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第29話 遺跡の破壊

 すると、クロードに残った最後の迷いを打ち破るように、レギウスは力強く言った。

「三人で、この遺跡を破壊しましょう! 一人では無理かもしれないけど……三人の力を合わせば、きっと何とかなるわ」


 クロードもちょうど、同じことを考えていた。どんな手を使ってでも、このムシュフシュ遺跡を破壊するしか、道はない。しかし、彼女がそれを口にするとは思いもしなかった。


 クロードは驚き、思わずレギウスの顔を凝視する。

「破壊する……? わざわざ甦らせたのに、か⁉」


 アーロンを操り、ここまで手の込んだことをして、遺跡を復活させたのは何だったのか。彼女は黒幕ではないのか。


 すると、レギウスは困ったような顔をして笑うのだった。

「もう、クロードったら。……だからさっきから言っているでしょう?」


 そして、まっすぐにクロードを見返す。

「私は遺跡を復活させた首謀者なんかじゃないわ」


 その瞳はまっすぐで、一点の曇りも無かった。どこからどう見ても、真実を語っている者の目だ。確かに、彼女は嘘が上手い。だが、いかにレギウスといえども、こうまでうまく演技し通せるものなのだろうか。クロードは混乱した。


 だったら、アーロンの説明は何だったのだ。何故、アーロンは死ななければならなかったのだ。どこまでが偽りで、どこからが真実なのか。もはや、誰の何を信じればいいのかも分からない。


 ただ、一つだけはっきりしている事がある。


 それは、誰かが嘘をついているという事だ。アーロンとレギウス。両者の説明が噛み合わないのはおかしい。それは即ち、どちらかが偽りを口にしているという事だ。


 アーロンを信じるなら、当然嘘をついているのはレギウスという事になる。とすると、何故、彼女はそんな嘘をつくのか。何故、アーロンとは無関係を装うのか。レギウスがアーロンに対し、罪悪感を覚えているのだとはとても思えない。彼女はそんな善良で奥ゆかしい性格ではないからだ。


 だとすれば、答えは一つ。レギウスは隠しているのだ。彼女には、クロードに決して知られてはならない何かがある。それを隠すため、嘘をついているのだ。


 アーロンはクロードに最期の言葉を残して死んだ。レギウスを殺せ、彼女は裏切り者だ、と。

『彼女を、殺すんだ。――迷うな。全てが、手遅れになる前に……‼』


 手遅れになるというのは何なのか。それを解き明かすことが、全ての鍵になるような気がした。

 アーロンが最も恐れていたのは、何だったのだろうか。


 そこで、不意に沈黙が破られた。アリスがおずおずと挙手をしながら口を開いたのだ。

「あ、あの……レギウスさん。三人って……わたしも一緒って事ですか?」

 

 どうやら、アリス的にはそこが引っ掛かったらしい。レギウスはアリスの方を見て小首をかしげる。

「あら、駄目かしら?」


「わたし、魔術が上手くなくて……そのぅ。爆発させちゃうんですけど……」

 アリスはもごもごと、消え入りそうな声でそう言った。


 クロードは内心で、その様を意外に思う。何だ、一応自分の欠点だという自覚はあるのか。


 すると、レギウスは満面の笑みをこぼし、アリスにウインクをした。

「それでいいのよ。むしろ、火力はいくらあっても足りないくらいだわ」


 そう、戦ったり、援護するのではない。破壊が目的なのだ。アリスが大爆発を起こし、その結果ムシュフシュが壊滅状態になって停止に陥っても、全く差支えなど無い。それどころか、そういう状態にする事こそがクロードたちの目的なのだ。


 アリスもどうやらその事に気付いたらしく、途端に大きな目をキラキラとさせると、自信たっぷりに胸を逸らせて言った。

「あ、そっか……むしろ爆破しなきゃですもんね! だったら任せてください! わたし、そういうのすっごく得意なんです‼」


 ――いや、特技にされても困るんだが。クロードはそう思ったが、口には出さなかった。口にすれば、アリスが即座に「そうだね、わたしたち相棒(ペア)だもんね!」などと言い出すに決まっているからだ。どうか、彼女とのペアはこれで最後になるのだと思いたい。


