魔王城見学
「一階には魔食堂があり、朝、昼、夕食が格安で食べられる。一食250円で御飯のお代わりは自由だ」
「え、自由!」
女勇者が目を輝かすのだが、そこに食い付くなと言いたいぞ。
「他にも魔王城内には作戦会議に使う大会議室や多目的ホール、理髪店、購買、フィットネスクラブ、メイドカフェ、スタバなど、ありとあらゆる施設が入っているのだ」
「凄い!」
「凄いだろう。長年にわたり敵襲がなければ、お城ってどんどんショッピングセンター化していくのだ」
自慢だぞ――。
「ショッピングセンターって……」
「ショッピングができるセンターだ」
クスクス笑っている。
魔王城内にエレベーターが無いのだけは残念だ。大きく広い大理石の階段を一階から四階まで上がったり下りたりすると、この季節であればそれだけで汗ばんでしまう。
百貨店のようにエアコンはキンキンに効かせていない。魔王様の無限の魔力でもっと冷やしてもらいたいのだが……魔王様は寒がりで冷え性……。顔色はいつも青紫でいらっしゃる。
「汗かいちゃったなあ」
「これで拭くがいい」
ポケットからウエスを取り出して手渡した。
「ハンカチ……にしては四角じゃないのね」
「ウエスだ。使い捨てのボロ布。だが安心しろ、未使用のウエスは洗濯済みだから綺麗だ」
今日はまだ一度も使っていない。いや……トイレで一度、手を拭いたくらいしか使っていないぞ。
「……」
ゴシゴシ顔の汗を拭くなと言いたいぞ。あと、鎧の隙間から脇汗を拭くなと言いたいぞ。
「ありがとう」
返そうとするが……遠慮したい。使い捨てのウエスだから……。
「差し上げよう。持っておくがいい」
「え、いいの」
「よい。ウエスは安い」
毎日、体を有機溶剤を含ませたウエスで拭き、ボロボロになれば捨てているのだ。
「捨てるの? 勿体ない」
「……ウエスは捨てるためのボロ布なのだ」
女勇者は……ひょっとすると省エネのスペシャリストかもしれない。魔王城の省エネランクはBだ……冷や汗が出る。立ち入り調査がありそうで……。
「汗をかいたと言うのなら……」
ちょうど魔王城内の大浴場前で立ち止まった。この時間なら殆ど誰も使っていないだろう。
「魔王城内には風呂もある。自慢ではないが天然の温泉をかけ流しにしているのだ、女湯は」
男湯はカルキ臭い水道水を中庭で飼っている「狂乱竜クレージードラゴ―ン」の炎で沸かし、循環しているのは内緒だ。夜には一日の汚れで底が見えないのも内緒だ。そして生ぬるい……。湯ノ花が浮いているが、湯ノ花ではないのも……内緒だ――。
「入っていいの?」
「……仕方がない」
長旅で疲れも溜まっていることだろう。虹色の井戸から魔王城まで……歩いて五分。
「一緒に……入る?」
「そんな老若男の人気をかっさらおうとしても駄目だ。それに女湯は男や雄モンスターは立ち入り禁止なのだ」
入れば魔王様の禁呪文、『痴漢撃退君』に見つかり、魔豚箱に六カ月~十年は閉じ込められてしまう。そもそも豚箱って名前は……豚からクレームが来るのかもしれない。「それに住んでいる俺達はどうなるんだブー!」と……。
リスクを冒してまで女湯を覗くモンスターは……ソーサラモナーくらいしかいない……。むしろソーサラモナーのために設置されたような禁呪文だ……。同じ四天王として一緒にされたくない。
「冗談よ、本気にしないでね」
「本気になどしていない」
人間の女性に興味などないのだ。
「私が興味があるのは、お前の着ている『女子用鎧、胸小さめ』だけだ。でしょ?」
「その通りだ。って、先に言うなと言いたいぞ!」
「あーあ」
「女湯」と書かれた赤色のノレンをペロンとめくって女勇者は中へと入っていった。
あーあって言われても……。そもそも女勇者って立場がマズいのだ。ただでさえ人間だから魔王城内に入るのですらハードルが高いというのに。
魔王様の宿敵でもある勇者と仲睦まじくイチャイチャなどしてはいられない。いくら人間と魔族の共存のための架け橋となろうとも、まさか混浴などはできない……。魔王様となら……いいかもしれない。今度、進言してやろう。ケッケッケ。
……。
女の風呂が長いのは人間もモンスターでも同じようだ。女湯の前で待つ必要はないのだろうが、もし女勇者を見失えば、また魔王様に叱られてしまう。
それに、まだ女勇者を信用してはいない――。
私のいないところで、いつ魔王様のお命を狙ってくるか分からない――。女勇者の着ている鎧「女子用鎧、胸小さめ」は、デザインもさることながら、すべての魔法が効かない特殊な能力がある。だとすれば、魔王様の無限の魔力をもってしても苦戦を強いられるのだ。
――?
