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第21話 遺跡の起動

 しかし、それを確かめる時間は無かった。


「―――……来い!」

 アーロンの言葉に、クロードは視線を前方に戻す。


 アーロンの両目が更に殺気を放つと、鋭い光を帯びた。それと同時に、空中に八個の光球が浮かび上がる。そして次の瞬間、それらが一斉に光を放つ。クロードの両眼も、ほぼ同時に光を瞬かせていた。前面に黒焔の壁が上がり、光球の光を相殺する。


 耳をつんざくような轟音と共に、爆炎が火を噴いた。それが、合図だった。クロードとアーロンは同時に、互いに踏み込んだ。


 八個の光球は滑るように空間上を移動し、絶え間なく光線を発射し続ける。対するクロードは自分自身に身体能力強化の魔術をかけ、跳躍力を飛躍的に上昇させる。そして地を蹴って宙に身を躍らせた。魔術で足場を組むと、更に上空へ跳躍する。


 ほぼ同時に打ち込まれる複数の光線を、クロードはまるで曲芸師のような身のこなしでかわし、或いは障壁で弾いていく。アーロンの光球は、それを追尾するように光を放った。


 クロードもまた、黒焔をアーロンに向けて放った。最初は火花のように小さいが、一直線にアーロンのところまで飛んでいくと、大きな爆炎を上げる。それはどこか打ち上げ花火の光景に似ていた。水平に打ちあがる打ち上げ花火だ。もっとも、威力は比べ物にならなかったが。


 クロードはアーロンに向かって次々と火花を放った。黒い火焔が、ヒュウと鋭い音を立て、幾筋も宙を飛んでいく。


 アーロンは後退して爆炎を避けると、古代文字――エンリルを放った。強制介入呪文(ハックスペル)だ。次の瞬間、クロードの放った火花は、全て水でもぶっかけたように、一斉に消えていった。


(しょっぱなから、《エンリル=コード》かよ!)

 どうやら、今度は最初から手加減するつもりが無いらしい。


 だが、相手が《エンリル=コード》を発動させている間は、少なくとも隙ができる。さすがに光球レベルの魔術と違い、《エンリル=コード》は次の魔術を発動させるまでの空白期間――いわゆる硬直時間が長い。そして、その気を逃す手は無かった。


 クロードは積極的に仕掛けていった。速度上昇の魔術で、アーロンの至近距離まで踏み込むと、空中に魔術の足場をいくつか組む。そして、それを一気に駆け上がると、アーロンの側頭部目がけて真横から横蹴りを放つ。


 しかし、蹴りが直撃する寸前に、アーロンはクロードの足を両手で掴んだ。見ると、腕をうっすらと光の膜が覆い、魔術効果が施してあるのが見える。筋力強化の魔術だ。

 そして、掴んだ足ごと、クロードを振り落しにかかる。


「させるか!」

 クロードは咄嗟に身体を捻り、アーロンの首に左の足を絡ませた。そして、両足で首を組み、そのまま真横に捻って大きく回転させた。さすがに勢いを殺しきれなかったのか、アーロンは体ごと側転し、頭から地に落ちる。


 ゴッと、全身に衝撃が伝わった。しかしその寸前、アーロンが自身に対して魔術を放つのが見えた。衝撃吸収の魔術だ。


「ち……!」

 クロードは舌打ちをしつつ、即座に起き上って体制を整えた。そして後退し、アーロンと距離を取った。――はずだった。ところが、アーロンはそのままぐんと間合いを詰めて来たのだ。魔術の効果か、見たところダメージは殆どない。


(早い……!)

