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第26話 黒幕の正体

 脳裏を掠めるのは、蠱惑的な彼女の笑顔。いたずらを仕掛ける子供のような瞳。そして、暁のような真紅の髪。クロードが且つて何よりも愛した、何にも縛られぬ美貌の天才の姿だ。


 苦々しい感情が胸の内に広がっていった。誰に裏切られようとも、彼女には裏切られたくなかった。どんなに疑わしくとも、最後まで信じたかった。それはアーロンとて同じだったろう。


 00部隊の屍兵リバーサーはみな、レギウスによってこの世に甦らされ、彼女によって創られたのだから。クロードにとってもアーロンにとっても、レギウスは唯一無二の創造主であり、たとえ駆動制限(ドライブ・リミッター)が無くとも、絶対的といえるほどの存在だった。


 その時、アーロンの体が大きく傾いだ。立っているのも限界に達しつつあるのだろう。目を凝らすと、顔の半分ほどまでだった皮膚の変色が、今はさらに広がっている。


 一方、目の前のエンリルによる透明の壁が、細菌やウイルスの類を全く透過させないというアーロンの言葉は本当であるようだった。壁のこちら側にいるクロードには、今ここに至っても何一つ異変が無い。


 クロードは唇を噛み締めた。このままでは、アーロンは本当に手遅れになってしまう。壁のこちら側にいる自分が安全だからといって安堵などしていられない。


 目の前で死に瀕しているのは、一時、敵対したとはいえ、かつての仲間だ。その対峙した原因が、アーロンが何者かに脅されていた事にあるなら、尚更、何とかして助けたかった。


「……俺は何をすればいい? どうしたらお前を助けられる!」


 クロードは両手で何度も、エンリルで作られた壁を――クロードとアーロンを分け隔てている透明な壁を叩いた。だが、壁はびくともしない。次に聖霊魔術を発動させ、壁の破壊を試みるが、それでも透明な壁には傷一つ付けることが出来なかった。それを虚ろな瞳で見つめていたアーロンは、小さく首を横に振る。


「無駄なことは、よせ。この壁を動かすことができるのは、エンリルだけだ。聖霊魔術では、傷一つ、つけられない……!」

「だったら、今すぐこの壁を解除するんだ、アーロン!」


「無茶を言うな……俺がどうして、わざわざこの状況を、作り上げたと思う……? 壁を介助したら、感染が外部に広がってしまう……!」

「だが、このままじゃお前……本当に助からなくなっちまうんだぞ‼」


「俺の事は……もう、いい。これ以上……生きながらえるつもりも、ない……」

「何を言ってるんだ! ……弱気になるなんて、らしくねえだろ‼」


 しかし、アーロンは俯いたまま顔を上げなかった。この遺跡で再会を果たしてから何度か見せた、あのどこか疲れた投げやりな笑いを返しただけだ。


「この二十年……俺が、何をさせられてきたか……分かるか?」


 今度は、クロードが「いや」と首を振る番だった。アーロンは数度、苦しそうに息をつくと、ゆっくりと話し始めた。


「イディアとガレリアの戦争が終わって……自由を得た俺は、大陸を周った。皆には黙っていたが……昔から、考古学に興味があったんだ。俺たち屍兵リバーサーには、生きていた時の記憶がない。過去が無いんだ。だからだろうな、そういった過去の遺物に強く惹かれるのは。ともかく、俺は……ティアマトの遺産を巡って、各地を歩いていた」


 ティアマトの遺産――《ティアマトの剣》が残した数々の遺跡は、考古学など特定の分野でそう呼ばれる事がある。ムシュフシュ以外にも大小合わせて様々なものがあり、大陸各地に点在しているらしい。


 そういえば、レギウスも元もと考古学に造詣が深いのだと言っていなかったか。ふと、クロードは思い出した。まるでそれを見計らったかのように、アーロンは付け加える。


「そう……そこで、彼女に再会したんだ」


 アーロンの双眸に、暗い翳が差した。――やはり。クロードは得心する。アーロンは遺跡を巡っている最中に、おそらくレギウスと再会を果たしてしまったのだろう。


「それからは文字通り、殺戮の日々だった。……再会した彼女は、屍兵リバーサー研究を諦めていないどころか、執着を更に強めていた。だが、世界は平和を得、戦争時のように『素材』が簡単には手に入らない」

