本当は
1.遠足
雲一つない晴天、新緑の匂いがした。3年3組の生徒30人を乗せてバスはあすか公園に向かった。バスの中で生徒達は歌を歌ったりクイズを出し合ったりして楽しい時間を過ごした。担任の上野先生は今年先生3年目でこの生徒達を入学してからずっとみていた。とても感情が激しい先生で生徒をえこひいきしていたので保護者からは不満が出ていた。
上野先生は学校生活をマメに写真を撮って、
それをクラス便りに乗せていたが、写真に映る子はいつも決まっていて、上野先生のお気に入りの子ばかりだった。1年間一回もお便りの写真には載らない子も何人もいた。1学期が終わる頃には保護者からいろんな不満が出始めていた。お気に入りの子が学校をお休みすると、なぜか給食を家まで届けるという不思議な行動をたびたびして、保護者からはクレームが入っていた。そして、授業中では少しでも勉強が他の子に比べてできないとできないことをみんなの前で馬鹿にして笑いものにしていた。家に帰ってみんなの前でバカにされた子は明日から学校行かないと泣いて学校に連絡すると、それでも教頭先生はそれをかばっていた。
ある日、国語の本読みで声が小さいと上野先生は佐藤若菜ちゃんを注意した。
「佐藤さん、もう少し大きな声で呼んでみて、やり直し。」
若菜ちゃんは頑張って大きな声で本を読んだが、
「佐藤さん、もう少し大きな声で呼んでみて、もう一回。」
「えっ」若菜ちゃんは下を向いたまま、本を読んだ。
上野先生は薄ら笑いで
「もう一回。」
若菜ちゃんは下を向いたままでもう一回頑張って読んだが、声が鳴き声になってしまい、震えていた。子供達は心配そうに若菜ちゃんを見たが、上野先生は
「変な声だね。」
と言って笑った。男の子達は先生につられて笑った。笑い声を聞いて若菜ちゃんは泣いていた。そして次の日から佐藤若菜ちゃんは学校に来なくなった。
バスは目的地のあすか公園に到着した。
公園の中で4人グループになり、宝探しをした。
吉田達也君大西光君戸田春人君福山健君、4人は一年生の頃から一緒のクラスで仲良し4人組だった。三年生のクラス替えも一緒のクラスになれて大喜びだった。宝探しが始まった。宝探しは金のメダルを集めるゲームだった。一番多く集めたチームの勝ち、制限時間は2時間。各チーム小走りに走ってメダルを探していた。
吉田達也君が
「4人一緒に探しても効率が悪いから、まずは2人ずつそれから1人ずつになって探すのはどうかな?」
「そうだね。それがいいね。たっちゃん一緒に行こう。」大西光君が言った。
「じゃあ、春ちゃんと健ちゃんで回ってくれる?」吉田達也君が言った。
「うん、わかった。」
戸田春人君が笑顔で答えた。2人ずつに別れ宝探しが始まった。
吉田達也君と大西光君は2人で走って公園の奥を目指した。まだ誰も到着していなかった。2人は公園の中にあるため池の周りを一周して宝探しをした。池周遊の半分くらいでメダルを一個見つけた。
大西光君が
「たっちゃん、ちょっとここで待ってて」
「えっ、どうしたの?」吉田達也君は聞いた。
「すぐに戻ってくるから、待ってて」
そう言って大西光君は
森の中に消えて行った。
しばらく待ったが光君は戻って来なかった。
達也君はもしかしたら春人君達と合流したのかな?と思いながら、1人で宝探しを続けた。
2.1人不明
30分後に4人が合流するところになっていた場所に達也君は急いだ。
そこには春人君と健君の2人しか待っていなかった。
「あれ?光君は?」
健君が達也君に聞いた。達也君は
「途中でちょっと待ってて、って言って戻って来なかったんだ。」
「えっ、それで置いて来たの?」春人君がびっくりして言った。
「少し待ったけど、戻って来なかったから、もしかして先に4人の集合場所に行ってしまったのかなって思って」達也君は慌てて言い返した。
「光君とはぐれた場所に行ってみよう。」健君が言った。
4人は池のところに来て慌てた。そこには、光君のリュックの中身が荒らされていた。
「これ、光君のだよね」春人君が叫んだ。
「光君に何かあったんだよ。」健君は泣きそうな声で言った。
「みんなで探そう」春人君が走り出した。
3人は池の周りを探した。そこへ担任の上野先生が現れた。
春人君が
「先生、光君がいなくなってしまって、みんなで今探しています。」
「いなくなった?どこで?」
「池の近くで、荷物だけありました。」春人君は泣き出した。
「わかった。他の先生にも連絡してみんなで探すから。」
3人は光君のことを必死に探した。
「光君、どこ?」
「光君」
「光君」
集合場所に行ってみると宝探しで見つけたメダルを自慢しているたくさんの友達がいた。
春人君は泣きながらみんなの輪の中に入って行った。
「春人君、どうしたの?」
「大西光君がいなくなってしまったんだ。」
