回想〜清水美紀〜
時はちょっとだけ遡って、昨日の午後の話になる、いつも通りの授業ではなく、学年集会での件についての所謂聞き取り調査ってやつね。
あたし達生徒は順に呼ばれては別室で数人の大人たちから堅苦しい質問攻めを受ける。
一年の生徒、伊藤亮太が死んだ。
原因は何?いじめはあったの?他殺と断定されて、犯人は誰?
その核心をつく為の聞き取り調査ってところでしょうね。
……そんないっちょ前に見透かしたような態度を取ったあたしだったけど、事の大きさはあたしの想像の範疇を超えてきた。
「清水さん、清水美紀さん。」
前の生徒の聞き取りが終えたのかあたしを呼びに来たのは教員ではなく、別の職員だった。
「あ、はいは〜い。」
ちょっと不謹慎だけど、あたしは“あたし”を演じるために明るく気丈に振る舞いながら呼びに来た職員の男の後を追った。
男はあたしを気にかける様子もなく、何の会話も交わさずにただ歩みを進めて行った。
辿り着いたのは、職員室の隣にある校長室だった。
学校で起きた問題である以上、当然の事ながら校長がこの場を仕切っているのかもしれないわね。
トントントン
「失礼します。清水さんをお連れしました。」
挨拶と共に開かれた扉の先には、校長と教頭、学年主任と他数名の警察官の制服を着た人や見た覚えのない私服の大人たちがいた。
私服の人達は、警察官の上役かしら?
軽く想像していたけど、実際目の当たりにすると圧がすごいわね……。
「清水さん、とりあえずそこに座りなさい。」
校長が口を開き、向かいのソファに手を差し出して座れと合図してくる。
言われるがまま、何の躊躇いもなくソファに腰掛ける。
すると警察官であろう外部の人間の一人が口を開く。
「清水さん。早速だけど、昨日の朝何時に登校して、それからどう学校生活を送ったか詳しく聞かせてもらえるかい?」
学校生活に関しては、あたしは事件に関与していない、少なくともその自覚がない以上素直に答えてもいいけど、登校した時間に関しては色々とめんどうなので言いたくないわね……。
「ええと……何時に登校したかまでは覚えてないです。けど……」
そこから何の授業を受けて、昼休み、放課後と順に話して行った。
「ありがとうございます。それじゃ清水さん、ここからは単刀直入に聞くから嘘をつかずに正直に答えて欲しい。大丈夫、おじさんたちは清水さんの味方だから。他の人に言いふらしたりしないよ。」
ここからが本題って感じね。
「清水さん、さっきは何時に登校したか覚えてないって言ってたけど、何人かから朝早くに学校に来てるって目撃談があるんだ。君は部活動には所属してないよね?そんな早くに登校してるの?」
え、いやバレてるの?誰よ、こんなタイミングでそんな報告してる子……!
ちょっと悩むわね、確かに言いづらい内容ではあるけど、下手に嘘を付くと変に怪しまれかねないわ。
しょうがない、軽く濁しながら話すしかなさそうね。
「ええと……言いづらいんですけど、家族と上手くいってなくて……その……。」
あたしが白々しくもモジモジしていると大人たちが顔を見合わせる。
「喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、喧嘩って言うかなんと言うか……。」
言葉を濁していると何かを察したように
「まぁこういった時期ですし。」
というセリフで場の空気がほんの少し和らぐ。
「色々あるんだよね。でも、念の為に聞くけど、虐待とかじゃないよね?家庭内でももし何かあるならすぐに相談してね。」
「え、ええ。虐待とかじゃないんで、はい。」
「そっか。でもそんな朝早くじゃ先生たちも来てないし、何かあったら皆に迷惑かかっちゃうから、今度からはやっちゃダメだよ。どうしても家にいたくないなら、おじさんたちが相談に乗るから、いつでも言ってね。」
そう言って一区切り。この人達、警察官というより児相とかそっち関係なのかしら、妙に家庭のことにも突っ込んでくるわね。
ふと視線を逸らすとゆっくりとこちらに歩み寄ってくる教頭の姿が目に入った。
「それで、本題はまだですよね?亡くなられた伊藤くんの件についてですよ。」
この一言で、再び場の空気は緊張感に包まれた、ような気がする。
「清水さんね、誤魔化さずに言っちゃうけど、捜査と聞き取り調査を進めていく上で複数人目星を付けてる中で、清水さんもその中に入ってるんだ。」
え、ええ?えっはっ?
