事情聴取。
寝苦しい夜だった。
清水の言動が、仕草が、行動が……俺の見てきた彼女との思い出が今更になって言いようのない感情とともに湧き上がってくる。
「……ずき!」
清水は思いを俺に託した。
それはきっと、彼女が想像もつかないような覚悟を決めて、その道を選んだと言うこと。
「…かずき!」
でもこの無力感は……虚無感は……
俺が……俺が託されたのに……こんなんじゃダメなのに……どうして涙が止まらない……!
「和希!もう時間ないから早くしてぇ!」
「……わかってるよ。」
これから、秋山の待つ警察署に向かう。
犯人逮捕の協力だ。
ダラダラと支度を済ませる俺を横目に、母親はセカセカと朝支度をしている。
秋山曰く協力に関しては俺一人でもいいと言っていたが、その話をすると血相を変えて「あたしも着いていくから!」と食らいついてきた。
何がそこまで駆り立てるのかは知らないが、大人がいれば何かと面倒事は避けやすい。
母親がそばに居てくれるのは安心だ。
「かぁずきぃ!準備出来たのぉ!?もう出なきゃだよぉ!!」
「もう出来てるよ。」
時刻は午前九時二十分。
約束の時間は警察署に十時集合。
家から車で十五分前後で着くので、今出ればほど良い時間だろう。
「はぁ……。」
ため息をつくと、母親が俺に近寄り、そのまま抱き締めてくる。
「和希……辛いでしょうけど、亡くなった美紀ちゃんの為にもなるの。今は頑張って。」
「……ああ、わかってる。」
そう、わかっている。俺がやるべき事は、俺が一番わかっている。
家を出て、母親の運転する車に揺られること十数分。最寄りの警察署に着いた。
中に入ると、正面の窓口の付近に制服を来た警察官数人と、雄也と中原の姿があった。
二人とも母親を連れている。
やはり全員親同行か。
俺がそちらを見ていると、それぞれがこちらに振り向き、目が合う。
表情も変えないまま、集団の元へと歩み寄る。
「二人とも、お疲れ……。」
「おはよう、杉山くん。」
「あぁ、お疲れだ。」
言葉にこそしないものの、二人ともどこか窶れているように見える。
清水が目を覚まして、背負っていた罪悪感が下ろされたと思った直後にコレだからな、無理もないだろう。
かく言う俺も同じだ。
母親たちは世間話を混じえた定型的な挨拶を交わしている。
挨拶の言葉を交わしてから俺たち三人に会話はない。ただ事が進むのを何も言わずに待っている。
数分後、窓口の脇にあるズッシリとした扉が開かれ、中から恰幅のいい男性とスラッとした青年が出てくる。
秋山と長嶋だ。
「お待たせしてしまい申し訳ないです。改めまして今回の件を担当している警部補の秋山稔と申します。」
さて、ここからが本題になる。
自己紹介も早々に済ませ俺たちは促されるままに奥の一室へと通される。
部屋はどこを見ても無機質で、会議室で見かけるような長机と椅子がいくつか並べられ、その正面の壁にキャスター付きの大きなホワイトボードが設置されている。
俺たちはそれぞれ横並びに席につき、秋山たちは俺たちの向かい側へと立った。
前に秋山は、犯人についての確認という事で俺たちに捜査協力を依頼してきた。
しかし、留置所や刑務所ではなく警察署に招かれている、というのは何か理由があるのだろう。
秋山も然ることながら、長嶋が特に落ち着きがない。
「えー。本日は我々の協力の申し出に応えて頂きありがとうございます。並びに、我々の力不足により本件に巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます。」
淡々と続けながら、深く頭を下げた秋山。
そういえば、ここに来てるのは俺、雄也、中原とそれぞれの母親……清水の家族は来ていない。
清水の身内からはいい目では見られていないだろうな、俺たち。
「昨晩、各家庭にお電話差し上げた際にお伝えしましたが、お子さん方と一緒に被害に遭われた清水美紀さんが亡くなりました。」
改めてその事実を聞いて、室内の空気が張り詰める。
「死因は喉に物を詰まらせた窒息死だそうです。」
窒息死?
