表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

エピローグ 

 ムシュフシュ遺跡の外に出ると、周辺の景色は一変していた。


 遺跡の周囲にあった鬱蒼とした森は、動いたムシュフシュによって木々の多くが薙ぎ倒され、茶色い地表が顔を覗かせていた。地は割け、ある部分は山のように隆起し、またある部分は土砂崩れを起こしていた。まるで天変地異が起きたかのような惨状だ。


 きれいに円を描いていたムシュフシュ遺跡も、すっかりバラバラに解け、そのまま静止していた。無造作に放置された作業用ロープのように、無秩序に絡み合った状態だ。以前の遺跡の状態を知る者なら、とても同じ建築物だと判断することはできないだろう。それほど、遺跡は様変わりしていた。


 クロードは静止した遺跡が間近で眺める事の出来る場所にいた。倒木に身を預け、座り込み、ただぼんやりとムシュフシュを見つめていた。


 アリスの姿は、そばには無かった。彼女は魔術師連合レヴィアタンの本部へと、連絡を取るのだと言って、姿を消していた。


 遠隔地にいる者同士の意思疎通を可能する魔術は、いくつかある。だがいずれもアリスは爆発させてしまう為、人のいないところで魔術の行使をするのだと言っていた。できることならクロードが変わってやりたいが、魔術師連合レヴィアタンへの定期連絡をするのは死霊魔術師ネクロマンサーと決まっている。クロードも通信魔術を使う事ができるため、代わってやると言ったのだが、アリスは自分の仕事だと言ってきかなかった。


「大丈夫だよ、クロくん。三十回に一回くらいは成功するから!」


 何が大丈夫なのかさっぱり分からないコメントを残し、アリスは遺跡の裏側へと回り込んでいった。先程から何度も爆発の音が聞こえてくる。おそらく、せっせと魔術を爆発させ続けているのだろう。


 二十回ほどまではクロードも数えていたが、それ以降は意識的に数えないようにした。このまま、本部に戻れないのではないか――そんな不安に襲われたからだ。


 日は既に傾き始めているが、いざとなったら魔術を使って、ミューラーの街まで高速移動することもできる。焦る事もないだろうと、気長に構える事にした。


 ナベルの森に巣食う野良の屍兵リバーサーは、遺跡の変化や火柱を警戒したのか、姿を隠してしまっている。連中が戻って来るまでに、ここを立ち去る事ができたら良いのだが。


 遺跡を見つめていると、考えたくなくとも彼女の事を思い出してしまう。暁の髪をした《魔女》

――レギウス=マギナの事を。


 二十年前、グアンデラ要塞の研究室で、クロードは確かにレギウスを手にかけた。だが、それは恨みや憎しみなどといった安直な理由からではない。ましてや、イディア軍の上層部から命令を受けたからでもなかった。彼女が昔から、死者蘇生の研究に並々ならぬ執着を抱いているのは知っていた。それがおそらく、クロードたち屍兵リバーサーの為であるという事も。


 クロードは何故、それほどレギウスが死者蘇生にこだわるのかを知らない。何度か尋ねたが、いつも笑ってはぐらかされた。ただ、彼女の研究がクロードの為だというのなら、それを止めるのはきっとクロードにしかできない。そう思ったのだ。


 レギウスは恐ろしいほどの強固な意志の持ち主だ。言った事は必ず実行してきたし、幸か不幸かそれを可能する魔術も、明晰な頭脳も持ち合わせてしまっている。彼女なら、世界だって本気で滅ぼしてしまうだろう。だから、誰かがそれを止めねばならない。それは、ずっと傍にいた自分の役目だとクロードは思っていた。そして、その思いは今も変わっていない。


 レギウスがあの日、最後に口にした言葉を、クロードは今でも覚えている。


 彼女は「愛してる」と言った。クロードを愛している、と。

 それに対して、クロードは「……俺もだ」と答えた。


 俺も、愛している――そう答えた。


 レギウスには聞こえていなかったかもしれないが。


 あれからすぐに研究室が大爆発を起こした。クロードは反射的にレギウスを庇い、爆発の直撃を受け、すぐに意識を失った。次に目覚めた時には、魔術師連合レヴィアタンの施設の内部へと搬入されていた。レギウスの姿は既に無く、彼女を目にした者もまた皆無だった。