「えっ、大変だ。迷子になったんだね。みんなで探そう」
「そうだね、みんなで探そう」春人君のクラスはみんなで光君を探し始めた。
「光君」
そこに学年主任の黒田先生が来た。
「君達は何をしてるの?」
春人君が
「先生、大西光君がいなくなってしまって、
担任の上野先生も知ってるよ。先生達は何で探してくれないの?」
「ごめんね。先生は光君がいなくなったこと、今知ったんだ。
これから他の先生にも伝えて探すね」黒田先生は急いで上野先生に連絡した。
「上野先生、大西光君がいなくなったって、
どうしてすぐに報告してこないんだ。」上野先生は
「今、報告しようと思っていたところです。」
「すぐに集合場所に来なさい。」
「わかりました。」
上野先生は不満そうな声で返事をした。黒田先生はすぐに公園の園内放送で
「滝川小学校の先生は
至急集合場所に集まってください。」と放送を流した。他の先生はすぐに集合場所に来たが、上野先生はなかなか来なかった。黒田先生はかなりイライラして待っていた。
「上野先生、報告してください。」
「はい、大西光君がいなくなりました。持ち物が池の近くで見つかりました。」
「大西君は誰と一緒にまわっていたんですか?」上野先生は
「たぶんクラスの子達だと思います。」
黒田先生は少しイラついた口調で
「誰と一緒でどこでいなくなったのか、詳しく聞き取りしてください。」
上野先生は返事もしないでその場を立ち去った。黒田先生は残りの先生と大西君を探すことにした。公園の園内放送では
「滝川小学校の大西光君、集合場所に来てください。」
3.大捜索
大西光君の捜索が始まった。小学校からは手の空いている先生達が捜索に駆けつけた。午前中探して見つからなかった。遠足に来ている生徒はお弁当を食べて帰ることになった。
そして警察に連絡した。50人の警察官が公園を捜索したが、見つからなかった。暗くなり一旦捜索は打ち切りになった。先生達も小学校に戻ってきた。教頭先生が上野先生に
「詳細を教えてください。」
「公園の池の近くで友達と一緒にいて、1人でいなくなってしまったようです。」
「一緒にいたお友達は誰ですか?」
「わかりません。」
「後で聞き取りしてください。この後、大西光君の家に一緒に行きます。教頭先生はまだしばらく学校に残っていてください。他の先生方は明日土曜日でお休みですが、学校に来てください。お願いします。」
大西光君の家に着くと警察が来ていて母親は事情を聞かれていた。
校長は母親に
「この度は学校の行事中にこのようなことが起きてしまい大変申し訳ありません。学校としても全力で探します。」と謝罪した。
上野先生は一言も喋らなかった。母親が一言
「上野先生、責任は取ってもらいます。」上野先生は下を向いたまま言葉を発しなかった。
次の日、大捜査が始まった。その日は一般の人は公園に入れなくなって規制線が貼られた。
吉田達也君はお母さんと一緒に公園に来て、警察の人に事情を聞かれていた。
「どこで、大西光君と別れてしまったのかな?」
吉田達也君は下を向いたまま、
「池の近く」
「その時、大西光君は何て言ってたのかな?」
「すぐに戻ってくるからここで待っててって、だから、しばらく待ってて」
「待って、どうしたのかな?」
「戻って来なくて、
もしかして4人で決めていた集合場所に行ったのかなって」
「その後は?」
「4人で決めた集合場所に行ったら、いなくて、そしたら、戻ってみんなで探そうって、
戻ったら、光の荷物が落ちていたんだ。」
「大西光君の荷物はどこに落ちてたの?」
「光と別れた場所に」
達也君は泣き出した。
「大丈夫だよ。すぐに見つけるからね。」
それから、大捜索が始まった。
学校の先生達も参加して探したが、担任の上野先生は来なかった。
教頭先生が何回か電話したが繋がらなかった。
一日中探したが見つからなかった。
次の日日曜日も大捜索したが見つからなかった。月曜日に上野先生は土曜日日曜日は体調が悪く連絡もできなく、申し訳ありません。と校長に謝罪した。学年主任の黒田先生には何も謝罪がなく、他の先生にもなかった。先生達からは今まで溜まっていた上野先生への不満が爆発した。
「黒田先生、上野先生はどういうつもりなんでしょうか?担任なのに捜索に参加しないで」黒田先生は困った顔で
「私には何も話さないので教頭先生に報告したのですが」
黒田先生は学年主任の立場で上野先生のせいで板挟みになった。
4.今度は
大西光君が消えてから、一か月が経ち警察の捜索も縮小された。
担任の上野先生は何もなかったように大西君の話はしなかった。
大西光君が行方不明になってから戸田春人君は吉田達也君に少し距離を置くようになっていた。
そんなある日、福山健君が学校を休んだ。
上野先生も連絡がとれず困っていた。
「戸田春人君、福山健君の家近いよね?
