どうしようもない階段の出来事(銃弾・階段・どうしようもないの三題噺)
「幽霊っていると思う?」
「んん……知らねえよ」
心地よく眠り落ちていた俺を起こす声。
女子の声に俺はなるべく穏便に答えて二度寝に入るも、声の主は許さない。
「ねえ、幽霊っていると思う?」
「うるせえ!」
太い堪忍袋の尾が切れかけて、大声を出してしまった。
それも仕方ないのだ。
今いる階段の踊り場は屋上に続く鍵が常に閉められている。
その上掃除が行き届いていないせいか踊り場にはかなりのホコリが堆積していた。
そのせいで誰もが思い思い自分の居場所を探す昼休みなのに、人っ子一人いない。
しかし、かるーく一週間に1回5分も箒ではいて、寝袋を持ち込めば俺専用の居場所になるってわけだ。
なのに、わざわざ今日は無遠慮な侵入者が来たようだ。
誰にも邪魔されないよう、喧嘩もせずに教員室から一番遠い場所。
そんな校内の隅で清掃までして大人しく過ごしている俺に酷い仕打ちだ。
そんな群れてキャーキャー騒ぐような女子トークは適当に他でやってほしい。
怒鳴って声のする方とは反対に寝転がる。
「幽霊は居る?」
……が、ここまでしてやったのに諦めない。思った以上にどうしようもない奴が来たらしい。
そんなにここの階段、もとい怪談が気になるか。
「……こんな所には居ないだろ」
多少答えれば、帰るかと根負けして応える。ただ負けた気になるので目を開けない。
「なんで?」
「逆になんで居ると思うんだよ」
「ほら、だって階段の天井足跡ついてるもん」
思った以上に下らない答えが返ってきた。目を開けなくたってわかる。
「ばーか、アレは大工がサボっただけだ」
「大工さん?」
「大工が歩いた後に拭かないと、足跡が浮き出てくるんだよ」
「へえ」
「ほら、わかったらさっさといけ。幽霊なんて居ないから他で探せ」
「でもね。居るんだよ」
「はあ?」
気づけば声が大きい……いや、近づいて来ている。
「だって、……だって、どうしようもなかったんだよ?」
耳元で這い寄るようにささやかれる。
「皆、皆。毎日、毎日ここに私を呼ぶんだ」
先程までの多少の興味が混じった感情のは感じない。
ただただ単調なのに耳奥にこびり付く音に、無意識でツバを飲み込んだ。
「ここなら、遠いから先生も来ないだろうって…………だから、私はここで」
正面から話しかけられていた。
「だから、私は10年間にここでね。終わってやったんだ! だってどうしようもなかったんだから!」
「……お前は誰だ?」
「遠野奈子っていうの、ねえ、貴方も一緒にイカない?」
「ッチ、居ねえよ。そんなやつ」
わざとらしくため息をついてやった。
「え?」
「ここで10年前に自殺したやつなんかいねーよ」
言い切るこっちの言葉に相手が明らかに怯む。
「でも、デモデモデモ屋上は入れないよ!?」
「単純に屋上で馬鹿やったバカが居たから出禁になっただけだ」
「え、嘘嘘嘘嘘ウソウソウソ」
「嘘なもんか、俺の兄貴がその張本人だよ」
深夜に侵入して打ち上げ花火をやった挙げ句ボヤ騒ぎを起こした。それ以来ここは進入禁止になった。
いい迷惑だ。まあ、学校自体出禁になった当人は良い思い出として語っているが。
「じゃあ、ワタシはダレ?」
「まあ、少なくともここで首吊り自殺なんてしたやつの幽霊なんかじゃないな」
「やめてやめてヤメテヤメテヤメテ……」
「お前ダレだよ?」
遠のく声と一緒に気配も消えた。一分ほど経って、大きく息を吐いた。
「っっはーーーー。やべー。まじかよ。居なくなったか? 本当に効いたな……」
「遠野奈子」は実際には居るかもしれない。
実際にOBであるバカ兄貴は居るが、あいつは喧嘩の武勇伝ばっかりで学校の話なんかほとんど聞いたこと無い。
ーーただ、無駄に霊感とやらはあって、今使った手はそれだ。
大抵のやつはこれで自分を見失ってしまう。
誰でも自分が誰なんて自信はない。幽霊になるとなおさらなんだそうだ。
人間だって幽霊だってそう言ってメンチきれば余裕なんだよ!
どっちにも効く銀の弾丸ってか。
「ま、ほんとに死んだらどうしようもないってことなんだろうな」