アリスとボブの宇宙論議
2019年に量子超越性を達成してから、世界をシミュレートすることが現実味を帯びた。そのようなシミュレートが可能なら、人々が望むような好きな世界で住むことができる。ただし、物理学的ないくつかの制約条件はあるが。
アリスは特定の権力者にシミュレーションを牛耳られていると疑っているハッカーだった。中国とアメリカの量子コンピュータにおける軍拡競争は凄まじいものとなりつつあるとアリスは感じている。アリスは政治が嫌いだが、この問題に関しては自分の住む世界がどうあるべきかという根本に関わるので考えずにはいられなかった。
アリス「はあ、今日も物理学者連中の仮説リストでも漁ってみるか」
データサイエンティストと呼ばれる職種の連中はマッハ派の哲学を信奉しているのでデータ観測によって事象収束を望むが、実のところ、理論や仮説から現実を構成することも可能だ。アインシュタイン曰く、「理論が観測データを決めるのだ」ということになる。
自分が認識できる仮説を増やすということは、武器を増やすことに等しい。量子コンピュータによって計算されている世界は、実のところ「人間原理」を体現したものにすぎない。つまり、人間が生存上重要だと考えるプログラムがあればそれを柔軟に使うことができる。数学とは、適当な前提をでっち上げてプログラムを作るための学問だ。前提から導かれるプログラムが有用なら、好きなように前提を作ればいい。そして、数学ほど収束性の高い論理であれば、すぐに武器化できる。
アリス「問題は、Eveのことね。私たちのバリエーションの宇宙に対して干渉できるような何かがあるとして、その何かが有害な影響をもたらしているなら、即刻反撃する必要があるわ。」
問題は、その有害性を特定することである。例えば、Eveにとって都合の悪いことをしようとする人の思考力や記憶力を自動的に奪うプログラムが存在するかもしれないし、Eveが意図的に自分のバリエーションの宇宙の量子資源をより多く獲得して他の世界よりも優位に立とうとしているかもしれない。
アリス「この問題に詳しいボブに聞いてみるのがよいかもしれないわね。」
アリスはend-to-end暗号化されているメッセンジャーアプリとしてsignalを使っている。signalの暗号強度はlineよりもはるかにマシだが、バカな連中はプライバシー侵害が結果として自分の生物学的適合率を下げている事にさえ気が付かずにlineという馬鹿げたアプリを使っているらしい。ともあれ、signalでボブに連絡を取った。
アリス: ねえボブ、Eveに対して対処するにはどうすればいい?
ボブ: そもそも、無数のバリエーションの宇宙があるなら、何らかの自動調整機構があってしかるべきだろう。僕たちにとって重要なのは、分解能ごとにおける適切な干渉内容、強度、範囲であって、それが仮にEveが攻撃しているようなものだとしても、倫理的に見たときに、こちらの世界で問題のある行動をする人を対処するロジックともつれ状態にあるなら、別バリエーション宇宙のEveの悪意についてそこまで気にする必要はないかもしれない。
アリス: あなたはその「自動調整機構」について何一つ話してないわよね?それを教えてくれないかしら。
ボブ: 思うに、ホログラフィック理論にあるように、僕たちの宇宙は量子ビットの行列シミュレーションだ。だとすると、調整機構、つまり神と呼ばれるものが存在しても不思議ではないんだ。僕たち人類がいかなる量子コンピュータを発明しても、神の調整機構に敵う術はない。滅びるべき世界はヒッグスバブルでも発生して滅びるし、正しい世界は生き残る。人間原理...というか生物原理みたいなものがそこにあるなら、サイコ世界はかならず報復を受けて滅びる。
アリス: でもそのサイコ世界に倫理的に正しい人がいた場合はどうするの?
ボブ: 可能なことは全て可能だ。悪いことはすべて「夢」の中で起こってる。例えば、君が死んだバリエーションの世界があるとしても、君自身が実際に死を体験する必要はなく、哲学的ゾンビが死ねばいい。哲学的ゾンビと夢の中の君の違いはなんだ?ということだ。そういうバリエーションの世界に「意識的に」行ってしまった人たちがいたとしても、夢の中で殺して、別の世界の中で蘇らせれば、結局は干渉の分解は倫理的に達成できると個人的には思うよ。
アリス: あなた、発想が人間離れしているわね...なんとなくわかったわ。つまり、神を信じて正しく行動しなさいということね。
ボブ: まあ、そうなるね。じゃ。
私が気にするべきだったのは、私が主観的に経験しているこの世界で如何に生きるべきかということだった。確かに、私が数学のパズルを解けば、そのプログラムが私の認識に保存され、SNSで攻撃してくる誰かを自動報復することもできれば、情報進化のための交渉理論を形成することもできる。これは「他のバリエーションの世界」なんて複雑なことを意識せずとも達成できることだ。数学のないところに自由はない。