魔王様、きちゃった
「魔王様、きちゃったって……魔王が来たのか、魔王のところへ誰かが来たのか判断がつかぬぞよ――」
魔王様のお声が玉座の間に響き渡る。跪いて顔を上げることもできない。冷たい汗が顎から大理石の床へと落ちる。
「申し訳ございません――! 宵闇のデュラハン、一生に一度の不覚にございます」
「いやいや、デュラハンよ。卿の不覚は一生に一度のレベルではない。しょっちゅう不覚しとるやん」
……しょっちゅう不覚とは……手厳しい。泣きそうになる。
「それで、いきさつを説明せよ。なぜこんな事態になったのかを」
「――はっ! ご説明させていただきます!」
「手短に」
「――はっ!」
「簡略に」
「――はっ!」
「原稿用紙3枚から5枚の範囲で」
「――はっ!」
夏休みの読書感想文かと問いたいぞ……。
「『勇者が来てしまったこと』四天王、宵闇のデュラハン」
「……」
「今日、魔王城に女勇者が来てしまい、僕はビックリして驚いた。最初は、どうして魔王城に女勇者がきてしまったのか、最初は不思議に思った。だから僕は少し考えた」
「小学生の作文ぞよ……」
急いで先ほど反省分を書いたのだ……。
20✕20字の原稿用紙を探すのに手間取ったのは内緒だ。
「少し考えたら分かった。ああ、そうか。この前、ワープができる虹色の井戸に飛び込むところを女勇者に見られていたのか。こっそり後をつけられて見られていれば、隠していたって直ぐに見つかってしまう。うっかり、うっかり」
「うっかりうっかりって――! 他人事ぞよ――!」
テヘペロ。魔王様のお怒りをなんとか最小限に食い止めねば……。
「見つかっていたことに気付かなかったので、今日、女勇者が魔王城の前でウロウロしていると聞いたときは、『どうしよう』『ああ、また魔王様に怒られてしまう』『冷や汗が出る』と不安になり、黙っておこうと考えた」
魔王様は顎に手を当てられた。
「ふむふむ、そうだ、誰しも一度はそう考えることだろう」
共感していただけた――。
「でも、四天王として、また、紳士なる騎士として、嘘や騙しはしてはいけないと思い、正直に魔王様に話そうと思いました。おしまい」
「素晴らしいぞよ――! 起承転結がしっかり書けているぞよ!」
魔王様の盛大な拍手が玉座の間に響き渡る。
「お褒め頂き、ありがとうございます魔王様」
原稿用紙を折り畳んで鎧の隙間に仕舞った。
「……文字数足りないじゃない」
「たしかに」
「黙れ女勇者よ! 貴様に発言の機会など与えられていないであろう!」
勝手に魔王様と私の会話に口を挟むなと言いたい――。貴様のせいで作文を書かされる身にもなってみろと言いたい――!
魔王様の前で跪く私の横に立つ女勇者に……「お前も跪け」と言いたい。――魔王様が言って欲しい。
本来であれば、玉座の間ではなく魔王城門にて門前払いされるはずだったのだ――。誰だ、やすやすと人間の勇者を魔王城内へと入れてしまった愚か者は――! 見つけ出して、あとでシッペしてやる――!
これでは平和ボケしている人間共の城の門番と、なんら差が無いではないか……ガクッ。
「ふーん、ここが魔王城玉座の間ね。凄く綺麗」
美術館に訪れた観光客気取りですか。
「当然だ。ほぼ毎日掃除しているのだ」
この私が自らの手で――とは言わない。埃どころか、毛一本落ちてはいまい――。
「ところで、今日は何の用だ」
「わたしは女勇者よ。勇者の目的はただ一つ! 魔王の討伐よ」
一瞬の緊張と沈黙が玉座の間に走った――。
「……じゃあ、喋ってないでやってみれば」
はい、どーぞ。
「やってみればって、他人事ぞよ。守ってくれないの? デュラハンよ、ちょっと酷くない?」
魔王様は唖然とされている。
「……いや、ピンチになりそうなら助太刀します」
「どっちの?」
「女勇者の」
「プッ」
思わず吹き出してしまう女勇者。
「いや、今のは笑うところじゃないぞよ」
ずっと跪いていると足が痺れるので立ち上がった。
「女勇者が来たのは魔王様討伐などではないでしょう。ご安心ください。城内を軽く見物させて、飽きれば人間界へ送って行きます。その後、あの虹色の井戸を封鎖すれば、簡単に人間共は魔王城へは来られませぬ」
「え、封鎖するの? 勿体ない」
ああ、その通りだ、勿体ない。虹色の井戸を設置するのにいったい幾らかかったと思っているのだ。
……せめて見つけたことを内緒にしていれば……もう少しの間は使えたものを。
「ノコノコと城内まで入ってくるなと言いたいぞ。人間に見つかったからには、そうするしかないのだ」
本来であれば岩肌がそびえ立つ山々や渦巻く海峡を乗り越えて来なければならないのだ。瞬間移動の魔法でも使えない限り、魔王城には簡単には辿り着けない。
……どうしてもっと簡単に辿り着けるところに魔王城をお建てにならなかったのか……疑問すら湧きます。
勇者が到達できないところに魔王城など建ててはなりませぬ。……たぶん。
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