「私はあなた達の判断に従うわ。……決めるのはあなた達よ」

 レギウスはそう言って、クロードとアリスに交互に視線を向けた。


 クロードはなおも惑う。屍兵リバーサーにとって、主である死霊魔術師ネクロマンサー――この場合はアリスだ――の安全を確保するのは何においても優先すべき最重要事項だった。だが、遺跡の爆破にアリスを伴うとなれば、その安全を守りきれる自信が無い。


 アリスと目が合う。すると、アリスはクロードに向かい、大きく頷き返してきた。その目は真剣そのものだ。


「やろう、クロくん! わたし、頑張るから‼」


 失敗するかも、とか、危険かも、とか。普通であれば考えつくであろう負の可能性を、一分たりとも考えていない、強い意志を宿した瞳だった。


 クロードはいつも思う。何でこいつは、こうも自信満々なんだ、と。


 アリスの自信は、明らかに実力とは釣り合っていない。そもそも彼女は今回が初任務で、本来ならもう少し謙虚であるべきなのだ。まさに、鉄条網のような神経と、鋼鉄の度胸だった。しかし今回ばかりは、アリスがそういう性格で良かったと思ったのだった。


 レギウスに対する疑惑が完全に晴れたわけではない。だが、《暁月の魔女》を問い詰めることは、このムシュフシュ遺跡を沈黙させた後でもできる。今はとにかく、最悪の状況をどうにかして回避するのが先決だ。


「……どうなっても知らねーぞ」

 クロードはそう答えた。

 しかし言葉とは裏腹に、その目にもまた、強い意志が宿っていた。






 とにもかくにも、時間が無い。


 クロードは歩幅の狭いアリスを引っ掴んで走った。その方が断然、早いからだ。アリスも事情を察し、大人しく担がれている。二人の後ろから、レギウスも走ってついて来た。


 ひょっとして、裏切るのではないか。折を見て遺跡破壊の邪魔をするのではないか。クロードはレギウスの様子を常に警戒し窺っていたが、どうやら何もする気配が無い。それどころか、本気でクロードたちと共に遺跡を爆破するつもりのようだった。


 レギウスが遺跡の情報について嘘をついている可能性もあったが、疑い出したらきりが無い。今はやらなければならないことに専念すると決めた。


 一体どういうつもりなのか。何故、嘘をつくのか。――何を隠しているのか。本音を言えば、すぐにでもレギウスを問い詰めたかったが、今は一刻も早く遺跡を止めなければならない。事実の追求より、この差し迫った現実へ対処するのが先だ。


 クロードは己の感情をぐっと呑み込み、大広間へ向かって走り続けた。


 特殊扉から入り口に移動するときは坂道を登ったが、今度は逆に、その坂道を下る格好となっている。登りよりは幾らか楽だが、床は時おり上下左右に激しく揺れ、容易にその高低を変えるので、決して足場がいいとは言えない。何とかうねる外回廊を下り、大広間へと辿り着いた。


「着いた……!」


 クロードは黒い膜をすり抜け、アリスやレギウスと共に、部屋の中へと勢いよく飛び込んだ。大広間は外回廊と違い、まだほとんど変化が無かった。床もさほど傾いていない。レギウスの説明によると、ここが遺跡の中心部で、ムシュフシュはそこからぐるぐると大きく円を描いて丸まっていたものらしい。


 最初に動き始めたのが外側である外回廊からという事は、中心である大広間が変動するのは、おそらく最後だ。


「良かった……間に合ったようね。ここはまだ、あまり動いていない」


 レギウスもほっと息をつく。そして、次に《エンリル=コード》を浮かべた。すると、大広間の天井が大きな音を立てて開き始める。わずか数分で、天井にぽっかりと青い空が現れた。


 なるほど、とクロードは思った。これでどれだけ激しい炎が上がっても、上空から酸素を取り入れることができる。おまけに、上手く炎を上に逃げすことができれば、アリスの大爆発に巻き込まれる確率は減少するだろう。


