朝練
「じゃぁ早速だけど、あたしたちって何でタイムリープしたんだと思う?」
「さぁー?何でだろうなー?わかんないなー難しいなー。」
「ちょっと、真面目にやんなさいよ!これじゃ集まった意味ないでしょ!」
開始早々に痴話喧嘩である。コイツらやっぱり付き合ってるよな?
「ええと、何でタイムリープしたかはわからないんだが、これはそもそも本当にタイムリープで合ってるのか?」
疑問を呈する。
「何よどういう意味?」
「いやな、俺の記憶が正しければなんだが……多分俺もう死んでるんだよ、ビルの屋上から落ちて……」
一瞬、清水と雄也が顔を見合せた。
「……んまぁまずそこからよね。かず、杉山くんにはまだ話してなかったけど、あたしたちも生前の記憶が正しければ既に死んでるのよ。」
そう言われて、正直驚いた。
ていうかとんでもなく驚愕の事実を涼し気な顔でサラッと言ってのける清水の肝の据わり具合にも面食らった。
それにしても、全員既に死亡しているからと言って納得ができるものでもない。特に俺の場合は事故。この二人がいつどんな形で亡くなったかも知らない。
「俺は、雄也と清水が死んでいたなんて知らなかった。知らなかったらどうって訳でもないが……例えばこれが死後に見ている長い夢ってことも考えられる。」
「かず……杉山くんは長い夢だって言われたら納得できる?この時代に未練はある?」
「納得は出来ないがあくまで可能性の話だ。
あと、呼びづらいなら和希で良いぞ。」
清水はその頬を少し赤らめて頷いた。
「うん、わかった。」
そう言ってはにかんだ。ちょっとした一言でも男子を悩殺しかねないな、コイツは。
「おいおい俺だけ置いてくなよー!」
雄也が隣でボヤき始める。
「あんたがふざけてるからこうなるんでしょ!
置いてかれたくないなら真面目にやんなさい!」
「んな事言ったってよー、そもそも意味なんて今更考えたところで何か変わるのかー?」
間抜けな物言いだが、それも一理ある。
何をどうしようと戻ってしまったなら仕方がない。生前と同じ轍を踏まぬように生きていこうと、努力していくものだ。
が、しかし。問題はそれだけには収まらない。
「あんたね、“ここ”が“前”と同じ世界ならいいかもしれないけど、何かズレてるから不安になるんじゃない。それもあたしたちの知らないところで、何かが変わっていってるのよ?」
そう、問題はそこにある。
その細かいズレは、俺たちの知らないところでヒシヒシと蠢いている。
「前から少し気になってたんだが、俺も記憶にない事が起きることに対して戸惑ってるのは戸惑ってるわけだけど、それは俺たちが生前とは違う行動を取ってるから、巡り巡って影響が出てる、とは考えられないか?」
真っ当な意見だと思って発言したつもりだったが、雄也と清水の顔色は思いの外暗いままだ。
「何か思い当たることがあるのか?あるなら教えてくれ。」
「ええ、そうね。それなんだけど……」
「おおっと、話の腰折って悪いんだけどもう校舎行かないとまずいかもー!」
清水が切り出そうとした時、雄也がそれを遮るように叫んだ。
倉庫の扉を少し開けて外を見ると、朝練に励んでいた生徒たちは後の片付けをし終えてダラダラと校舎へと向かって歩いていくのが確認できた。なるほど、本当に始業まで時間がないようだ。
「じゃ、この話はお預けね。」
清水がため息混じりにそう言った。
「お預け?放課後にでもまた集まれないか?俺ももう少しこの世界の事を知っておきたい。」
そういうも、またも顔を俯かせる二人。
ダメだ。俺の期待とは裏腹に、この二人には何か表には出せない事情があるように思えた。
「明日の朝でもいいんじゃねー?」
雄也が間の抜けた声で言う。
「ま、それでもいいな。やることは変わらないだろうから。」
とりあえずそこには賛同しておく。
しかし腑に落ちないな。昨日は突然逃げ出した雄也が、いざ今日になって俺を朝練へと誘い出した。
だがその朝練の中身は、あってないようなもんだ。
この会話を通してしまうと、逆にこの二人を疑いたくなってしまう。
俺は生前の彼らの関係性を知らない。
それ故に、これでは判断材料が少なすぎる。
そしてもう一つ、忘れてはいけない事がある。
昨日倉庫裏で盗み聞いた『能力者』というワード。
俺にはないと思っていたが、この二人は所謂『特殊能力』について何かしらの自覚があるのだろう。
恐らくだが、二人の言う『能力者』として俺も警戒されているのだろう。
二人の関係性はそれなりに深いと見える。
俺の方も警戒しておく必要がありそうだ。