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第5話 ムシュフシュ遺跡の行方不明者

この回から内容を変更しております。前作との違いなど楽しんで頂ければ幸いです。

「な……何とか、撒いたな……」


 クロード=ヴァイスは肩で息をしながらそう呻いた。アリス=ココットを背中に担ぎ、屍兵リバーサーの群れに追いかけ回されて三十分。その間みっちり全力疾走し、ようやく解放されたところだった。


「う……うう、気分悪い……」


 隣ではそのアリスが目を回してよろめいていた。どうやら、クロードの背中で上下左右に激しく揺さぶられ、乗り物酔いを起こしたものらしい。だが、やがて暫く経つと、平衡感覚を取り戻したようで、にっこりと笑顔になった。


「お疲れ、クロくん。いろいろあったけど……いい準備運動になったね!」

「お前な……」


 クロードは、ただでさえ他人から眠たげだと言われる目を、更に細めた。


 運動したのはクロードだけだ。アリスはクロードの背中でずっと目を回していただけではなかったか。しかしクロードはそれ以上ツッコむ気にもならなかった。アリスと組んで、はや数日。指摘したところで、彼女にはあまり効果が無いと分かってきたからだ。アリスにはどうやら自分の失敗を美化したり、ポジティブに脳内変換して、片づけてしまう悪い癖がある。


(まあ、落ち込まれたり卑屈になられるよりはいいけどな)


 しかし、そのせいで余計に苦労させられているような気もして、クロードはそれを単純には喜べないのだった。アリスが小柄なおかげで、担いで走ってもさして負担にならなかったのが唯一の救いだった。


「……まあ、いいか。もうすぐ目的地だしな」


 クロードとアリスはナベルの森のかなり奥まで到達していた。木々はさらに鬱蒼と茂り、辛うじて存在していた獣道も、今やすっかり消え失せてしまっている。アリスもようやく自らに課せられた任務を思い出したのか、羽織っている黒いフードを手早く整えると、先程よりは若干、緊張した面持ちで言った。


「もうすぐだね、ムシュフシュ遺跡」


 フードから覗くキャラメル色の髪が揺れた。灰色がかった青い瞳に力を込め、アリスはその視線を森の奥に注ぐ。


 ムシュフシュは古い遺跡だ。何でも、イディア建国よりはるか昔、神話の時代に建てられたものらしい。だが、詳細な築年数は不明であり、ナベルの森の奥にあるというその立地の為か、考古学者による研究も殆ど進んでいない。誰が何のために建造したものかすらも分かっていない、謎の多い遺跡だが、学者の研究によると、かなり高度な技術を用いた建築物であるそうだ。


 その巨大さと頑強さゆえに、大戦中はイディア軍によって軍事基地として利用されていた。現在は魔術師連合・国際平和維持機構レヴィアタンの管理下にある。


「ムシュフシュ遺跡の周囲では、確か行方不明者も出てるんだよね……」


 アリスは声を落としていった。クロードも頷く。


「……ああ。民間人は野良の屍兵リバーサーの犠牲になっちまった可能性も捨てきれねえが……。ただ、調査に派遣された死霊魔術師ネクロマンサー屍兵リバーサーも行方不明になっている。合わせて六人ほどが、未だ帰還していないらしい。……どうも気になるんだよな」


 と言っても、派遣された死霊魔術師ネクロマンサーと連絡が取れなくなる事は、決して珍しい事ではなかった。一度現地に赴けば仕事は山のようにある。《レヴィアタン》から受けた任務の他にも、現地の人々の相談に乗ったり、徘徊する屍兵リバーサーの駆除をしたり。


 しかし、ナベルの森は滅多に人の立ち入らない深い森だ。村人に雑用や相談を持ち掛けられたとは考えにくいし、例え徘徊する野良の屍兵リバーサーに襲われたのだとしても、《レヴィアタン》の死霊魔術師ネクロマンサーや正規の屍兵リバーサーが三組もいれば、十分に対処することができる。だから、それほどの死霊魔術師ネクロマンサー屍兵リバーサーが一度に行方不明になっているのは、どう考えても不可解な事ではあった。


