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弱者。

生徒たちの賑わう声が聞こえてくる。

時折木々を吹き抜ける優しい風の心地良さを感じながら、俺はただ自身の無気力さに身を委ねる。


ウダウダと怠けていると、やがて辺りからは食欲をそそるいい匂いが立ち込めて来た。

俺はゆっくりと目を開ける。


「あれ?」


目を開ければ、揺らぐ葉の隙間から見える綺麗な青空。

少し頭を傾けると、規則的に打ち付けられた木の板。腰掛けだ。


どうやらいつの間にか気を失い、比較的涼しい木陰のベンチに寝かされていたようだ。


「いてて、いててて……。」


安静にされるには少々床が硬すぎる。

身体の節々が悲鳴を上げる。

上体を起こすと額からぽとっと白い布が落ちた。

暑さで倒れたと思われたのか、生ぬるいタオルが俺の膝を濡らす。


「おはよ。人の心配しといて自分も倒れるとか面白いね、君。」


声の主を求め振り返れば、隣のベンチに力なく座り込む三城巴の姿がある。


「あ〜と……すまん。」


状況を理解出来ず、出てきた言葉は謎の謝罪だった。一体どこで気を失い、どれほどの時間が経過したのか、よく覚えていない。


「あっはは。なんか謝ってるし……。」


力なく笑う三城巴は、こちらの事など気にも留めていないだろう生徒たちを眺める。

俺もそれに吊られ視線を向けると、飯盒炊爨もある程度進んでいるようで、その事から気を失ってからそこそこの時間が経過していると推測できる。


それにしてもいい匂いだ。

そんな気分じゃなくても、匂いにつられてお腹が空いてくる。


「カレーか。腹減ってきたな。」


「行ってくれば?」


まるで興味がないと言うように三城が答える。


「三城は行かないのか?」


そう聞けば、三城はこちらを振り向くことも無く眉間に皺を寄せる。


「……ウチは行かないかな。皆の作ったカレーなんて食べる気ないし。」


この少女の思考は、俺に戸惑いを与えてくる。

口でこそそうは言っているものの、本当は仲良くしたいという思いが俺の能力によって見え隠れしている。

しかしその反面、とても強い意志や覚悟をも感じ取れる。葛藤しているのか……?


「お前は周りと馴染めてないのか?」


「馴染めてないし、馴染むつもりもない。」


キッパリと、迷いなく答える。


「……そうか。ま、そういう考え方もありだ。」


相変わらず生徒たちの方へ顔を向けている三城巴は、視線だけをこちらへと向ける。


「ふ〜ん。変わった反応。なんで?」


とてつもなく端的かつ簡潔に纏められた返事が来た。こっちの方が変わっているだろうな。


「特にこれと言った理由はない。人それぞれ事情もあるし価値観も違う。そういう人達と関わってきたから、お前の考え方も否定しないってだけだ。」


俺の返事は、俺にとって都合のいい回答に過ぎない。


“否定しない”というのは、“肯定する”事ではなく、決してその人の味方になる訳ではない。

これは言葉の綾というのか、『あくまでも俺は断言していない。』という言い訳が成立し、且つ相手には安心感を与える事が出来てしまう。


「ふ〜ん。否定しないねぇ。だから中原とも仲良いんだ?」


三城巴から感じ取れる感情が、怒り憎しみへと変わる。


「中原?なんで中原が出てくるんだ?」


思わず直球に聞いてしまった。


「アイツさ、あざとくてムカつくんだよね。自分が出来るからって他人には容赦ないし。自分の事は可愛いと思ってるんでしょ。マジでキモいよね。ウチは消えて欲しいと思ってるよ、あんな奴。」


突然とんでもなくボロクソに言われてしまう。

だがしかし。

正直言って、三城巴の言う事も分からなくはない。

現に東郷や宮澤辺りは中原の事を得意としていないだろう。


真面目も不真面目も、度を過ぎると周りにいい影響は与えない。

しかし中原の事情を知っている以上、こちらも黙って愚痴を聞く訳にはいかない。


「まぁな。確かに巴の言う通り真面目過ぎるって部分もある。けど……」


「だけどうんたらかんたらって言うんでしょ?その振り出しは大抵肯定から入って否定してくる典型的な言い方なんだよね。」


見透かされた。

三城巴の言うように、中原にも事情がある事を弁明しようとした矢先に、断絶された。

中原の事情など知った事ではないと言うことだ。

それはそうだよな。

中原が三城巴の事情を知らないのであれば、相手の事情など考慮する必要などないのだから。


「正義とか、正しいからとか、真面目だからとか、可愛いからとか信頼されてるからとかそんな理由で何やっても許されるの、その上本人でさえ高を括って調子に乗ってさ……ほんとにキモいよね。」


目を逸らしてきた訳じゃない。

他人事だと思っていた訳じゃない。


……いや、これは言い訳になってしまうか。


中原はあくまで“大人っぽい子供”である事。

これは俺が一番理解しているはずだ。

だからこそ、気にかければならなかったんだ。

三城巴のような人間がいる事を。

三城巴の様に、中原の存在によって虐げられてしまう人間がいる事を。

中原が大人たちの振る舞いに敏感だったように。


「ウチがさ、どんだけ何を思っていようが何していようがアイツが正しい限りアイツが大人に媚び売ってる限りウチは何をしたって間違いなんだよ!普通にキモイじゃん!杉山はアイツと付き合ってんの?マジでキモいよ、それ。」


決壊した。

巴の口から止めどなく溢れる負の感情に気圧されてしまう。


「おい、少し落ち着いてくれ。」


そうは言ったが、当の本人は取り乱した様子もなく、顔色一つ変わっていない。


「はぁ。もういいって。どーせウチはダメな子なんだから。ブスだし馬鹿だし。……もうヤダ。」


ほんの少しだけ、声が震える。

すかさずにフォローを入れてやれれば良いのだが……如何せん正しい言葉が見つからない。


「お前がそんな事を思っていたなんて知らなかった。今まで関わりがなかったから当然っちゃ当然だが……」


「そういうのもいいよ。聞き飽きたし。」


三城巴は不貞腐れたように頬杖を着く。

この少女も、それなりの荒波に揉まれてきたようだ。


不思議ちゃんと称された彼女は、蓋を開けてみればそれは何も不思議な事などなかった。


個性を否定されるのは、個人を否定する事に等しい。

他人との協調に固執する中原とは相反している。

その中原が、他人との協調性を重んじるという“個性”に気付いていない事も、この関係性に拍車を掛けている。

今の俺に、この少女を納得させるだけの言葉も、間を取り持てるほどの能力もない。


他人の正義に報いるなんて、思い上がりも甚だしい。

俺自身が分かっちゃいなかったんだ。

他人の正義の在り方も。俺の正義の在り方さえも。

清水はわかってたのだろうか。


それっきり、俺と三城巴は言葉を交わすことはなかった。

仲間たちと切磋琢磨するはずの校外学習は、最初から最後まで、苦い思い出となった。

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