「素材……」


「ああ、そうだ。屍兵リバーサーを作り出すためには、素材となる死者の遺体が必要なのは、お前も知っているだろう?」

「……」


「彼女は俺に、それを調達してくるように命じた。だが平和になったこの世界に、そう都合よく死体は見つからない。だから……俺は、自らこの手で死体を作り出すことにしたんだ。中には何の罪もない人、兵士ですら無い、ただの民間人もいた。意味も無く奪い、そこに正義を見つけられない事が、一体どれだけ虚しいか……想像がつくか?」


 クロードは何も言うべき言葉が見つからなかった。


 この二十年、クロードもまた、《レヴィアタン》で無為に日々を送ってきた。ただひたすら、言われた通りに働き、積極的になった事など殆ど無い。だが、そこには戦後復興という正義があった。そういう意味で、自分の行動に疑問を持ったことはない。ギルガメシュとしてのクロードは死んだも同然だったが、それも全て世のため人のためだと思えばこそ、虚無感を覚えることはあれど辛くは無かった。だがアーロンには、それすらも無かったのだ。


 アーロンは忍耐強い性格だ。良くも悪くも命令に忠実で、どんな任務もやり遂げてしまう。だからこそ、どんなに苦痛でも黙々と任務を遂行したであろうその姿が、ありありと目の前に浮かぶようだった。


 クロードの脳裏に、先ほど自分がアーロンに突き付けた問いが甦った。

 「……お前の本心はどこにある」と怒ったクロードに対し、アーロンは嗤った。

 「俺の本心など、聞いてどうする?」――そう言って嘲笑った。


 今にしてみれば、もっともすぎる答えだ。屍兵リバーサー死霊魔術師ネクロマンサーの意志に逆らうことなどできない。命令を下されたなら、それがどんなに間違っていると思っていても、従うほかない。分かりきった事だ。


 アーロンの一連の行動がいかに本心とかけ離れたものであったか。

 そして、クロードの突き付けた問いが、アーロンにとってどれほど酷であったか。


「……イディア軍にいた時も、自分が正義だと思ったことは一度もなかった。でも、戦争はいつか終わる。何も信じられなくとも、未来を信じられる。だが……俺が送ったこの二十年には、未来も終わりもなかった。彼女がいる限り……そして俺が彼女の屍兵リバーサーである限り、何一つ終わらない」


 そこでアーロンは、今にも地に伏しそうな体を引き摺り上げ、顔を上げた。

「だが、お前は違う。お前なら、きっと止められる。お前はもう、彼女の屍兵リバーサーではない……そうだろう?」


 クロードは全てを悟った。


 屍兵リバーサー死霊魔術師ネクロマンサーを決して傷つける事ができない。駆動制限(ドライブ・リミッター)の存在があるからだ。もし、アーロンがレギウスを止めたいと願い、それが力尽くでなければかなわない状況だったとしても、決して彼女に手は出せなかっただろう。大戦が終結した際にレギウスは行方不明になり、アーロンはクロードと同じように一度は自由を得た。


 ところがレギウスと偶然に再会して、再び彼女の屍兵リバーサーとなる契約を交わしてしまったのかもしれない。レギウスは世間一般で死亡説も囁かれていたから、彼女と再会したアーロンはその企みなど知るべくも無く、純粋に彼女を信じたのだろう。それはクロードにも容易に想像がついた。


「お前は、変わらないな、アーロン……」


 クロードは、アーロンを見つめる。アーロンは変わってなどいなかった。絶望的な状況に陥りながらも、冷静に自分のすべき事を考えたのだ。そして最良の判断を下したのだろう。


 レギウスの命令に従っているふりをしつつ、計画を第三者に伝える。レギウスの支配力が及ばない外部の人間に、ムシュフシュの危険性と恐るべき生物兵器の存在を知らせようとしたのだ。

