直しんどくてさ。」
これは宮澤にとっての弱みになるのだろうが、暴力という力を手にした人間にとって、弱みを打ち明けたところで痛くも痒くもないのだろう。
宮澤は敢えてその弱みを打ち明けたように思える。
弱みを見せることで、相手に同情や安心感を与えるために。
この男、頭悪いと言いつつも侮っていればいずれ足元をすくわれかねない。
「流石、情報屋の宮澤といったところか。お前の言う通り俺は物事の考察や洞察力に長ける能力を持っている。だから俺たちが協力し合えば確かに敵は無いかもしれない。でもな、お前のやり方には賛同し兼ねる。」
俺の答えがわかっていたかのように、宮澤が笑う。
「そりゃそうだ。オレのやり方に賛同するやつなんていると思っちゃいないよ。虐められっ子の正樹と巴が反対してたんだからさ、それくらいわかってんだよなぁ。」
「それならもう……!」
「やめるわけにはいかないのよ。やめるのはさ……ここで諦めるには、余りにも代償がデケェんだわ。」
ただただふざけた口調で貫き通していた宮澤が見せたその真剣な眼差しに言葉を失った。
その一言を最後に、俺たちは会話もなくただ沈黙を浮かべた。
俺たちの沈黙を破ったのは、母親の帰宅だった。
「ただいまぁ〜。疲れちゃったぁん。あれぇ?お友達来てるの〜?ゆうやく〜ん?」
玄関から聞こえるその間の抜けた声に、俺たちに自然な笑みが生まれる。
「とりあえず杉山のお母さん帰ってきちゃったみたいだしオレはこの辺でお暇させてもらいますわ。また考えを改めたり何か困った事があれば連絡してくれ。」
そう言い残し、一枚の紙切れを置いて宮澤は部屋を出ていった。
紙切れには電話番号とメールアドレスが書いてある。
あの男、敵なのか味方なのかよく分からないな。
考えを改めたら連絡するのはわかるが、困った事があっても連絡していいのか?
それって寧ろ俺に協力してくれるって事か?
階段を降りていった宮澤が母親と挨拶を交わしているのが聞こえる。
俺はそれを無視して思考する。
先程宮澤が言っていた正樹と巴とは井上と三城の事だ。
その二人に反対されていたという事は少なからず協力関係にあったと見ていい。
そうなると宮澤は清水の仇になるって事だよな。
そんな人間を雄也に伝えればそれは偉い騒ぎになりかねないか……。
どちらにせよもう一度宮澤と話す必要がありそうだな。
あれから少し時間が経って、風呂やら晩御飯やらを済ませて夜も老けてきた頃。
俺は早速もらった連絡先に電話を掛ける。
宮澤は数コールで電話に出た。
「はい、もしもし。」
不安そうな声色。
俺の番号を知らないから、誰かわからないのだろう。
「夜遅くに悪いな。杉山だ。」
「あぁ〜杉山ね!ビビったわ!連絡早っ!」
名乗るなり安堵しきったようにテンションが上がる。
「あぁ、悪いな。早速提案というか相談事が出来た。」
「へぇ、とりあえず内容を聞いておこうか。」
宮澤の声が強ばる。
頭脳戦になれば不利になると分かっているからこそ身構えているのだろう。
しかしこの提案は俺にとっても賭けになる。
「これはお前の立ち回り次第になるが、俺たちの朝練に参加してみないか?」
宮澤が清水の仇である以上、雄也に会わせてしまうのは問題がある。
しかし裏を返せば、それほどの力を持った宮澤をこちら側に巻き込んでしまえばこれ以上心強いものはない。
「……朝練?朝練って君らがいつも体育倉庫でコソコソやってるアレの事?」
「そうだ。正直清水の事を引きずっている雄也に会わせるのは不安だが、現段階で宮澤の事は誰も知らない。」
「はぇ〜なるほどねぇ。そう来たかぁ。は〜どうすっかなぁ。」
流石に宮澤も俺の提案に即答したりはしない。
俺の手元に来るのは監視される事を理解している。
しかし厄介であろう俺と敵対しないというメリットは宮澤にとっても大きいはずだ。
「とりあえず朝練って言っても今日の明日で参加するにはちょっと心の準備が出来てないし、答えも決まんないしで保留させてもらってもいいっすか?」
宮澤の立場で言えば妥当な判断だろう。
「ただ、どっちにしろお互いの擦り合わせも必要だろうからまたゆっくり話せる時間が欲しい。オレは基本的に合わせられるから急でもいいから連絡してよ。」
冷静な判断だ。
相手に不信感を募らせないこの物言い。
三城巴の親玉というのも納得出来る。
「わかった。割と本当に急な連絡になるかもしれないが、そこは容赦してくれ。後、雄也にもこの事は内密に頼む。」
「けいおつ〜。」
さてと。
黒幕が分かったところで即解決に至らないのが現実的な問題だ。
宮澤の主義主張が賛同し兼ねるものであっても、一貫性には優れているのかもしれない。
細かい説明は省くが、もしそうだった場合中途半端な野望や願いは簡単に打ち砕かれるだろう。
正しい事を言えば協調性は得られるかもしれないが、一貫性があれば良くも悪くも信頼性も生まれる。
いくら正しい事を言っても一貫性がなければその正しさも破綻してしまうからな。
まずはその確認も兼ねて、改めて宮澤と話し込む必要がありそうだな。
思考をまとめて一息つき、ケータイを確認すると一通のメールが届いている。
確認すると中原からだった。
『杉山くん、急にごめんね。なんか今日須藤くんが変だったんだけど、何かあったの?タイムリープがどうとか話してたけど私はよくわからないし、いつも二人は一緒に帰ってるのにずっと着いて来るしでわかんなくなっちゃって……。』
……こっちはこっちでまた一悶着ありそうだ。
忙しくなりそうな明日に頭を抱え。
またその反面、ちょっとワクワクしながらも眠りについた。