学校の帰りに手紙持って行って」
「はい」
春人君は最近仲良くなった中野守君と2人で健君の家に行った。インターホンを鳴らしても返事がなかった。中野守君が玄関のドアノブに手をかけた。
「ダメだよ。」春人君は言ったが、守君は
「あいてるよ」と言って中に入って行った。
「健君?」
「わぁ」
「何?どうしたの?」春人君が後から家に入るとそこには血のついたナイフを持った健君の中学二年生のお兄ちゃんが立っていた。足元には血だらけの健君とその両親が倒れていた。悲鳴を聞いて駆けつけて来た近所の人によって2人は保護された。健君のお兄さんは警察で何も話さなかった。13歳だったので刑事責任を負うことはなく親戚に預けられた。
惨劇を見てしまった守君は家から外にでられなくなって不登校になってしまった。守君の両親は担任の上野先生を休みの子に手紙を届けさせたことを責めた。守君に頼まなければ不登校にはならなかった。と、でも上野先生は頼んだのは春人君に頼んだだけで守君には頼んでいない。春人君は今まで通り学校には通っていたので謝罪はしなかった。それが保護者の中で問題となり担任交代運動が起きてしまった。学校側も一か月前に大西光君が行方不明になっているのもあり担任交代で臨時に担任を雇った。上野先生は担任交代と同時に学校を退職した。
5.どこへ
しばらくして移動教室の説明会があった。クラスは大西光君が行方不明のまま、福山健君は亡くなり、しんみりとしていた。
新しく担任になった女性の秋葉先生は若い先生で一生懸命に子供達に寄り添おうと、頑張っていた。
殺人現場を見てしまった戸田春人君は学校では普通にしていたが、
家に帰ると部屋の隅で座り込んでいた。母親は共働きなので夕食は冷蔵庫に作ってあるのを温めて1人で食べて寝ていた。だから、春人君の本当は心に深い闇を持ってしまったことに母親は気づかなかった。
移動教室は一泊2日の千葉県の千田だった。
千田シーワールドで一日中遊んだ。イルカショーでは戸田春人君と吉田達也君は一緒に見て久しぶりに2人で笑った。2人でお揃いのイルカのキーホルダーを買った。2人でお互いのリュックにすぐにつけた。それから2人で館内を見学していた。春人君が1人でトイレに行ったその時だった。大きな地震が起きた。館内は大騒ぎになり、揺れが落ち着くと急いで外に出るように指示がでた。達也君は春人君を待ったが、戻ってこなかった。そこに担任の秋葉先生が来た。
「吉田達也君、急いで外に出て」
「先生、春人君がトイレに行って戻って来ないからここで待ってる」
「先生が探すから、吉田君は外に避難して」
「僕も一緒に探す」
達也君は遠足の時に大西光君を待たなかったことをずっと後悔していた。待っていれば光君は行方不明にならなかったのではないかと思っていたのだ。だから、今回は待つことにした。先生とトイレに行ってみると、お揃いのイルカのキーホルダーをつけたリュックが落ちていた。
「あ、これ、春人君のリュックだ。」
「戸田君のリュック?」
「うん、ほら僕とお揃いのイルカのキーホルダー」
「本当だ、トイレの中探しましょう」
「春人、春人どこ?」
「たっちゃん」
「春人」
2人は抱き合った。
「トイレからでたら、大きな地震があってびっくりしてトイレに逃げ込んだんだ。」
「よかった。春人が見つかって」
「ありがとう。探しにきてくれて」
2人は手を強く握り合った。
「みんなのところに行きましょう。」
みんなが集まっているところに行くと、地震に驚き泣いている子や、慌てて転んでしまった子がいた。秋葉先生は急いで点呼をした。1人足らない。
田端友子さんがいない。
「誰か、田端さんのこと知らない?」
