呪術の効果
俺は、本当に呪術を受けてしまったのか?
まさか、市販の本にそんな効力があるとは思えない。
考えている最中、玄関から宅配ピザ屋の声がした。するとなずなは風船みたいに頬を膨らませ、
「信じてないならピザを受け取ってよ! タダで食べさせてあげるから! ねえ、いいでしょ?」
しぶしぶ承諾しバイトで受けがよかった俺の営業スマイルを維持したまま、玄関へ足を運んだ。
玄関にて、青年配達員も高度なビジネススマイルで待ち受けていた。例えれば、終盤のボス級スマイルだ。しかし、笑顔戦闘は1ターンで俺の勝利が決まる。
「で、出たぁ! のっぺらぼう!」
は? この配達員、人のスマイルを見てのっぺらぼうだなんて失礼な奴だな!
「お……お、お代は結構です。失礼しましたーっ!」
猛ダッシュで、配達員はとんずらした。一切誰の身銭も切らずにタダピザにありつけるわけだが、どうもあの配達員がいけ好かない。
腹を立てながら、なずなの下へ帰る。
「おかえり、どうだった?」
「あの配達員失礼だった! 俺の顔を見てのっぺらぼうだって!」
「そうでしょ、ンジャナメ密教の力はすごいんだから!」
いたって真顔、とても冗談を言ってる風には見えない。
そもそもこの鈴代なずな、純粋な性格だから俺を騙そうなんて思うはずないだろう。
急に焦燥感が脳内を支配する。
「な、ななななななずなさん。鏡、鏡はないかな?」
ブレザーの腹ポケットから取り出された手鏡を受け取った。俺は、恐る恐る覗いてみる。
「ぎゃあ、のっぺらぼう!」
か、顔のパーツが……。ごく平凡な俺の目・鼻がない! かろうじて、耳と口・髪はそのままだけど……。
不安なのは、この先の生活だ。
まず学校にも行けないし、服や日用品はネットでどうにかなるが食料を買いにコンビニへも足を運べない……。
絶望を感じたら、目の前のなずなが憎らしくなった。
「こらっ、なずな! なんてことをしてくれたんだっ! このままじゃ、平凡な俺の人生は暗黒! 下宿という陸の孤島に閉じ込められ、一生を棒に振るじゃないかっ!」
もはや、キス寸前となるまで俺は顔をつきあわせていた。でも我に返って顔を後ろにそらしたら、なずなはドンと自らの胸を叩いた。
「大丈夫、このンジャナメ密教を出版した会社はね。万が一のため、無料で呪いを解く儀式をしてくれるの。電話番号はすでにスマホの中。これで、あなたの顔は元通り!」
そうだよな、接着剤にもはがし液があるように助け船は必ずあるはずだ。
クールダウンし、床にへたり込む俺に聞こえてきた言葉。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
動揺する俺をよそに、なずなは妙に落ちついている。
「そうか。わざわざ電話なんてしなくても、この本の公式サイトがあったんだ。『ンジャナメ密教 公式』で検索!」
画面とにらめっこしているなずなへ近づき、手からスマホを奪い取り目を落とす。そこにはありきたりだが、衝撃的なことが書かれていた。
『このサイトは閉鎖されました』
マジかよっ!
このままでは、蓬田恭介=のっぺらぼう!
卒業写真にも、右上にのっぺらぼうの俺がちょこんと掲載されるはず!
入社するための履歴書写真も、のっぺらぼうを載せただけで不採用!
結局最終的な就職先は、お化け屋敷のバイト。同窓会に行こうものなら、パニックになる未来しかないじゃん! のっぺらぼうの人生は一択、まさにのっぺらぼうテンプレ!
プロットがある人生なんて嫌だ!
慌てふためく俺が体をくねらせながら立つ足下に、なずながしゃがむ。
「な、なんだよなずな! 文句あるのか? 無様だよな、一瞬で妖怪になったんだから! 笑えよ、表情一つ作れない俺を精一杯の皮肉を込めて笑うがいい!」
ふてくされている俺をよそに、正座した彼女は両手をついてめり込みそうな勢いで頭を下げた。
「土下座!」
「はい、私鈴代なずなは蓬田恭介さんの人生を奪ってしまいました! 己の軽はずみな行動によって! 反省しています。だから、だから……。私ものっぺらぼうになります! さあ、福笑いの術を唱えて下さい!」
俺は机に置いてあった紫の本、『ンジャナメ密教』を手に取りなずなの隣に叩きつけた!
「こんなものがあるからいけないんだっ! 純情な乙女に土下座までさせて!」
そう言って俺はまるで我が子の頭を撫でるようになずなの髪をくしゃっとして、
「俺は平凡を愛する人間。罪を憎んで人を憎まずって信条で、無難に過ごしてきた。だから、君までのっぺらぼうにならなくていいと思う」
「きょ、恭介さん……。出前のピザだけでは申し訳ないわ。何か、栄養のあるものを私が作ってあげる!」
女の子にもかかわらず、スカートで大股を広げて部屋を飛び出していった。いろいろ危なっかしい子だ。