始動。
朝練を終えて教室に戻り、担任が来るとホームルームの挨拶もなしに今朝方あったという騒ぎの話をしていた。
どことなくソワソワしている生徒たちがそれを聞いてまた不安げな表情を見せる。
担任の話を聞いて騒然とする教室を見渡すと、興味を惹かれる生徒たちを他所に毛色の違う表情を浮かべる生徒が二人……。
うち一人は雄也である。昨日と今日の態度といい、雄也はその怪しさをもはや隠すことはない。
清水の態度からして、俺を朝練に巻き込むことは伝えてあったがその意図までは伝えてなかったのだろう。こちらも怪しさ満点である。
先程はとんでもない話をされて冷静さに欠けていたとは言え、安直に“二人”を疑いすぎたか?
言い方は悪いが、もしかしたら清水は雄也の手駒に過ぎないのかもしれない。
正直、俺の主観でしかないが清水からは悪意が感じ取れない。真っ直ぐで、軸があって言葉に重み、自分の意思を乗せているのがわかる。
しかし雄也からは……悪意は感じないのだが、それに対して言葉に重みがない。重みと言うのは、立場云々の話ではなく、本人の意思が感じられない、まるで目の前に置かれた原稿を読み上げているような、捉えどころのない“浅さ”を感じる。
雄也の裏で糸を引く何者かがいるのかもしれない。もちろん確定事項ではないが、意図にせよ糸(を引くもの)にせよ(うまい!)どちらにしても探っていくことが賢明だと思われる。
そして、この教室で周りとは違う挙動を見せるもう一人の生徒……シンジくん(仮)である。
担任の言っている今朝方の事件が仮に伊藤たちの仕業だとしたら、シンジくん(仮)がターゲット、とか?
いやそれならここにいること自体おかしいか。
しかし、シンジくん(仮)に関しては俺の記憶にも残ってないし……ていうか過去の事を大体覚えてる俺ですら名前わからないくらい影薄いしそんな人間の仲良い奴とかも知らないし情報が少なすぎる。あれもこれも情報がないと先に進まないな。
よし!まずは名前を覚えるところからにしよう。
とは言え、突拍子もなく名前を聞くのも気が引けるな。
ま、俺が無理なら他の人間に頼むだけだな。
雄也と清水も気になるが、どちらにせよ俺には頼れる友達が一人いる。
今後の作戦を頭の中で大雑把に整理していく。
今の状況と、どの情報が必要で、その上での優先事項を考え……
「杉山ぁ!!!!」
突然の怒声に思わず肩がビクッとなる。
どうやら担任が俺を名指しで注意してきている。そこそこのキレ具合で。
周りを見回すと他の生徒たちが起立している。
どうやら号令に取り掛かっているようだ。
あ、これはとても恥ずかしいな。
「すみません。ちょっと考え事してました。」
ほぼ反射的な答えを出す。俺が考えに耽っている間に、どうやらホームルームは終え授業の号令にまで移っていたらしい。周りから冷やかな視線と、嘲笑が感じられる。
「杉山、五月病か?いつまでもゴールデンウィーク気分のままじゃ困るぞ〜」
担任が少しだけ不機嫌そうに言う。
すみません。とだけ返し、周りの視線が余りにも痛いので俯きながら号令をした。
その後は何事もなく、またいつも通り午前中の授業を終えて給食から昼休みへと移る。
放課後は雄也と共に下校する事を考えると、俺が自由に行動できるのはこの時間くらいか。
そう考えてチャイムが鳴るなり俺はそそくさと教室を出ていく。昼休みは各々がそれぞれの時間を過ごしているが、中学生という事もあってか構内で過ごす生徒より、ただ友達と雑談するだけであってもとりあえず校庭に出ていく生徒が多い。
その流れる生徒達と共に教室を出た俺は、まっすぐ中原のクラスへと向かう。
中原のいるであろう教室に着くも、中に残っている生徒はもはやパッと見てわかる程度でその中に中原の姿は確認できなかった。
友達が少ないと言っていた中原があの感じで校庭に出ているのがあまり想像できない。
ならば、真面目な中原が全うしているであろうクラス委員の作業とかはどうだろうか?
そう考えた方が聞き込みもしやすい。
たまたま近くにいた男子生徒、東郷勝に話しかける。
「なぁ、中原どこにいるか知らないか?」
「知らねー。アイツ友達いないだろうしどうせ保健室とかで泣いてんじゃねーの?」
多少不貞腐れたような物言いで答えてくる。
保健室で泣いている?
