戦う覚悟
どっちも人間ではないか!
人間は人間の命を人質にできるのか――! しかも、魔族相手に……。
私とて魔王様を守るための自分の命が大切だ。女勇者の命もそれに比べれば……。
――心を鬼にして捨て去ることなど容易い――。
「デュラハン! わたしに構わず戦って!」
「――!」
戦おうと思っていた時に「戦って」って言わないで――! 「わたしの命に構わず戦って」と言われると、逆になんか戦えなくなる~――!
せっかく心を鬼にすると決めたのに――。
「しかし、動けば矢がお前達二人を射抜くこととなる――!」
「覚悟の上よ。わたしがバカだったの。わたしが……騙されてしまったの。だから、だから、わたしの命なんて気にしなくていい! ――その悪魔のような勇者を――」
倒して――!
――一筋の涙が処刑の間の冷たい床に零れ落ちた――。
……すまない。
短い間だったが、楽しかった――。
「デュラハン!」
「――!」
まさかの国王の声! なんじゃい!
「わしも……わしもこの先短い老いぼれ……。男勇者の過ちは国王たるわしの過ち……」
国王も両目から涙を流しているのだが……。ごめん、ちょっとどうでもいい。
「わしの命なんて、気にしなくていい。その勇者を……」
倒して――!
だーかーら! 倒そうとしているのに、どーしてそうやって倒しにくい方へ持っていくの~――! よく見るとズボンにも一筋の濡れた跡があるのは……どう見ても失禁――!
ガシャーン!
「――ぐお!」
男勇者に白金の剣で切り付けられた!
「いやー! デュラハン、戦って! お願い!」
「わしのために、わしらのために戦ってくれ! お願いじゃ!」
「ヘッヘッヘ、デュラハンは魔族でも紳士なんだよな。たとえ敵とはいえ女勇者と国王の命を決して粗末にはできないんだよな」
ガシャーン!
「ぐおおお!」
マジで……やばい。自分の剣で切られるのが……身の危機を感じる――。
鎧に大きな亀裂が入り、熱い血が流れる……。
「俺って……血が通っていたのか……。アンデットかと思ってずっと心配していたのだ」
油断。そして自らの甘さのため自分の剣でこの世を去ることになるとは……無念――。
ガシャーン!
「お、ぐおおー! イデデデ」
目の前が暗くなっていく。俺の血が……床にポタポタ垂れている……。
何度も何度も切り付けられ……やばい、痛みがなんか……気持ちよくなってきたぞ……。
「次の一撃が最後かな」
遠のきかける意識の中で微かに聞こえた。勇者が大きく剣を構える――。
「――死ね!」
今度生まれ変わった時には……顔ほしい。
「デュラハンよ、どうやら苦戦しているようだな」
「……?」
コツコツと木靴の音が……処刑の間へと入って来た。
「ま、ま……」
「ママではない! 夢でも見ておるのか」
「――魔王様!」
私のせいで、このような無様な姿を見せて、申し訳なくて、無念で――。涙が床へと零れる。
魔王様、きちゃった……。
「しかし、魔王様……罠です! ……お逃げ下さい。敵の勇者は国王と女勇者を人質とし、動けば矢を用いて瞬時に命を奪う……卑劣な罠なのです」
魔王様の無限の魔力をもってしても、詠唱中に矢は放たれてしまう――。
「なんじゃと! それではどうしようもできんではないか!」
魔王様が来てしまっては、敵にしてみれば、鴨が葱を背負って来るようなもの……。魔王様、絶好の鴨です! いや、絶好のネギです!
