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第38話 背後から迫りくるもの

「おい。何か聞こえないか?」





 景は辺りを見渡している。





「おいっ! 透哉! あれを見ろ!」





 景は東の方角を指した。俺はその指さす方へ視線をやった。





「あ、あれって!?」





「やばい。まじやばいぞ! 透哉走れ! 津波に飲まれるぞ!」





 景はそう言うと、津波を背に走った。俺も景に後れを取らない様に懸命に走った。





 なんなんだあの津波は。葵は大丈夫なのか? 詩穂さんはどうしてるんだ。やばいやばい。あと少しで都庁なのに。





「おいおい。バカかよ! なんだよこれ!」





 前を走っていた景が立ち止まった。俺は視線を上に上げた。無我夢中で走っていた為、それに気づかなかった。炎が空に向かって渦巻いて移動している。





「燃えている! これって!?」





 透哉は辺りを見渡した。 火災旋風ならこれかな?





「火災旋風だ! 西口が火災旋風で燃えているんだ!」





 景は火災旋風を眺めている。





「景さん! これ使ってください!」





 俺は色々な事象を想定し、色んなモノをリュックに詰め込んでおいた。





 俺はガスマスクを景に投げた。景は一瞬驚いていたが、それを受け取ると、少し口角を上げて見せた。





「ナイスだ。だてに何度も死んでないな。おまえ」





「いや、まぁ」





 景は俺の肩をポンと叩いた。





「いいか。火災旋風の動きをよく見るんだ。一つは、あれの動きとは垂直方向に逃げること。北東の方に向かっている。ちょうど俺たちとは真逆の方向に向かっている」





「はい」





「そして、もう一つが、ガスだ。どうしようもないと思っていた、ガス対策だったんだがな、透哉。お前が都合よく持っていたからな。ナイスだ。これで特に問題なく突破できる。後は、熱と上空からの散乱物に注意すれば大丈夫だ」





 景は後ろを見た。





「津波も迫ってきている。火災旋風の暑さでこのまま甲州街道を通り過ぎるのは危険だ。わかるな?」





「はい」





「と言う訳だから多少遠回りしていく」





 景は俺の肩をもう一度ポンと叩くと、走り出した。そして、振り向いて言った。





「いいか。全力で追って来い! 早くしないと飲み込まれるぞ!」





 津波も大分迫ってきているのが見えた。恐らくここら辺一帯に到達するのも後十分もかからないだろう。しかし、何メートルあるのだろうか。いや何メートルでは到底収まりそうな大きさじゃない。





 俺たちは代々木方面へ向かい、新宿マインズタワーを回る様に裏手を走った。この一帯は、ビルや家屋は倒壊していたが、火災は発生していなかった。そのまま、文化学園大学を目指した。





 大学に向かっている途中の路地裏にあるアパートの前を通り過ぎようとした時、女の子の泣く声が聞こえた。





「今、女の子の声が」





 俺は足を止めて辺りを見渡した。女の子の姿は見当たらなかった。





「おい! 助けるつもりか?」





 景は立ち止まって、俺を見た。





「いや……」





 やっぱり、また女の子の声が聞こえた。おそらくあのアパートの2、3階辺りだ。





「景さんごめん! やっぱり無理だ」





 俺はそう言うと、アパートの階段を駆け上った。





「馬鹿野郎! 死にたいのか!」





 そう言いながら、景が追いかけてくるのがわかった。





「いた!」





 3階の渡り廊下の所でしゃがみ込んで泣いている。俺は近づいて、膝をついて、女の子の顔を覗き込んだ。





「大丈夫?」





 女の子はビクッと後ずさった。そうか、ガスマスクをしたままだった。俺はガスマスクを外した。





 どうやら、妹よりは幼そうだ。





「早くここから逃げないと」





 女の子は首を振る。





「お、お母さんが」





 女の子はそう言って、玄関の前を指さした。玄関の方を見ると、玄関のドアは地震のせいで、歪んでいて、どうしても開きそうになかった。部屋の中からも、人の声は聞こえない。





