神、異世界へと降り立つ。
あたり一面に広がる草花の中惚けた顔で佇む少年。
その少年は見る者全てが見惚れるであろう整った顔立ちをしている。
それもそのはず、彼は神なのだ。
正確に言えば全知全能なる神ゼウスの息子である。
しかしそのゼウスも数世紀前に死んだ。
生きとし生けるものには必ずくるであろう死…たとえ神であろうともその死からは逃れられなかった。
そしてゼウスの座は息子に引き継がれた。
「このアニメ面白いなぁ〜」
神は娯楽に堕落した。
この男は自身が頂点に立った途端悠々自適に怠惰な生活を送るようになり始めたのだ。
「異世界かぁ…よし行ってみようかな。
一週間くらい開けてても大丈夫でしょ」
こうして神は地上へと降り立った…この身勝手な行動がのちに悲劇を起こすとも知らずに。
降り立った場所は草花が生い茂る平原だった。
「お〜、これこれ!こういうのだよ〜!やっぱ最初は草原だよねぇ。あっ、あそこに見えるのは街かな?いいねいいところに降りれたよ、さすがガブリエル君だセンスが違うねぇ」
「お褒めに預かり光栄です。それでは私は天界に帰りますので何か用があれば呼んでください」
そう言い残しガブリエルは白鳥の姿へと変わり空へと飛び立った。
「ありゃ帰っちゃったよ、もうちょっと羽伸ばしていけばいいのに…ここで1ヶ月過ごしたって向こうじゃ1日しか経たないってのに真面目だなぁ」
そう、この男が地上に降りた理由はもちろん遊ぶため。
ゲームのように異世界に降りて能力使いまくって無双してやる…などという浅はかな考えで地上に降り立った彼は今から後悔することになる。
「あれ…?メニューが出ない、なんで?」
そう、ここはゲームの世界ではないのだ。
あまりにも無知蒙昧、このザマを見ればこれが全知全能の神の息子なのかと誰もが呆れ果てるであろう…実際呆れられている。
「むむ、参ったなぁ…ガブリエル君呼ぶにも今さっき帰ったばっかで申し訳ないしなぁ」
腕をぶんぶん振り回してもブツクサと呪文を唱えても魔法は出ない。
体を包むは革装備、腰に携えるは短剣。
おまけに身体は人間に変わっており、神だった時に使えた能力もほぼほぼ使えなくなっている。
「使える力はこれだけか…」
拳を握りしめるとわずかにバチバチと電気が流れ出す。
「はぁ…これもあんまり使えそうにないなぁ。使えても1日1回くらい?まぁ考えても仕方ないかぁ、あの街まで歩くか。あーあ、ワープできたらなぁ」
男が文句を言いながら歩いているとドスンドスンと騒音が聞こえてきた。
「なんだこの音………⁉︎なんだあれ⁉︎」
馬鹿でかいトカゲがこっちに向かってきてる!
「なんか人も襲われてるな…ふふ、助けてあげようかな」
拳を握りしめると先ほどのように雷が纏わり付き、それを解き放った。
その解き放たれた雷は一瞬でトカゲを切り裂いた。
「キミ、大丈夫?」
「助かったよ…ありがとな。さっきの凄かったな!あれは魔法か?」
「いやぁそれほどでも…あるかな?あれは魔法じゃなくて私の能力だよ。まぁ1日1回しか使えないけど」
少し自慢げな表情を浮かべた。
「俺の名前は宇佐美東吾だ、よろしくな」
東吾が手を差し出すとそれに応えて彼も差し出し握手を交わした。
「東吾ね…私の名はテイルこちらこそよろしくね。ところでキミって冒険者だよね?いい装備してるけどどこで買ったの?」
「これは貰いもんで…それよりここってどこなんだ?」
「えっ?知らないの…?もしかして…ここの人じゃない?」
テイルの放った言葉は衝撃的だった。
「もしかして…テイルも転生したのか…?」
「私の場合は転移だけどね、キミもそうなんじゃないかな?転生したのならこの世界で育ってるはずだけどその様子だと何も知らなさそうだし」
テイルは気怠げそうに頭をかきながら
「とりあえずあそこの街に向かいながら話でもしよっか」
あれから何ごともなく俺たちは街に着いた。
「さて、私はギルドに行くけどどうする?一緒に行く?」
「ギルドって…そんなのあるのか?」
「さぁ?あるんじゃないかなぁ、ちょっとそこの人に聞いてくるね」
この短い時間でだがこいつのことだんだんわかってきた気がする…テイルは結構適当なやつだ。
「ギルドあっちの方だって〜」
あるのかよ…。
ギルド内に入ると酒の匂いが鼻を襲う。
「うげ…なんだここ酒場じゃねぇか。場所間違えたんじゃないか?」
「あれ〜?おかしいな…確かにここだって言ってたんだけど」
間違えたんじゃないかと話し合っているとウェイターが話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。ギルドに来るのは初めてですか?お食事ならあちらの受付へ、冒険者登録ならこちらの受付へどうぞ」
どうやらギルドは酒場と合併してるらしい。
受付には2人のお姉さんが座っていた。
「こんにちは、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者に登録したいんだけどどうやったら登録できるの?」
「それでしたらまず登録料にお一人5000フラムいただきますがよろしいでしょうか?」
登録するのに金がいるのか…まぁそれもそうか、市役所でも金取られるし。
俺たちは受付に手持ちが足りないと告げてその場を去った。
「さて…お金かぁ。さっきのトカゲでドロップとかしなかったしどうやって稼ごうか…」
「ドロップって、そんなゲームじゃあるまいし…そうだあのトカゲ売ったらいいんだよ!」
「買い取ってくれるかなぁあれ…それに持ち運びはどうするの?あのトカゲ5mくらいはあったじゃん」
「半分に切れたからリヤカーかなんかに乗せたら持ってこれるだろ。ちょっと借りれるか聞いてくるわ」
さっきの受付の人にモンスターの買取が可能か聞いたところ種類と状態によれば可能らしい、そして幸いにも荷車を借りることができた。
「よし、2人でこれ運ぶぞ」
「…リヤカーよりでかいんだけど?これしかなかったの?」
「トカゲの大きさ的にこれがいいって言われたんだよ、盗られる前に早く行こうぜ」
テイルは文句を言いながらも荷車を押し始めた。