「友ちゃん、さっきまで一緒にいたよ。」
「どこ、行ったのかしら?」
「あ、トイレかも、行きたいって言っていたから」
「先生、トイレ見に行ってくるから、みんなはここにいてね」
秋葉先生は急いでトイレに行ったが田端さんはいなかった。
しばらく周りを探したが見つからなかった。
集合場所で、学年主任の黒田先生に田端さんがいなくなったことを報告すると
「また、いなくなったの?探そう」黒田先生はすぐに教頭先生に報告した。教頭先生は緊急職員会議を開いて、先生が何人か、急いで千田に行くことになった。
五年生の担任をしている白石先生は運転をしながら、
「3年3組は問題が起こりすぎではないですかね。遠足でも大西光くんが行方不明のままで、先日はあんな悲惨な事件が起きて」
同じ五年生の担任の西野先生も
「そうだよね、事件ばかりのクラスだね。前担任の上野先生が問題児だったからね。」
「確かに、大西光君が行方不明の時の捜索に参加しなかったしね」
白石先生は運転をしながら、大きく頷いた。
千田シーワールドに着くとパトカーがたくさん止まっていた。学校から連絡を受けて警察が大掛かりな捜索をしていた。
「あ、あの人上野先生」白石先生が思わず叫んだ。西野先生は気が付かなかった。
「こんなところに上野先生はいないよ。大西光君の時も捜索に参加してないし、今は担任ではないし、見間違えだよ。」西野先生にそう言われて
「確かに、そうだね。見間違えだ」
生徒達はバスで帰途についた。シーワールドには従業員と先生達と警察だけになった。捜索は朝まで徹夜で続いたが見つからなかった。
6.新聞記者
そして田端友子ちゃん失踪事件はテレビで大きく報道された。
日暮里新聞社の目黒記者は大西光君の行方不明事件から調べていた。
学校側の記者会見は校長先生が千田シーワールドで生徒が1人行方不明になりました。と報告した。今も警察と一緒に捜索しています。そして田端友子ちゃんの写真を公開した。
質疑応答になって日暮里新聞社の目黒記者が質問した。
「4月に田端友子ちゃんと同じクラスの大西光君が遠足中に行方不明になっていますよね?」
校長先生と教頭先生は顔を合わせて困惑していた。
「え、その件に関しては今ここでお話しすることはできません。」と校長先生が悩みながら答えた。
目黒記者は
「大西光君も行方不明になっているかどうかだけ、事実を聞いているだけです。」
他の記者の人達も
「そうだ、事実を」と
ざわついた。しばらくすると突然校長先生と教頭先生が記者会見の途中で退出してしまった。その日の夕方のニュースは小学生2人失踪と大きく取り上げられた。
記者会見もそのままニュースで流れて目黒記者は時の人になった。
目黒記者は大西光君の家族と一か月前から連絡を取り合っていた。
「これで光君の捜査もしてもらえるので望み持って頑張りしょう。」
目黒記者は光君の母親に電話でそう伝えた。
お母さんは泣きながら
「ありがとうございます。早く見つけて欲しいです。」と泣きながら言った。そして、マスコミは大西光君の家を突き止め取材をしようとした。光君のお母さんはインターホン越しに取材に答えた。
「学校からは何か連絡がありますか?」という質問に
「最近は全くありません。最初の頃は1週間分のお便りを届けてくれていたのですが、今はそれさえも届かなくなりました。光は、忘れられてしまったようです。」
「ひどい学校ですよね。記者会見の時は光君の話が出たら、逃げた校長先生ですからね。校長先生失格ですね。」
このインターホン越しのやりとりがまた連日ニュースで流れた。
世論は逃げた校長先生と炎上した。
教育委員会は動かざるおえなくなった。