「おい! 馬鹿! 早く逃げるぞ!」





「でも、中に人が!」





「馬鹿野郎! もう無理だ。無理。諦めろ! 早く行くぞ!」





「でも、この子が……」





 女の子は再び泣き始めた。





「ここら一帯、人の気配がしない。死んだか、逃げたかだ」





 景はガスマスクを外し、女の子に近づき頭をやさしく撫でた。





「死んだら。透哉。お前のせいだからな」





 景はそう言うと、女の子を無理やり抱きかかえ、走った。





「お前がもたもたしているせいで、あんなに近くに着やがったじゃねーか」





 景は厭味ったらしく言い放った。





「だって……」





「……わかってるよ! でもな。いや、今はそれどころじゃない。このままじゃ3人とも死んじまう。急ぐぞ!」





 景は女の子を抱えていたが、走るスピードが変わることはなかった。大学を超えて、甲州街道を渡り、新宿中央公園に着いた。





 公園には、この辺りに住んでいた人や会社員、遊びに来ていた人たちが沢山集まっていた。





「女の子はここに置いていきますか?」





「お前。この子を殺す気か?」





「いや、そう言う訳じゃ」





「いいか、お前がこの子を助けたんだから、責任を取らなくちゃいけない」





「わかりましたよ」





「あいつらは、津波に気付いていない。ここに留まっているという事が、そういう事だ。どうせ皆死ぬ。いいか、絶対に声をかけるなよ。都庁がごった返す」





「わかりました」





 公園には入らず、公園通りから、ふれあい通りを通り、東京都庁第一本庁舎へ向かった。





 都の要である都庁は、耐震構造がしっかりしているのか、あれだけの地震にも耐えているように見えた。





 非常用発電設備に切り替わったのか、エントランスのオートドアも動いていたし、室内の照明も点いていた。





 エントランスには、避難してきていた人がごった返していた。





「エレベーターは使えない。非常階段はどこだ?」





 景は辺りをキョロキョロ見渡した。





「あっちじゃないですか?」





 俺は奥の方を指さした。





「行ってみよう」





 景は俺が指さした方へ走り出した。





「お、お母さんは?」





 女の子が言った。





「お母さんは後で迎えに行こうな」





 景は優しい口調で女の子に言った。女の子は黙って頷いた。





「その扉開けてくれ」





 景は扉に向かって顎でクイッとやって見せた。





「わかりました」





 扉を開けて入った。目の前に階段がある。





「開けたら、扉をきちんとしめてくれ。それで、水の侵入を少しでも抑えられるはずだ。まぁ誤差みたいなもんだと思うがな」





 景が入ったので、扉を閉めた。





「もう時間がない。とりあえず、登れるところまで登るんだ」





 景はそう言うと、階段を上り始めた。





「最初は歩いて行く」





 景の声が反響する。





「なんでですか?」





 俺はこんなのんびりしていたら、津波に飲み込まれるんじゃないかとハラハラしていた。





「やみくもに駆け上がったら、それこそ大事な時に体力がなくなっちまう」





「なるほど。でも、津波は……」





「わかってるさ。話すのも体力を使うから、これからは無言で行く。津波が来たら、都庁に異変があるからそれが合図だ」





「わかりました」





 それからは無言でひたすら上り続けた。女の子も俺たちの空気を察しているのか、一言も話すことはなかった。





 10階から11階の間の踊り場を歩いているときに、異変はあった。





 都庁が少し、傾むき、揺れ始めた。





「透哉。走るぞ」





「はい!」





「足元気をつけろよ!」





 景はそう言うと、階段を駆け上って行った。俺も遅れない様に、走り始めた。





 何段駆け上ったのだろう。30階を過ぎた頃までは、平気だった足も、太ももはパンパンに膨れ、歩くのでやっとだった。景はさすがというべきか、女の子一人担いでもまだ余裕の顔をしていた。





 一人遅れること、45階の展望室へ着いた。ドアを開けると、空間が広がっており、都庁職員だろうか、人で埋められていて騒がしかった。その中に、景と女の子の姿があった。景は疲れた素振りを見せず、片手を上げてニコッと笑った。それを確認すると、俺は床に倒れた。





 誰かが俺の方へ向かってくる足音が聞こえる。





「よう。お疲れさん」





 景は床に這いつくばっている俺の肩を叩いた。俺は「なんとか」と、一言絞り出すのが精一杯だった。あの人は化物なんだろうか。今更だが、何かやっていた人なんだろうか。意識が朦朧としてきた。瞼が重い。






いつもお読みいただきありがとうございます。

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