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翌日の早暁、日の出の明かりが山並みを燃やし遙遠の海の雫が密に詰まった砂道をほんのりと湿らせていた。清少納言と中宮は谷懐にあるこの宮の殿上で上に警羅を羽織り外を見ながら昨夜の話をしていた。閨秀の話は的を射て簡潔でしかも感情を誘起するにたる言葉を存分に用いていて中宮には生昌の行動がとても愚かなことのように思えた。しかし一斑を見て全豹を卜すようなことはしなかった。残酷なまでに思慮深いのである。これは生まれながら自分の意思とは無関係に霊長の座に据えられた人間独特の諦念に似た振る舞いであった。平等というよりも好尚も差等もない適者生存そのものだった。その為心に城府を設けることもない、万鈞の荷を負うこともない。だからこそ中宮の言葉はどうしようもなく軽かった。
「さることもきこえざりつるものを。昨夜のことにめでていきたりけるなり。あはれ。かれをはしたなういひけむこそ、いとほしけれ」
そんなことは今まで聞いたこともなかったのにねえ。あなたの昨日の門の話に感心して、それを伝えたくていったのでしょう。まったく、生昌を散々にやりこんだらしいけれど、ほんとうにかわいそうだね。
こんなことを言われて、清少納言は心中を隠すために笑うしかなかった。大様な中宮はそれをみて仕方ないといった表情をして席を立った。朝餉の用意が終わったからである。外では既に潤びってぬかるんだ道を長躯したのか桃尻の馭者が歩々と牛車を歩かせていた。走禽の悲壮な鳴き声が朝の鄙に響いた。清少納言は一人白皙の頬を掻いた。何かを婉然と黙考しているようである。徐ろに時間が経つといきなり笑い声を一つ上げて裾を引くと立ちあがった。板敷には正座型の水滴の跡が薄らと残っていた。