そして、小学校では緊急の保護者会が開かれた。そして保護者会で校長先生は
「この度はお騒がせして申し訳ありません。
報道の件ですが、三年生の大西光君も行方不明になっているのは事実です。そして今回、田端友子ちゃんも行方不明になりました。警察は事件事故で捜査しています。学校としても全力で2人を探そうとしています。」
保護者の1人が手を挙げたが、教頭先生が
「本日は質問は受け付けません。これで保護者会を終了します。」と一方的に保護者会を終わらせてしまった。
保護者からは
「もっと誠意ある対応をしてくれ」
「一方的に保護者会終わらせないでちゃんと説明してほしい」など
抗議したが、校長先生も教頭先生も逃げるようにその場から立ち去ってしまった。
次の日、保護者会の様子をボイスレコーダーで録音したと、ニュースで流れた。
校長先生の対応に批判が殺到した。マスコミも大きく取り上げた。それにより警察も大掛かりな捜索を始めた。
大西光君が失踪した公園では大掛かりな捜索がまた始まった。そして公園の通りを挟んだところで1人の男性が捜索を見守っていた。そこに目黒記者が偶然通りかかった。目黒記者はその男性に見覚えがあった。
「あの人、どこかで見たような」目黒記者と目が合った瞬間、その男性は走って逃げてしまった。目黒記者は慌てて後を追ったが、逃げられてしまった。
7.謎の男は
そして、その男はまた、公園にもどってきた。
怪しい男性に気がつき観察している刑事がいる。春日署のベテランの田中刑事だった。新人の町田刑事とコンビを組んでいた。田中刑事は帽子を深く被り上下黒の若い男性の後を町田刑事と尾行することにした。
若い男は公園の近くの王子駅から電車に乗り赤羽の駅で降りた。そして駅前のスーパーで買い物をした。おにぎりや菓子パンをたくさん買っていた。
「あんなにたくさんのおにぎりとパン、どうするのかな?」と町田刑事がつぶやいた。その時だった。外で大きな音がした。店内にいた人達は、一斉に外に出た。スーパーの前の交差点で車同士の交通事故が起きていた。直進の車と右折の車がぶつかっていた。
「あ、あの男がいない」田中刑事が町田刑事に言った。
「外に気を取られてた。」
「交通整理しに行こう。」
そして2人はまた、捜索の公園に戻った。
公園の中はたくさんの捜査員やボランティアの人達が捜索していた。
その時だった。池の中から学校の帽子が見つかった。池の周りに人だかりができていた。その人達をかけ分けて大西光君のお母さんが泣きながら捜査員の側に駆け寄った。
「光の帽子、光」びしょびしょに濡れている帽子を受け取り座り込んでしまった。そこに田中刑事が駆け寄り、
「大丈夫ですか?」光君のお母さんは言葉もなく泣いていた。
「一応、名前を確認してもらってもいいですか?」
泣きながら、光君のお母さんは帽子の裏の名前を確認すると、そこには
「えっ、田端友子?
光の帽子ではないです。」
「田端友子ちゃんは、ここの公園ではなくて、千田シーワールドで行方不明になった光君と同じクラスの子ですよね」田中刑事はびっくりして言った。
光君のお母さんは
「そうですね。光と一緒のクラスのお子さんです。」
「帽子は預かります。
引き続き光君のこと、探します。」
「よろしくお願いします。」
町田刑事が
「どうして、ここに田端友子ちゃんの帽子があるのですかね?おかしいですよね」
田中刑事が
「そうだよね、おかしいよね。ここでいなくなったのは大西光君なのに、それとも、遠足の時に田端友子ちゃんは帽子を失くしていたのかな?親に確認した方がいいね。」
町田刑事が
「もしもし、田端友子ちゃんのお母様ですか?少しお話いいですか?