 まさか逆に仕掛けられるとは思っていなかったため、完全に不意を突かれてしまった。アーロンはファイティングナイフを装備していない方の手を手刀にし、突きを放つ。クロードがそれを片手で弾くや、次に足刀で蹴りを放った。顎を狙われているのは分かっていたので、辛うじて上半身を仰け反らせるが、僅かに掠った。


 体勢を崩したところをアーロンは見逃さず、雷撃交じりの拳を鳩尾に叩き込んでくる。

 クロードは何とか魔術の障壁を展開させた。

 直撃は免れたものの、反動で後方に吹っ飛ばされた。


「クロくん!」

 アリスが後ろの方で叫ぶのが聞こえてくる。そのまま突き崩されたクロードが、アーロンに一方的に攻撃される未来を想像してしまったのだろう。


 しかし、それ以上アーロンが追撃してくることは無かった。アーロンはその場に立ち止った姿勢で、足元を見つめている。床の上には魔術による円形の記号のようなものが数個浮かんでおり、アーロンはちょうどその一つを踏みしめていた。


「………地雷(マイン)型のトラップ魔術か」

 アーロンは低い声で呟いた。


 それは、吹っ飛ばされた瞬間にクロードが魔術で設置しておいたものだった。動けば、足もろとも爆発する。大型の魔術ではないものの、至近距離で食らったなら、ダメージは免れない。


「へ……かかったな」

 クロードは身を起こしつつニヤリと笑うが、すぐにアーロンが放った光球の攻撃を浴び、対処に追われる事となった。その間に、アーロンは《エンリル=コード》を発動し、トラップを解除させる。そして、すぐに両眼に光を浮かべ、新たな魔術を発動させた。


 一瞬の後、まるで空間を引き裂く様な鋭い轟音がして、電光が走った。その雷光が床に直撃すると、直後に部屋の半分を覆うほどの、円形の電流帯が発生する。


 それは、ちょうど先ほどのクロードが発動させた、地雷(マイン)型のトラップ魔術とよく似ていた。しかし、それとは比べ物にならないほど広範囲に展開されている。


 クロードは跳躍し、大きく後退した。すると、たまたま足元に、空になった水筒が転がっていた。アリスの腰にあるものと同じ型で、補給油ダムキナが入っていたものだ。中身だけ抜き取って、アーロンが捨てたのだろう。


 それがアーロンの発生させた電流帯に巻き込まれ、一瞬のうちに灰になって崩れた。

「うお……!」

さすがにそのような光景を見せられると、心中穏やかではない。


 クロードは空中に魔術の足場を組み、そこへと避難した。しかし、まるでその後をつけ狙うかのように、新たな電光が真上から幾筋も降り注ぐ。そして、どれも床や壁に命中すると、高電圧の電流帯を発生させた。


 クロードは次々と空中に足場を組み、床を覆う電流帯を避けながら移動していく。しかし、今度はその脇を光球の放った光線が掠めていった。クロードは内心で舌打ちをする。真上から落ちてくるいくつもの落雷を避け、或いは障壁で避けながら、自動追尾(ホーミング)してくる光球も処理しなければならない。まるで、曲芸師にでもなった気分だ。


 あまり後退すると、アリスやレギウスを巻き込むことになる。その為、クロードの移動範囲が限られる。縦横に雷光が走り、部屋の中は真っ白な光で溢れた。


(これじゃ、さっきの繰り返しじゃねーか!)

 クロードは焦りを覚えた。このまま聖霊魔術のみで戦い続ければ、《エンリル=コード》が行使できるアーロンの優位が続く。ただでさえ、クロードの放った大型魔術は、多くが《エンリル=コード》の強制介入呪文(ハックスペル)によって、実行中止(キャンセル)状態に追い込まれていた。実際、魔術を使い放題であるアーロンに対し、クロードは三分の一ほどしか魔術を発動していない。残る三分の二は、アーロンによって実行中止(キャンセル)されてしまっているのだ。

 ーロンに比べ、クロードはどうしても戦闘力における決定打に欠ける。そして最後には補給油ダムキナが尽き、大広間の時と同じ結末を迎えるだろう。とてつもない幸運でも無ければ、それをひっくり返すことはできない。そしてその幸運は、相手がアーロンである限り望み薄だった。


 このままでは勝てない。――そう、このままでは。


「……このままでいいのか?」

 突然、アーロンが口を開いた。


「《ギルガメシュ=システム》を起動させなくてもいいのか」


 まるでクロードの心の内を読んだかのようなタイミングだった。アーロンがこちらに心理的な圧力を加えたいと思っていたなら、効果は抜群だ。おまけにそれは、このままではお前の方が劣勢だぞと告げられたのに近い。いやそれどころか、《ギルガメシュ=システム》を起動させたとしても、お前には負けないと言わんばかりだ。随分、舐められたものだと、クロードは少々ムッとする。