喉に物を詰まらせるということは、首絞め等の他殺ではないように聞こえるが……その物言いに違和感を覚える。
「ええとね、こういう事は本当は言っちゃいけないんですけども。喉に詰まったものは食事とかじゃないそうなんですよ。まぁ、なんですか。君たち三人が口を揃えて言ってた髪の毛なんですけどねぇ。」
髪の毛……また髪の毛か。
忘れかけていたが、俺が“こっち”に来て最初に目にした騒動が学校で大量の髪の毛が落ちていた事件。
今思えばあの時から予兆はあった訳だ。
「問題は、その髪の毛が清水美紀さんご本人のものではないのです。今鑑識に出している所でして……」
何か思い当たる節があるのだろうか、秋山は言葉を濁す。
「警備の行き届いた病院内での出来事でにわかには信じ難い話ですが……他殺の可能性を大きく見て間違いないでしょう。差し当って皆さんに一先ず昨晩の事をお聞かせ願いたい。」
まずは俺たちのアリバイ証明から。
あくまでも俺たちを信用だけで迎え入れたりはしないという事。
それならばと、俺たちはそれぞれに昨日の出来事を伝えた。
雄也たちが見舞いに来てから、清水の様子を見に行ったところまで……。
「それで、清水さんに会っていたのは杉山和希くんだけ、と?」
「まぁ、そうなりますね。」
「会っていた時何を話したのか教えてくれるかい?」
「ああと……ええ、その……。」
聞かれると分かっていた事だが、正直話しづらいな。その矢先、思わぬ助け舟が入る。
「告白、だろー……?」
口を開いたのは雄也だ。
自分で言うのは恥ずかしい事も、他人が言ってくれるのであれば助かるってもんだ。
まぁ告白とは少し違うが……。
「あ〜告白、告白ねぇ。」
秋山は腑に落ちたように繰り返す。
横に視線を向けると長嶋が怪訝そうな顔をしてこちらを凝視している。
未だ口一つ挟まずに聞きに徹しているのは秋山に釘でも刺されたからだろう。
そう言えば、話の流れで名前は知っているけど、コイツの役職とか知らないな。
「よぉしわかった!長嶋くん、アレ持ってきて!」
急に納得したと思うと長嶋に指示を出した秋山。
長嶋は不服そうにしかめっ面をしているが
「早く、持ってきなさい。」
と圧に押され部屋から出て行った。
「すみませんねぇ。うちの若いのが。ただねぇ、ここ最近の事件で彼の身内も被害に遭っているようでね。気がたってるんですよ。」
身内が被害にあって憤る気持ちもわかるが、態度に出してしまうのは社会人として少し不安だな。
「あのー……私たち捜査協力って事ですよね?まさかと思うけど子供たちを疑ってるんですかー?」
このやり取りに疑問を呈したのは、雄也の母親だった。
「ええ、いやね。疑ってるってほどでもないんですけれども、ハッキリ言って絶対有り得ないって事もないのかなって思ってるんですよね〜。」
顎を擦りながら、何から説明しようかと思案しているのか。
母親たちは
「確かにおかしいよね。」
「子供を巻き込むのはあまり……」
と後向きな意見が飛び交う。
「ここまで来たら正直に言いますかぁ……あんまり公表したくはないんですけどねぇ、ま、話が進まない事にはしょうがない。ここから先は無闇な口外はしないように。数が少ないとは言え、今まであった目撃情報を含めてここ最近の事件を調べるとねぇ、どうも相手が大人だけだとは限らないのかなぁと思いまして。」
と、ここ最近で起きた事件の調査でわかった事を簡単にまとめ始めた。
要点をまとめると、まず最も大きいのが目撃情報が子供だと言うこと。
清水も拉致被害にあった時にそのような事を言っていたしな。
二つ目は大人がいると警戒されるような場所でも起こっていること。
学校関係者やそういった施設でより多く被害にあっている事が大きい。
三つ目は、被害がここ近辺に収まっていること。
行動範囲と移動手段に加え、今まで警戒態勢を整え調査してきた上では事件の中心に子供が関わっているのもおかしくないとの事。
現実的に考えてたかが子供がここまでするとは考えづらい……とは言え、特定の大人が犯行に出るにしてはあまりにも状況が合致しないとの事だった。
これに関しては俺と雄也が知る通り能力者……つまり井上が関係していると推測できるが、そんな話はもっと現実離れしているので口にはしない。
秋山、もとい警察の見解では大人が関わっていたとしても手引きが主になっているだろうと言った。
だが、それに関しては少し気になる部分がある。
「そういえば、俺らの事襲った男の人と女の人、捕まったんですよね?」
公民館前で起きた事件。
俺たちの前に現れた井上と共に姿を現した謎の男女が捕まったと聞いている。
「うん、そうだね。とりあえずその確認もしてもらうから、長嶋が戻ってくるまでちょっとまっててね。」
長嶋が戻ってくるまで……
“アレ”とは一体、長嶋は何を持ってくるのだろうか?
