お・と・ま・り
魔王城内には数多くのゲストルームがある。遠くから魔王城に旅行に来たモンスターを格安で泊まれるように準備された部屋だ。その一室に女勇者を案内した。
「この部屋を使うがいい。だが、女勇者が泊るのを知っているのは私と魔王様だけだ」
他の四天王達には言えるはずがない――。
「魔王城内は夜中でも凶暴なモンスターがウロウロしている。命が惜しければ無駄に部屋を出ないこと。扉にはしっかり鍵を掛けて寝ることだ」
「……分かったわ」
ゴクリと唾を飲む。怖がらせておかなければ夜中にウロウロしかねない……。温泉宿と混同されてはたまらない。
まあ……女勇者が魔王城に来られるのも、今日が最初で最後だ……。虹色の井戸がなくなれば、完全に行き来ができなくなる。
「夜中に家が恋しくなり、どうしても帰りたくなったら……帰る支度をして、内線の「5」を押すがいい」
ホームシックというか……人間界シック? 「帰りたいのに帰れない」と泣かれても始末が悪い。冷や汗が出る。古過ぎて。
「え、内線? 押すとどうなるの」
「……即座に家へと送り返してやろう」
虹色の井戸まで歩かないといけないのは内緒だ。
「……分かったわ」
「夕食は部屋で食べられる簡単なものを準備しよう」
魔コンビニのおにぎりとか、ランチパックとか……。
「ありがとう」
「それと、明日には必ず人間界へと帰るのだぞ。魔王城の居心地はいいかもしれないが、女勇者がいるべき場所ではないのだ」
人は本来、いるべきところにいなくてはならないのだ。
「分かってるって。デュラハンこそわたしがいなくなって寂しがらないのよ」
ちょっと上目遣いでそう言うのだが……。
「……」
……寂しくないぞ、ちっとも。
女子用鎧が見られなくなるのは寂しいかもしれないが、やはり魔王城に女勇者は……厄介事の塊だぞ――。
夕食を渡すと、その後、女勇者は大人しく部屋でじっとしていた。
しばらくは警戒していたが、ずっと扉の近くをウロウロしていると逆に怪しまれてしまう。いつものように魔王様と夕食を食べ、魔王様の肩をもんだり愚痴を聞いたりし、深夜になれば男湯の掃除をした。
……今日も……疲れた。
自室のテーブルの椅子に、壁に掛けてあったオブジェの女子用鎧を置き、テーブルの対面に座る。
テーブルにテキーラと鬼殺しを置く。こうして女子用鎧と一緒にお酒を飲むのが……ささやかな楽しみなのだ。
誰にも知られてはならないひと時なのだ――。
「今日もお疲れ様でした。デュラハン様」
「ああ、ありがとう」
……独り言を言いながらお酒をコップに注ぐ。
「でも、デュラハン様、女勇者の着ている女子用鎧に夢中だったでしょ!」
「そんなことはない。俺が好きなのは、君だけさ」
クイっと酒を飲み干した。飲むほど独り言が……進む――。
「ひょっとして、妬いているのかい」
「そんなことないもん!」
「フッ、顔に書いてあるぞ」
かー。たまらん! こうして女子用鎧と飲み交わす酒は最高だ――。一日の疲れが吹っ飛ぶ――!
「安心しろ。俺が好きなのは君だけさ。さあ、もっと近くへおいで」
「嬉しい」
女子用鎧が置いてある椅子を近づける。肩を組もうと思えば組める距離が……絶妙だ。
だが……この鎧がもしあの鎧だとしたら……。あの、「女子用鎧、胸小さめ」だったなら……。――いかんいかん! そんな不埒なことを考えてはいけない!
思わず女子用鎧をギューっと抱きしめていた。
ああ……今日は歯磨きせずにこのまま寝てしまおうか……。顔が無いのにどうやって歯磨きをしているのだろうか……。
冷や汗が出る……むにゃむにゃ……。
――カチッ。
――!
