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第42話 あの時と同じように

 葵の携帯を持っていた男は一体誰だったんだろうか。それに、通話口から聞こえた銃声。本物なんだろうか。





 一体、何が起きているんだ。葵は無事なんだろうか。





 いや、恐らく、詩穂さんと景さんのように、どちらかが死ねば、もう一人も消えるはずだ。





 俺がまだここにいるってことは、まだ葵は死んでいないと言えるのか。





 しかし、これがあの新宿なんだろうか。さっきの津波で道という道はもうめちゃくちゃだ。車も瓦礫も死体もミックスされている。酷い死臭が鼻を突きさす。





 とりあえず、絵理が言っていた、新宿ミライナタワーを目指している。確か、あのサザンテラスの駅ビルだったと思うんだが。





 俺の世界の、10年後の新宿は大分変ってしまっていた。ミライナタワーなんてあの日を境になくなってしまっていたはず。





 何もない平和な日常であれば、すれ違う人と肩がぶつかってしまうほど密な状態なのに、今は瓦礫の間に挟まっている死体くらいしか目に入らない。近くで聞こえる銃声の様な音。こんな時に、何をしているんだ。一体。





 それにしても、本当に、怖い。日も暮れてきて、ホラーゲームによくあるような閑散とした廃墟といった感じだ。いや、ホラーゲームなんて生ぬるい。やはり現実に勝るものはないと思った。





