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第40話 空に帰るとき

 どうやら眠ってしまっていた。俺は身体を起こし、周りを見た。


 


 さっきまで、ザワザワしていた室内は静まり返っていた。疲れてしまったのか、挫傷してしまったのか、俺のように横たわっている人達や、椅子に座ってうなだれている人達が見られた。





「起きたのか」





 ぶっきらぼうに景が言った。俺は頷いた。





「お兄ちゃん大丈夫?」





 女の子が言った。





「ああ。大丈夫だよ」





 俺はニコッと笑って見せた。どうやら、景も女の子もずっと起きていたのかもしれない。





「景さん。俺はどのくらい寝てました?」





 まだ、頭がボーっとする。目を擦る俺に向かって、景がペットボトルを投げてきた。それをあたふたとキャッチした。





「2時間ちょっとかな。もう18時を過ぎてる」





 俺はペットボトルのキャップを開けて水を一口飲んだ。





「そうですか。2時間も寝ていたのか。それであの津波はどうなったんですか?」





 俺はペットボトルを床に置いて、窓の方へ歩いた。





「大分水は引いた。あと少しだと思う。そしたら、あいつを探しに行こう」





「わかりました。でも、これはあまりにも酷すぎる。街がめちゃくちゃだ」





 津波は大分引いたようだが、その爪痕は俺の想像を超えていた。





 東北の大震災より被害は甚大だ。こんな世界で、葵を助けたとして、俺が戻った元の世界は、いまやどうなっているのだろうか。元に戻れたとして、そこに俺の知っている居場所はあるのだろうか。





「透哉。あいつを探しに行こうといった手前、あれなんだが、探す当てはあるのか?」





 景がそう言うので、俺は振り向いて答えた。





「スマホが後少しで復旧するはずです。まぁ、いつもならですが。この状況じゃどうかわかりませんが」





 俺はポケットからスマホを取り出し、電波を確認したが、まだ圏外だった。





「スマホが繋がれば、葵と連絡が取れれば、恐らくそんなに離れていないと思うし、大丈夫だと思います」





 景は頷いた。





「俺もスマホがあればな。まぁ、今更ないもんをあーだこーだ悩んでも仕方ないか」





 景は頭を掻いた。





「それで、この子どうするんだ?」





 景の言葉を聞き、女の子は寂し気な表情を見せた。





「さすがに連れて行けないだろ」





「……確かに」





 俺は腕を組んで悩んだ。自分の勝手で助けた女の子を、自分の勝手な思いでまた一人にする。この子は一人でこの先やっていけるのだろうか。





 景は女の子の頭を撫でている。





「俺の妹に預けるのは……どうでしょうか」





 景が俺を見た。





「妹? お前の妹か。妹は生きているのか?」





「俺のいた10年後の世界では生きています。俺の両親は死にましたが、俺と妹で暮らしていました」





「そうか。でも、どうやって妹の所に預けるんだ?」





 景は眉根を上げた。





「電波が繋がれば、博人達に繋がります」





「お前の友達か?」





「そうです。あいつらを死なせないために、俺は東京から離れさせました。もし、東京に戻っていなければ、恐らく生きているはずです。そしたら、俺が博人達にこの子を迎えに来てもらって、妹の所へ送ってもらいます」





 景は頷いて「なるほど」と言った。





「まぁ、お前の妹が受け入れるかどうかはわからないが、なんとかなりそうだな」





 景はそう言うと、女の子に「よかったな」とニコッと笑顔で言った。女の子は「うん」と言い笑った。





 俺が勝手に助けてから、笑ったのは初めてだと思う。ようやく安堵が出来たのかなと思った。俺は女の子に近づいた。女の子は俺を見上げた。





「名前は何て言うんだい?」





新藤咲耶(しんどう さくや)





 俺は中腰になって、咲耶の頭を撫でた。





「咲耶ちゃんっていうのか。俺は、透哉。神木透哉。そして、あのお兄ちゃんが、景さん」





 女の子は俺と景を交互に見た。





「透哉お兄ちゃんと、景お兄ちゃんだね」





 女の子はそう言うと、俺の手ではなく、景の手を握った。景は照れくさそうに、「まいたなぁ」と言うと、頭を掻いていた。俺から見れば、満更でもなさそうに見えた。歳が歳だし、景に子どもがいたら、咲耶くらいの子どもがいてもおかしくはない。