「ちょ、何よそれ、どういう意味?ですか?」
思いもよらぬ疑いを掛けられたことに動揺して敬語とタメ語が混ざってしまう。
「教頭先生!!……ここからは私が。」
そう言って前に出てきたのは若そうに見える男性警察官、と思われる外部の人間だ。
「清水さん。今朝学年集会で伝えられたみたいだけど、現場での捜査も進んでるんだ。そこには犯人が残したであろう痕跡……足跡だったり指紋だったり、たった一本の髪の毛でさえも見逃さずに捜査しているんだ。」
「は、はぁ。」
「中々納得しにくい話ではあるかもしれないけど、生徒全員を徹底的に調べあげるのは中々大変でさ。我々のやり方である程度絞り込ませてもらったのね?こっちの都合でごめんなんだけど、そこで清水さんが候補に上がったんだ。もちろん清水さんだけじゃないけどね。」
えぇぇぇぇ……何であたしが犯人候補に上がってんのよ……コイツらどんな捜査してんのぉ……?
「清水さんも疑われるのはいい気分じゃないだろうし、疑いを晴らす為にも捜査に協力してくれないかな?」
潔白を証明する他ないわよね、他に選択肢がないじゃない。
「ええ、まぁ、いいですけど。」
答えると、再びこちらに歩み寄ってきた教頭。
先程とは違い、獲物を見つけた狼のようにあたしにはわかる程度に鼻息を荒らげながら急接近して来た。
「ふふぅ、清水さん。協力してくれるならまずは髪の毛を頂かないとね。ふんふん。」
興奮気味に鼻を鳴らしながらあたしの髪の毛を愛でるように持ち上げた教頭。
コイツ、あたしの髪の毛の匂いを嗅いでる!?
バチーン!
その異様な雰囲気で顔を近づける教頭に恐怖し、自分でも信じられないくらい、自然に教頭を平手打ちしていた。割と本気で。
室内に本当に平手打ちなのかと思うほどの音が響き、一瞬の静寂が訪れる。
この場の大人たちが
『一体何が起こったんだ!?』
何て思っていそうな中、あたしだけが
『一体何でこんな事が起こってしまったの!?』
と必死に言い訳を考えている。
「ちょちょちょ、清水さん。暴力はダメでしょ?」
若手の男性があたしを制止する。
あたしは思わず出てしまった右手の手首を左手で抑え込む。
「ご、ごめんなさい!いきなりで、ビックリして、つい!」
結局ありきたりな言い訳をした。
あたしにとって言い訳とは、大した意味もないと思ってるから。もうお察しよ。
この男、あたしに“魅了”されてるんだわ。
でも、いくら何でもこれだけ人目がある状況下であたしに手出しはしないと思うんだけれど。
「教頭先生、大丈夫ですか?」
周りの大人たちが声を掛けるも、それすら気にしていない様子で教頭は立ち上がる。
嬉しそうに頬を擦りながらこちらへと再び近づいてくる。
「教頭?」
その不審な動きに気付いたのはあたしだけじゃないようで、周りからの視線も少し歪なものへと変わっていく。
「ふぅふぅ……。清水さん、痛かったよぉ。まぁこれはこれで良かったけどねぇ。ふぅふぅ。暴力は行けないよねぇ?ふぅふぅ。どうやって責任とってくれるんだい?」
まるで周りが見えていない、獣のような教頭を目の前に、まるで金縛りにでもあったかのようにあたしは動くことが出来なかった。
否、これは恐怖心だけが原因じゃない。
既に教頭はあたしの身体を抱き抱えるかのように、強引にその腕をあたしの身体へと絡ませてきていた。
「いい、いや、やめ、いや!」
必死に拒否して、助けを乞うもあたしの言葉は声にならない。
「教頭先生!何してるんです!」
一瞬の出来事で、何が起こったのか正確に見ることは出来なかった。
恐らくこの場にいた他の大人たちが教頭を抑え込んだんでしょうけど、あたしはそれどころじゃなかった。溢れ出る涙で、視界はまるで何を写しているのかわからない。
その後は、教頭を中心に置いてのゴタゴタがあったみたいだけど、あたしは襲われた恐怖心と、こんな醜態を晒した事実と、なんかもう訳の分からないくらいぐちゃぐちゃな状態で周りがどうなってるかなんてわからなかった。
落ち着いた頃には教頭の姿はなく、変わりにいつの間にか来ていた保健室の若い先生があたしの背中を摩ってくれていた。
ここで女性を追加してくれるのは結構ありがたい。
こんな事があった後で男どもに囲まれるのは恐怖でしかない。
ただ、多少落ち着いたもののまだ混乱しているあたしを目にして、周りの大人たちは聞き取り調査はまた後日と判断したようで、今日のところはここまでにして速やかに帰宅するようにと促された。
ついでに校長から深々と謝罪されたがこれで許されるような問題でもないけどね。
ま、あたしは能力者である以上ある程度の事は割り切ってあげるから、その辺は感謝して欲しいところだわ。
上手く言葉も交わせないままに、あたしはフラフラと一人教室へと向かった。
他の生徒たちはもうとっくに下校しているのか姿が見えない。
そう言えば今日は須藤と和樹との約束があったんだけど……帰っちゃったんなら仕方ないわね。
また明日かもしくは須藤にでも連絡して適当に予定組んでもらうしかなさそうね。
ふと視線を上げると一年の生徒が教室へと入っていくのが見えた。
さっきまでは気付かなかったけど、あたし以外にも生徒がいるのかしら?