 ただ、アーロンの言いたいこともよく分かった。この部屋は、《ギルガメシュ=システム》を起動させる条件は整いすぎるほどに整っているのだ。


 ――この部屋は沢山の人間の死で満ちている。そして、死霊魔術なら、《エンリル=コード》に対抗できるかもしれない。先程と違って、今はクロードの補給油ダムキナにも余裕があるのだ。普通に考えたなら、使える便利機能を使わない方が不自然だろう。だからアーロンも不思議に思ったのかもしれなかった。使えるものを、何故、使わないのか、と。


 しかし、そうだとしても、何故わざわざアーロンは、こちらを唆したりするのだろうか。もしクロードが本当に《ギルガメシュ=システム》を起動させたら、いかにアーロンと言えども、無事では済まない。それは、アーロンも熟知しているはずだ。それなのに、何故、クロードを挑発するのだろう。何か目的があるのだろうか。


 牽制か、それとも心理戦か。いずれにせよ、迂闊にその挑発に乗るのは危険だった。それに、アレはできるなら使いたくない。


「うるせえ、放っとけ!」

 とりあえず月並みな悪態を吐き捨て、クロードはアーロンの言葉を無視したのだった。





 クロードとアーロンは、接近戦と魔術による遠隔攻撃を繰り返していた。白光と黒焔が部屋を舐め、爆音がいくつも連鎖し、こだまする。遺跡の内部は頑強に出来ているようだが、それでもさすがに屍兵リバーサーの放つ聖霊魔術には耐えられなかったようだ。爆風によって床や壁が抉れ、粉塵が舞いあがり、その度に衝撃で部屋が激しく振動する。天井からパラパラと、砕片が落ちてきた。


 アリスは部屋が揺れるたび、肩をすくませる。相変らず二人の屍兵リバーサーがぶつかり合うのを見つめている事しかできなかったが、今は腰を抜かした状態から脱し、何とか立ち上がっていた。――まだ両足はがくがくと震えていたが。


 隣に目をやると、レギウスも無言で事の成り行きを見つめていた。その表情は凛とし、アリスと違って少しも恐れが無い。


(すごいな……こういう事に、慣れてるんだ)

 或いは、何があってもクロードが勝つと、彼女は信じているのかもしれない。そう思うと、アリスも死霊魔術師ネクロマンサーとしてしっかりしなければと思うのだった。


 対抗心を燃やしても仕方のない相手なのは分かっている。だが、クロードにこれ以上ヘッポコだと思われたくない。せめて、自分の事だけでも自分でできるようにならなければ。


 するとその瞬間。

「――壁よ」

 不意にレギウスが呟いた。


 アリスは驚いて遺跡の壁を見回す。だが、すぐにそちらの壁ではないと気付いた。レギウスとアリスの前方に、魔術障壁が現れたからだ。おそらく、レギウスが発動させたのだろう。


 それにしても何故、と不思議に思っていると、前方からパアッと視界に光が飛び込んで来る。そして障壁にガキンと音を立ててぶち当たった。魔術による光線は、そのまま障壁に跳ね返されると、斜め後ろにあった遺跡の壁に激突して大きな爆発を起こす。


「ひええっ‼」

 アリスは小さくなって屈みこみ、両手で頭を覆った。


 おそらく、クロードの作り出した魔術障壁などで軌道の逸れたアーロンの光線が、ここまで飛んで来たのだろう。レギウスがイヤリング型の《マルドゥ―ク=システム》で聖霊魔術を起動し、それを防いでくれたのだ。


 しかし、地下空間を覆う粉塵や爆炎で、視界は決して良いとは言えない。どこから何が飛んで来るか分からない状況なのに、レギウスはそれを防いでみせた。


「す……すごい……!」 

 アリスはポカンと口を開ける。よく考えたらレギウスは伝説の死霊魔術師なのだから、これ位は出来て当然なのかもしれないが、それでもアリスにしてみれば十分、天才的だ。


 当のレギウスは光線が飛んでくる間も身じろぎせず、クロードとアーロンを見つめている。表情は真剣そのものだ。


(私も……レギウスさんみたいになりたい……!)