「この中で蒸し焼きはさすがに嫌だものね。危険な事に、変わりはないのだけど……少しでもリスクを減らしたいから」


 レギウスは微かに微笑んだが、すぐに真顔に戻る。

「急ぎましょう。地下はまだ、この下にあるはずよ」

 その言葉に、クロードとアリスは頷いた。


 三人は二手に分かれ、広い部屋の端と端にそれぞれ散っていく。クロードとアリスが片側で、もう片側がレギウスだ。レギウスは魔術が堪能なので万が一危険がその身に及んでも、自分で安全を確保する術を持っている。


 だがアリスは別だ。アリスはまともな防御魔術は、ほぼ一つも使えないと言っていい。だから何かあった時のためにクロードが傍について彼女を守ることにしたのだ。見たところ、大気中の聖霊の量は十分だ。大型の魔術を使っても、枯渇はしないだろう。


 それぞれが位置につくと、レギウスが片手をあげ、叫んだ。

「こちらはいつでもいいわよ!」


 クロードも片手をあげ、それに答える。すると、そばにいたアリスが、上擦った声でクロードに話しかけてきた。


「く……クロくん! て、手加減しなくていいんだよね? 本気でやっていいんだよね、ね⁉」


 心なしか、聖霊杖を握る手も、プルプルと小刻みに震えている。緊張してるのか――そう思ったが、そうとも言い切れないか、とすぐに思い直した。こいつの場合は、武者震いかもしれない。それはそれで、怖ろしい話だが。


「まあ……あれだ。いつも通りやればいいんじゃねーか。俺もいるし」


 アリスに限っては、迂闊に激励するわけにもいかず、クロードは曖昧にそう答えた。すると、それでも十分に嬉しかったらしく、アリスは表情を弾けさせると、ぱっと笑顔になった。


「うん、そうだよね。分かったよ。頑張ろーね!」

 そして、気合を入れて聖霊杖を振り回し始めた。


 単純というか、何というか。クロードは思わず苦笑を洩らす。彼女のおバカで単純明快な性格は、確かに短所ではあるが、同時に長所でもあるのだろう。特に、こういった前代未聞の危機的状況においては。まあ何にせよ、とりあえず肩の力が抜けたようで、良かった。


 アリスは何度か素振りをすると、大きな咳払いを一つし、聖霊杖を構え直した。そして、意気揚々と叫ぶ。


「アリス、いっきまーす! せーのっ……地獄の業火ヘル・ブレイズ‼」

それが合図だった。


 アリスとレギウスの火炎が、そしてクロードの黒焔が、同時に遺跡の床を直撃する。


 しかし、遺跡の床も頑強だった。一瞬で村を潰し、大きなクレーターを作り上げたアリスの暴走魔術、それにレギウスの聖霊魔術やクロードの黒焔を加味しても、その黒々とした表面を僅かに抉り取っただけだ。


 クロードは舌打ちをした。古代種族の高度な文明技術が思わぬところで立ち塞がる。だが、とりあえず魔術で攻撃して、傷をつけることができるのは確かなのだ。後は、徹底的に破壊するだけだった。


「アリス、まだだ! まだ、炎がいる!」


「うん、分かった! 地獄の業火ヘル・ブレイズ!」


 先ほどより、さらに大きな火炎が上がる。クロードもまた、更に大きな黒焔の塊を召喚した。大広間の中央に、巨大な炎柱が上がった。赤と黒の焔の塊が踊り狂い、爆音が轟き、衝撃で床が激しく揺れる。凄まじい熱量だ。それでもなお、三者とも炎を召喚し続けた。


「地獄の業火ヘル・ブレイズ! ……地獄の業火ヘル・ブレイズ‼」


 アリスは驚異的な破壊力を誇る、自慢の火炎魔術を連発する。妙に生き生きしているのが気になるが、この際、見ない事にした。


 魔術による炎柱は、どんどん巨大化していった。今や、天井を優に越すほどの高さだ。それに比例するようにして、ムシュフシュ遺跡の床は、確実に破壊されつつあった。抉られた穴が、どんどん大きく、深くなっている。