友子ちゃんは公園の遠足の時に帽子を失くしたりしましたか?」
田端友子ちゃんのお母さんは
「いいえ、帽子を失くしたことはないです。
何かわかったのですか?」
町田刑事は
「実は、遠足で行った大西光君がいなくなった公園の池で友子ちゃんの帽子が見つかりました。」
「え、友子の帽子が公園の池で?そんなはずはないですよ。友子は千田シーワールドで行方不明になったので」
町田刑事は
「千田シーワールドに行く時は帽子はありましたか?」
友子ちゃんのお母さんは
「千田シーワールドに行く朝までちゃんと帽子はありました。」
町田刑事は
「わかりました。また連絡します。」
と言って電話を切った。田中刑事が
「ここ最近のこの近辺の防犯カメラをもう一度確認して、誰が帽子を池に投げたか、確認しよう」
「そうですね。探します。」2人の刑事は集めた防犯カメラの映像を署で確認し始めた。
町田刑事が
「大西光君と田端友子ちゃんの行方不明は繋がっているのでしょうか?2人の共通点は同じクラス」
田中刑事は
「そうだね、同じクラス、何かあのクラスにはあるのかもしれない」しばらく探していると田中刑事が
「いた、あいつだ。この前尾行に失敗した、あの男だ。」
町田刑事も
「あの時の男だ。でもこれでは顔がわからない。帽子を深く被り、マスクして、あいつだ。」
8.男は
捜査本部は総力をあげて男の身元をつきとめようとしていた。
防犯カメラを徹底的に調べることにした。
田中刑事と町田刑事は以前男を見失った赤羽のスーパーにもう一度行った。そしてスーパーの防犯カメラで男を探した。男は防犯カメラの位置を確認していたのか、ほとんど映っていなかった。しかし、田中刑事達は、スーパーの外の防犯カメラを調べ始めた。すると、スーパーから少し離れた防犯カメラに歩き姿が似た男を見つけた。そしてその周辺を徹底的に捜索することにした。
その頃、大西光君の家には犯人から身代金要求の電話が突然入ってきた。大西光君のお父さんは大手銀行の副頭取で家はかなりの資産家だ。警察に連絡しないで一億円用意すればすぐに光君を解放するとのことだった。
光君の両親は犯人に言われた通りに警察には連絡しないで、急いで一億円の準備を始めた。その時だった。
「ピンポーン」
インターホンが鳴った。
「はい、どちら様ですか?あ、えっ、どうされたのですか?」
大西光君のお母さんは驚いた。
「ちょっと、近くを通ったので、その後、光君はどうされたかな?と思って」
「今、取込み中なので、帰ってください。」
「光君のお母さん、何があったのですか?」
「話せないのです。光が、帰ってください。」
「光君に何があったのですか?あの時は何も力になれず、申し訳ありません。何かあるなら、手伝わせてください。」
「どうぞ、中に入ってください。」中に入ってきたのは光君の元担任の上野先生だった。
「何かあったのですか?」上野先生が光君のお父さんに聞いた。
「先生、実は犯人から連絡があって、一億円用意すれば光を返してくれる。って」
「一億円は用意できたのですか?」
「今、準備しています。」
「警察には連絡したのですか?」
「警察には連絡していません。警察に連絡しなければ、すぐに光を返してくれる。と言っていたので」
「そうですか、警察に連絡しない方がいいですね。」
「でも、やっぱり警察に連絡した方がいいのかな?私達だけだと不安だし。」
「大丈夫ですよ。私が力になります。ちょっと、家の周りを見て来ますね。」そう言うと上野先生は外に出て行った。その時だった。家の電話が鳴った。
「一億円は用意できましたか?」犯人からだった。
「もうすぐ、用意できます。光は元気にしていますか?光の声を聞かせてください。」
「光君は元気です。」
「声を聞かせてください。」
「今は無理です。後、どれくらいで用意できますか?」
「1時間で、用意できます。」
「さっき、光君の家に入った人はもしかして警察の人ですか?」
「違います。担任の先生です。」
「なら、その人に一億円をスーパーマミーの王子店の駐車場のA6に今から2時間後12時に持って来させてください。お金を受け取ったらすぐに光君は解放します。」
「わかりました。」電話が切れて光君のお父さんは急いで外にいる上野先生を探した。上野先生は家の裏にいた。
「先生、大変です。」
「どうされたのですか?」
「今、犯人から電話があって一億円を先生がスーパーマミーの王子店駐車場に持ってくるように、指示されました。」
「えっ、私が運ぶのですか?」
「お願いします。光の命がかかっているです。」
「わかりました。行きます。」
まもなく銀行員が一億円を届けに来た。
上野先生は大西光君の家の車で指定されたスーパーマミーの駐車場に一億円を持って向かった。
大西光君のお母さんは
「光は無事に帰ってくるわよね。一億円渡せば帰ってくるわよね。」
「大丈夫だよ。きっと帰ってくる。信じて待とう」
しばらくすると、上野先生の運転する車が車庫に止まった。大西光君の両親は慌てて外に出た。
「上野先生、光は?光はどこですか?」
「スーパーマミーの駐車場に着くと黒ずくめの男性がいて、一億円を渡すとこのメモを渡された。」
(家で待て)
とメモには書いてあった。
光君のお母さんが
「光、光はいつ戻るの?
