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第27話 回想④~終戦の足音~

 ガレリアが大陸侵攻を開始してから、およそ十年。当初こそ大国の横暴に屈してはなるものかと、高揚し結束していたイディア国内も、戦争後期ともなると疲弊と混乱を極めていた。

飢えと貧困、増え続ける戦争犠牲者。どこもかしこも、死が溢れていた。


「限界だな」

 グアンデラ要塞の作戦司令部へと向かいながら、クロードは誰ともなく呟いた。


 実際、要塞内部にある医療施設には、常時、負傷兵が溢れ返っている。ある者は四肢を失くし、ある者は毒ガスや爆撃によって全身が爛れ、またある者は過酷すぎる戦場に耐え切れず精神を病んで発狂し、自ら命を絶った。何とか死線を潜り抜けた者達も、十分な医療が行き届かず、次々と疫病に感染し、死んでいく。


 運悪く国境付近にあったために、激しい戦闘に巻き込まれ、壊滅的な被害にあって潰れた村々は一つや二つではない。それらのかつて村だった場所は、今は全て墓地か遺体安置所と化しているという。


 おまけに最近は粗製濫造された屍兵リバーサーが巷に増え、無差別に殺人を犯し、新たな脅威となりつつあった。


 まさに地獄だ。地獄を実際この目で見た事は無いが、クロードはそう思わずにはいられなかった。民心は荒れ、権力は腐敗し、軍上層部は私腹を肥やすことのみに専念している。


 戦争は、いつか終わる。今でもそう信じているし、その為に戦ってきた。

 だが、本当に終わるのだろうか。

 本当の意味で、終わるのか。


 作戦司令部の建物に入ると、そのまま戦略軍議室に通された。薄暗い部屋の中には、大きく円を描く様にテーブルと椅子が置かれている。ちょうどクロードの入ってきた入り口に面した部分だけ切り取られているため、クロードはぐるりと囲まれた格好になる。


 それらの机には恰幅のいい軍人たちが何人も並んで座っていた。どれにも、贅を凝らした階級章や勲章の数々が、胸元に輝いている。中将や大将あるいはそれ以上の、普段であればクロードが口を利くのも許されないような、階級の高い軍人ばかりだ。


 何故、自分がここに呼ばれたのか。クロードは知らされていなかった。階級的にはレギウスの方が上なので、作戦や任務があれば、普段はみなそちらに話が行くはずなのだが。


 すると、禿頭で口元にひげを蓄えた、中年の男が口を開いた。エドガー=ボルヌ中将だ。

「楽にしたまえ、クロード=ヴァイス中尉」


 そう口にしたものの、すぐに中将は自己嫌悪を浮かべ、苦々しげな表情でこう付け加えた。 

「……屍兵リバーサー(ゾンビ)に中尉、か。世も末だな」


 クロードは何とも言いようがなかったので、黙ってそれを聞いていた。こちらとしても、別に欲しくて貰った階級ではない。殆ど一方的に押し付けられたのだ。


 だが、ボルヌ中将も返事を期待していたわけではないようだった。咳払いを一つし、すぐに本題に入った。

「ガレリアの皇帝、イクシニウス四世が崩御した。じきにこの戦争は終わりを迎える」


 クロードは特に表情を変えなかった。イクシニウス四世が病床にあるという情報は、今や世界中に知れ渡っている周知の事実だからだ。もう、ガレリア皇帝の先は長くない。遅かれ早かれ、その時は来るだろう――実際に、このグアンデラ要塞でもその話題でもちきりだ。


 ところが、終戦という朗報を自ら告げているにも拘らず、ボルヌ中将の表情は晴れなかった。


 自分がここに呼び出されたわけは、何か他にある。クロードが胸中でそう推測していると、案の定、ボルヌ中将は難しい顔で続けた。

「――だが、喜んでばかりもいられんぞ。我々としては、これからの事を考えねばならんのだ。これからの……戦争後の世界の事を、な」


 そして無造作に、銀の紋章を机の上に投げた。翼のある龍が、仰け反り、くるりと輪を作っている紋章だ。それは、クロードが初めて目にするものだった。


 ボルヌ中将はそれを顎でしゃくって指し示しながら言った。

「近く、ある国際組織が誕生する。魔術師連合・国際平和維持機構。通称、《レヴィアタン》だ。ラムナ連邦王国の主導で結成され、戦後処理とその秩序作りに当たるそうだ。ラムナはガレリアに次ぐ、大陸第二の軍事大国。大陸諸国に逆らう者はおるまい」