 俺はサザンテラス口まで来た。と思う。数時間前まではそこにあったはずのモノが跡形もない。





 アンテナショップがあったであろう場所は、もう何もなく、瓦礫が積みあがっていた。





 駅に繋がる陸橋もなく、津波に流されていた。





 スターバックスの店舗は上から押しつぶされたかのようにぺちゃんこに押しつぶされたのか、それとも津波に流されたのか、何もなかった。





 辺りを見渡していると、一人の女性がいた。瓦礫の上を歩き辛そうにしている。こんな時間に一体何をしているんだ。





 キョロキョロと誰かを探しているようだった。ま、まさか。





「あ、葵ー!」





 俺が大きな声で叫ぶと、ビクッと身体を硬直させた。





 俺が大きく手を振ると、ようやく気付いたのか、目が合った。





「と、透哉君」





 葵は、俺めがけて走ってきた。俺も、葵に向かって走った。





 丁度横断歩道の真ん中で落ち合ったが、車何て来るはずもないし、信号はただの瓦礫と化していた。





「透哉君」





 葵は今にも泣きそうな顔をしていた。





「泣いてもいいんだぞ?」





 ズンっとお腹に重い衝撃が走った。





「透哉の癖に偉そうなこと言うな」





 葵は照れたように言うが、葵の拳は俺の腹に少しめり込んでいた。





「痛いんだけど」





 俺は葵の手を払うと、葵はそのまま抱き着いてきた。





「ごめん。何であの時、一人で行動しちゃったのかな」





 俺は何も言わなかった。





「でも、透哉君は来てくれた。やっぱりあの時のように来てくれた」





「あの時?」





 俺は首を傾げた。





「7年前の地震の時だよ。あの時は名前も知らなかったけど」





「あー。あの時か」





 昔過ぎて、どうやら記憶の片隅に追いやられていたようだ。





「そういやそうだったな。あの時は本当偶然だったんだけどな。たまたま旅行で福島に来ててさ。まだ小学生だったか」





「うん」





「それで、まさか、転校した中学校に葵がいるなんてな」





「うん。あの時はお互いに大きな口を開けて、指さしてたっけね」





 久しぶりに笑った気がした。





「なんか懐かしいな」





「うん」





 葵はより一層強く俺の身体を締め付けた。俺もギュッと抱きしめた。しかし、少し遠くで銃声が聞こえて、我に返った。





「今、俺たちは懐かしがっている場合じゃない」





 俺は葵を離した。





「うん」





 葵が俺の目を見た。





「私、思い出したの」





「何を?」





 俺は聞いた。





「今日。私はあの月にお願いをした」





「お願い?」





 葵は頷いた。





「そう。あの時、私は、一人で逃げ惑っていたんだけど、狂った男たちに襲われそうな所を、一人の男の人に助けられて、何とか、雑居ビルに逃げ込んだの」





 俺は頷いた。





「それで、屋上まで逃げて。そしたら、月がすごく大きくて。ニュースでもやってたじゃない?」





「ああ。特番も組まれてたからな」





 聞き飽きるくらい聞かされたから、もう一生忘れない自信がある。





「透哉君が助けにきてくれ来ますようにって祈ったの。そしたら」





「そしたら?」





 俺は聞き返した。





「そこから記憶がないの。起きたら、電車の中で目覚めて、今って感じ」





「そうか。そういう事か」





 葵は首を傾げた。





「どういう事?」





「つまりだ。葵がそう願った様に、俺も未来で葵に会いたいと願った」





「それで?」





「これだ」





 俺は首からぶら下げているペンダントを葵の目の前に近づけた。





「このペンダントは不思議な力を持っているらしい」





「らしい?」





「ああ。江の島に行った時に、露天商のお爺さんから聞いた」





「でたらめじゃないの?」





「いや、恐らくこれが原因だと思う。詳しくはもう一度あのお爺さんに聞くしかないけどね」





 葵は頷いた。





「俺たちはお互いに呼び合った。しかし、時が止まったままだ」





「時が……」





「そう。今度は時を戻すのではなく、時を進めなくちゃいけない」





 葵は頷いた。





「俺は未来に戻り、葵は今を生きる」





「そしたら……」





「多分。未来に戻った俺は、これから葵が生きる10年の記憶はないだろう。多分この時までの記憶。未来に戻った俺は、あの時の記憶しかないだろうな」





 俺は少し、寂しくなって項垂れた。でも、すぐ顔を上げた。





「まぁ、なんだ、その時はさ、色々聞かせてくれよ」





「わかった」





 葵は笑って言った。





「それじゃ……」





 俺が言おうとするのを遮るかのように、銃声が身体を突き抜けて言った。





 葵の目が丸くなったのを見逃さなかった。





「行くぞ!」





 俺は葵の手を握って走った。





「うん」





 またバララララと銃声が聞こえたと同時に、俺の左腕を弾丸が掠った。





 痛みで前に倒れそうになったが、踏みとどまった。葵も少し、態勢を崩したようだった。





「先に行け!」





「わ、わかった。私は私のやるべきことをやるから」





 そう言うと、葵は走って行った。





 さて、この状況をどうしようか。相手は銃を持っている。一方俺は丸腰。こんなときに景さんがいてくれたら。





 左腕の掠ったところが熱い。ジンジンする。あと少しなのに。こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。





 俺は走って駅の物陰に隠れた。弾丸が壁に当たる。物凄い衝撃音がした。





「止めろ!」





 と言って、止める奴ならこんな事するわけないか。





 俺はリュックの中身を確認した。何か使えるものはないのか。





「お前は神の声を聞いたことがあるか?」





 男の声だった。神の声だって?





「俺は聞こえたんだよ」





「神の声? 何を言ってるんだ!?」





 こんな時に神の声? 何をふざけたことを。そんなのが聞こえたら、俺はこんな事繰り返していやしない。





「お前も連れて行ってやる」





 銃声の音が聞こえると同時に壁に当たったようだ。恐らく、壁はハチの巣みたくなっているんだろうな。





「そんなのお前一人で行けよ!」





 色々詰め込んだはずだけど、こういう時に使えるモノが何にも入ってないのかよ。





「俺も行くさ。聞こえるんだよ。全員殺しなさいって」





 何を言っているんだ? この状況下で頭がおかしくなったのか?





「俺を巻き込むな! 行きたきゃ勝手に行けよ!」





 ガシャンと何かを捨てる音が聞こえた。





「だめだよね。うん。皆殺さなきゃ。そうだよね」





 誰と話しているんだ? 精神が壊れているのか? 





 くそっ! リュックに何も無いじゃないか。リュックを思い切り地面に叩きつけた。





 すると、ナイフが一本リュックから落ちた。





「こ、これは……」





 このナイフは景さんのやつじゃ。折りたたみ式のナイフ。バタフライナイフってやつだよな。





 もうこれでやるしかないのか。





 俺は男の方にリュックを放り投げ捨てたが、そこに銃弾は撃ち込まれなかった。もう、撃ち止めか?





 そのまま逃げることも出来たが、直感でこいつをここで止めないと駄目だと感じた。





 俺は恐る恐る物陰から身体を出した。





 大分日も落ちていたせいか、あまりよく見えなかったが、男は空を見上げていたような気がする。





 そして、何か小声で呟いていた。





 男の目と俺の目がかち合った瞬間、男は物凄い勢いで俺に向かってきた。





 格好悪いことに、俺の足は完全に硬直してしまった。しかし、右手に握っていたナイフを構えた。





 誰かが見ていたら、ダサい構えに見えたんだろうな。





 男は何か棒のようなモノを振り上げて、そして、振り下ろしてきた。





 俺は何とか、態勢を崩して、地面に転がり、直撃を防いだ。





 俺は目線を相手から外さなかった。また、振り下ろしてきた。今度は見えた。警棒だ。





 まさか、こいつ警察官なのか?