今なら、その鎧を奪うチャンスなのか……。
たとえば、魔王城内では鎧を着用させないルールを勝手に作るのもいいアイデアかもしれない。魔王様保護に協力しろと言えば、従うかもしれない。
いやいや、でも鎧の下は下着姿だと言い張るだろうし、下着姿なんかでウロウロされては魔族の士気に悪影響を及ぼす。
人気を全部かっさらわれてしまう――!
他の四天王の目もある。聡明のソーサラモナーはキモイ目で女勇者を見て怖がらせてしまいそうだし、巨漢のサイクロプトロールは筋肉美を見せびらかせるために上着を脱いで魔王城内を歩くかもしれない。最悪の場合、下も脱ぐかもしれない。
妖惑のサッキュバスは……ライバルの出現かと誤解して執拗に虐めたり、女同士にもかかわらずベロチュウしようとしたり……。ある意味、女勇者を魔王城から撤退させる一番の適任かもしれないが……女勇者をこれ以上不幸のどん底へ突き落さないでやってほしい。
「あら、どうしたのデュラハン。女湯の前で突っ立って。もしかして、覗き?」
――!
「サ、サッキュバス! 今、お前の事を考えていたところだぞ……」
急に現れたサッキュバスに驚きを隠しえない――。なんか、やばさを感じる!
「あら、嬉しいわ。一緒に入る?」
……モテる男は辛いと喜んでいいのだろうか。――いや、よくない。サッキュバスからは昼間だというのにほのかに酒の匂いがする……。昼から飲んどる。
「入らぬ。そもそも男が立ち入れば耳をつんざくほどのけたたましい警報音が魔王城内に鳴り響く禁呪文が施されているのだ」
私の四天王としての地位は剥奪され、「覗きのデュラハン」との汚名を一生背負い続けなくてはならないだろう。
顔無しのデュラハンよりも嫌だ――! どっちもいやだ! どっちもどっちだ!
「覗きのデュラハンでもいいじゃない。いっつも胸元ばかり覗いているんだから。このスケベ~」
「いっつもとか言うな――」
この物語から読み始めた新読者様に誤解を与えるようなことを言うな――!
「え、じゃあ今どこ見ているの。ココでしょ」
「グヌヌヌヌ」
淫らな服装の胸元を指さして笑うサッキュバス。見ていないが谷間が谷間だ。女勇者の胸元は……谷間には程遠い。
「地平線か波の無い水平線だ」
「……。デュラハン、首を絞めて殺されるわよ」
呆れ顔のサッキュバス。安心してくれ、私には首から上が無いのだ。
「わたしも女勇者と一緒に入ってこようかしらん」
らんって……。
「やめろ。それだけは、やめてやってくれ」
女湯の前に立ちはだかる。ここから先は通さない――。色々と問題がありそうだ。裸でお風呂。
急にサッキュバスの声が裏返った――。
「ええー! すっぽんぽんで上がってきたの~!」
「――なんだと!」
すっぽんぽんって、なんだ――! スッポンは甲羅を着ているがスッポンだ――。つまりスッポンはすっぽんぽんだ――。
慌てて振り向いてしまったのだが……女勇者の姿は無かった。
「デュラハン、まだまだ甘いわね~」
「しまった――!」
サッキュバスはそのスキに、悠然と女湯の暖簾をくぐって入ってしまった! 騙された!
またしても私としたことが――!
「逃げるのだ女勇者よ――! 危険が迫っている――!」
女湯の暖簾の前で拳を握りしめた。
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