「咲耶ちゃん」





「なーに?」





 咲耶は不思議そうに俺の顔を見る。





「あと少し経ったら、俺と景さんはここを出なくちゃいけない」





「……うん」





 寂しげな表情を見せていたが、言葉を発する事はなかった。いや、言えなかったのだろう。





「いいかい? お兄ちゃんがこれからメモを渡すから、絶対無くさないで持ってること。わかった?」





 唇を噛み締めていたが、「うん」と返事をした。





 俺はリュックから紙とペンを取り出した。床に紙を置いて、妹の事、自宅の住所、博人や絵理達の事、これからの事を書いた。





「咲耶ちゃん。俺たちがここを離れたら、一人になってしまうけど、一日我慢すれば、俺の友達が絶対くるから」





「うん」





 咲耶は俯いている。





「ここにも書いたけど、お兄ちゃんの友達が必ず迎えにくるから。それまでは、誰にもついて言っちゃだめだよ」





 本当は絶対とか必ずとかこの状況下では使っちゃいけない言葉なんだろうけど。





「うん」





「そしたら、お兄ちゃんの実家に送って行ってもらって、お兄ちゃんの妹と一緒に暮らして貰うから」





「うん。でも、お兄ちゃんは?」





 俺はニコッと笑った。





「俺も一緒だよ。ちょっと時間が掛かるかもしれないけど」





 咲耶の頭を撫でた。そして、紙を渡した。





「絶対にその紙を無くさないように。そして、変な大人について行かない事」





「うん」





 咲耶はニコッと笑った。





「透哉。どうやらスマホが繋がったようだぞ。ほら、あそこも、あそこも電話している奴がいる」





 俺は辺りを見渡した。皆スマホで電話したり、操作したりしている。どうやら、電波が復旧したようだ。大分早いような気もするが。やはり、色々変わってきているのかもしれない。