そう思った途端、頭の中にある考えが過ぎる。
あたしが疑われて、最後に取り調べを実施された。
あの大人たちも疑いを掛けているのはあたしだけじゃないと言っていた。
もしかしたら、まだ下校していない生徒は犯人候補なのでは?
その可能性があるならばこの場にいる生徒を確認しておくだけでも他の能力者に辿り着けるかもしれない。
見つけた生徒の後をこっそり付けようとすると後ろ髪を軽く引っ張られる。
「ちょっ、なっ!」
急な事に反応できずそのまま後ろに倒れて尻もちをついてしまう。
「あったた……何よもう、誰?」
振り返るとそこには一人の少女が立っている。
「君も、、犯人?」
三城巴。
不思議系キャラでやってるのか知らないけど、会話の通じないヤツで昔あたしが虐めてた子の一人でもある。
「?三城さん?何よ犯人って。あたしは別にそういうんじゃないから。」
「うちは犯人だって言われちゃった。君は違うの?じゃあこっそり居残ってる悪い人だね。」
ほんとに調子狂うわね。
こんなやつ相手にしてるだけ時間の無駄よ。
「あ〜はいはい。悪い子はすぐ下校するから。邪魔しないでくれる?」
「教頭を追い出したのは君だよね。」
その言葉に思わず立ち止まってしまう。
それに追い出すって言い方、コイツ……。
「あんた、そんな事なんで……」
「わかるよ、清水さん。うちと違って可愛いもんね。じゃぁうちは帰るよ〜じゃね〜。」
「え、は?ぇぇえ?ちょっと!待ちなさいよ!」
あまりにも何の脈絡もなく進められる話についていけない。
ついでに逃げ足も速いみたいで、あたしは追いかける気も失せた。
ただアイツがあたしの事に関与して来たのはかなりデカい。
この時間に残ってる生徒で且つあたしの事に触れてきた。
何かしら知っている生徒と睨んでも損はなさそうね。
とりあえずあたし一人で行動するとどこかの馬鹿が黙っちゃいないから、今のところは相談することにしましょう。
気持ちを切り替え下校の支度を済ませて校舎を出る。
校門を抜け、いつも通りの帰路に着くと突然あたしの首筋に痛みが走り意識が抜け落ちる。
気が付くと身動きの取れない状態で、真っ暗で、わけのわからない状態になっていた。
再び募ってくる不安と恐怖心に身体を震わせると、男の声がする。
「よぉ清水。気が付いたか。」
若い、というより幼いようにも聞こえる。
「突然で申し訳ないんだけどさ、あんたには死んでもらいたいんだよね。」
そう言うと同時に、腹部に激痛が走る。
蹴られたか殴られたか、この男はあたしに暴力を振るってきた。
「ゲッホッゲッホッ!ウゥ……!」
「はぁ……ふぅ……何か言い残す事があるなら今のうちに言っておけ。」
あまりにも唐突な出来事に混乱し、状況を飲み込めない。
「だ、誰よ、あんた……。」
思わず出たのは当然っちゃ当然の疑問だった。
「おいおい、冥土のみあげにそんな事が知りたいってか?」
苦笑しながら言われる。
「別に、冥土の土産が、ほしいわけじゃないわよ。単純に、知りたいだけ。」
「すぅ……はぁ……はぁ……。なんだよ、これ……。」
あたしの言葉にまるで興味を示さないかのように、目の前にいるであろう男は呼吸を乱している。
「あんた、何してるの?そもそも、なんであたしの事、殺そうとして……」
「待て……頼む。それ以上喋らないでくれ。」
お腹をやられて苦しんでるあたしと同等かそれ以上くらいに苦しんでいるような男に違和感を覚える。
ガン!ガン!
「クッソ!なんで!何なんだよお前!」
暴言を吐きながら恐らく壁を殴っているのか凄まじい音がこの空間に響き渡る。
「……いや。落ち着け。ここで俺が手を出す必要はないか。ハッハッハッ。出来ればあんたには楽に死んでもらいたかったよ。残念。」
そう言い残して、男は去っていった。と思う。
男が誰なのかはもちろん、目的がまるでわからない。
だけど、言い残して言った
「その能力に感謝」
とは、つまりそういう事ね。
視界が奪われた状態では、この場の状況はまるでわからなかった。
それから程なくして警察官が来て、須藤と和樹が来てって流れになる。
これがあたしが経験した怒涛の一日。
それは水面下で蠢く無数の影がチラホラと尻尾を出しては姿をくらましていく、怒涛の割には何の成果もない一日だった。