この男子生徒、東郷からは中原を嫌っていると言う感情が態度から現れている。
これはこれで由々しき事態になりそうであるがとりあえず対処は後回しにしておく。
「保健室な。サンキュー助かった。あんた名前は?」
「東郷勝だ。アイツの泣き顔確認してくれれば今回の貸しはなしでいいから。
ほんじゃ!」
そう言って立ち去っていく東郷。彼は中原の事が嫌いという事を隠す気はないようだ。
あの才色兼備の高嶺の花子さんも嫌われることがあるのか。
しかし今日も今日とて朝からやたらと情報量が多いな。
とりあえず雄也の事を優先して行きたいが、中原の事も心配だ。どちらにせよ中原本人に会う必要があるしな。
そうして俺は保健室へと向かった。
保健室に着き扉を開けると中には誰もいなかった。いや、正確に言うとその場に立って確認できる人影はおらず、ベッドの仕切りになっているカーテンが閉められている。未使用の場合は基本的に開放されている事から人がいることが分かる。しかし、これでは中に人がいたところで誰だかわからない。
保健の教員でもいれば軽く尋ねることも出来るのだがなぜだか席を外しているようだった。
いきなりカーテンを開ける訳にもいかないし、声を掛けるにしても中原じゃなかったら少し気まづい。
ここで悩んでいるならもう少し確実性のある情報を掴んでおきたい。
俺は今朝の会話を思い出す。雄也と清水が交わしていた会話。
雄也の言った、後で話す、となるとタイミング的には昼休みが一番手っ取り早く落ち着いて話せるタイミングだろう。俺は駆け足で廊下を抜けて校庭へと走った。
目指すはあの古びた倉庫だ。朝からあんな場所で話し合ってる辺り昼休みだろうと会議の拠点はここにしている可能性が高い。
そうして倉庫まで辿り着き、昼休みの喧騒に紛れながらも裏手に回るが話し声は聞こえてこない。それどころか、人がいる気配がない。
俺はまた表に回り込み思い切って倉庫の扉を開けるが、中には雄也と清水の姿はなかった。
「あれ、読みが外れたか。」
こんな事なら最初から清水をマークしておけばよかったか……。
雄也をマークしたところでどうせ俺は信用されていない。後を着ければ怪しまれるし話を聞けば誤魔化されるのはわかっていた。
《ピーポーピーポーピーポー》
そんな事を考えていると救急車のサイレンが徐々に学校に近付いてくる。
そして、音が近付いてくるに連れて外で遊んでいる生徒達の動きも止まり音の方へと身体を向けていく。
やがてそのサイレンは校門の前まで着くと、赤色灯を光らせながら校門をくぐり抜けてくる。
ざわめく生徒達。だがしかし、校庭で遊んでいる中に、救急車を呼ぶような怪我をした生徒は見当たらない。そもそもそんな事態なら、救急車を呼ぶ時点でそれなりの騒ぎになっているはず。そうなっていない事を考えると、生徒の少ない校舎内……保健室で寝ていた生徒……!?
頭の中に嫌な予感が入り込んでくる。
まさか、中原が!?
野次馬に群がる生徒達の波に乗り俺も救急車の方へと近付く。しかしまぁ当然の事ながら、教員たちはそれを許さない。そして救急隊員もマスクと帽子の隙間から見える目付きから、それなりにイラついている事が窺える。
《ウゥーウウウーー!》
次にサイレンを鳴らしながら駆けつけたのはパトカーだった。警察?
そうなってくると起きたのは事故ではなく事件である可能性。事件だとすると、犯人はまだ校舎内にいる事も考えられる。これは確かに、安易に近づかない方が良さそうだ。
それから俺達全校生徒は校庭へと集められた。
警察も何台か応援が駆けつけて、校舎内へと入る人や生徒達の誘導に徹する人で役割を分担していた。
校内放送では
《不審者がいるため生徒達は皆校庭へと避難するように》
という旨が放送された。しかし、当の不審者は姿を見せない。
時折校舎内から顔を出す警官からも、さほどの緊張感も伝わってこない。
何をしているんだ?
