第31話 恐ろしい計画
クロードは奇妙な確信と共に、話し続けた。
「あんたにとって、遺跡の復活は大した目的じゃなかった。……ただ、イディアとガレリアの国境帯で不審な事件を起こせば、混乱が起きる前に必ず《レヴィアタン》の介入が入る。そして、常識的に考えたなら、派遣されるのはイディアに縁のある人間――つまり、俺だ。
あんたの本当の目的は、最初から俺とアーロンをここで殺し合わせ、《マルドゥ―ク=システム》と《ギルガメシュ=システム》を同時に回収する事だったんだ。……新たな雇い主の期待に応え、屍兵の開発を進める為に、な」
そう考えると、全ての辻褄が合うのだ。
ガレリアは大陸随一の巨大帝国だが、屍兵の製造に関してのノウハウは全くと言っていいほど無い。巨大な軍事力を有するが故に、屍兵研究では後れを取っていたのだ。そのため、開発を進めるにあたり、レギウスはどうしても現物が必要と考えたのではないか。
そして現在、彼女が身元を掴んでいる元00部隊の屍兵はクロードとアーロンの二人だけだった。
だが、そこで問題が発生した。アーロンは今もなおレギウスの屍兵だが、クロードは違う。すでにレギウスの影響下から離れ、駆動制限の効果も及ばない。つまりレギウスは、クロードを思い通りにすることが出来なかったのだ。
しかも、クロードの所属する《レヴィアタン》は本部がラムナ連邦王国にあり、ガレリアからは容易に手を出せない。だから、何とかしておびき出す必要があったのだ。
そして、遺跡復活の騒動を起こすことを思いついた。
計画はこうだ。
まず、行方不明者続出の事件を起こし、《レヴィアタン》からイディアまでクロードをおびき出す。
そして次にアーロンにクロードを殺させ、《ギルガメシュ=システム》を手に入れる。
最後にアーロンに仕込んだ生物兵器に感染させ、アーロンの中から《マルドゥ―ク=システム》を取り出す。これなら全てが手に入る上、レギウスの手間は最小限で済む。
「研究のため……そう考えたなら、あんたが俺をわざわざ治療したのにも説明がつく。《ギルガメシュ=システム》は《マルドゥ―ク=システム》よりもさらに適合者が少ないからな。今でも正常に動かせるのは俺だけだ。そいつを取り出したとして、次にいつ適合者が現れるか分からない。だからデータを採取しておきたかったんじゃないか? そう……あんたはどうしても、俺が《ギルガメシュ=システム》を起動させるところを見ておきたかったんだ。――後の研究に役立てる為に!」
レギウスは目元に浮かべた警戒を更に強め、無言でクロードを睨んだ。
クロードはそれを睨み返し、捲し立てるような口調で続けた。
「俺に睡眠の魔術をかけたのは、保険だったんだ。あんたはアーロンが失敗する可能性を考えていた。もしくは、裏切る可能性を――な。だから、俺に時限式の強制睡眠魔術をかけることで、事前に保険をかけておいたんだ」
レギウスが誤算だったのは、相棒であるアリスが思った以上に容赦のない性格だったという事だろう。おかげでレギウスの予定より、大幅に早くクロードが目覚めてしまった。
「―――あんたは言った。自分は首謀者じゃないと。研究もしていないし、アーロンとはたまたま居合わせただけで、俺を治療したのが何よりの証拠だと。……全部、嘘だったんだ! あんたの言う事は、嘘ばっかりだ‼」
クロードはとうとう怒りを爆発させた。
レギウスが許せなかった。彼女がイディア側に付こうがガレリアに付こうが、クロードはそれ自体にさほど興味はない。アーロンと違って、イディアに強い執着があるわけでもないし、ガレリアも敵に回るというなら戦うが、国そのものに恨みがあるわけではない。だから、彼女がガレリアの招聘を受け入れたことを、特に裏切りだとも思わなかった。その点は、アーロンの見解と食い違うかもしれない。
ただ、クロードに平気で噓をつき、アーロンを研究の犠牲にするため簡単に切り捨てたことは、どうしても許せなかった。それは間違いなく『裏切り』だからだ。
そして何より、彼女が再び屍兵の研究に着手しているという事実が、どうしても耐えられなかった。また、同じことを繰り返そうというのか。遺跡の周りにも、未完成の屍兵が溢れ返り、毎年、多くの犠牲者が出ている。そしてそれは、今や大陸中に広がっているというのに。これほどの悲劇を生み出しておいて、更に何をしようというのか。
クロードとレギウスは互いに無言で睨み合った。
沈黙が空気を張り詰めさせ、呼吸すら困難になるほどだった。
レギウスは食い入るようにクロードを見つめていたが、やがてふっと目元の緊張を緩める。
「……さすがね、クロード。私の事を本当に理解しているのは、今も昔もあなただけよ」
そして、どこか満足そうに微笑んだ。 そこには、自分の計画を見破られたという焦りや気まずさ、無念さは微塵も無い。まるで、喜んですらいるようだった。なぞなぞの答えを言い当てられ、無邪気に嬉しがっている子供のような表情。
一方のクロードは、打ちのめされるような思いだった。自分の推測が当たっていたという喜びは一つもない。レギウスの裏切りなど、最もあって欲しくなかった。他に誰が裏切ろうとも、彼女にだけは裏切られたくなかったのに。
だがどこかで、とてもレギウスらしいと思ってしまう自分もいる。レギウスなら、これくらいは平然とやってのけるだろう、と。レギウスの言う事は当たっている。クロードは彼女を誰より理解しているからこそ、こうして真実を言い当てられたのだ。
「どうして……何故、こんな事を!」