 ボルヌ中将は不意に前屈みになると、机の上に両腕を突き、口元で両手を交差させた。

「その《レヴィアタン》が、我が軍司令部にさっそく接触を図ってきた。連中は我々に《暁月の魔女》の身柄と所有する全屍兵リバーサーを差し出せと言ってきおった」


 クロードはまたしても返事をしなかった。今度は故意に、ではなく、想定外の事態に何も言えなかったのだが。戦争が終われば、お役御免になるという事は何となく想像していた。だが、魔術師連合などという良く分からない組織に、身元を押さえられる事となろうとは。


 自分たちは、まだいい。そもそも死者(アンデッド)なのだから、どのような扱いされようが――たとえ破棄されようが、この世に未練はない。だが、レギウスは一体どうなるのか。彼女は何のために拘束されるのか。疑問と不安が渦を巻いた。


 しかしボルヌ中将は、クロードの思惑などお構いなしに続ける。

「奴らは《暁月の魔女》を裁判にかけるつもりだ。屍兵リバーサーなどという愚かな兵器を作り出して、戦争をこじらせた、最大の戦犯だ――とな。あの女に罪があるのかどうかは分からん。連中も、それそのものに興味があるわけではない。ただ、誰かに責任を負わせる事で、自らの正当性と正義を主張し、戦後復興における主導権を握りたいのだ。……おそらく、《魔女》は死刑になるだろう」


 中将の目が、ぎらりと光る。

「分かるか。あの女は『生贄の山羊』(スケープゴート)というわけだ」


 自分は今、一体どういう表情をしているのか。怒りか戸惑いか。それとも絶望だろうか。クロードには良く分からなかった。ただ自分がひどく混乱しているという事だけは、よく分かった。


 レギウスが、裁判にかけられる。最初から死刑が決められている、形ばかりの偽りの裁判にかけられ、処刑台送りにされる。魔女裁判、という言葉が脳裏にふっと浮かんだ。そう、まさしく魔女裁判だ。全く、洒落にならないが。


 クロードの顏を見、ボルヌ中将は「フン」と鼻を鳴らす。

「我々としては、あの女がどうなろうと知った事ではない。むしろそれで全てが終わるなら、願ったり叶ったりだ。だが――現実はそう簡単ではない。あの女を断じて《レヴィアタン》に引き渡すわけにはいかん。……あの女は、我が軍の軍事機密に触れすぎている。それが外部に漏れるような事は決してあってはならんのだ」


 薄暗い戦略軍議室の中、ボルヌ中将の目が爛々と光った。クロードはその目をよく知っている。それは保身に走る人間の目だ。降りかかる火の粉を少しでも払い、自分さえ助かればいい、誰を犠牲にしても、自分だけは――そんな、欺瞞と強欲に満ちた、腐りきった偽善者の目。


 クロードは目の前の上層部たちを睨みつける。


 レギウスに責任があるのは確かだろう。彼女も、曲がりなりにも軍人だ。屍兵リバーサーを生み出したことに対する責任はある。だが、レギウスの創り出した屍兵リバーサーで最も利益をむさぼったのはお前達ではないのか。その胸元の勲章は、一体誰のおかげで手にできたと思っているのか。


 屍兵リバーサーが戦ってきたのは、お前たちのような古狸を肥え太らせるためではない。レギウスが断頭台にかけられるというなら、お前たちもまた墓場まで共にすべきだ。クロードは沸々と湧き上がる怒りを抑えきれなかった。


 クロードの激情を知ってか知らずか、中将は鷹揚に口を開く。

「我々の言いたいことが、分かるな?」


 クロードはやはり答えなかった。答えたくもなかった。これ以上、何も聞きたくない。

 

