表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/9

フラチのススメ

 小松原さんは、いつ見ても真面目だ。


 朝、自分の席で伝票を整理している時も真面目。

 昼、お昼ご飯を終えてすぐにまたパソコンに向かっている時も真面目。

 夕方、私が欠伸を誤魔化しながらそっと盗み見する時も、真面目。


 仕事に没頭するとちょっとだけ猫背気味になるけど、それでも疲れた顔を見せる事はない。


 私が帰る時に挨拶をする(のを口実に経理部の方を覗く)時ですら、綺麗な髪は朝と同じくきっちりして乱れていない。

 私みたいにアホ毛が飛び出ているような所なんて一度も見た事がない。


 小松原さんって、家でもあんな感じなんだろうか?


 毎日眺めながら、私はいつも不思議に思う。


「なんか、私ごときがお近づきになりたいとか、ましてや好きになったりとか……畏れ多くない? って気が最近してきたんだけど」

「は? お姉ちゃんなに平安時代の人みたいな事言ってんの?」


 姉より優れた妹のお説教タイムが今夜も始まった。


 先月駅前で一緒に呑んでから、何故だか分からないけど美夏からちょくちょくメッセージが来るようになったのは嬉しいけれど、実際そんなに話す事ないんだよね……。


 まあ理由はだいたい分かる。

 酔った勢いで小松原さんの話をしてしまったからだ----美夏は小松原さんを妙齢のおじさまだと勘違いしたままだけど。


「つまりは、あれから結局ヒガシハラさんに何もアプローチしてないわけ?」

「……そういう事になるかな、あと、ヒガシハラさんじゃなくて小松原さんね」


 布団の中で私は苦笑する。

 誰でも知ってるめちゃくちゃ頭のいい大学に行ったくせに、人の名前を覚えるのが本当に苦手な子なのだ。


「でもさ、そういう真面目な人に限って、お姉ちゃんがグイグイ行ったら案外簡単に落ちると思うよ?」

「研究者の卵が適当な事を言わないの」


 確かに私も一度は美夏のアドバイス通り、お弁当を作ったりとか、お昼休みに話しかけるとかしようとは決意したのだ。


 だけど----。


「いや、いないんだよね、お昼休み」

「え、皆で食堂で食べてるんじゃないの?」


 確かにうちの会社には社食があるから、ほとんどの人がそこで食べている。

 お弁当を持って来ている人も、テレビがあるから社食の人と一緒になって連続ドラマを観たりしている。


「でもね、小松原さんはいつも事務所にも食堂にもいないんだよね……」

「なにそれミステリアスじゃん! 謎のダンディって感じ!」


 ダンディではないんだけど、まぁ、ミステリアスなのはその通りだ。


「だったら、なおさらボヤボヤしてないでその謎を探らなきゃじゃん。手伝うよ?」

「や、お気持ちだけもらっておくから、美夏は研究の方を頑張ってね?」


 探求心の塊みたいなこの妹が遠く離れた街で暮らしているのを、今日ほどありがたいと思った日はない。


「そもそも人には色々プライベートってもんがあるんだから、あんまりそういう事は……」

「もー、お姉ちゃんそういうトコだよ!?」


 今日もまた大学生の妹に叱られてしまった。


「踏み込みが足りないの! もっと相手の懐に入って行かなきゃ!」

「あ、うん……そうなんだよね……」


(美夏の言う事も一理あるんだよなぁ……)


 本当の所は、自分で良く分かっている。


 例の妙に色っぽいエスプレッソマシーンのセールスレディに対抗意識を燃やした割には、私は何の行動も起こしてないままなのだ。


「お姉ちゃんはもっと不埒になるべき! 妹の私が言うんだから間違いないって!」

「ふ、不埒……ねぇ……」


(そうなんだよなぁ……確かに、うん、全くもってその通りなんだよね……)


 古来から恋愛と野球はどんな卑怯な手を使ってもいい、と居酒屋で大演説していた妹に私は勇気を貰ったはずだった。


 だけど、実際は小松原さんの事を遠くから見ては、やきもきしているだけだ。


 あのセールスレディだってライバルだと思っているのは私だけで、彼女から見たら私なんてただのいくじなしの地味でつまらないフツーもフツーのOLでしかない。


(うわ、私の恋愛偏差値、マイナス百点っての的確過ぎでしょ……なんか悲しくなってきた……)


 これまで何人か好きになった人はいるけど、ここまで思い詰めた事はない。


 学生時代だって、なんとなく好きになって、なんとなく仲良くなって、告白されて、そのまま付き合うようになって----。


(こうやって、自分からちゃんと好きになったのって、これが初めてなのか……)


 改めてびっくりして、胸がキュンとなる。

 

(そうだ、私、こんなんでも小松原さんの事好きでいるんだ……)


 こんなにネガティブなのに、小松原さんの顔を思い出しただけでドキドキし始める。

 声や仕草を思い出して、何回も頭の中でリピートしてしまう。


 そして、気が付けば朝----。


 これがずっと続くと、多分私、不眠症になりそうだ。

 それはマズイ。


(……よし、決めた!)


 私は大きく息を吸い込んだ。

 自分から動かなければ、絶対に進展はない。


(明日、小松原さんがお昼にどこにいるか探してみよう……!)


 まぁ、なんだかんだいって真面目な小松原さんの事だから、食事の時間も惜しんで資格のテキストとか読んでそう----。


 なんて、私は呑気に考えていたのだ。

 次の日の昼休みに小松原さんと思わぬ場所で鉢合わせしてしまうまでは----。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 妹が頑なに小松原さんの名前を覚えないところ。 [気になる点] 小松原さんの下の名前。 [一言] 小松原さんの生態調査に私も加わりたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