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第41話 逃げ惑うなか蘇る記憶

「はぁ。はぁ」





 何とか詩穂さんのおかげでビルの中の事務所の一室に逃げ切れた。





 ビルから大分水は引いたけど、床の水は多少残っている。そのせいで、靴がビショビショに濡れてしまった。





 冷たいとか気持ち悪いとか言っている場合じゃないんだろうけど、でも、履き替えたい。気持ち悪い。





 詩穂さんのスマホを何とか受け取ったけど、いくら防水機能があったとしても、この水に浸かってしまったら、しばらくは使えないだろうな。





 あの正義気取りの警察官が。あんな奴に。詩穂さんは。でも、あいつはまだ生きている。何とか見つからない様に、このビルから逃げ出さないと。





 廊下を走る音がだんだんと近づいてくる。水が捌けていないせいか、ビチャビチャと汚い音が耳に届く。





 息を潜め、デスクの陰に隠れた。





 あいつが来たのか、それとも他の誰かが来たのか。今、ここからは確認が出来ない。





「誰かいないのか!?」





 口早に男が叫んだ。その声質から焦りが見てとれた。しかし、私も突然の声に身体がビクッと反応してしまった。





 馬鹿。そんな大声出したら見つかっちゃうじゃない。





 足音から男が私のいる部屋に入ってくるのがわかった。歩く度に足音がビチャビチャ鳴っている。





 私は見つからない様に、男がいる方とは逆の方向にゆっくり移動した。





 両手と膝を冷たい水の中に入れ、進んだ。手を、膝を出すたびにヒヤッとくる。声が漏れそうだった。





「誰もいないのか?」





 だからさ~。馬鹿なわけ? 見つかっちゃうっていうのに! だんだん男の行動にムカついてきた。





「ヒャッ!」





 咄嗟に口を押えた。デスクとデスクの間を右に曲がろうとしたとき、目の前に女性が横たわっていた。





 どうやらもう、息をしていなかった。津波から逃げ遅れたようだった。





「誰かいるのか?」





 男が私の方に近づいてくる。私はゆっくり立ち上がった。





「ちょっとさー。さっきから五月蠅いんだけど」





 私は男を睨みつけた。どうやらあの警察官ではなかった。





 男は驚いてたじろいでいた。





「ご、ごめん。悪気はないんだ」





 男は両手を胸の前に突き出して、手を振った。





 大学生くらいだろうか。恐らく私よりは歳が上のような気がする。





「あの警官から逃げてきたんだ。恐らく俺以外はみんなやられた。何なんだよあいつ」





 男はデスクに両手をついた。男の両手が震えているのが見えた。





「神の声が聞こえた? 俺がお前らを神の国に連れて行ってやる? どうかしてるよ全く」





 男はそう言って、そのまましゃがみ込んだ。





「ちょっと。声が大きいって」





 私は男に少しずつ近づいた。男が立ち上がった。





「ごめん。そのまま動かないで」





 男が近寄って来そうだったので、牽制した。





「あ、ごめん」





 男は鼻を擦った。





「ごめん。私は早くここから出たいのだけど、あなたはどうする?」





 男は少し考えた後、口を開いた。





「俺もここから一刻も早く脱出したい。死体もゴロゴロ転がっているし、あいつには殺されたくはないからな」





 男が一歩近づいてきたので、一歩後ずさった。





「ここ何階かわかる?」





「5階だったと思うけど」





 男は答えた。5階か。無我夢中で駆け下りてきたから、気づかなかった。





 突然バラララララ。とサブマシンガンのような銃声が聞こえてきた。私の鼓動が早くなっていくのがわかった。それと同時に背筋が凍り付くようにゾワッとした。





 大分近くまで来ている。





「早くここから逃げなきゃ」





「うん。そうしよう」





 男は言った。私は、事務所のドアを開けて、廊下へ抜けた。男も私の後ろをついてきた。左右を見渡したが、誰もいなかった。





「今のうちに下に降りよう」





 私は後ろの男に向かって言った。





「ああ」





 とだけ返事が返ってきた。なるべき足音を立てない様に気をつけて歩くが、誰もいないせいか、どうしても足音が響き渡ってしまう。





 廊下の端にある非常階段までの道のりが、異様に長く感じる。エレベーターフロアの横を通り過ぎたが、やはり、電力は通っていないようだった。





 タンッ! タンッ! と背後から軽快なリズムが聞こえてきた。





「おいおい。こっちに来たんじゃねーのか?」





 男が小声で話してきた。