「捜査協力って、犯人が捕まったのならその人たちから引き出せないのかしら?」
次に口を開いたのは中原の母親。
これはご最もな意見である。
「ん〜まぁその辺を踏まえた上でのお話になります。お願いしている立場でありながらこんな事言うのも何ですが、話せる事と話せない事があるのはご理解頂きたい。」
何となく察していたが、俺たちを捕まったという男女から遠ざけたがっている節がある。
なら何故逮捕された事を口外したのか……何か理由があるのかもしれない。
「井上はどうなったんです?」
「井上……それは君たちが話していた井上正樹くんの事だよね?残念ながら今は行方がわかっていない。」
「家にも居ないんですか?俺たちが協力するのもわかりますけど、井上の家族も巻き込んだ方が早いと思います。」
そう言うと、秋山は口ごもってしまう。
コレでは話が進まないな。俺から何か提言しようにも、秋山が答えられないのであれば話の進みようがない。
「失礼します。頼まれたものを持ってきました。」
するとここで長嶋が紙袋を手に提げて部屋に戻ってきた。
紙袋を秋山に手渡す。
「こちらです。」
「はいはい。ありがとさん。」
秋山は紙袋の中をゴソゴソと見た後、二枚の写真を取り出した。
「え〜、話の腰を折ってすみません。先程お話した男性と女性の件ですが、こちらに写真があるので確認していただけますか?」
そう言って差し出された写真。
俺は記憶が曖昧なので確実にそうだとは言いきれないが、服装は何となく合っているように思えた。
「え、やっぱり……。」
写真を一目見て、中原がポツリと呟く。
「え!?これ……!?」
次いで驚いた反応を見せたのは中原の母親だった。
「うん?何かありますかな?」
「え?えぇ、これ……この人達……さっき話してた井上くんのお父さんとお姉さんじゃ……」
「やっぱりそうだよね、お母さんもそう思うよ
ね!?」
「ふ〜む……。」
中原親子がそう言うと、またも悩みこんでしまう秋山。
やはり中原が前に言った通り、見間違いではなく井上の家族……らしい。
もしかすると瓜二つの人間ってこともなくはないが同時に二人揃って現れる確率は天文学的な確率になりそうだが。
それはそれとして、先程から秋山の歯切れが悪い。
色々とハッキリさせたい事はあるのだが、秋山は口を割らないだろう。
「今までの事件も、この人たちがやったんですかね?」
「正直そこはまだ調査中でね。本人が口を割らない以上、確たる証拠でもない限りは決めつけるのは難しんだよ。」
へぇ。本人はまだ口を割っていないと。
「前にあった高校生を襲撃した時に軽傷の人が何人かいるって報道されてたんですけど、その人たちは見てないんですか?」
秋山と長嶋の眉がピクリと動く。
長嶋に行動さすまいと逸早く秋山がこちらに近付いてくると俺の両肩に手を乗せて言う。
「そこまで含めて、だからね。大人には大人の事情があるんだよ。」
一般人を巻き込んでおきながら、私情を挟む部下を連れてなんて圧をかけてきやがる。
「俺たちの言っていること、知っていることは病院で話しました。組織として言えない事があるのは理解出来ますが、こっちも何も分からない状態で出せる情報は限られると思いますよ。」
「チッ」
歳不相応ではあるが口にして正解だった。
舌打ちをしたのは長嶋だ。
この場にいる誰もがそれを聞き逃さなかった。
その空気を察して開き直ったのだろう。
長嶋がこちらに詰め寄ってくる。
「おいおい冗談だろ、ガキが何調子こいてんだ?」
どうやら長嶋は、自分より“下”の人間から噛み付かれるのが心底嫌いらしい。
「ちょっと!何なの貴方!?!?」
しかし、そんな長嶋に反抗したのは雄也の母親だった。
詰め寄ってくる長嶋の腕を強引に掴みあげてその行動を制止してくれた。
と、同時に。
バンッ!!!!