 それからは、ただ暇を持て余すようにして生きてきた。レギウスのいない世界などに興味はなく、ただ命じられたことをこなすだけの日々。それが、これからも永久に続くのだと思っていた。自らレギウスを殺し、その世界を選んだとはいえ、心のどこかで、うんざりしていた。


 だが、彼女は生きていた。二十年前となんら変わらぬ姿で、クロードの前に現れた。どれほど嬉しかったか分からない。かつて、もっとも愛した相手が姿を現したのだ。再び生きる理由が、存在する目的ができたのだ。


アーロンは言った。俺は結局、俺でしか生きられない、と。

レギウスは言った。研究は続ける――これが私だから、と。


 誰もがみな、自分を生きるしかない。どんなに努力したところで、他の者にはなれないからだ。だから、自分自身を生きるしかない。


クロードは静かな決意を固めていた。 

―――俺は、レギウスを殺す。それが俺の信念……《愛のかたち》だからだ。


 やがて、三十分ほど経った頃だろうか。遠巻きに聞こえて来ていた爆発音が唐突に止んだ。それに気づき、顔をあげると、ちょうど遺跡の向こうからアリスが息を弾ませ、こちらに走り寄って来るのが見えた。


「クロくん、やった! やったよー‼」


おお、そうか! よくやった――そう言いそうになって、思わず言葉を呑み込んだ。


 通信の魔術は初歩中の初歩だ。死霊魔術師ネクロマンサーなら行使できて当然であって、成功を喜ぶレベルの魔術ではない。それでもまあ、アリスにしては頑張ったのだろう。途中までしか数えていなかったが、爆発は優に五十回は起きていた筈だ。


「あのね、本部のギムリさんがね、ムシュフシュ遺跡に他の職員を派遣するから、とりあえずわたし達は引き上げていいって」


「そっか。……まあ、何だ。お疲れ」


 クロードが労をねぎらうと、アリスは「へへ」と嬉しそうに笑った。まあ、これくらいは良しとしてやるか。そして次にアリスは、様変わりしたムシュフシュ遺跡を見上げて呟いた。


「レギウスさん、きれいな人だったね」

「………」


「でも、何だかとても怖い人だった」


 アリスはレギウスの事を思い出しているのだろう。どこか遠い場所を見つめるような目だった。アリスは任務の当初、《暁月の魔女》に大きな憧れを抱いていた筈だ。それがどうなったのか、クロードには分からない。だが、純真無垢な憧れでなくなってしまったのは確かだろう。


 それを思うと、クロードは少しアリスに対して申し訳ない気持ちになった。別にそういうつもりは無かったが、無関係のアリスを巻き込んでしまったのは確かだ。そのせいで、彼女の憧れを打ち砕いてしまった。まあ、死霊魔術師ネクロマンサーとしてはその方が良かったのかもしれないが。


 アリスは肩を落とし、小さな声で言った


「わたし、レギウスさんみたいな、実力のある魔術師になれるかなあ……自信ないよ」


「別に、あいつを目指さなくてもいいだろ」


クロードはそう答えた。アリスは、はっとして顔を上げ、クロードを見つめ返す。


「お前はお前の思う死霊魔術師ネクロマンサーになればいい」


 アリスは決してレギウスにはなれない。また、なる必要もないのだ。クロードがクロードとしてしか生きられないように、アリスもきっと、アリスの人生しか生きられない。


 でも、それはきっと悪いことではないのだ。アリスはアリスにしかなれない、アリスなりの死霊魔術師ネクロマンサーになればいいのだから。


 アリスは嬉しそうな、どこかほっとした表情をし、「うん、分かった」と頷いて微笑んだ。


 彼女の長所をもう一つ見つけた。おバカなりに素直なところだ。ギムリの言った通り、基本は『いい子』なのだろう。経験を積み、良い屍兵リバーサーと組むことができれば、それなりに伸びるはずだ。願わくば、それまで組むのは御免こうむりたいが。


 ともかく、野良の屍兵リバーサーたちが戻って来る前に、ここを立ち去らねばならない。

 