 そして、派手な事件を引き起こして魔術師連合レヴィアタンを動かし、そこに所属していたクロードをおびき寄せ、表面上はあくまでレギウスに従ったふりをしつつ、陰で全く別の計画を立てた。

 そして自らの命を全く顧みないどころか、律儀にも生物兵器の影響が最小限に留まるように、こうして舞台を整えてみせたのだ。


「最初は、長い年月がお前を変えたのかと思った。……でも、違う。お前は00部隊にいた時のままだ、アーロン」

 クロードは言った。


「常に周囲に気を配り、簡単に動じる事はなかった。細かなハンドサインを考え出し、みなが動揺し将来を案じている時も、一人冷静に椅子に座って『これまで通りだ』とナイフを研いでいた。お前は何も変わってなどいない。俺は……最初から、もっとそれを信じるべきだった」


 細菌の感染力は強く、アーロンの皮膚は今やほとんどが変色していた。おまけに、それだけではない。毒素を撒き散らすだけ撒き散らすと、別の細菌が働き始める。それは細胞を凄まじい速度で取り込み、分解し始める。


 そして、崩壊が始まった。顔が、首が、腕が。アーロンの体組織の、あちこちが崩れ始める。何も変化が無いのは、その身に纏うイディア軍の戦闘服だけだ。


 クロードの背中を、ぞっと冷気が駆け抜けた。大戦中には、身の毛もよだつ光景を幾度となく目にして来たクロードでさえ、とても見ていられなかった。


「アーロン! アーロン……‼」

 クロードは透明な壁を幾度も両手で殴りつけた。どっと無力感が押し寄せてきた。何一つ、できることがない。アーロンを救う事も、目の前のエンリルの壁を崩すことすらできない。


 ただ、安全な場所から見ている事しか、できなかった。


「――彼女を殺せ、クロード」

 アーロンの吐き出した言葉に、はっと息を詰める。クロードの動揺を知ってか知らずか、アーロンは繰り返した。


「彼女を、殺すんだ。――迷うな。全てが、手遅れになる前に……!!」


 彼女――レギウスを、殺せというのか。それをアーロンが口にしたという事が、俄かには信じられなかった。二十年前、アーロンがレギウスを慕い、好意を寄せているのは、部隊の誰もが知るところだった。それなのに。


 アーロンの受けた仕打ちを考えれば、レギウスの事を許せないのは当然の事だ。

 ――だが、そこまで彼女を憎んでいるのか。


「……」

 何と答えるべきなのか。クロードはアーロンを凝視する。


 だが、そこにあるのは、恨みや憎しみではないような気がした。強いて言うなら、使命感に近いのではないか。そうしなければならないのだと――レギウスを生かしておいてはならないのだと、アーロンは本気で信じているようだった。


(アーロン……? どういうことだ。まだ、何かを隠している……⁉)


 一体どういう事なのか。手遅れになるとは、何なのか。この期に及んで、まだ何かが潜んでいるというのか。しかし、それを詳しく尋ねる時間は残されていなかった。


 アーロンはがくりと膝をつく。同時に、壁についていた腕が、ぼとりと捥げ、床に落下した。支えを失い、アーロンの体は大きくバランスを崩す。 


「待て、アーロン! お前はまだ、死ぬべきじゃない‼」

 クロードは両手で透明な壁を何度も叩きつけた。両手の皮膚が裂け、出血し飛び散っても、壁を殴り続ける。そうするより他、なかった。


 すると、その音に反応したのだろうか。アーロンの瞳がこちらを見る。

「最後に……お前に会えて、良かった」


 そこには、安らぎがあった。今まで一度も、クロードが目にしたことのない表情だ。

 やるべきことを成したという安堵。

 そして、ようやくレギウスから解放されるという安堵。


 アーロンは最後に魔術を放った。《エンリル=コード》だ。音を立て、クロードの背後に聳える特殊扉が開く。だが、クロードはそちらには目もくれなかった。


 アーロンはゆっくりと目を閉じる。

「……じゃあな、クロード。俺は、先に……逝…………」


 そして。

 そのまま、ゆっくりと身を横たえた。

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