やっぱり警察に連絡した方がよかったのよ。」
「私、家の周りを探してきます。」上野先生はそういうと外に出て行った。
光君の両親は一睡もしないで光君の帰りを待った。しかし、光君はその日は帰って来なかった。
9.一億円
光君のお母さんは憔悴しきっていた。一億円払えばすぐに光君が帰ってくると思っていたのに光君は帰って来なかった。光君のお父さんは上野先生の連絡先を調べたがわからなかった。仕方なく警察に連絡した。
すぐに田中刑事と町田刑事が家にやって来た。
光君のお父さんが事情を話すと、田中刑事は「話はわかりました。ところで上野先生は今どこにいるのですか?」
「それが昨日一億円を駐車場に置いて帰って来て家の周りを探してきます。と言ってから戻って来てないのです。」
「そうですか、上野先生からも話を聞きたいので、電話してここに呼んでください。」
「それが、連絡先がわからなくて」
町田刑事は驚いて
「学校の先生なら、学校にいますよね?」
「それが、学校退職しているのです。」
「退職しても連絡先はわかると思うので、私が聞いてみますね。」
「お願いします。」
町田刑事は学校に問い合わせをして教えてもらった電話番号をかけてみた。繋がらなかった。留守電に連絡先を録音した。
町田刑事は大西光君のお父さんに
「上野先生に連絡してもらうように留守電に入れたので、連絡きたら、こちらにもご連絡します。」
「よろしくお願いします。光はいつ戻ってくるのですか?」
「私達も全力を尽くします。また、犯人から連絡あったら、必ず教えてください。」
「わかりました。」
田中刑事が
「上野先生の自宅に行ってみよう。上野先生はなぜ、大西光君の家から消えたのか?何か事情があるのかもしれない」
上野先生の自宅の最寄り駅は赤羽駅だった。町田刑事が
「この駅はあの男がスーパーで買い物した駅ですよ。」
「そうだね。上野先生の自宅行ってみよう。」
上野先生の家はボロアパートだった。ブザーを鳴らしたが応答はなかった。隣の住人に上野先生の聞き込みをしている時だった。子供達の楽しそうな声が聞こえた。
10.子供達
「上野先生、今日は何をするの?」
「今日は何をして遊ぼうか?」
「かくれんぼ」
「じゃあ、園に帰ったらみんなでかくれんぼしよう」
「わーい、上野先生が鬼だよ。」
「いいよ。先生が鬼だね。みんな上手にかくれてね。」
田中刑事と町田刑事は顔を見合わせて、声のする方へ走り出した。
そこには、この前見失った謎の男と、2人の子供達だった。町田刑事は思わず
「あ、あの男、え、あの子達は?」
その謎の男と一緒にいるのは行方不明の子供達だった。田中刑事が
「バレないように尾行しよう。」
謎の男と子供達はそこからすぐのあけぼの園と書いてあるところに入って行った。
庭が広くて建物の中から、楽しそうな声が聞こえてきた。
「光君、みーつけた。」
「わ、見つかった。」
「友ちゃん、頑張って。出て来てはダメだよ。」
田中刑事と町田刑事は会話を聞いて行方不明の子供達と気がつき、急いで署に連絡した。
すぐにあけぼの園に警察が来た。園の周りをたくさんの警察が取り囲んでいた。閑静な住宅街は一瞬にしてものものしい風景に変わった。田中刑事がインターホンを押すと中から、男性が出て来た。
「はい、何か」
田中刑事は
「警察です。そちらに大西光君と田端友子ちゃんがいませんか?」
「えっ」
「いますよね、開けてください。」
「ちょっと、待ってください。」
しばらくすると、大西光君と田端友子ちゃんと謎の男性が出て来た。田中刑事と町田刑事が2人の子供を保護しようとした時だった。大西光君は田中刑事の手を振り切って男性に歩み寄り
「先生」
「助けてあげられなくてごめんね」
「先生がいなかったら、僕も福本君と同じことしてたよ。」
「そんなことないよ」
田中刑事が
「署で詳しいお話を聞かせていただきます。」
「はい」
11.真相
王子署に着くと、大西光君の両親が先に待っていた。
「光、光」
「ママ」と光君は叫んだが、走らなかった。光君のお母さんが走り寄り抱きしめたが、田中刑事はその光景に違和感を感じて、
「少し、光君からもお話が聞きたいのですが、いいですか」
すると光君のお父さんが、
「今日は光も疲れているので後日にしてください。」と言って光君の肩を押した。光君がつまずきそうになり田中刑事がとっさに支えた。