凄まじい音が部屋に鳴り響く。
これまたその場にいた全員がビクッと肩を震わせた。
秋山が机を叩いたようだった。
「長嶋くん、これで何回目だ?」
秋山の目は……一言で言えばガチギレだな。
長嶋はそんな目を見て、一瞬怯んだように見えたが、直ぐにムスッとした表情になる。
「……すみません。」
「すみません?答えになってないよねぇ。何回目だっけ?」
「……申し訳ないで……」
「お前は!言うことも聞けないし質問にもまともに答えられないのか!?あ!?」
あ〜あ……秋山もキレちゃったか。
あわよくば長嶋を煽って情報を引き出せないかと思ったが、思った以上に秋山も有能だったわけだ。
「出ていけ!お前はこの件から下ろす!外で反省していろ!」
「え!?いや、でも……」
「反省!して来なさい!」
「……わかりました。」
秋山の叱責を受け、不服そうにしながらも部屋を出ていった長嶋。
「……お見苦しい所をお見せしました。」
張り詰めていた緊張が、ほんの少し緩んだ。
雄也と中原を見ると、疲弊したような顔つき。
俺も似たような顔になってるのだろうか。
「申し訳ない。一旦のところ、時間を起きましょうか。少し熱くなりすぎちゃったもんでね、はははっ。」
力なく笑う秋山を見て、呆れ半分ではあるが皆賛成して一旦部屋を出た。
「そうそう、コレはお渡ししておくので、皆さんで確認して下さい。」
詳しい事は言わず、長嶋に持ってこさせた紙袋を俺たちに手渡す。
とりあえず雄也の母親が代表して受け取っていた。
緩んでいく空気感に、皆安心したかのように会話をし出した中、俺一人にひっそりと声が掛けられる。
「和希、ちょっといいか。」
俯いたまま、雄也が俺を呼び出す。
いつになく本気というか、そのオーラに一瞬怖気付きそうになる。
「あ、あぁ。構わないぞ。」
戸惑いつつも承諾し、雄也の背を追う。
正面玄関から表に出て、玄関脇に設置されたベンチに腰掛ける。
「雄也?」
俯いたまま、言うか言うまいかと悩んだのだろう、その末に問いかけてくる。
「和希。お前、なんで普通なんだよ。」
その言葉を聞いて、ほんの少しだけ心が締め付けられるような感覚がした。
「普通って……どういう意味だよ?」
「お前ぇ!!清水が死んだんだぞ!?どういう事か分かってんのかよ!?」
「雄也、落ち着け……」
言いかけて、雄也は立ち上がり俺の胸ぐらを掴んで涙を浮かべながら言う。
「お前……!願えよ!今すぐに!清水に傍に居てくれって!一緒に居てくれって!生きてて、くれってぇ……!!!」
雄也の言葉に困惑して、何も口に出来ない。
「ちょっとちょっと、今度はなにー!?」
「大丈夫かい?怪我はないかな?二人とも一旦落ち着いてな。」
俺たちの騒ぎを即座に嗅ぎつけて雄也の母親と秋山を筆頭に中からゾロゾロと人が出てくる。
俺は大丈夫だが……雄也はその場に泣き崩れてしまった。
雄也が己の無力感に苛まれる理由……俺はそれを、何となく垣間見た気がした。
騒ぎを広げまいと、やがては解散の流れになって行く。
俺たちを宥める大人たちを横目に、警察署の駐車場入口……車道の方へ目を向けると長嶋が立っていた。
塀の壁が影になって見えないが、誰かと会話しているようだ。
俺はこの後来るであろうもう一波に頭を抱えるばかりであった。