 その横顔を下から見つめつつ、アリスはレギウスに対する憧憬の念を新たにした。レギウスは且つて、クロードの死霊魔術師ネクロマンサーだったという。彼女ほどの実力があれば、クロードもアリスを何ら抵抗なく認めるだろう。


 アリスも、レギウスのようになりたい。胸を張って、クロードの隣に立てるようになりたい。ただ、アリスのレギウスに対する感情は、当初のような無邪気な憧れではなかった。


 ――少しでも彼女の背中に近づきたい。死霊魔術師として、少しでも。それは、はっきりとした目標の輪郭を形作りつつあった。 


 アリスもまた、レギウスの視線の先を共に見つめる。


 白い閃光が幾筋も走り、黒焔が嵐のように猛り狂う。大小の爆発がいくつも連鎖して起こった。アリスは聖霊杖を握りしめ、息を詰めて、戦いを繰り広げるクロードとアーロンを見つめた。今のところ勝負は互角であるように見える。尤も、アリスの主観であるので本当のところは分からなかったが。


「クロくん、大丈夫かなあ……」

 思わず呟くと、レギウスがぽつりと言った。 

「このままでは、難しいでしょうね」


「それって……クロくんが負けるという事ですか?」

「このままでは、ね」

 レギウスはクロードたちに視線を向けたまま答える。


「そんな……どうしてですか? スペックがどうとかのせい……ですか?」

 おずおずと尋ねると、レギウスは僅かに目を伏せた。


「……クロードはやさしいわ。とても、ね。《ギルガメシュ=システム》は使いたくないのよ」

「えっと……それって……いけない事なんですか?」


 アリスの考えは単純だ。使いたくないのなら、使わなければいいと思う。もちろん、それでクロードが負け、死ぬような事があるのは嫌だ。でも、死霊魔術を使わずに済むなら、使わない方がいい。


 死霊魔術は強力であると同時に、危険な力だ。実際、長い歴史の中で、禁忌とされてきた。クロードが死霊魔術を厭う気持ちも、アリスにはよく分かる。


 ところが、レギウスは「駄目よ」とアリスの言葉を切り捨てた。それがあまりにも強い語勢だったので、アリスは思わずレギウスを見上げる。


「クロードは私の最高傑作よ。……そんなの、赦さない」


 アリスは息を呑んだ。レギウスの瞳には強い光があった。クロードに対する信頼、期待。そして、それ以上の何か強烈で激しいもの。そしてその瞳は同時に、真冬の氷のようにピンと張りつめ、悲しいまでに冷酷でもあった。


(何だろう……何だか、レギウスさんって………)


 しかし、ぼんやりと浮かび上がったそれが、はっきりと言葉になることは無かった。それを口にする前に、再び、レギウスが魔術障壁を発動させたからだ。そして、一拍の後、やはり光線が飛んできて障壁に当たり、跳ね返って二人の真上の天井に激突する。アリスは「ひえっ」と肩を竦めた。レギウスが何とか守ってくれているが、ここも決して安全ではない。


(でも、クロくんが戦ってるんだもん……わたしが逃げるわけにはいかないよ……!)

 アリスは恐怖を堪え、地を踏みしめる足に力を込める。クロードが戦い続ける限り、アリスも死霊魔術師ネクロマンサーとして傍にいるつもりだった。


 ところが、その時。


 不意に足元がズンと小刻みに揺れた気がした。今の爆発の影響かとも思ったが、どうも違う。天井で爆発が起こったのに、床が揺れるのはおかしい。


 気のせいか――そう思ったが、今度はぐらり、とはっきり揺れた。やはり気のせいではない。そして、その刹那。


ズ……ウウ…………ウウウウン…………―――――


 魔術による爆音とは明らかに違う、異様な響きが床の下から聞こえてきた。地震とも違う、規則的な小刻みの振動。まるで――何か大きな機械が、ゆっくりと動いているような。


「な……何……?」

 不安と共に聖霊杖を握りしめ、身体を竦めるアリス。


 一方のレギウスは、どこまでも冷静であり、冷徹だった。

「……始まったわね」

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