俺が異世界転移かよ
『目覚めよ……』
「う、うーん……」
『目覚めるのだ……』
「嫌だ……俺は異世界転移とか転生とかするなら美人の女神様に声かけられたい……40代くらいのオッサンみたいな声からもう嫌な予感するもん……」
『いや我だって好きでやってるんじゃないからこれ……。仕事だから……。日本人を異世界転移させるのが我の仕事みたいなとこあるから……。ホラいい加減目ぇあけて……』
デカい指に無理やり目を開けさせられる。
そこはだだっ広くただ何処までも白いだけの、ゲームで出てくるバトルフィールドみたいな場所だった。
目の前には我、神ですが何か?みたいな風貌の4mはある髭面のおじさん。もうこの時点で男声の女神様という夢は崩れ去った。いや男声の女神様って何?
『ここまでするのに40分かかるとかキミ何……?日本人ならはしゃぐ所じゃないのここ』
「俺、今の生活に満足してましたし……。いきなり呼ばれても何?みたいな……。ただただ返してほしい……。元の世界に……」
『えぇ……。キミ無職だし結構状況詰んでたよね……?だから呼んだんだけど』
無職童貞実家暮らし中年、貯金無し。借金あり。確かに文字だけなら絶望的だろう。だけど俺はあの生活が気に入っていた。去年まではブラック会社で死にかけながらこき使われていたのだ。去年呼ばれるならともかく、これ以上ない天国の今呼ばれてもタイミングが悪いの一つしか浮かばない。
「詰む詰まないは主観でしかありませんよね?俺は今のままでいいんで返してください」
『いやサラリーマンならわかると思うけどこっちにもノルマとかあるからさ……。もう申請しちゃったし返せないんだよね……。始末書とか書きたくないし……。ここはちょっとチート能力あげるから承諾してくれない?』
「大体異世界転移させて何しろって言うんですか……。こちとら歳食っただけの中身は少年ですよ……」
『内容はさ……、その異世界スローライフ的な……。その、最近流行ってるじゃん。転生者にその後全任せみたいな奴……。魔王とかも特にないしそっちの方が楽だし……。そんな感じでどう?』
「異世界スローライフも何も俺は現代でもスローライフをおくっていたんですが」
むしろ衣食住娯楽が不便な分、異世界スローライフ、嫌じゃない?そう思うのは俺だけなのだろうか。新たなる新天地が嫌すぎていい歳こいてニートしてるのに無理矢理新世界に行かせようとは何事か。大阪出張ならまだ許したけど。
『そこを頼むよ……。じゃあ女の子からモテモテにしてあげるからさ……』
「女性を娯楽消費するのはちょっと」
こちとら冗談で名誉童貞やってるわけではない。産まれてこの方、女性を娯楽消費することも触れることも一切無かった。それはまるで僧の様だったと自負している。
『えぇ……大抵の人はこれで落ちてくれるのに……』
「ソシャゲのイベントあるんで帰っていっすか?」
『うぅ……』
神は渋そうに唸った後、仕方がないという様に眉間に皺を寄せて言った。
『もう討論で勝ち目ないから悪いけど強制的に落とすね……。ステータスとか暮らしはイージーモードになる様にしとくから……。死ぬまでよろしく……』
「えっ」
突然の浮遊感。
慌てて足元を見ると今まで座っていた床がパックリと口を開け、無限の闇に誘うではないか。
「ちょ……っ!」
『グッドラック……』
神はそう言うとサムズアップをして落ちる俺を見送った。
伸ばした手は空を切り、何も掴まなかった。
浮遊感は昔、ジェットコースターの落ちるバージョンみたいな奴に乗った時と似ていて、なんだかポップコーンが食べたくなった。
……帰りたいなあ、現代。
薄い塩味を思い出しながら俺は一人寂しく涙を流した。
「うーん……」
ドサッ、と音を立てて落ちたのは街のど真ん中だった。いきなり現れた人間に周りの人は目を疑い、俺はケツがただただ痛い。
「だ、大丈夫ですか?」
近くにいた青年が駆け寄って声をかけてくれる。
「あぁ、どーも……」
そこで自分の声が嫌に高い事に気づく。まるで小さな女性になった様な。
まさか、と思い真横にある店のショーケース越しに自分を見ると、そこには見覚えのあるしょぼくれたオッサンではなく、金髪碧眼の美少女が座り込んでいた。
「貴方も異世界転移者なんですか?」
手を差し出され素直に取る。
貴方「も」?