 かつて軍事利用された施設の周辺で行方不明が多発しているなど、客観的に見ても穏やかな話ではない。速やかな確認が必要と組織の上層部が判断した為、その意向を受けてクロードとアリスが派遣される事になったのだ。


「ムシュフシュ遺跡で、何があったのかな……?」 


「まあ、それもすぐ分かるだろ」


 アリスの疑問に、クロードは肩を竦めて応じた。クロードとアリスに課せられたのは、あくまで『確認』だ。もしムシュフシュ遺跡で、何か深刻な事態が発生していたら、ラムナ連邦王国にある《レヴィアタン》の本部にすぐさま連絡を入れる事になっている。そして、後は本部から来た『本隊』に仕事を引き継ぐだけだ。逆を言えばただそれだけの任務なので、気が楽ではある。


 気づけば、上がった息もすっかり整っていた。ふと、自らの体に視線を落とすと、《レヴィアタン》から支給された黒い軍服に木の葉や雑草の切れ端が多数くっ付いている。クロードはそれらを軽く手で払うと、森の更に奥へ向かって歩きはじめた。


「あ、待ってよ、クロくん!」

 アリスは聖霊杖を担ぐように持つと、小走りで追いかけてくる。





 やがて、森の木々に紛れ、珍妙な建物が姿を現した。


「あれか」


 クロードは木々の向こうに現れた建造物を、その眠たそうな眼で見据えて呟いた。視線の先には、遥か彼方に円形の巨大建築物が身を横たえている。地上からではよく分からないが、ムシュフシュ遺跡は太くて長いロープが、ぐるぐると渦を巻いたような形状をしているのだ。


「すごいね。あれ、どうやって作られたのかなぁ」


 アリスもポカンと口を半開きにして、遠くにあるそれを眺めている。深い森のさらに奥、誰も足を踏み入れない秘境に目的の遺跡はあった。ムシュフシュ遺跡は巨大だ。大きさはそこら辺の城塞を優に超える。形状は先ほども述べたとおり、ロープが渦を巻いたような円盤状をしており、そのロープの中は空洞で、巨大回廊となっているのだ。回廊の側面は黒い特殊な石材のようなもので構成されており、白くて細い無数の柱が回廊全体を支えている。そしてその白い柱はみな回廊の上で一つにつながり、遺跡の渦と重なっているのだ。


「何ていうか……ムシュフシュ遺跡って、蛇の骨格標本みたいだね」


 アリスの感想が、ムシュフシュ遺跡から受ける印象の全てを物語っている。白い柱の部分は、さしずめ蛇の肋骨だ。天井で連なっている柱は、背骨と言ったところか。よく見れば、背骨部分は複雑な形状をしており、ところどころ鋭利に尖っている。肋骨に当たる白い柱の数は相当なもので、全部で数百本もあるのだそうだ。それも、骨格標本を思い出させる原因の一つだろう。


 柱の材質や製造方法は調査・研究の進んだ今でも不明だ。石でもないし、木材でもない。黒い外壁自体も、石材に似てはいるが、やはり何でできているか分からないのだそうだ。鈍い光沢を放つそれは、鉱石の一種ではないかという話だが、それが何の鉱石なのかまでは解明されていない。


 築年数も、建築素材すらも不明。人工物であることだけは分かっているが、誰が何のために建てたのか、さっぱり分からない。全てが謎に包まれている、それがムシュフシュ遺跡だ。


 何の為に建てられたかも分からない謎の遺跡を何故、イディア軍は軍事転用したか。その理由の一つはこの外壁だ。石材に似たこの外壁は、魔術砲撃でも破壊できないほどの強度を誇っているらしい。そしてもう一つの理由は、遺跡周辺の環境だ。元々イディア南部は聖霊の量が豊富だが、ムシュフシュ遺跡の周辺は聖霊密度がずば抜けて濃い。大型の魔術が展開しやすかったのだ。