「ネギを背負って来るべきだったか……」
微妙です。魔王様は鴨派でしたか……。
「私が未熟者ゆえ、卑劣な罠にかかってしまったのです。……だから女勇者には悪いと思ったのですが……」
張り付けにされている女勇者の方を見た。
「わたしのことはいいから、戦って――! 魔王様、デュラハン!」
「ああ言いよるんです!」
「ああ、ああ言われれば戦いたくても戦えない……」
「……そんな」
「ひょっとすると、あの女勇者もグルだったりして」
「いや、それは怒られますよ。とてもとても田舎勇者の演技とは思えません」
あれほどの演技力はないでしょう。
「……」
自動弓矢発射装置からまだ矢は発射されない。勇者は白金の剣を構えたままじっと話を聞いている。
「一つだけ、この絶体絶命の窮地から逃れる方法があるぞよ」
「え、それは本当ですか!」
さ、さすが魔王様――。しかし、いったいいかなる方法があるというのだろう。
「ああ。禁呪文だがな、時間を少しの間だけ止められるのだ」
時間を止められる――そんな禁呪文がこの世にはあったのか――! 正真正銘のチート魔法でございます! それ使った時点で興醒めなやつです……。
「さすが魔王様! では、早くそれを唱えて下さい――」
もう時間がありません!
「慌てるな。それに、その禁呪文の詠唱にはかなりの時間が必要なのだ。……禁呪文だから」
「耐えて、耐えてみせます!」
それまで命が続くかどうかは分かりませぬが……。
「約一時間」
血がピューっと出たぞ。
「ながっ! そんなにはもちません――!」
お坊さんのお経のようにお長い――! もってあと一~二分が限界です。
「ですが、一か八かに賭けなければなりませぬ。は、早く! 早くその呪文を――!」
その禁呪文をお唱え下さい――!
「うん。魔王城の玉座の間にて唱えてきたのだ」
「――え?」
「え?」
女勇者もその声にキョロキョロする。そう言えば、勇者は剣を構えたまま微動だにしていない。国王も動いていない……失禁したままだ。
「玉座の間で唱えてから瞬間移動でやってきたのだぞよ」
「ですが、女勇者は動いています」
今はあの、「女子用鎧、胸小さめ」を身に付けていない……つまりは時間停止の魔法にかかるはずでございます――。
「さあ」
……さあって……。
「真の勇者のスキルなのではないか」
「真の勇者……」
真の勇者には禁呪文や一撃必殺系の呪文は効果がない……?
「テヘペロ」
「「テヘペロって言うなー!」」
本当に死ぬかと思ったぞ……女勇者と国王が……。
魔王が指パッチンすると、女勇者の手に巻き付いていた鎖が粉々になった。やっぱり魔王様は最強でいらっしゃる……。
「デュラハン!」
女勇者が駆けつけてきた時には、片膝を付き情けない姿をしていた。……騎士として、恥ずかしい。
「大丈夫、デュラハン! しっかりして!」
「……声が、聞こえにくくなってきたぞ……」
「顔ないやん」
「……」
魔王様がローブの袖口から何かを取り出した。
「傷口をガムテープで塞いだら、血は止まるのではなかろうか」
「さすが魔王様!」
「……」
ああ、本当に死んでしまうかも……。
女勇者が切られた傷口に茶色いガムテープをグルグル巻き付けて貼っていくのだが……シワになったり捻じれて裏表が逆になったり……自分でやった方がマシだと怒りたくなってしまった。
せめて養生テープの方が良かったぞ……。剥がした時に綺麗に剥がれるから……。
流れ出る血が止まると、少し楽になってきた。今日は夕食にたくさんトマトジュースを飲もうと思う。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
立ち上がって見せると、女勇者の顔からは涙が滝のように流れていた……。
「ご、ごめんなさい――わたしのせいで、こんなことになってしまって――」
「よいのだ。これも自らの甘さが招いたこと」
私もまだまだ未熟なのだ……イテテ。
男勇者が握ったままの白金の剣を取り上げ鞘へと収めた。代わりに段ボールの丸めたヤツを握らせておく。時間が進めば、ビックリするだろうなあ……軽いから。
「で、あれなんでしょ魔王様。どうせ時間が止まっているのはこの星全体とか、桁違いに止まっているんでしょ」
「もちろん。そうでなくては暦に異常が生じる」
暦にって……。
「でも、だったら光も止まるから真っ暗になるんじゃないの」
「……」
縛られていた手首と足首をもみほぐしながら女勇者がまた細かいツッコミを入れてくる。
「魔法だから大丈夫なのだ。ここは剣と魔法の世界なのだ」
物理と科学の世界なんて、クソッ喰らえなのだ――。
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