「オレも異世界転移者なんですよ〜!神様に勇者として選ばれた感じです!……って言っても勇者も少なくないんですけどね。貴方も勇者として呼ばれたんですか?」
「いや俺は無理矢理……。勇者とかは言われてなかったと思う。スローライフがなんたらって言ってたし」
よく見てみると確かに彼は勇者の様な格好をしている。鎧にマントに剣。テンプレだ。
「じゃあ村人ですかね!最初は何にもわからないでしょうし……何かあったら異世界転移者の酒場に行くといいですよ!みんな最初はそこにいくんです!」
なんだ異世界転移者の酒場って。そんな需要があるほど異世界転移者が飽和してるのか。神、そんなに勇者量産しても意味ねえからやめちまえそんな仕事。勇者だけ産んでねえなら尚更だ。一体何の事業なんだ。
頭の中でそんなことを考えていると青年がハッとした顔で言った。
「いけない!自己紹介忘れてました!オレはヒビキ・キョウスケと言います!珍しい苗字なんでヒビキって呼んでください!キョウスケいっぱいいるので!」
いっぱいいるのか。ネトゲとかでよく名前が被るみたいな現象が起きているんだろうか。かく言う俺もキョウスケだけど。どんな奇跡だ。
「俺はーー……ミヤビだ。名前はキミと同じ。本来は二十九のオッサンなんだが……今は嫌がらせでこんな姿になってる」
「二十九はオッサンじゃないですよ〜!性転換って奴ですね!いいな〜!俺もゲームで女の子キャラ使ってるからちょっと憧れます!」
「ヒビキくんはいくつだ?」
「十六です!」
「君は元気だしいい子だな……。親御さんの教育が良かったんだろうなあ……」
「えへへ」
否定はしないと言うことは本当に良い教育を受けたのだろう。こんな良い子が異世界転移だなんて神はなんて事を。社会への損失だとは思わないのか。
「同じキョウスケで異世界転移者で、色々接点も多いですし良かったら一緒に町をまわりませんか?酒場まで案内しますよ!」
「あぁ、頼む」
丸腰の女子の身体では色々と危ないだろう、ヒビキのお言葉に甘えて同行させてもらう事にする。
「あ、その前に寄りたい場所があるんですけど良いですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
にっこりマークの絵文字みたいな笑顔を浮かべたヒビキは俺の手を取ったまま町を歩く。これが噂のエスコートだろうか。
連れられた先は武器、防具屋だった。
「何か買うのか?」
「違いますよ〜!売るんです!お金は大事ですからね!」
しっかりした子だ……。うんうんと頷いて同意を示す。カラン、とベルの音が響くとふくよかな男の店主が笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい!今日は売るかい?買うかい?」
「売るよ!もう兵士の剣は要らないからね」
「おや、やっと買い換える金が工面できたのか」
「うん!」
そうして古い剣と新しい剣が金と一緒に交換される。
「モンスターが出るのか」
そう聞くとヒビキは笑顔で答えた。
「そりゃ魔王がいる世界ですからね!」
あの野郎、魔王居ないっていったじゃねえか。
既にクーリングオフしたい世界観に異議を申し立てたいが、神は死んだ。俺はこの世界でやっていかなければならない。
「ミヤビさんも剣の一本持って行ったらどうですか?お金ならバッグの中にあるはずですよ」
「そうだぜ嬢ちゃん、この世界は自衛が基本だ。剣の一本くらい持ってないと普通に痛い目に合うぜ?」
「ほーん」
俺は異世界転移にあたりハーレムも無双も世界を救う気もない。必要最低限の装備で大丈夫だろう。
「じゃあ一番安いのを」
「そしたら坊主のお下がりの兵士の剣だな」
「新品は?」
「ウチは需要のない物の新品は取り扱ってねえよ」
まぁ革みたいに使えば使うほど良くなるものもあるしな。剣もそんなもんなんだろ。知らんけど。
とにかく自衛していると言うアピールが大事なのだ。
銅貨五枚と中古の兵士の剣を交換すると、剣に触れた瞬間、静電気の様な感覚が皮膚を襲った。
「……?!」
「どうかしました?」
「いや静電気が……」
「剣に静電気ってあるんでしょうか……」
知らん。持ち手は普通の鉄の様だ。
「あーー!!」
店内に響き渡る甲高い女性の声。
「ヒビキこんなところにいたー!アンタす〜ぐどっか行っちゃうんだから!相方のあたしのことも考えてよね!……って誰この子」