 しかし、ボルヌ中将は一方的に命令を下す。

「クロード=ヴァイス中尉に命じる。――大罪人・レギウス=マギナを、暗殺しろ。あの狂人が《レヴィアタン》の手に渡る前に、確実に……な」 





 ムシュフシュ遺跡は、重低音を立てながら振動を続けていた。しかし、その音が徐々に強く大きくなっていることに、アリスは気づいていた。

「遅いな、クロくん……」


 レギウスと共に地上に出たアリスは、外回廊の特殊扉の前でクロードの帰りを待っていた。しかし、いつまで待っても白髪の屍兵リバーサーは姿を現さない。


 アリスが地下にいた頃は、《ギルガメシュ=システム》の起動もあって、クロードの方がアーロンより有利であるように思われた。だが、その後どうなってしまったのか、ここからでは何も分からない。


 相手の屍兵リバーサーもまた、随分戦い慣れているように見受けられた。クロードといえども、そう簡単に勝利することはできないだろう。


 そうでなくとも、遺跡はこうして動き続けている。よしんば勝利を得たとしても、遺跡が本格的に稼働を始めたなら、全ては手遅れになってしまう。タイムリミットは刻一刻と、確実に近づいてきているのだ。


 一分一秒が、こんなにも長いだなんて。

 何もできないという事が、こんなにも、もどかしいなんて。


 アリスは聖霊杖を握りしめる。すると、黒くタイトなドレス型のローブをまとったレギウスが、優美に微笑みかけてきた。

「大丈夫よ。クロードはきっと、戻って来るわ」


 その言葉には絶対的と言っても過言では無いほどの自信が滲み出していた。まるで推理や推測というより、予知のようだ。クロードの戻ってくる未来を、まるでその紅い瞳は見通しているかのようだった。あまりにも確固としたそれに、アリスは面食らってしまう。


「……レギウスさんは、どうしてそんなにクロくんの事を信じているんですか?」

 気づけば、思わずそう尋ねていた。


 アリスだって、クロードを信じている。でも、それでも心配するし、不安だってある。クロードに何かあっかたらと思うと、居ても立っても居られなくなるのだ。


 だが、それらの感情が、良くも悪くもレギウスには見られない。余程強くクロードの事を信じていないと、そういう風には言えない――アリスはそう考えた。


 すると、レギウスは驚いたように目を瞬かせ、困ったように笑った。

「信じているのとは、少し違うわ。分かるのよ。だって、彼らを創ったのは私なんだもの。それに――」


 レギウスはうっとりと目を細める。

「そうでなくては、楽しくないわ」


 今度は、アリスが目を瞬かせる番だった。耳にした単語を一瞬のうちには理解できず、そのまま黙り込んでしまう。


 アリスたちの置かれた事態は深刻だ。一歩間違えれば、大勢の人が死ぬ。二十年前の大戦と同じか、それ以上の悲劇を引き起こすだろう。楽しいとか、楽しくないなどという問題ではない。


(何だろう……レギウスさんって、やっぱりちょっとヘン………)


 確かに、レギウスは魅力的だ。美人だし、死霊魔術師ネクロマンサーとしても優秀なのだろう。その上、擬似魂ネルガルを生み出すほどの天才でもある。


 だが、彼女と一緒にいると、何故か時々こうやって冷やりとする事が、これまでも幾度となくあった。ふと覗き込んだ井戸が、思いの外深くてぎょっとさせられるように、彼女の危険な面、底知れない一面を見せつけられ、戦慄させられる事がある。


 アリスは考えた。勘繰り過ぎだろうか。自分は彼女に嫉妬しているのだろうか。――それとも。

 クロードは彼女の二面性に気づいているのだろうか。


 その時、特殊扉に変化があった。縦長の青白い空間が一際強く発光する。アリスがはっとしてそちらを振り返ると、魔術の陣が刻まれた床の上に、クロードが立っていた。


「クロくん‼」

 良かった。無事だ。戻ってきた。

 アリスは大きな瞳を目いっぱい開かせ、クロードに駆け寄った。

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