ゴブリン討伐、その2
ゴブリンとはこの世界に広く生息する、モンスターの一種だ。
人間の半分ぐらいの背丈に緑色の肌。しかし侮るなかれ。生身の人間の腕を引きちぎることができるほどの剛力を有する。
「フェリカ。俺に概念反転の魔法をかけてくれ!」
「え、でもそれじゃあ回復ができなくなるのでは……!?」
「だが攻撃ができるようになる! 狙いはそれだ、はやく!」
「は、はい! 《聖女魔法:概念反転》ッ!」
フェリカは俺の背中に両手で触れて、魔法を発動する。
すると赤い光が全身を包んだ。
温かい……というよりも、それは“熱”だった。
炎ではない。人間の内側に宿る熱が高まっていく感覚である。
「えっと……これで回復が攻撃になるんだよな!?」
「はい! 30秒程度ですが!」
「わかった……!」
普段から前衛と一緒に、モンスターと至近距離で戦闘を行っているため、今さら怖気づくこともない。
俺は地面を蹴って、ゴブリンどもに向かっていった。
右手を構えて、精神を集中させ――。
「《回復魔法:ヒール》!」
普段は味方に向けて放つ一撃の拳を、真正面にいたゴブリンに打ち込む!
キィィィンッ!という鋭い音とともに、赤い光が弾け飛ぶ。
拳を顔面に打ち込まれたゴブリンは、空気を引き裂かん勢いで後方に吹っ飛んで、岩肌に激突。
そのまま全身がはじけ飛び、消滅した。
「は……ははは……ま、マジか……ワンパンだ……」
本当に回復魔法でダメージが入りやがった……。
しかも、俺の回復量がそのままダメージに反映されているらしく、ゴブリン程度のHPなら一瞬で消し飛んでいく。
どうやらダメージが回復に置き換わるときのように、10分の1にはならないようだ。
「フェリカ、やれる! これなら俺の拳でも敵を倒せるぞ!」
「アキトさん、後ろっ!」
「ああ――」
俺はSランク冒険者パーティーで前衛にいた人間だ。
攻撃の勘はまだ鈍いかもしれないが、気配察知や回避行動に関しては自信があった。
「そこか!」
後ろから奇襲をかけてきたゴブリンに対し、振り返りざまに拳を打ち込む。
「《回復魔法:ヒール》!」
今度は拳が赤い閃光となって、ゴブリンの胸部に突き刺さった。
苦悶する間もなく、ゴブリンは力尽き消滅していく。
「やれる……やれるぞ!」
俺は生まれて初めて自分の手でモンスターを倒したことで有頂天になっていた。
だからこそ、既に30秒が経過していることに気づけないでいた。
全身を包んでいた赤い光が消えていくとき、ようやく俺は自らの危機を認識する。
眼前には、迫りくる残り2体のゴブリンたち。小斧を振りかぶって、殺意に煌めく双眸を俺に向けてきた。
「やばっ……」
「アキトさんっ!」
そのとき、フェリカの両手が俺の背中に触れた。彼女の温もりが広がると同時に、
「魔法をかけなおします! 《聖女魔法:概念反転》!」
「助かるッ! これで、ラストだあぁああぁッ!」
俺は拳を構え、真っ赤に輝くそれを眼前のゴブリンに向かって薙ぎ払う。
「――《回復魔法:ヒール》ッ!」
2体のゴブリンの全身は、ほぼ同時に爆ぜた。
「すっ、すごいです、アキトさん! ゴブリンを一撃で倒すなんて!」
フェリカは嬉しさのあまり、勢いに任せて俺の体をギュッと抱きしめてきた。
普段の俺なら役得だとか、胸が当たっているとか、童貞じみた思考を巡らすだろう。
しかし今は、そんなことどうでもよくなるぐらい嬉しかった。
冒険者として回復役に徹することに対して不満を抱いていたわけではない。
ただそれでも前衛で剣や槍、拳を振るう戦士たちにまったく憧れていなかったかと言えば違う。
これが前衛のあるべき姿。これがアタッカー。これが俺……。
冒険者に憧れ、木の棒を振り回し草原を駆けていた少年時代、その心が戻ってきたような気がした。
「あぁっ……ああっ……ッ。うっ……っうっ!」
くそっ、涙が止まらない。
鼻水まで出てきやがった……。
「アキトさん……?」
「悪い……。こんな顔、気持ち悪いよな」
さぞ俺の顔はぐしゃぐしゃに潰れてしまっていることだろう。
イケメンという言葉からもっとも遠いような、醜く歪んだ男の泣き顔だ。
「いいえ。素敵だと思いますよ。今までアキトさんになにがあったのかは知りませんが、こうして嬉しくなって泣いているのは分かりますし……」
フェリカの言葉が心にしみる。
そんなに優しくしないでくれ、マジで惚れるぞ。
だがフェリカもまた、言葉に詰まり、次第にその顔は崩れ始め、
「えぐっ……うぅあっ……わた、しもっ……うれし、うれひくへっ……! うわぁあぁあぁああぁぁぁあんんんっっ!!!」
大声で泣き出した。
ああ、フェリカも泣くぐらい嬉しいのか……。
冒険者パーティーを追放された悲しき二人の、嬉し泣きの声が森に響き渡る。
きっと今日は忘れられない最高の一日になるだろう。
俺はフェリカの体を抱き返しながら、涙と鼻水の中に溺れていった。
「おい、うるさいぞ! そこの冒険者ども」
そんな俺たちに後ろから声をかけてきたのは、聞き覚えのある声――エリオットだった。
前言撤回。そんなに良い一日にはならなさそうだ。
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