低い声。明らかな敵意が向けられる。この子は響の恋人かはたまた好意を抱いている子なのだろうか。
さて、トラブルにもなりたくないしどうしたものかと考えていると、ヒビキの方から紹介してくれた。
「彼はミヤビさん!さっき落ちてきた異世界転生者で色々案内してたとこなんだ!」
「ふーん……」
女の子がヒビキの腕に胸を押しつけ俺を威嚇する。どうやらこの子は彼のことを好いているらしい。うん、おじさん男に興味はないから安心して欲しい。
「……あたしはルルカ。ヒビキの相方の魔法使いよ。よろしく」
「よろしくね。あぁ、俺はこんななりだけどオッサンだから安心していいよ」
「あ、安心って……そんなんじゃないんだから!」
「そんなんって?」
「あんたには関係ない!」
そう言ってルルカは掴んだ腕を強く掴む。胸に思い切り腕が当たって裏山けしからん。
なるほどね。ヒビキくんは「にぶちん系」主人公なわけか。ありがちだよね。それでハーレムを作って行くんだ。ルルカちゃんには頑張ってほしい。
「とりあえず俺は転生者の酒場かなんかに行けばいいんかね。おじさん邪魔になるとまずいからここらへんでお暇するよ」
「ええ……折角出会えたのに……!あ、じゃあ連絡先交換しましょうよ!」
「連絡先?」
「トリ!」
そう呼びかけるとヒビキのつけている腕輪から電子の鷲のようなものが飛び出してくる。
「これは?」
「これは動物型の通信機器のようなものです。ほら、戦国武将物とかでトリを使って通信とったりするじゃないですか。あれと同じような物だと思ってください。……というか、神様から説明なかったんですか?この腕輪のこと」
「腕輪?」
よく見るとルルカにもヒビキにも同じ腕輪が付いている。
「これはステータス確認や連絡を取るための腕輪です。現代で言うスマホみたいな物ですね。最初に神様から説明があったはずですけど……」
「最初に神と揉めたんだ。多分だから説明し忘れたんだろ」
「そんなことあります!?」
見ると俺には腕輪は付いてない。
「うわ……何かの間違いじゃないですか……?クーリングオフとかきかないんですかね……」
「人の事を不良品扱いすな」
「でもそれならなおさら心配です!ミヤビさん可愛いですし……、何も知らない持たないじゃ不安過ぎます!」
「大丈夫だよ」
頭ひとつ大きいヒビキの頭をポン、と撫でてやる。
「俺はここで仕事でも探してスローライフでも送るさ。お前のお下がりの剣も護身用に持っておくし心配いらねえよ。あとまず俺、男だしな」
「うぅ……、じゃあオレ度々この街に戻ってくるんでいつでも酒場に来てくださいね!」
「おうよ」
ルルカに引っ張られながらヒビキは武器屋を出て行く。カランという軽い音が店内に響いた。
「まぁ嬢ちゃん……嬢ちゃんでいいのか?」
「気にしないでいい」
「そうか。うちの街は治安も悪くないし剣ひとつ有れば大抵のことがなんとかなると思うぜ。冒険者って証にもなるからみんな優しくしてくれる。この街は冒険者に守られてるからな」
「ほーん。冒険者ってのは儲かるのか?」
「モンスターから取れる素材を剥げばそこそこな。ただその剣だとこの城下町の周りにいるモンスターが精一杯だろうなあ」
「どっちにしろ転生者の酒場だかなんだかに行かなきゃいけないやつか……」
「嬢ちゃん可愛いから乞食出来るかもしれないぜ?」
笑いながらそういう店主に「言っとけ」と言い放ち、一応礼を言って俺は店を出た。
「ったく、イージーモードったのに神はやらかしてくれるわなあ」
性別不備、アイテム不備、世界観不備、ミスの三連続だ。新入社員でもないくせに何やってんだ。
金は有り余ってるのが幸いか。金は天下の回り物、っと呟くと近くから泣き声が聞こえてきた。女の子の声だ。
「……っく、ひく、っ」
どこからだろう。周りを見渡してもそれらしい人影はない。迷子だろうか?それとも怪我?キョロキョロとしてもやっぱり見当たらない。
「……っく、ひく、…………た……」
「……?」
思ったより近くから聞こえる。
それからすぐにつんざくような泣き声が耳に入ってきた。
「また捨てられたああああ!!!!!!」
「!?」
「なんでみんな私を序盤で捨てて行くの!?私初めからあんなに尽くしてきたのに!嫌々モンスターの血も浴びて刃こぼれしそうになっても気合で耐えて、なのに、なのに……みんなレベルが上がったら私を捨てるってどういう事!?」
聞こえてきたのは……腰の……剣から?