 なんとか立ち上がり、ナイフを構えた。どうやら、足も動く。もう大丈夫。大丈夫。





「お前、まさか警官なのか?」





 俺の問いに相手は答えなかった。





 狂ったように叫びながら、突進してくる。





 俺は奴の警棒を何とかかわし、ナイフで相手の左手を切り上げた。





 感触はよくわからなかったが、相手の足が止まったことで、ダメージを与えたことがわかった。





 暗くてよくわからないが、男は左手を押さえているように見える。結構傷口は深いのかもしれない。





「お前……絶対に殺してやる」





 警官のお前が言うセリフかよ。薄っすらと顔を出し始めた月を見て、あまり時間がない事を悟った。





 男がまた突進してくるが、先ほどまでの勢いはなかった。





 俺は男の懐にタックルするように走った。男の身体とぶつかった瞬間、背中に鈍痛が走ったが、俺は構わず、男の右足の太ももにナイフを突き刺した。





 男は絶叫し、警棒を落とした。





 俺も、背中の痛みに耐えきれず、その場に倒れた。





 男の荒い息遣いが聞こえてくる。血はどのくらい出ているのかわからない。





 俺は起き上がり、四つん這いになっている男を見下ろした。





 俺は男に近づき、太ももに突き刺さった、ナイフを抜き取り、遠くに投げ捨てた。





 男の絶叫が響き渡る。





 これで、左手と右足を封じたか追ってはこないだろう。男は言葉にならない何かを大声で発していたが、俺も時間が無かったので、その場を後にした。





 ズボンのポケットからスマホを取り出した。





 詩穂さんからの着信だった。なぜ? 詩穂さんから?





 俺は走りながら、電話に出た。





「もしもし?」





 俺は疑心暗鬼になりながら、相手の応答を待った。





「あ、透哉君?」





「葵!?」





 詩穂さんのスマホから葵の声が聞こえてきた。





「無事だったんだね!?」





「それより、何でお前が?」





 スマホを右手から左手に持ち替えた。





「それは後から説明するから! とにかく、私はあの時いた場所に着いたから」





 おいおい。後からって何年先の話だよ。





「わ、わかった」





「透哉君。もう時間がないよ!」





 俺は時計を見た。





 19時45分を回っていた。間に合うか!?





「俺もすぐ行くから、通話はスピーカーに切り替えて、このままにしておこう!」





「わかった」





「それじゃ、ちょっと待っててくれ」





 俺はスマホを握りしめ、あの雑居ビルを目指した。





 地震と津波の影響で地面はめちゃくちゃで走りづらいし、あの雑居ビルは無事なんだろうか。





 そんなことを考えているうちに、時間は刻一刻と迫ってくる。





「あった!」





 何とか、あの津波に耐えてくれていた。よくやった!





 裏口に回った。非常階段も無事だった。今にも潰れそうなビルなのに、なんて頑丈なんだ。





 階段をダッシュで駆け上がった。都庁のと合わせて、俺は何段駆け上がっているんだろう。こんなに走るのもいつ以来だろうか。





 足がすぐパンパンになってきた。乳酸菌が溜まりまくっている。でも、そんなことは、全部終わってから考えればいい。





 階段を駆け上がっている俺を、月はあざ笑うかのように、大きな顔を覗かせていた。





 まだか。まだか。





「透哉君! 時間がないよ!」





 時計を見ている余裕もない。くそくそくそくそ! あと少しだ。





 やっとのことで屋上に出た。俺は勢いのまま、転倒して、地面を転がった。





「あー! くそっ!」





 さっきの男から受けた銃弾の掠り傷から身体の芯に衝撃が走った。





「透哉君。後一分しかない!」





 俺は何とか起き上がると、大きい顔で見下ろしている月を見上げた。





 葵もこの月をどこかのビルの屋上で見ているのだろうか。





「葵! いいか。これがラストチャンスだ! 恐らく、これを逃したら、色々もう無理だと思う」





「うん」





「あの時を思い出して、あの時と同じように……」





 俺はネックレスを取り出し、ペンダントを月に向け、祈った。





 そうあの時と同じように。





「葵……」





 自分の声が木霊する。月が真っ赤に染まり、俺を包み込むくらい大きかった。





 ああ。なんか意識が遠くなっていく。ああ。タイムオーバーなのか。





 意識が朦朧とする中、俺の身体を光が包み込んで行くのが薄っすらと見えた。





 ああ。今回は大丈夫だったのかな。身体がフワッと浮き上がる感じがした。





「葵……」





 俺は……戻れたのかな……。





いつもお読みいただきありがとうございます。

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