そんな事を考えていると、校長からメガホンで生徒たちに向けて話があった。
今日の所は収拾がつかない為、親同伴もしくは教員同伴で下校するという事だった。
ざわめく生徒たちを他所に教員たちは親御さんへの連絡やら何やらでドタバタしている様子。
俺の母親は恐らく今日も仕事だろう。
迎えに来るのは期待しない方がよさそうだ。
しばらく経ってチラホラと生徒たちの親が迎えに来る中、そこには俺の母親の姿があった。
「あ!かぁずきぃ〜!!!」
他の家族が少し不安げな表情を浮かべる中、一人ニッコニコで手を振る俺の母親。
そのおかげで緊張が解れたのか、はたまた馬鹿にしている生徒もいるのか、その場からほんの少しだけ笑いが生まれた。
「いやほんと恥ずかしいから勘弁してくれよ。」
軽く照れ隠しをしながら、俺と母親は家路を辿った。
家に着くなり、ヨイショヨイショと玄関を上がりリビングの隣の部屋へと駆ける母親。
「そんなに慌てると転ぶぞ。」
「かずきもちょっと早く!」
珍しく慌てている様子。リビングの隣の部屋は言わば娯楽部屋のような仕様になっている為、普段暇な時なんかは、テレビを見たり、ゲームをしたりする部屋である。
そう、リビングにはないテレビが置いてあるのだ。そそくさとテレビをつける母親。
チャンネルを回してニュースに切り替える。
「さっきの学校の騒ぎか?流石にニュースになるには早いだろ?」
「ええ〜?ここ最近ずっと話題になってるわよ〜?」
うん?ここ最近ずっと?俺の体験した学校の騒ぎは今日が初めてだ。学校を休んだこともなければ、あれほどの騒ぎを知らないなんてことはない。
《続いてのニュースです。○○県○○市のアパートで遺体となって発見された男性の……》
!?!?俺の住んでいる地区!?
このアパート、家のすぐ近く、っていうか学校のめちゃくちゃ近くじゃねーか!!!
《……死亡した男性は無職の中道茂さん(32歳)で、部屋から人と争ったような痕跡がある事から殺人事件として捜査を進めています。》
そうか、学校じゃなくて学校の付近で殺人事件があったのか!
いやしかし、ここ最近ずっと話題であるなら、何故生徒たちが学校にいるタイミングで警察が来た?事情が事情なら学校閉鎖したところで文句は言われないだろうが……。
俺はニュースを見てないんで知らなかったが、今朝から何となく他の生徒がソワソワしているのはこのせいだったか。
学校では満点の笑顔だった母親も、ニュースを見て心配そうに俺を見てくる。
「俺は大丈夫だから。明日からの学校、どうなるのかな?」
「うーん、先生たちはまた連絡網回すようなこと言ってたけど、私は行かない方がいいんじゃないかな〜って思ってるけどね〜。」
そうだな。俺もそれには賛成だ。
「じゃぁとりあえず俺は部屋で大人しくしてるから、連絡来たら教えてくれ。」
「はいは〜い。」
そうして自室に戻り、ケータイを取り出して中原へと連絡する。いきなり電話するのは少しハードルが高いのでメールを送る。
結局今日は何の情報も得られなかった。それどころか、朝からパンクしかねないほどの情報量を叩きつけられてしまった。
いかにもヤバそうな事件が多発しているが、俺の中の優先事項はあくまで雄也だ。
清水の口振りから、雄也は一人で行動できる人間の可能性、そして今朝の騒動の時見せた表情から察する余裕。こちらは恐らく騒動について何か知っているか、もしくは目星が着いていると考えてもいい。雄也を追っていけば恐らく真相が掴めるだろう。
そしてもう一つ忘れては行けない事……。
昨日、倉庫裏で盗み聞いた雄也と清水の会話。
そこには『特殊能力』という単語が何回か出てきた。とても現実離れした考えだが、しかし全力で否定できるほど、俺は現実に忠実に従っているとは言い難い。タイムリープしちゃってるしな。
思い耽っていると中原からメールの返信が来た。
《お疲れ様〜!私は全然平気だよ!
話色々聞きたいから、今度直接会えないかな?》
俺は今日の事件での安否確認と、シンジくん(仮)についてのメールを送っていた。
しかしまぁ、電話のハードルが高いとは言え相手に的確に伝えるとしたらメールもそこそこにハードルが高い。中原もそれを察しているんだろう。直接会う提案には俺も同意だ。
《了解。明日学校があれば、その時に話したい。》
送信。直接会うなら、そのタイミングで東郷の言っていた事も聞いておこう。
それに、俺が中原を気にかけている以上、雄也と清水も中原を勘繰っている事もありえる。
雄也の本心を探りつつ、その上で俺が信頼できる人間との関係を構築することを優先していく。ひとまずはここから話を進めていく事にしよう。