「ありがとう」
光君は一言言ってうつむいてしまった。田中刑事は
「転ばなくてよかった。
今度お話聞かせてね」
光君はうなずいた。
その時だった。光君のお父さんが
「早く帰るぞ。今までの遅れを取り戻すぞ。」
光君は思わず
「えっ」
「えっ、って何だ早く帰るぞ。」光君のお父さんはそう言うと光君の腕をつかんで無理矢理連れて帰ろうとした。
「もう限界なんだ。だから、僕は家を出たんだ。」
「何、言ってるんだ、家を出たって。おまえは誘拐されていたんだろう?」
「誘拐なんかされてないよ。家出だよ。」
「だって、身代金で一億円払ったぞ。」
「僕が持ってるよ。」
「えっ、何だって、光、おまえ何言っているのかわかっているのか?」
「僕が上野先生に頼んで一億円持ってきてもらったんだよ。」
「何でそんなことしたんだ。何が不満なんだ。欲しいものは何でも買ってあげていただろう。」
「僕はもう勉強をしたくない。」
「勉強しなかったら、中学受験どうするだ。」
「だから、中学受験はしたくない。」
「もういい、家で話そう。帰るぞ。」親子の会話を聞いていた田中刑事が
「誘拐ではないとなるとやっぱり光君からお話を聞かないといけなくなります。光君詳しくお話聞かせてくれる。」
「いいよ。でもお父さんがいないところでなら。」
「光、何言ってるんだ。」
「お母さんが一緒なのはいいかな?」田中刑事は光君に問いかけた。
「お母さんなら、いいよ」
田中刑事と町田刑事は光君と光君のお母さんと一緒に別室で話を聞くことにした。
田中刑事が
「光君、さっきお父さんに言っていたことだけど、誘拐されていないって言うのは、遠足の時にいなくなったのはどうしたのかな?」
「みんなで家を出る約束をして」
「みんなでって誰かな?」
「友ちゃんと健ちゃん」
「田端友子ちゃんと健ちゃんは?」
「一緒のクラスの福本健ちゃん、でも健ちゃんは」
「えっ福山健君も家出する予定だったの?」
「うん、健ちゃんが言い出したんだ。健ちゃんがみんなで家出しようって言ったんだ。僕と健ちゃんの家はパパが勉強、勉強ってうるさくて、友ちゃんはママがうるさくて、だから健ちゃんが計画立ててくれたんだ。」
「そうだったんだね、食事とかはどうしてたのかな?」
「先生に相談したら、住むところと食事の準備とかしてくれた。」
「先生ってさっき一緒にいた人かな?」
「うん、上野先生だよ、僕達の担任だよ。」
「光君のお父さんから一億円奪う計画は誰が言い出したのかな?」
「僕だよ。計画は先生が立てた。」
「今そのお金はどこにあるのかな?」
「さっきまでいたあけぼの園の押し入れの中だよ。」
そして田中刑事と町田刑事は一億円をみつけた。
その後、福山健君のお兄ちゃんにもう一度会いに行った。
最初は何を聞いても話してくれなかったが、ようやく
家族の死の真相を話してくれた。
健君は家出の準備でリュックに洋服や漫画を入れていた。その時、突然部屋に入って来たお父さんが
「何だ、そのリュックは?」
「えっ」
「何で荷物まとめてる?」
「えっ」
「何やっているんだ」
と言ってお父さんは健君の顔を思いっきり殴った。殴られるのはいつものことだった。問題が解けないとお父さんは叩いた。成績が悪いと殴った。でもいつも顔だけは周囲に虐待がバレないように殴らなかった。今日は違った。家出に気づいて逆上してつい顔を殴ってしまった。健君の口の中が切れて血の味がした。お父さんは健君を引きずってリビングに連れて来た。リビングにいたお母さんは
「どうしたの?」
「健が家出しようとしてたみたいだ。おまえは気がつかなかったのか?」
「健、本当なの?家出しようとしてたの?」
健君は何も言わなかった。
お父さんはお母さんに向かって
「一日中家にいて、健が家出の準備していたのも気が付かなかったのか?」と言ってお父さんはお母さんを殴った。その時だった。
「お父さん、やめて」と言って健君はナイフでお父さんの背中を刺した。お父さんを刺して呆然としている健君のお腹を今度はお母さんが刺した。
「健、今まで守ってあげられなくてごめんね。一緒に死のうね。」
「お母さん、中学受験しなくていい?」
「うん、やめようね」
そしてお母さんは自分のお腹も刺した。と泣きながら健君のお兄ちゃんは話してくれた。
年々中学受験は過熱している。そして今年も2月1日中学受験がスタートした。