……まさか、本当に内線の「5」を押すとは……。じつは内線電話は通じないのだが、ボタンを押した音が隣の部屋から僅かに聞こえたのだ。
枕を高くして寝ていないから、ゲストルームにいる女勇者の行動は直ぐに察知できる――。
自室を出て、隣の部屋へと向かった。小さい声で扉の外から聞いてみた。
「……帰る支度はできているのか」
「あ、やっぱり来てくれたんだ」
……。
扉が少し開き、女子用鎧、胸小さめ……を着た女勇者が姿を現す。
「寝られないの。一緒に……寝て……くれる」
……。いま、何時だ。二時五〇分――オー。
「駄目だ。寝言は寝て言うがいい」
眠れないなら寝言は言えないか。
「じゃあさ、デュラハンの部屋を見せてよ」
「もももも、もっと駄目だ! 片付いていない――!」
抱き枕にしている女子用鎧が……今はベッドに転がったままになっている~!
「わたしの部屋には入ったくせに、デュラハンの部屋には入れてくれないなんて不公平じゃない?」
「グヌヌヌヌ」
不公平と言われると……紳士の名に傷がつく――。
「よかろう。だが、1分、いや40秒待ってくれ。支度をする」
「うん」
慌てて隣の自室へと戻り、一緒にベッドで横たわっていた女子用鎧を壁にかける。
いかにも騎士の部屋らしくしなくては、魔族の恥をさらしてしまう――! 女子用鎧の通販カタログを慌ててベッドの下へと隠す。
ああー、ソーサラモナーに借りていた「チッパイ鎧☆単行本の上下巻が、ハードカバーなので本棚に入りきらない~!
「お邪魔しまーす」
「ま、まだ35秒!」
あと5秒あるのに、女勇者は部屋にノックもせずに入ってきよる――! フライングしよる――!
「うわー、片付いている」
「……当然だ。整理整頓清潔清掃(4S)は魔王軍の騎士として常識だ」
足でこっそり単行本をベッドの下へと押し込んだ。
「あ、お酒。わたしも一緒に飲みたいなあ」
「未成年は飲んでは駄目だ」
成長段階の脳細胞を破壊してしまう。私には頭が無いからその心配はないのだが、二日酔いをするとやはり頭が割れるように痛いのだ。ぐわんぐわんするのだ。
「チッチッチ、わたしは童顔だけど、今年、二十歳になったのよ」
――二十歳! ぜんぜん見えなかったぞ――!
逆鯖を読んでいるようにしか思えないぞ――!
チッチッチって唇の前で指を小さく左右に振る仕草って……冷や汗が出るぞ。古過ぎて。
「鬼殺しって、やっぱり強いの」
「ああ、強い。鬼を殺せるのだから、まさに鬼のようなお酒だ」
「わたし、酔っちゃった」
「まだ一口たりとも飲んでいないのに、酔っ払ったふりをするな……。それより……どうして魔王城なんかに来たのだ。理由を言ってみるがいい」
何かしらの理由がある筈なのだ。でもなければ若い一人娘がこんな……うさん臭いモンスターや魔王様がいるところへなど、来るはずがない。
女勇者は紙コップに注いであった鬼殺しを一気に飲み干した。おいおい……。水で薄めているとはいえ、一気に飲むと悪酔いしてしまうぞ。
「じつはね、わらし、人間共が嫌いになったのよ」
「……」
なんか、たった一杯で目が座っているぞ……。
「人間なんて、金金金なのよ。お金がなきゃ、ヒック――。お金がなきゃ、ヒック――。お金がなきゃヒック……」
話の先を言って――! しゃっくりでいちいち話を中断しないで――!
「苦労してきたのだな」
「そうなんよ。お金がなきゃ、宿屋からも追い出されてしまうろよ」
ゴンとおでこをテーブルにぶつけると……突っ伏して眠ってしまった……。
弱すぎるぞ、酒にも……。魔王軍四天王の部屋で勇者が寝てしまうとは……やれやれだ。
眠る女勇者に大き目のウエスを肩から掛けてあげた。起きれば自分の部屋へと戻るだろう。座って寝ていても疲れは取れない。
「むにゃむにゃ。もう食べられないわ……」
「……」
寝ながらその寝言を言うのは、今どき流行っていないだろう……。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いしま~す!