 クロードは立ち上がり、服についた木っ端や泥を払った。


「……さて。それじゃまあ、お言葉に甘えて引き揚げるとするか」


 すると、アリスが困った顔でアーロンの《マルドゥ―ク=システム》を取り出した。


「これ……どうしよう?」

「お前、持ってろ」


クロードがそう返すと、アリスは瞬きする。


「でも……クロくんのお友達のものだったんでしょ?」

「それでいいんだよ。お前は俺の死霊魔術師ネクロマンサーなんだろ」


 するとアリスを大きく目を見開き、次いで感極まったのか、その瞳をうるうるさせ始めた。


「クロくん……今の! 今の、もっかい言って‼」

「あ、ケツに(仮)をつけんの、忘れてた」


「(仮)でもいいよ、(仮)でも!」

「いいのかよ」


 そう言って笑うと、アリスはクロードをじっと見上げた。

「……何だよ?」


 尋ねると、アリスは真剣な顔をして切り出した。

「クロくん! やっぱりわたし達、一緒に組もうよ!」

「はあ?」


「だって私の事、死霊魔術師ネクロマンサーだって認めてくれたの、クロくんだけだよ!」

「いや、ちょっと待て。別に認めてねーぞ、俺は」


「でもクロくん、一度でも役に立ったら、考えてやるって言ったでしょ? わたし、遺跡を止めたよ! ……それじゃ駄目かな?」

 アリスは引き下がらなかった。相も変わらずの、鋼鉄の自信だ。


 クロードは呆れて答えた。

「……そうだな。俺を何度も火あぶりにしかけ、聖霊杖で頭部を殴打したっけな。よく生き残れたもんだ、我ながら感心するぜ。お前、俺にぜってー恨みか殺意があるだろ。さもなきゃ、実はどこぞの組織に雇われた殺し屋とかだろ、そうだろ」


「あう……それは反省してるってば~。ゴメンね、クロくん。でも、わたしが殺し屋なら、もっと確実なとこを狙ってるよ。……頸椎とか」

「……おい」

 リアルで物騒な事を口にするアリスに、クロードは半眼で突っこむ。


 それでも、アリスはめげなかった。

「でも、(仮)はいつか取ってみせるから! だから一緒に組もうよ、クロくん‼」


 クロードは溜め息をついた。うっかり口を滑らせたばっかりに、面倒な事になってしまった。しかしまあ、確かに新人育成も大事か。ただでさえ《レヴィアタン》は人員不足なのだ。アリスに目標ができる事自体は、いいことだろう。――実際に組むかどうかは別として。


 クロードはアリスのフードをくしゃっと撫でると、言った。

「……俺と組みたきゃ、最低でも回復の魔術は完璧に使いこなせるようになれ」

 

 するとアリスはぱっと笑顔になった。

「……本当? 本当にそれで組んでくれるの⁉」


「あと、防御系の魔術は必須な。それから通信の魔術も、完璧にマスターしろ。一々爆発起こしてたんじゃ、やってらんねえだろーが。ああ、後それからもう一つ」


「まだあるの⁉」

 泣き出しそうなアリスをその場に残し、クロードは歩き始めた。


「……とにもかくにも、『地獄の業火ヘル・ブレイズ』ってのだけは何とかしてくれ」

「ええ~、必殺技っぽくて、カッコいいのに」


「お前のは、カッコいいを通り越して、不穏なんだよ」

「そうかなあ~?」


 アリスはしきりに首を捻りながら、小走りでクロードを追いかけてくる。クロードはそれを敢えて振り返らずに、歩き続けた。


 アリスの新人っぷりには、呆れさせられることも多いが、眩しいと思う事もある。きっと、こういう、未完成のパワーが本当はこれからの世界に必要なのだろう、と。クロードや、レギウスの様な過去の亡霊ではなく、彼女の様な生者の力が――きっと。


 実のところ、口で言うほど彼女と組むのが嫌というわけではない。ただ、進歩はしてもらわないと困る。いちいち何かあるたびに、炭にされかけたのではたまらない。いくら屍兵リバーサーとはいえ、こちらの身が確実にもたない。


 その時、ふと気づいた。この二十年間ずっと抱き続けてきた、手足にまとわりつく様な気怠さが、いつの間にか消えて無くなっていることに。


 何度も投げ出してやろうと思った。ミューラーの街で感じたような、あの沸々と煮立ったような怒りや苛ただしさが、すっかり消えて無くなっている。


 レギウスに再会したからか、それとも隣にアリスがいるからか。

 おそらく両方だろうと、クロードはそんな事を考えていた。

以上で完結となります。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

また、機会があれば続編を書いていきたいなと思っています。


『東亰PRISON』のほうも7月末にはアップしたいと思うので、もう少々お待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