「あと、もう少しだ!」


 あと、もうひと押し。クロードはアリスの魔術が途切れた頃合いを見計らって、最大級の大型魔術を実行した。橙色をした両目に、高速の光が幾度となく瞬く。


 するとその刹那、上空に直径五メートルはある、巨大な黒焔の球が浮かんだ。


 上空で静止した漆黒の火球は、太陽のフレアのようにその表面にいくつも激しく渦を描きながら、体積をどんどん増していく。クロードの扱える最大級の規模の魔術、一度に呼び出せる黒焔の、それが最大量だった。


 クロードは更に魔術を実行する。すると、空中にある真っ黒い巨大火球は、ゆっくりと下降を始め、その巨体を地に沈めた。ズウウン、と、一際大きな重低音が響き、次いで床がひっくり返らんばかりに上下に揺れ始めた。


 しかしそれでも火球の勢いは衰えない。すでに遺跡の床に空いていた穴に覆い被さるようにして、触れるもの全てを溶かし、破壊しながら、尚も下降を続ける。遺跡の床に大きなひびがいくつも入り、凄まじい音を立てながら割れると同時に破壊されていく。


 火球は、遺跡を喰らいつくし、呑み込みながら地下へと向かい、ついにはその姿がすっかり埋もれて見えなくなった。今や、大広間の床にはぽっかりと巨大な穴が穿たれている。


 火球はなおもその中を下へ下へと突き進み、今や闇にまぎれてほとんどその姿が見えなくなった。だが、穴の中から放射される猛烈な熱と破壊がもたらす低周波数の爆発音で、それが活動を続けているのは分かる。


 凄まじい爆風と蒸気が立ち昇り、視界の確保はおろか、息も苦しい状態だ。


「ど……どうなったのかな……?」


 穴の近くは、灼熱状態で、靴も溶けそうな有様だった。あまり近づいて中を覗くわけにもいかないが、やはり気になるのだろう。アリスはしきりに火球の消えた穴の中を気にしている。


 やがて暫くして、遺跡の広間はふと静まり返った。常に鼓膜を打っていた振動音が、いつの間にか途切れている。一瞬気のせいかとも思ったが、違う。常に足の裏に感じていた揺れも、爆発を機に止まっている。


「遺跡が……止まった……?」

 クロードは遺跡を見回し、呟いた。アリスもそれに気づいたようで、きょろきょろと視線を巡らせる。


 やがて、その顔いっぱいに笑顔が浮かんだ。

「クロくん! やったよ、クロくん‼」

「あ……ああ……」


 クロードはどうにか返事を返したものの、はしゃぐアリスと共に喜びを分かち合う事はなかった。遺跡が止まった途端、何故だか意識が急に遠くなってきたのだ。


 自分に何が起きたのか、咄嗟には分からない。だが、すぐに強烈な眠気に襲われているのだと気づいた。


 おかしい――こんな時にこんな場所で眠くなるほど、自分の自律神経は狂っていない。補給油ダムキナが枯渇した可能性も考えたが、それとも症状が違う。補給油ダムキナが尽きた場合、確かに体の力は抜けるが、こういう風に意識は遠のいたりしないからだ。かといって薬とも違う、もっと強制的な力の作用。


 そう、例えば魔術による意識障害などが、一番よく似ている。

 だが、一体どこで眠くなる魔術をかけられたのだろう。


 ところが、すぐにクロードの思考は途切れた。あまりにも眠すぎて、立っていられないほどになってきたのだ。まるで沼の底に力尽くで引き摺り込まれるような、強烈な睡魔だった。


「クロくん、大丈夫? ……クロくん!」


 アリスが異変に気づき、こちらを心配そうにのぞき込む。彼女の声がどこか遠くで聞こえる。ところが、クロードは今や返事もままならない状態だった。


 間髪置かず、大きな爆発が起こった。広間の中央に開いた穴から、真っ黒な爆炎が上がる。どうやら沈むだけ沈みきった火球が、行き場を失くして破裂したものらしい。アリスがそれに驚き、大きな悲鳴を上げた。クロードはどこか遠い目線で、それらをただ見つめていた。


 黒焔のあげる凄まじい熱波が頬を焦がす。まるで焼けつくようだ。真夏の太陽を何十倍にも強くしたようだった。とにかく、熱い。


 それが最後に感じ取った知覚情報だった。

 クロードはそのまま昏倒した。

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