「透哉。電話してみろよ」





 景が顎でクイっとジェスチャーした。俺は景に言われるまでもなく葵に電話した。しかし、葵は電話に出なかった。





「駄目だ。出ない」





 俺は絵理に電話してみた。数コールすると絵理は電話に出た。





「もしもし? 先輩!?」





 絵理の心配そうな声が聞こえてきた。少しだけ、何故か苛立ちが含まれているような気がしたけど。





「お、もしもし? 絵理か?」





「そうですけど?」





「皆無事か?」





「はい」





 後ろの方で、博人達の声が聞こえる。どうやら皆元気そうだ。よかった。





「やっと、電波が復旧してさ、それで……」 





 俺が話し終える前に絵理が割り込んできた。





「先輩今どこですか?」





「今、新宿の都庁にいるよ」





「都庁ですか」





「どうした?」





「葵さんとは連絡取れましたか?」





「それが、あいつ電話に出ないんだよ」





「やっぱり。何度か詩穂さんとは連絡がとれたんですよ。それで、葵さんは詩穂さんと一緒にいるみたいで」





「詩穂さんと?」





 やっぱり、詩穂さんといたのか。





「でも、さっきから連絡が取れなくなってしまって」





「どういうことだ?」





「私だって、わかんないですよ。ただ、二人は新宿駅の南口付近のビルにいるみたいです」





「ちょっと待って。景さん! どうやら葵は詩穂さんといるみたいですよ」





 俺は景のいる後ろを振り返った。





「景さん?」





 景の姿が見当たらなかった。





「どうしたんですか? 先輩!?」





 咲耶が声に出さず、涙を流している。





「悪い。一回切る。また掛けなおす!」





 絵理が何か言っていたが、電話を切った。





「景さん?」





 辺りを見渡しても、景の姿はなかった。





「咲耶ちゃん。景さんはどこにいったの?」





「お、お空に、か、帰ったの」





 咲耶は泣きながらえずいていた。





「お、お空?」





 咲耶が何を言っているのかわからなかった。





「お、お兄ち、ちゃん。時間が、じ、時間来たって」





「時間?」





 頭が混乱してきた。妙な胸騒ぎがする。





「か、身体が透けて」





「身体が?」





 咲耶は頷いた。





「あいつの言う事を聞いてれば大丈夫だからって」





 咲耶はそう言い切ると、再び泣いて、蹲ってしまった。





「冗談だよね?」





「冗談じゃないよ」





 咲耶は首を左右に振っていた。





 まさか。詩穂さんの身に何か起きたのか。ポケットの中にあるスマホが震えた。スマホを取り出し、確認すると、絵理からの着信だった。俺は電話に出た。





「先輩どうしたんですか?」





「景さんが。詩穂さんの彼氏が目の前から消えた」





「消えた!? どういうことですか!?」





 絵理の声が高く引きつっている。





「いや、それが。俺にも何が何だかさっぱりで」





 俺は景さんがいないか、もう一度辺りを見渡した。咲耶の言う事を疑う訳じゃなかった。ただ、身体が反射的に動いていた。





「まだどこかにいるんじゃないですか?」





「いや、多分それはない。恐らく詩穂さんに何か起きた……いや、恐らく……」





「な、何か?ってどういうことですか!?」





 電話越しから、博人達の慌てる声が聞こえてきた。





「恐らく、詩穂さんが死んだ。多分な」





「死んだ?」





「ああ。わかんないけど。恐らく、多分それしか考えられない」





「恐らく、多分って」





 絵理の声に苛立ちが混ざっていた。





「それよりも、葵も危ないかもしれない。早く葵の場所を教えてくれ。生きていれば、あいつが何か知ってるはずだ」





 絵理の声が一瞬止まった。





「おい? どうした?」





「あ、ごめんなさい。葵さんの場所は……」





 絵理は思い出しているようだった。





「確か、新宿ミナイナタワー? いや、ミライナタワーだったかな」





 透哉は窓から、外を見た。





「あの駅ビルだよな」





 ここから近いな。





「行くんですか?」





「当り前だろ。それより」





「それより?」





「ああ。絵理達にお願いしたいことがあるんだ」





「お願いしたいこと?」





「そう」





「え? なんですか?」





 俺は咲耶の顔を見た。咲耶はどうやら泣き止んだようだ。





「都庁まで来てさ、女の子を助けてあげてほしい」





 絵理の呼吸が止まった気がした。





「お、女の子?」





「そう。新藤咲耶っていう子なんだけど」





「え? ちょっと待って下さいよ。状況が全く分からないんですけど」





 絵理があたふたしているのが見て取れた。





「色々あって、とにかく後で会ったら詳しく話すから」





「後でって。先輩……。あーもう。わかりましたよ」





 博人達のざわつきが聞こえてくる。あー後で、色々言われるんだろうな。





「悪い。その子にメモを渡してあるから、俺の自宅まで連れて行って、妹の阿依に預けてほしい。恐らく、阿依は生きていると思う。家はもしかしたら、潰れているかもしれないけど」





「阿依ちゃん知ってるの?」





「……知らないけど」





「ちょっと! ちょっと! 先輩って本当無責任な人ですよね! 私たち阿依ちゃんから何言われ……」





「すまん! いいから俺の言うとおりにしてくれ!」





 ぶうぶう文句を垂れていたが、俺は無理やり押し切った。





「後で、彼女の写メを送るから、それで咲耶を探してくれ」





「わ、わかりましたよ。その代わり、このつけ後で返してもらいますからね」





 絵理の最後の含み笑いがちょっと不気味だった。





 俺はスマホをポケットにしまった。咲耶の顔の位置まで腰を落とした。





「いいかい? これからお兄ちゃんは人を探しに行かないと行けないんだ」





 咲耶は俺の電話の会話を一部始終聞いていたせいだろうか、黙って頷いた。





「よし。良い子だ」





 俺は頭を撫でた。咲耶はちょっと嫌そうな顔をした。





「必ず、お兄ちゃんの友達が迎えにくるから。それまで、絶対ここから離れないこと。例え、この中の誰かが誘っても着いて行っちゃダメだよ」





 咲耶は頷いた。





「あ、そうだ。これを」





 俺はリュックから菓子パンと水のペットボトルを取り出し、咲耶に渡した。





「それじゃ、行ってくるよ。今度会う時は……覚えているといいな」





「うん」





 俺は咲耶の写メを撮り、絵理に送った。





 咲耶の頭をポンと叩いた。





「それじゃ、また」





 咲耶は笑顔で見送ってくれた。





 津波の影響でこの建物内の内部はどうなっているのか、正直わからない。





 こんな時に景さんがいたら。いや、もういない人を頼ることは出来ない。





 俺は部屋から出て、非常階段に通じるドアに向かって歩いた。





いつもお読みいただきありがとうございます。

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