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第35話 こんな季節に雪何て降るか?

「もしもし?」





 葵が電話に出た。俺は今新宿駅にいる。





「今どこにいる?」





 俺は新宿駅の東改札口を出て、アルタ前に向かっている。





「今、新宿駅に着いたところだけど」





 俺は地上に出る階段を上ったところで、足を止めた。





「俺もついさっき新宿駅に着いた所だから、東口の改札にきてくれ」





 俺は踵を返した。





「わ、わかった。多分後5分位で着くと思う」





「了解。それじゃ、改札の前で待ってるから」





 葵は「おっけー」と返事をすると、電話を切った。





 スマホのディスプレイには12時40分と表示されている。後20分くらいで地震が来る。





 俺が改札前に戻り、1分程経った頃、葵の姿が見えた。





 隣には、ガタイのいい男が一緒にいた。景さんだった。2人は何か話しているようだったが、俺を見つけると、葵は笑顔で手を振った。俺もそれに応えた。





 葵たちが改札を通ってこっちに来た。





「お待たせ。てか、こんなに早く会えるとは思わなかった」





「早く?」





 景が嫌味っぽく言った。





「いちいちうるさいわね。今日のこの時間にって事ですー」





 葵は景にイライラしている。俺はそれを見て苦笑するしかなかった。





「まぁ、俺もこんなに早く会えるとは思わなかったけど」





「まぁ、なんだ。久しぶりだな」





 景が俺の顔を見る。





「は、はい。ご無沙汰してます」





 会釈をした。景は俺の肩をポンと叩き「なに、そんなに畏まらなくても」と言い、笑っていた。





「あれから、色々ありました。葵にはさっき、話したんですが……」





 俺は葵と景を交互に見た。景は頬を掻いている。





「ああ、そこの彼女さんから聞いたよ。俺からもお前に話しておきたいことがあってな。まぁ、なんだ、歩きながら話すから、一度ここから出よう」





 景はそう言うと、歩き出した。俺と葵は景の後ろを歩いた。改札口の周りには待ち合わせをする人が沢山いた。また、構内は電車に乗る人と、降りる人とでごった返していた。「今から、地震が来るぞ!」と叫んで回りたいくらいだが、恐らく誰も俺の声なんて一欠けらの興味も持たないだろうな。





