ここにあること(3)
『久しぶりだね。私は転校先で楽しく過ごしてます。糸井くんはどうかな? 良かったら、会って話したいです』
送信履歴は三日前。既読はすぐについた。けれども返事はまだなく、恵はこの三日、祥介とのトークルームを確認することが癖になっていた。
「糸井からまだ返信来ないの?」
放課後。互いの学校のちょうど真ん中あたりに位置するファミレスに、恵と晴香は二人で来ていた。
時間帯からして、これから混み合う頃だろう。しかし今は二人のような制服の若者も多い。
「うん。……私、何かしちゃったかな」
「いや、そんなわけナイナイ。糸井こそ一番めぐに会いたがってるでしょ」
「でも返事ないよ」
「悩んでんじゃない? めぐもメッセージの文章、すっごい考えたって言ってたじゃん?」
そういえばそうだ。納得しながらも、やはり癖となっているのか、トークルームを確認したときだった。
『僕も会いたいです』
ちょうど良いタイミングで返信が来た。
「え! 会いたいって、今、返信……!」
「落ち着いてめぐ! 一旦ここに呼ぼうよ」
「え、今日? 今日会うの?」
「いいじゃん。『繰り返し』同窓会とか? どーせなら三角先生もよんじゃおっと」
躊躇う恵をよそに、晴香は楽しげに三角に連絡を入れている。
何度かスマートフォンの画面と晴香を交互に見ていた恵だったが、やがて諦めたように返信を考え始めた。
『今から、ここに来れますか』
こんな文章で良いだろうか。これだけだと、少し素っ気ない思われるだろうか。位置情報は送るとして、もっと絵文字やスタンプを使うべきか……。
「なーに悩んでんの」
動きを止めた恵から、晴香がスマートフォンを取り上げた。すると恵の指が送信ボタンに当たり、そのままのメッセージが送られてしまう。
晴香は画面を見て「おっ、誘ってるね」と位置情報を追加していた。
「まっ……え、大丈夫かな? 素っ気なくない?」
「大丈夫だって。三角先生も来るってさ。先生もめぐに会いたかったみたい」
「……そう、なんだ……」
これから祥介や三角まで来ると思うと、なんだか落ち着かない。どんな顔をするのが正解なのだろうか。
「……めぐさ、表情豊かになったよね」
「……そう?」
「うん。なんかほっぺとか色づいた感じもする」
晴香はそう言って、やけに嬉しそうに笑う。
「そうだ。高校はどこ行くの? もう決めた?」
「晴香と同じところにしようかなって」
「げ、うちはやめなよ! めぐならもっと上いけるじゃん!」
「晴香と一緒の方が楽しいからいいよ」
目がの落ち着いた様子に、晴香も思わず反論の言葉をのみ込む。
「進路って重要だから、そんなことで決めるべきじゃないって分かってるんだけどね。それでも私、晴香のところがいいんだよね。あ、もちろん特進コースだけど」
「だよねー、良かったよそれ聞けて……」
「あらあら、元気そうじゃない」
テーブルに突っ伏していた晴香の背後から、やや息を切らした三角がやってきた。恵は思わず立ち上がる。しかし三角は「座って座って」と言いながら、晴香の隣に腰掛けた。
「久しぶりねぇ、間宮さん。ふふ、顔色が随分いいみたい」
「……は、はい。おかげさまで」
「あら、そんなこと言えるようになったの」
揶揄うように三角が笑う。
「先生、このあと糸井も来ますよ」
「そうなの? あんなにうじうじしていたのに?」
「うじうじ?」
ぱちぱちと目を瞬く恵を前に、晴香と三角は深く頷いた。
「ほら、前『変な方向に落ち込んでる』って伝えてたやつ。めぐが一年も起きないから『僕が弱いせいかもしれない』とか言い出してたんだよね」
「面白いのよ、格好いい男になるんだって言ってね、進学校の生徒会に入ったんですって」
「す、すごいじゃないですかそれ」
「糸井くんね、手術が成功して、ある程度普通の高校生活が送れているのよ。元々頭も良い子だし、今は遅れを取り戻すんだってはりきってるみたいね」
三角の口調はやれやれと言いたげだが、表情はまったく正反対である。
「てかさ、ぶっちゃけめぐはどうなの? 糸井のこと」
「…………どうって?」
「やだ、鈍いのね間宮さん。恋愛的なことよ」
学校の友人たちからも揶揄われたことを思い出し、恵の頬が一気に染まる。
「お、案外悪くなさそう」
「若いっていいわねぇ」
「いや! そうじゃなくて……! その、そういうことは糸井くんにも失礼というか……」
「えー、糸井はねえ?」
「そうよ、糸井くんはねえ?」
今度こそ三角は「やれやれ」という表情だ。
「……私、何度も糸井くんのことを裏切ったんです。晴香もそう。二人の気持ちを無視して、何度も死にました。二人を何度も傷つけて、同じほど悲しませたと思います」
そんな恵だからこそ、二人に対して罪悪感もある。晴香は何も言えないようだった。ここで否定をしたところで、嘘くさく聞こえる可能性があると気を遣ったのかもしれない。
「……だったら、これからは傷つけないであげてね」
伏せられていた恵の目が、上目に三角を伺う。
「本来ね、過去は戻らないの。繰り返しなんかあり得ないことよ。だからあなたたちは、今を後悔しないように生きていくしかない」
恵は、苦しげにぎゅうと眉を寄せた。
三角の言葉をじっくりと噛み砕いていたのか、恵がようやく反応したのは、それから数秒後のことである。まるで自分を納得させるように、重たく頷いた。
「ともかく、間宮さんが元気そうで安心したわ。あとは糸井くんが来れば完璧ね」
「私ちょっと緊張してて……」
「え、なんで? 糸井だよ?」
「やだ星沢さん、そんなのアレよ」
「……あ! あー、なるほど、それ」
二人が何を言っているのか恵だけに伝わっていないが、二人とも上機嫌だったために恵は意味を聞かないでおいた。
すると、二人の目が恵の背後に向けられた。
晴香が気さくに手を上げる。三角も「こっちよ」と手招きをしていた。
足音が近づく。賑やかなファミレスの店内というのに、そんな小さな音さえもやけに鮮明に恵に届いていた。
そして、
「久しぶり、間宮さん」
読了ありがとうございました。