#02 光も水も必要なんだ
涼一≫教室≫放課後≫
生徒 A「起立、礼」
教師「気をつけて帰れよー」
毎日新しいことを学び、学ぶことを繰り返す。
きっと社会に出て、大人になっても同じなのかもしれない。
しかし、高校に入学してからは一日が早い。家に帰って、課題をこなして志望校の為の勉強。正直これだけで一日が終わってしまう気がする。
だから、僕は限りある時間を有効に使う為、基本的に寄り道をすることなく真っ直ぐ家に帰ることが多い。
「基本的に」だ。
しかし、どんなことにも例外はある。
こんな風に。
龍一「一緒に帰ろうぜ。」
夏河龍一。僕のクラスメイトであり、数少ない昔からの友人だ。
気さくでムードメーカーなのが取り柄なのだが、残念ながら、かなり頭のネジが緩い。
小学生の頃から野球をしていて、当然高校入学後も野球部に入部したが、最初の試合で気合いを入れ過ぎて肩を壊してしまった。
その結果として、今は僕と同じ天文学部に所属している。
涼一「いや、一人で帰る。」
龍一「なんでだよ!」
涼一「だってお前と帰ると必ず寄り道するだろう。」
龍一「そんな、必ずだなんて断定的な。家が近いから一緒に帰ろう言ってるんじゃないか」
涼一「じゃあ、先週僕は 2 回龍一と下校を共にしたが、その 2 回とも真っ直ぐに帰ったか?」
龍一「いや・・・それは・・・」
涼一「ゲーセン。」
龍一「え?」
涼一「ポケットの中から飛び出してるぞ。」
龍一「あ、」
龍一の右ポケットからはみ出していたのはクレーンゲーム一回無料券だった。
龍一「ああああああ!!!!いいだろ!受験生なんだからちょっとくらい息抜きがてら放課後の時間を有効活用
しても!」
桜井「うるさい。」
龍一「うお!!!桜井!!!!」
桜井「人を見て叫ぶなっての。もう、ほんと。」
桜井しずく。(さくらいしずく)
桜海高校入学当初からの友人であり、龍一と同じく僕のクラスメイト。
容姿端麗であり、龍一とは正反対に真面目な性格。
キツイ言葉がたまにキズなのだが、それをカバー出来る程の人柄の良さがある。
まぁ、そのキツイ言葉も殆どが龍一に向けてなのだけれど。
涼一「はぁ。今日のところは寄り道しないっていう前提条件の下、3人で帰ろうか。」
龍一「へーい。」
きっとこれで今日の所は話が落ち着く。
桜井「いや、日向君。先帰ったら?」
涼一「え、どうして?」
桜井「いや・・・ほらさ、校門見てみなよ。」
目線を斜め上に逸らしながら桜井さんは言う。
僕ら 2 年 A 組の教室の窓からは丁度校門正面に見えるようになっている。
その校門を桜井は見てと言っている。
涼一「・・・?」
桜井「・・・右側。」
涼一「右・・・側・・・。」
桜井さんの言った通り、"それ"はいた。
向日葵の髪飾りが光を反射してきらきらと輝いていて、分かりやすい。
そして、どうしようもなく下手なあの隠れ方は紛れもなく僕の妹だ。
涼一「すまない、僕は急用が出来たから今すぐに教室を出なきゃならない。だから皆と一緒に帰ることが出来ないんだ。残念だなぁ。」
龍一「お、おう。」
涼一「じゃ!!!!」
涼一不在≫龍一、桜井のみ≫
龍一「ほんと、一花ちゃんって涼一のこと好きだよな。」
桜井「遠目でしか見たことないけど、すっごく可愛い妹さんだよね。」
龍一「あいつの妹だからとか、昔から知ってるからとか、そんなの置いてあの子の事見てみるとホント、可愛いよな。」
桜井「なに?夏河、日向君の妹の事狙ってんの?」
龍一「んなわけねぇだろ。ただ、」
桜井「ただ?」
龍一「色々考えんだよ。あの二人のこと、知ってるだけにさ。」
桜井「・・・そっか。」
涼一≫放課後の校門前~通学路≫
自分の妹ではあるが、一花は客観的に見ればかなり可愛い部類に入る。
そんな隠れるのが下手な僕の妹は今、本人の意思とは裏腹にかなり目立っている。頭隠さず尻隠すといった具合。普通に校門を通る生徒達から見れば年上の彼氏を待っている美少女のようにも見えるかもしれない。
せめてもの優しさとして、気付かないふりをして校門を通り過ぎようとしてみる。
一花「お兄ちゃん!」
涼一「い、一花!」
と、棒読みでも驚いたふりをしてやるのが兄としての、いや、ここまで来ると男としての優しさなのかもしれない。
一花「一緒に帰りましょう!」
涼一「一緒に帰るのはいい。だけど、校門で待つのはやめろ。世間の目が痛い。」
そう、僕は目立ちたくない。
一花「私は平気です!」
色々言いたいことは募るけれど、僕はやっぱりこの悪意 0%の瞳を見て許してしまう。そんな色んな僕の感情は一つの言葉へと収束する。
涼一「帰るか。」
一花「はい!」
涼一「いい返事だな。」
一花「ありがとうございます!」
帰り道、春待つ息吹と言わんばかりの桜の蕾を見ながら歩いていた。
一花「もうすぐ、咲きそうですね。」
涼一「今、僕も同じことを考えていたよ。」
一花「お兄ちゃん、知ってます?東京には上野恩賜
公園っていう公園があるんです。」
涼一「その公園がどうかした?」
一花「そこには、二月初旬に咲き始める「カンザクラ」を初めとして、40種類ものサクラの木があります。」
あぁ、この展開は・・・
一花「そのうち、早春から春にかけては以下のサクラが見ごろとなります。カンザクラ、オオカンザクラ、カンヒザクラ、ヨウコウ、エドヒガン、シダレザクラ、ヤエベニシダ、ソメイヨシノ、コヒガン、アマギヨシノ、コマツオトメ・・・」
涼一「一花!ストップ!!!」
一花「はい?」
涼一「もしかして、いや。もしかしなくても全部覚えてるのか?」
一花「え、あ・・・はい。お花は大好きですから。」
そう、一花は好きなこと喋り始めると止まらない。
きっと今止めなければ一花の声は枯れてしまうだろう。
涼一「一花・・・」
言葉に迷う。
そんな僕にまたもや悪意 0%のキョトン顔。
涼一「いや、何でもない。」
自由に育てる方針だ。そうしよう。
一花「ふふ、変なお兄ちゃん。」
朝のデジャヴ。
そして、無理矢理握ってくる手を世間の目を気にして振り払って、僕は歩き出す。
一花「ねぇ、お兄ちゃん。」
涼一「なんだい一花。」
その瞬間過った。
一花「あのね、」
きっと予想出来てた筈なのに
きっと言葉を遮れた筈なのに
きっと聞こえないふりも出来た筈なのに
僕はその言葉を聞いた瞬間、
一花「大好き。」
目の前が真っ白になった。