「俺の話なんだけどな」





 景が後ろを振り向いて話しかけてきた。





「はい」





 景は顔を前に戻した。





「透哉の行動が変わるのは、俺たちもわかってるし、前回の時に話した通り」





「は、はい。それは聞きました」





 俺は葵の顔を見た。葵はよくわかっていないのか、首を傾げている。





「今まで、さほど気にしたことはなかったんだがな、どうやら変わっているのは、お前の行動だけじゃなさそうなんだよ」





 隣の葵が頷いている。どうやら、景の言っていることは本当のようだ。





「景さんの言っていることが正しいなら、僕の行動がそうさせてしまっているのでしょうか?」





 景は両手を脇の前に上げて、首を傾げた。





「さあな。お前の行動がどれだけの影響を及ぼしているのかわからないけど、少なからず、微妙に。そう。微妙に変わってきている。ズレているのかもしれないな」





 地上に出る階段を上がった。俺は時計を見た。まだ時間はある。





「景さん」





 景が振り向く。





「なんだ?」





「新宿御苑の避難所へ行きませんか?」





「新宿御苑?」





 新宿アルタ前の信号が赤になった。





「はい。あそこならまだ間に合います。周りも何もないし、安全かなと」





 俺は葵の顔を見た。





「そうしようよ。まだ走れば間に合うでしょ?」





 葵は景を見た。





「そうだな。それじゃ行くか」





 景はそういうと、走り出した。俺も葵も、後を追った。





「そういや詩穂は一緒じゃないのか?」





 景が一瞬振り返って俺を見た。





「そうですね。今日は特に待ち合わせとかは何も」





 人混みを掻き分けながら走る。





「そうか」





 景はそう言うと、景の走るスピードが上がったような気がした。





 ポケットに入れていた、スマホが震えた。スマホを確認すると、詩穂からの着信だった。





「景さん! 言ってる傍から詩穂さんですよ」





 景は聞こえないのか、聞こえているのか、少し、走るペースを落とした。





「早く出なさいよ」





 葵が言う。





「もしもし?」





「透哉君? 今どこ?」





「今、新宿です! 詩穂さんは?」





 スマホを左手に持ち替えた。





「私も新宿にいるんだけど」





「今、新宿御苑に向かってます! 景さんも一緒です」





 一瞬間が空いた。





「なんであいつが一緒に?」





「わからないですけど。葵と一緒にいて」





「おっけー。近いから私もそっちに向かう。ごめんね。全然連絡しないで」





「いえ。気にしないでください」





「あれから、私も色々考えてて」





「僕もそうでした。とにかく御苑で会いましょう」





「わかったわ。それじゃまたね」





 そう言うと、電話は切れた。





「なんだって?」





 景は聞いてきた。あまり興味なさそうだったのに。





「これから御苑に向かうそうです」





「わかった」





 景はそう言うと、またペースを上げた。





「あいつ何だかんだで詩穂さんの事気にしてんのよ」





 葵は面白そうに笑みを浮かべている。





「聞こえるぞ」





 俺が葵に注意すると、「聞こえてるぞ」と景は振り返って言った。





 新宿三丁目から二丁目へと行くと、新宿御苑はもう目と鼻の先だ。これから起きることを何も知らない人々は談笑しながら、新宿御苑に向かっている。





 信号が赤から青に変わり、新宿御苑へと歩いて行く。景は詩穂さんを探しているのか、視線を左右にキョロキョロさせていた。





「あれが新宿御苑?」





 葵が指を指して聞いてきた。





「そうだよ。行ったことなかったっけ?」





「ないない。初めてだよ」





 葵は、歩くペースを上げて、一人で行ってしまった。





「葵! 離れるなって!」





 注意するが、葵は手を振って行ってしまった。入場するにはチケットを買わないと入れないから大丈夫だろう。小さいため息をついた。





「時間を確認してくれ」





 いつの間にか景が隣にいて、一瞬ビクッと身体が反応した。





「13時2分です」





 もうそろそろ地震がくる。





「早くあいつを連れてきた方がいいぞ」





 景はそう言うが、葵の姿は視界から消えてしまった。こんな状況なのになんであいつはこうも能天気なんだ。





「景さん。葵を見失いました。僕ちょっと探してきます」





 一歩踏み出そうとしたところで、景が俺の腕を掴んだ。





「一人で行くな。危険すぎる」





「でも」





 景は顔を左右に振った。





「駄目だ。俺も一緒に行く」





「わかりました」





 景は握っていた手を離した。





「どこに行ったんだよ。ほんと何考え……て……ん……」





 地中がグラグラと揺れるのを感じた。





「来たか……」





 どうやら景も感じたらしく、景は膝と両手を地面につけて、構えた。俺も景に倣って両手を地面につけた。





 揺れが次第に大きくなってきた。まだ気づいていない人たちもいる。俺たちの事を何しているだと不思議そうに見ている人たちもいた。





 膝をついた瞬間、地面を突き上げる激しい





 衝撃が身体を貫いた。





「き、きたぞ」





 景が言うが、隣にいる景の顔を確認するのが精一杯だった。





 しばらく激しい揺れが続くと共に、人々の悲鳴が聞こえてきた。





 揺れが弱まってきた。俺は両手を地面から離し、立ち上がろうとした瞬間、一度目よりも凄まじい衝撃が地面を抉り、俺の身体を吹き飛ばした。





 ……こんなの





 吹き飛ばされる間、目の前の光景がスローモーションに見えた。景が俺の腕を掴もうと腕を一生懸命伸ばしている。近くにいた人達も、自分と同じように吹き飛ばされているか、転んでいた。