「早く行きましょう」





 私が後ろを振り向くと、遠くに、銃を構える男が立っているのが見えた。





「伏せて!」





 私は、男の右手を思い切り引っ張った。男は突然の事にバランスを崩して、前のめりに倒れた。





 そして、その瞬間、バラララララという銃声が響いたと同時に、遠くの壁に穴が空く音が聞こえた。





「ま、まじかよ」





 男の声が震えている。





「おい、お前大丈夫か!?」





 男の手を触ったからか、何なのかわからなかったけど、全身に電気が流れたような感覚が襲った。あの時の記憶が……。





「あ、あの時、私は……」





「おい、しっかりしろ!」





 男の声が小さく聞こえる。ああ。そうだ。私はあの時。ああ。思い出した。そうだ。この人も。あいつも。





 また、バラララララと弾丸が駆け抜け、壁に大量の穴を空けた。





「あ、あなたはあの時の……」





 男が私の顔を見て、首を傾げた。





「お前、こんな時に何を言っているんだ?」





 遠くでマガジンを捨てる音が聞こえた。





「早く行くぞ!」





 そう言うと、私の手を引っ張って、走り抜けた。





「ちょっと待って」





 私は男の手を振りほどいた。





「あ、ごめん」





 私は首を振った。





「う、ううん。ちょっと痛かったから」





「あ、ああ」





 男はそう言うと、階段を一段飛ばしで降りて行った。廊下からはマシンガンをぶっ放す音が聞こえてきた。





「私、思い出したの」





「何をだよ?」





 男は振り向きはしなかった。階段を駆け下りている。私も続いた。





「一度あなたに助けてもらっている」





「何を馬鹿な事を。俺は今日お前に初めて会ったんだぞ」





「うん。それはわかってる」





 男は止まった。





「お前大丈夫か?」





 私の顔を見ると、また、階段を降り始めた。





 今、ここで話しをしても理解してもらえない。私が同じ日をループしているなんて。とても言えない。





「おい。こっちだ!」





 男が手を振り上げて、合図をする。私は、男の背中を追いかけた。





 エントランスが見えてきた。ようやく外に出られる。





「ここから出れるぞ」





 男はそう言って、エントランスの自動扉を強引に開けた。





 私は男が開けてくれた、扉の間を通って、外に出た。男も外に出てきた。そして、扉を閉めた。





「ありがとう」





 男は首を傾げた。





「お前変わったな? 俺に惚れたか?」





 私の顔が熱くなるのが感じた。と同時に、振り上げた右手を途中で止めた。





「ごめん。別にそう言うのじゃないから」





 私は男を置いて、歩いた。





「おい。悪かったよ」





 男は小走りに後をついてきた。





「あ、あの時は……」





 私が男に話しかけたとき、聞きなれた、着信音が鳴った。





「お。なんだ。誰だ?」





 男は慣れない手つきで、スマホを操作している。スマホを耳に当てた。





「お前誰だ?」





 男が私を見た。





「ああ。お前。彼氏か」





 男はしかめっ面で、右手を左右に振った。どうやら、話が通じていないようだ。





「葵? 知らないな」





 今、葵って言った? それ私じゃない? 私は男に私じゃないの? とジェスチャーした。男は首を傾げた。





「ちょっと待て。お前は何か誤解をしている」





 男は頬を掻いている。





「偶然拾ったんだ。ちょうど俺の携帯も壊れちまって」





 男は髪の毛を掻きむしっている。





「いや、いなかった」





 え? ここにいるんじゃ?





「ここももう終わりだ。まるで地獄のようだ」





「私があお……」





 私の声を遮る様に自動扉がマシンガンによって破壊された。





「あっ! まただ。すまん電話を切るぞ!」





 男はズボンのポケットにスマホを閉まった。それ、私のじゃ……。でも、そんな事を言わせてくれる時間さえ与えてくれなかった。





「俺があいつを引き付ける。だから、お前は逃げろ」





「でも」





「いいから行け!」





 そう言うと、男は私とは逆方向に走って行った。





「後で連絡するから!」





 男の返事はなかったが、多分聞こえてるはず。私は、新宿駅南口の改札へ向けて走った。





いつもお読みいただきありがとうございます。

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