最強の拳
自分よりも遥かに巨大な相手に対して、冒険者はどのように立ち回るべきか。
答えは“相手の目を見る”だ。
どこに攻撃をしようとしているのか、相手の視線から推測して見極める。
「フェリカ! お前のところに冷気ブレスを吐いてくるぞ、気をつけろ!」
「えっ、えっ!?」
「避ける方向はドラゴンの正面! そこが相手の死角だ!」
「はいっ!」
ブリザード・ドラゴンの口から吐き出された冷気のブレスを、フェリカは持ち前の足の速さで避け切り、その死角へと飛び込んだ。
ドラゴンの眼球は頭部の側面に位置している。
側方に対する視野角は広いが、逆に正面は盲視範囲――つまり死角となっているのだ。
俺もブリザード・ドラゴンの正面へと駆け出し、フェリカの体を起こしつつ、
「魔法を頼む!」
「は、はいぃっ! 《聖女魔法:概念反転》!」
フェリカの聖女魔法によって俺の全身を赤い光が包み込む。
「そこだぁあぁああぁぁッ!」
俺は勢いよく大地を踏み、蹴り飛ばす。
目標はブリザード・ドラゴンの頭部。
ちょうど冷気ブレスを吐くために体勢を低くしており、人間の拳が届くところにあった。
極度の緊張で息が乱れ始めている。
一歩間違えれば、大ダメージを喰らってしまうよう。
そんな、生と死の距離が限りなく近い状況に俺はいるのだ。
ったく、前衛のアタッカーっていうのも大変だな!
「《回復魔法:ヒール》ッ!」
赤く煌めくエフェクトとともに、俺の拳がブリザード・ドラゴンの顔面に突き刺さる。
あと7回ッ……!
そう思った瞬間だった。
空気が引き裂かれ、赤い光が俺の拳から迸り、物凄い衝撃となって周囲の空気を揺らした。
ブリザード・ドラゴンの巨躯は俺の拳一発で浮き上がり、そのまま森に向かって一直線に吹っ飛んでいく。
「……は?」
俺は思わず二度見する。
二度目に見た頃には、ブリザード・ドラゴンは森の木々を押し倒しながら崩れていき、やがて消滅していった。
「へ?」
魔法を帯びた大剣の強烈な一撃でも、MPを大量に消費した極大魔法でも、こんな吹っ飛び方はしない。
というか、ブリザード・ドラゴンを一撃で倒すってどういうことだ!?
振り返る。
もちろん、エリオットたちはいない。
フェリカはポカンとして、状況を受け入れていないのか、メイスを両手に持ち右往左往していた。
村人は逃げる足を止め、「え、これ、どうなってんの?」みたいな顔を一様に俺に向けてきた。
俺はステータスを確認した。
回復魔法がダメージ化しているなら、それもステータスに反映されているはず。
《回復魔法:ヒール》 消費MP10
対象のHPを回復させる。
回復量:500 ⇒ 概念反転時:5000ダメージ
「ご、ごせんっ!?」
思わず声が出た。こんな威力のダメージ、今まで見たことがない。
1000越えのダメージですら、一部の冒険者が死力を尽くしてようやく出るような必殺技レベルの芸当なのに……。
「……えーっと」
村人たちは口をポカンと開けたまま、依然として状況を飲み込めていない。
彼らからしてみれば突然やってきた氷竜を、突然やってきた冒険者の男が、たった一発の拳で倒したのだから。
「倒しました! 勇者様がこの村を竜から救ったのですっっっ!!!」
沈黙に耐えきれなかったのか、彼女なりのフォローなのか、フェリカの一言が静寂の村に響き渡る。
「や、た……やったー!」「万歳っ!」「ゆ、勇者様万歳~!」
ようやく状況に追いついてきた村人が湧き上がり始める。
俺はいてもたってもいられなくなり、フェリカの肩を叩き、
「すまん! ここはお前に任せた!」
「アキトさんっ!?」
「ドロップアイテム取ってくる!」
その場しのぎの理由をつけて、俺はブリザード・ドラゴンが消滅した場所まで駆けていった。
周囲の木々はすべからくなぎ倒されており、地面が竜の甲殻で抉れた形跡がある。
そのなかにドロップアイテムである、〈氷竜の髄石〉を拾い上げた。
半透明な青白い手のひらサイズの鉱石こそ、ブリザード・ドラゴンを討伐したことを証明するアイテムだった。
「実感が湧かねぇ……本当に俺がやったのかよ」
ふと視線を上げる。
抉れた大地の中に、物体があった。それなりの大きさ。人だ、人間だ……!
俺は息を呑んで駆け寄る。
先ほどの戦闘に一般人を巻き込んでしまったのか……!?
「ンだよ、これ……」
しかし目の前にあった光景は、いささか現実離れしたものだった。
そこにあったのは蹲って意識を失っている、黒髪の女性の裸体。
薄い膜が全身を覆っており、全身が粘液みたいな“なにか”で濡れている。
白く立ち昇ったそれは冷気か。
となれば、こいつは……まさか、そんな話は聞いたことがない。
だが、そう考えずにはいられなかった。
ブリザード・ドラゴンの中に、人間の女性が入っていた!?
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