 誰かの身体がクッションになり、アスファルトの地面に叩きつけられることはなかったが、そのまま2回、3回と転がったと思うと、誰かにぶつかって止まった。





 地響きのする後方を振り向くと、基地局の電波塔が崩落していく途中だった。





 揺れはまだ続いているが、俺は立ち上がった。右ひじを多少擦りむいたが、出血はそれほどでもなかった。





 身体に着いた砂利を振り払った。俺は辺りを見渡した。まだ揺れているので、視線が安定しない。ほんのつい先ほどまでは、平坦だったこの道も、波打つように、地面は凸凹になっていた。





「景さーん! あおいーー!」





 俺の声は、どうやら周りの声でかき消されたようだった。反応はなかった。





 倒れている人や、凸凹の地面に気をつけながら、2人を探し回った。





 吹き飛ばされたはしたが、そこまで遠くには吹き飛ばされていないはず。景さんは近くにいるはずだ。





「と、透哉! 透哉!?」





 俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は声のする方へ走った。





 目の前にあったはずの地面がそこには無く、ぽっかりと半径5メートル程の穴が開いていた。





「透哉! いるなら返事してくれ!」





 声が穴の方から聞こえてくる。今度ははっきり聞こえた。景さんの声だった。





 俺は恐る恐る声のする穴を覗き込もうとした。そこには、右手で穴に落ちない様にしがみついている景がいた。





「景さん! いま助けます」





「頼む」





 重力に引っ張られ、右手の限界なのか、景の顔が歪んでいる。俺はリュックを地面に置いた。中腰の姿勢になり、踏ん張りが効くように足を広げた。





 景の手首を掴んだ。ずっしりとした重みが体中に伝わってきた。





「おっ。おもっ」





 思わず声に出してしまった。





「わ、わりーな」





 景は申し訳なさそうに言った。





「左手もいくぞ」





「わかりました!」





 景の左手が加わり、力みで顔が紅潮していくのがわかる。





「いきますよ!」





 俺は今日のこの日までネックレスの事だけを追求してきたわけじゃない。一応、体力面の向上も図ってきていた。





「あああああああ!」





 俺は景の身体を引っ張って持ち上げた。俺は天を見上げた。どうやら景の身体は地面に打ち上げられたようだった。景の荒い息遣いが聞こえた。





 俺はそのまま背中から倒れた。目を腕で覆い、呼吸を整えた。腕をどかし、天を仰いだ。景が覗き込んできた。





「助かったよ」





 景が手を差し伸べてきた。俺はそれに応え、手を握って立ち上がった。





「いや、東京駅で僕も助けられましたし、困ったときは、お互い様ですよ」





「そうか。そんなこともあったっけな」





 遠い昔の様な口ぶりだった。俺はリュックを拾い上げ、背負った。





「それよりも、早く葵を探さないと」





 景が頬を掻いている。





「まぁな。でもよ、辺りを見てみろよ」





 俺は景に言われるがまま、辺りを見渡した。道路はめちゃくちゃになっているし、新宿御苑の中も原型を留めていないように見えた。俺たち以外に立っているのは少数だった。ケガをしたであろう人たちがかなりの数横たわっている。





「おいおいおいおい。まじかよ」





 景が動揺している。





「透哉。こんな季節に雪何て降るか?」





 景は空を見上げている。





「い、いや、降らないです」





 俺も空を見上げた。そこには季節外れの雪が降っていた。





「ほんと、大丈夫かこの国は……」





 景はまだ空を見上げている。雪は東北で起きた大地震の際にも降っていた。地震の影響で大気がおかしくなるのだろうか。





「景さん。雪よりも早く葵を探しましょう」





「ああ。そうだな。別に今更って感じだしな」





 景は俺の顔を見て言った。景は背伸びをすると、歩き出した。俺も景の後に着いて行った。






いつもお読みいただきありがとうございます。

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