喋る剣なんて珍しいな。なんでヒビキはこれを売ったんだろう。意思疎通ができそうなので話しかけてみる。
「あの……まぁ元気出せよ。人には相性ってあるからさ……。1人や2人にふられたくらいで……」
「!?貴方ソードマスターなの?」
「ソードマスター?」
そう言われてすぐ思いついたのは超展開で進んでいくギャグ漫画だった。だが彼女が言っているのはそういうわけじゃないらしい。
「剣と話せる人の事!長く使われてきたけど初めて会ったわ!ねえ、貴方名前は?」
「ミヤビ……」
「ミヤビ様って言うのね!私のご主人様にふさわしいいい名前!って言っても、貴方も私も捨てるんでしょうけど……」
情緒不安定か。
「事情を聞かせてもらってもいいか?まずは君の名前から」
いきなりメンヘラれても俺には聞くことしかできない。剣に話しかける女は明らかにやばいが目の前の彼女のメンタルケアが優先だ。
大広場の噴水に腰掛けて彼女に話しかける。
「私に名前はないわ。ただの最初に冒険者に売られる兵士の剣だもの。いろんな人の手に渡ってきた中古品よ。……最初はね、私のことをみんな頼りにしてくれるの。……ただ、時間が経って行くとみんな別の剣に切り替えて行って……私はいらないって……」
そこまで言ってまた泣き出してしまう。
思えば俺もRPGで同じことをしていた。下級の剣から中級の剣へ。それから上級者向けの剣へ。それが当たり前のことだと思っていたし、なんの疑問も抱かなかった。
だけど彼女、または彼らはこの世界では、いや、どこの世界でも、かも知れない。心を持っているのだ。
それを知ってしまったら、無碍には出来ない。
少なくともこの子だけでも。
「大丈夫だよ」
俺は彼女に出来るだけ優しく語りかけた。
「俺は君を捨てない。君が折れない限り、いや、折れても君を大切にするよ。約束だ」
「……本当?」
「本当だよ」
そう言うと、彼女の刀身が少しだけ明るくなった気がした。
「本当ね!約束、約束よ!?」
「あぁ、約束だ。ええと……」
彼女には名前がない。このままでは一緒に過ごして行く上で不便だろう。
「君はもう俺のものだからな。俺の元いた世界には自分のものには名前を書くしきたりがあるんだ。不便だし、君に名前をあげよう」
俺は少し考えたあと、笑った。
「ユア(your)だ。君は俺のものって意味だよ」
英語の成績は底辺だったからわからないが多分あってるだろう。知らんけど。そんな適当につけた名前を、彼女はいたく気に入ったらしかった。ユア、ユア、と繰り返し呟いている。
「私の名前はユア。……ありがとう。良かった、貴方に出会えてよかった……」
「気に入ってくれたならよかったよ」
「ミヤビ様、私、折れるまで、いや、折れても貴方についていきます!」
「うん。一緒に頑張ろうな」
「はい!」
金は有限だ。金の元になる素材を落とすモンスターを倒すには彼女の力が必要だろう。やる気を出してくれるのはありがたい。
こうして、俺とユアの冒険城下町近辺のみが幕を開けた。
これが俺が最強のソードマスターを目指すきっかけになるなんて、この時の俺は考えもしなかったけど。
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