 因みに、アルルカンド大陸には、この様な奇妙な遺跡がいくつか確認されている。その昔、高度な文明を持った種族がいたとされていて、彼らはティアマト、と呼ばれる女神を崇拝していたという伝説がある。だが、誰も彼らを見たことはないし、はっきりとその存在を証明できるものも無い。その為、あくまでおとぎ話の一つと考えられている。現在では、その古代種族の事は《ティアマトの剣》と呼ばれていた。


 《ティアマトの剣》が残した遺跡――《ティアマトの遺跡》は、現代人からすると、いわば未知の技術の結晶であり、その謎を解明し支配(コントロール)することができれば、国力の増強に繋げることができる。その為、昔から各国が所有権を主張して激しく争ってきた。それが原因で、戦争が起こった事もあるくらいである。一説には、ガレリアの大陸侵攻も、《ティアマトの遺跡》を独占することが目的だったのではないかと囁かれているくらいだ。


 そのため、無用の争いを避けるために、今では魔術師連合レヴィアタンが一括管理しているのだった。


「すごいねぇ……まだこれだけ離れてるのに、あんなに大きいんだね」


 アリスは余程感心したのか、上を見上げて先ほどからしきりに「すごい」を繰り返している。クロードは呆れて言った。


「お前、そんな上向いて口開けてっと、鳥のフンが入っても知らねーぞ」

「うげ……味、想像しちゃったよ! クロくんのバカぁ‼」


 アリスは一転して真っ赤になって怒り、ポカポカとクロードを殴り始めた。しかし、クロードはそれを無視して地面にしゃがみ込み、足元の草を掻き分ける。気になるものを見つけたのだ。


「……どうしたの、クロくん?」


 アリスも身を屈め、クロードの手元を覗き込んできた。


「草が折れてる」

「風かな?」


「違う。何かが踏んだんだ」

「何かって……野生の動物? 狂暴じゃないといいね」


「馬だよ、馬。どう見ても、蹄の跡だろ。おっと、こっちは人間だな」

「え? 屍兵リバーサーじゃなくて?」

アリスはきょとんと大きな眼を瞬かせた。


「よく見てみろ。何人かが並んで隊を作っているだろ? 屍兵リバーサーの奴らは、お行儀よく整列して行進したりしない」

「それって……誰かが先に隊列を作って、ここを通ったって事?」


 クロードは頷いた。よく見ると、草の踏まれた箇所はクロードたちの前方から遺跡に向かって転々と続いている。踏まれた草は折れた口から水分が滲み出していた。踏み潰されてからまだ間もない証拠だ。


 先程までは走って屍兵リバーサーの群れから逃げるのに必死だったので、足元をよく見ていなかった。その為、気づかなかったのだ。


「……どうやら俺たちの他に先客がいるらしいな」


 クロードは遺跡を睨んで呟いた。確証は何もない。だが、妙に胸騒ぎがする。

 

 一体誰が、何のためにムシュフシュ遺跡へ向かったのだろう。隊列を組んで移動しているところを見ると、相手はおそらく純粋な民間人ではない。近くに住む住人が、偶然に迷い込んだとは考えにくいだろう。ミューラーの街でさえ、ここから十キロ近く離れているのだ。


(つまり相手は、ムシュフシュ遺跡を手に入れようとしている、どこかの国の軍か、それとも賊と化した庸兵か……どちらにしろ、厄介だな)


 野良の屍兵リバーサーと違い、人間には簡単に手を出せない。《レヴィアタン》はあくまで平和維持機構であり、破壊活動や人間に対する暴力行為は、極力制限されているからだ。『先客』がうまくこちらの説得に応じてくれればいいが、そうでなかった場合、少々、面倒臭いことになる。


 《レヴィアタン》の死霊魔術師ネクロマンサー屍兵リバーサーが行方不明になっているこのタイミングであるという事も、妙に気になった。それらが全て、偶然に重なっただけなら良いのだが。 


(まあ、俺たちに命じられたのは、あくまで『調査』だからな。……何とかなるだろ)


 予測の段階で気を揉んでも仕方がない。俺にできるのは、さっさと確認をして、仕事を済ませることだけだ。クロードはそう思い直すと、アリスと共にムシュフシュ遺跡へ向かって再び歩き出したのだった。

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