ただ、いくらレギウスらしくても、彼女のしたことは許される事ではない。それとこれとは、話が別だ。クロードは呻くようにし、怒鳴った。
しかし、レギウスは不思議そうにこちらを見返す。クロードの怒りが全く理解できない、という表情だ。
「怒っているの、クロード?」
「当然だろ‼」
「どうして? 技術は発展させるべきよ。私達の未来は、その先にしかないのだから。私はそのチャンスを貰ったの。乗らない方がどうかしてるわ。……私は私の信念に従っただけよ」
「信念……だと⁉ それが何だ! アーロンをあんなやり方で犠牲にして、切り捨てて……そんなにそれが重要な事なのか!」
レギウスの言う信念とやらが、全てにおいて優先されるほど素晴らしいものなのか。クロードには何一つ理解できなかった。彼女はただ、勝手気ままに行動し、クロードたちを振り回しているだけではないのか。二十年前、そうであったのと同じように。
すると、レギウスは微笑をひっこめ、考え事をするような、難しい顔になった。
「私がアーロンの事をよく理解していなかったのは事実よ。……知らなかったの。彼があんなにもイディアに固執していたなんて。イディアの事は忘れてと、何度も頼んだわ。でも、アーロンは考えを曲げなかった。仕方ないわね。死霊魔術師は屍兵の全てを支配できるわけじゃない。個体の性格を変更し、設定し直す事もできるけれど――それだとアーロンである必要はなくなってしまうわけだしね」
そして、少し寂しそうに言った。
「彼は彼の信念を選んだの。自分の信じるものを選んだのよ。ただ、それは私の考えとは違ったというだけ。……どうしようもなかったのよ」
詭弁だ。だからと言って、自分の思い通りにならない相手に、何をしても良いわけではない。
レギウスの身勝手な理屈は、クロードにさらなる苛立ちと憤りをもたらしただけだった。
「あんたの答えは、答えにすらなっていない! あんたなら……稀代の魔女と呼ばれたあんたなら、他にいくらでも方法はあったはずだ‼ どうしてこんな事を……あんな嘘までついて!」
すると、レギウスは何か面白いものでも観察するかのような視線をクロードに投げ返す。
「あら。あなたなら、それにも見当がついているんでしょう?」
「………。ガレリアか。ガレリアに雇われたことを隠すため、わざわざ遺跡復活の狂言を演じて嘘をついたのか!」
レギウスは答えない。
するとちょうど、脇でクロードを支えていたアリスが疑問を口にした。
「えっと……クロくん、そういえばどうしてレギウスさんは、ガレリアの研究者になったことを隠していたの? その……良く無い事かもしれないけど、どうしても隠さなきゃいけないってほどの事でもないような……?」
しかし、クロードは「いや、そうでもない」と首を横に振る。
レギウスはガレリアに雇われた事を現段階ではどうしても知られるわけにはいかなかったのだ。
――何故なら。
「おそらく……ガレリアは再び戦争を始める気なんだ」
クロードの言葉に、レギウスは直接、答えなかった。ただ、ぞっとするほどの艶美な笑みをその唇に浮かべる。それが答えだった。クロードの言ったことが事実であるのだ、と。やはりそうか。クロードは暗澹たる気持ちになる。
レギウスがガレリアの存在を隠したのは、それが知られてはならない機密情報だったからだ。正確には、ガレリアが屍兵の開発に着手していることを、外部の人間に知られてはならなかった。
何故、ガレリアが突然、屍兵の開発に手を出したのか。そこから導き出される答えはただ一つだからだ。
「そう……その通りよ。平和はもうすぐ終わるわ。ついでに教えてあげる。ガレリアの現皇帝・イクシニウス五世はもうすぐ暗殺されるの。そして、新しい皇帝が即位する。軍部の傀儡と化した、若い皇帝が、ね。」
「何だと……⁉」
クロードとアリスは愕然とする。現皇帝・イクシニウス五世は、ガレリアの皇帝の中では珍しく穏健派で、和平路線を歩んでいた。この二十年の平穏も、だからこそのものだったのだ。
その皇帝が、暗殺される。一体、これからどうなってしまうのか。
レギウスはどこか冷やかに付け加えた。
「次の皇帝、イクシニウス六世は即位すると同時に、イクシニウス四世の行った大陸侵攻を再度行うと世界中に宣言する予定よ。……正確には、軍部にさせられるんだけど。ガレリアは巨大な帝国。いくつもの地域や民族を内包している。外部に敵を作らなければ、結束が図れないのよ。彼等には、どうしても戦乱が必要なの。――もう、誰にも止められないわ。因みに、イディアとガレリアの国境間で騒ぎを起こせと言ったのはガレリアの軍部。だから、私が今回の件の首謀者ではないというのは本当よ」
そして、悪びれた様子もなく、肩を竦めた。
ああ、そうか。クロードはアーロンがレギウスを殺せと言った理由を、ようやく理解した。アーロンが何故、そんな事を口にしたのか。
レギウスの行動がイディアに対する裏切り行為だからというだけではない。レギウスのやろうとしている事、そのものを危険だと考えたのだ。
彼女はいずれガレリアから提供された潤沢な資金を使って、新型の屍兵を開発するだろう。現行のモデルでも、一体で少なくとも一大隊ぶんの戦闘力は誇ると言われている屍兵だ。ガレリアの資金力をもってすれば、大量生産どころか、新型移行さえ可能だろう。
やがてそれが世に溢れ、大陸中を攻撃し、蹂躙する。
そして彼らの通った後には、数えきれない数の亡骸だけが残されるのだ。
何か手を打たなければ、手遅れになる。
そう――ここで彼女を止めなければ、全てが手遅れになってしまう。
アーロンはその事を恐れていたのだ。




