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第39話 侵食されゆく街

 絶望とため息が右往左往している。私は、床に尻餅をついて、窓から外の景色を見ている。





 詩穂さんのおかげで、新宿ミライナタワーという所に逃げることができた。このビルは最初の地震で大打撃を受けたことが物語っていた。物は散乱し、テナントにいた人たちの死体がそこら辺に横たわっていたのが見えたからだ。





 それでも、ビル自体はまだ無事だった。外にいた人たちが、このビルに逃げ込んでいた。





 私の右斜め前に椅子に座ってうなだれている、禿げ散らかしたおじさんもその一人だった。





 どうやら、外資系企業のお偉いさんみたいで、移動の最中に今回の地震に遭遇してしまったらしい。





 このビル名についても、このおじさんが教えてくれた。日本は終わった。とブツブツ呟いている。





 可哀想な事に現実を目のあたりにして、おじさんは壊れてしまったようだった。





 私たち以外にも、数人がこの最上階の32階にいて、ここに行きつくまでに、他のフロアに駆け込んだ人もいたから、まだ数十人から数百人はいるのかもしれない。





「詩穂さん。あれが?」





 詩穂は窓から外を眺めている。





「津波。あんなの映画でしか見たことないよ。なんだっけ。あの、何とかインパクトだっけ?」





 冷静な声とは裏腹に、詩穂の足は震えていた。私は、ハイハイして詩穂の隣に移動した。





「あんなのって。こ、ここは大丈夫なんですか?」





 詩穂は私を見た。





「わからない。でも、ここは100メートルはあると思うから」





 おじさんの、ダメだ駄目だという声が煩わしい。というか、もうこの部屋全体が泣き叫ぶ人や、救いを求める人たちで阿鼻叫喚だった。





 冷静だったのは私たちだけだったのかもしれない。いや、冷静を装っているだけだったのかも。





「ああ。街が呑まれている」





 私は立ち上がって、街が呑み込まれていく様を見ていた。





「絵理ちゃん。そっちの状況はどう?」





 詩穂さん?





「そうそう。まだ繋がらない? え、うん。わかった。そう。津波? 津波はもう新宿を飲みこもうとしている。うん。うん。多分大丈夫」





 詩穂が私を見て微笑した。





「うん。こっちは何とか。絵理ちゃん達も、無理しないで。絶対こっちに来ちゃだめだからね。うん。千葉は壊滅。そう。茨城と福島も? うん。わかった。うん。また連絡する。うん。それじゃ」





 詩穂はスマホをポケットにしまった。





「葵ちゃん床に伏せて」





 詩穂はそう言うと、床に伏せた。私も言われるがままに、床に伏せた。





 それから数10秒後、津波がビルを襲った。地震の時のような揺れではなく、ズンっと激しい衝撃が走った。





 恐らく、階下の窓は水圧でぶち破られているかもしれない。





「葵ちゃんの地元って福島だっけ?」





「そうですけど?」





 詩穂の神妙な声が気になった。





「さっき電話で絵理ちゃんから聞いたんだけど、どうやら福島もダメみたい」





 声が出なかった。勝手に涙だけが頬を伝っていた。





「いい? 変な事考えちゃ駄目だからね?」





 詩穂は念を押してきた。どうやら私が、もう一度やり直せば、そう考えていると思っているようだった。お母さんやお父さんの事を考えると、そう思ってしまう。でも。





 私は詩穂さんの顔を見て頷いた。





「津波はまだまだ、引かないと思うけど。まだ時間はある。諦めないで」





 ここで、また一からやり直したとして、また透哉君と出会えるかわからない。それに、詩穂さんや景とだって一緒にいられるかわからない。





 詩穂は立ち上がり、窓の傍まで、歩いた。私は起き上がり、床に座った。





「葵ちゃん。こっちきて」





 詩穂が手招きをする。私は立ち上がって、詩穂の隣まで歩いた。





「見て、新宿の街が沈んでいる」





 詩穂の言う通り、新宿の街は、津波によって、沈んでしまった。濁った海水と瓦礫などで、めちゃくちゃになっている。





「これじゃ、透哉君に会うの無理なんじゃ」





「多分大丈夫だよ。ずっと、この海水が留まっている事はないから」





 私は詩穂さんを見た。





「……でも」





「大丈夫だって。後、数時間もすれば、水は引くはずよ」





 詩穂さんはこんな状況なのに何でこれほどまでに冷静でいられるんだろう。私の知らない何かを知っているのだろうか。もしかしたら、こういう事が過去? 起きたのかもしれない。





「それに、絵理ちゃん達が逐一情報をくれるから」





「さっきの電話ですか?」





「そう。透哉君の友達なんだけどさ。透哉君今回の事に巻き込みたくなかったらしい。それで、まぁ本当は私も透哉君とは同じ気持ちなんだけどさ。それでも、確率は1%でも上げておきたかったから。どうしても彼女たちに頼ってしまったの」





 詩穂さんは窓から離れて、無造作に置かれている、椅子に座った。





「水が引くまで座って待ちましょう」





 詩穂さんはまた、手招いて、隣の椅子をトントンと叩いた。





 言われるとおりに、椅子に座った。室内にいる人たちは、まだ、この惨状に座礁しきっていた。このビルの事を教えてくれたおじさんは狂ったように、終わりだ終わりだ。と同じ言葉を繰り返していた。





 確かに、日本はもう終わってしまったのかもしれない。あの時の大地震以上に絶望的かもしれない。今はただ、黙ってこの状況が好転するのを待つしかない。





いつもお読みいただきありがとうございます。

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