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ペットのこれから

病室のベッドで、瑞希さんが眠っている。

瑞希さんは私を庇って瓶ビールで殴られた。でも幸運なことに出血は酷かったが、命に別状はなかった。


「瑞希さん……」


私はベッドの横に座り瑞希さんの手を握る、白くて細い手だったのに蹴られた時に出来たのか、痛々しい痣が出来ている。

あの後、すぐに警察が来て父は傷害の容疑で逮捕された。

瑞希さんはすぐに病院に行って無事だったが、包帯でグルグル巻きになっていて痛々しい。


「ん……」


眠っていた、瑞希さんが身じろぎをした。


「瑞希さん!」


瑞希さんが薄っすら目を開けた。


「凛ちゃん?」

「瑞希さん……よかった……」


命に別状がないとわかっていたけど、目を覚ましたのを見てホッとして涙が滲んだ。


「凛ちゃんは……凛ちゃんは大丈夫?」


その言葉を聞いて、ボロボロと涙が溢れる。


「わ、私の事なんて……瑞希さんの方が怪我が酷いのに!なんで……」


まだ、頭の中が整理できていなくて上手く言葉に出来ない。


「凛ちゃん。泣かないで……」

「なんで、なんで瑞希さんは私のためにここまでしてくれたの?」


警察が来た後、私は児童相談所の職員さんに保護されることになった。

親の虐待が認められたからだ。

実は瑞希さんが裏で動いて、私を父から引き離そうとしていたのだ。

保護された後、職員さんが教えてくれた。

あの、裸の写真を撮っていたあの写真は、私を脅すためではなく虐待の証拠のために撮ったものだった。

私の体には無数に父に殴られた痣がある。瑞希さんはそれを撮っていたのだ。

おそらく、お風呂で裸を見られた時気がついたのだろう。

他にも家の近所で聞き込みをしたり、父の事を調べていたそうだ。

さらには児童相談所に通報して連携をとり、着々と準備を進めていたらしい。たまに仕事の帰りが遅かったのは、それが理由だった。

瑞希さんが私の家に来れたのも、警察がすぐに来たのもそのお陰だ。

もしかしたら瑞希さんは、父の罪状を決定付けるために、抵抗もしなかったのかもしれない。

お陰で父は、二度と私に近づくことも出来なくなった。

瑞希さんは、私の言葉を聞いて微笑む。


「言ったでしょ、子供は子供らしく大人の言うことを聞いとけばいいって。余計な事は気にしなくていいの」

「っ……で、でも。こんな怪我まで!」


瑞希さんの怪我は命に別状はなかった、でも瓶で切ってしまった傷は頭からこめかみあたりまで及んでいて。顔の方はある程度整形で治せるとしても、頭の傷は綺麗に直せないし痕は確実に残ってしまう。

また涙が出てくる。

こんな醜い傷を作ってまで、私を庇う必要なんて無かった。しかもマンションの下で声をかけられるまで、全く知らない赤の他人だったのに。

瑞希さんはゆっくり体を起こし、ある名前を口にした。


「奥井 鈴 ……」

「っ!なんでその名前!」


私は驚いて顔を上げた、瑞希さんが言ったその名前は私のお姉ちゃんの名前だ。

でも、瑞希さんは知らないはず。少なくとも私は言ってない。


「凛ちゃんが持ってた日記あるでしょ?」

「え?あ、ああ」


瑞希さんの言葉で思い出した、勝手に見られて喧嘩になったあの日記だ。


「あそこに書いてあった拾った猫って、私の事なの……」

「え!ど、どういう……」


私は驚きすぎて涙も止まってしまった。瑞希さんは驚いた私の顔をみて苦笑する。

瑞希さんはゆっくりと説明し始めた。


「私も凛ちゃんと同じように親から虐待を受けていたの……そんな時に私も凛ちゃんのお姉ちゃんに助けてもらった」

「そ、そんなことが……」

「その時は私も子供だったから、家出して本当に体を売る寸前まで行ってた……本当は凛ちゃんに偉そうな事言えないの」

「瑞希さん……」


瑞希さんは「色々言ってごめんね」と謝る。


「あなたのお姉ちゃんに助けてもらった当初は、私は人を信じられなくて反発ばかりしていた」


瑞希さんはそう言って苦笑して「日記を読んだらわかると思うけど……」と言った。


「でも仲良くなったんでしょう?」

「そう、そして私達は恋人同士になった」

「え!?そうだったの?」

「うん、女同士だったから表には出せなかったけど。私達はそういう関係になったの」

「し、知らなかった……」


確かに日記には名前は書かれず、あの子としか書かれていなかった。


「なのに、二年前突然別れようって言われてしまった……」

「二年前って……」


二年前といえば、お姉ちゃんの病気が発覚した頃だ。


「理由も無く別れようの一点張りで、私は嫌で食い下がったけど無理だった。最後は喧嘩して酷い言葉も言ってしまった……」

「瑞希さん……」

「一時は恨んだりしたけど、後から病気だったって知った。……でも知ったのは死んだ後だった……」

「瑞希さん、お姉ちゃんは……」

「わかってる。別れたのは私を悲しませないようにするため。家族に紹介も出来ない関係だし、たとえ紹介したところで臨終に立ち会えるのは家族だけ。女の私はどうやっても赤の他人。だから早いうちに私を突き放したんだと思う……」


瑞希さんはそう言って俯いてしまった。


「瑞希さん……」


私は瑞希さんの手を握る。瑞希さんの気持ちを想像したら、何も言葉に出来なかった。


「後悔した……なんで、あの時もっと食い下がらなかったんだろうって。喧嘩して酷いことなんて言わずに、みっともなくてもしがみついて土下座してでも一緒にいれば良かったって……」


そして涙をこらえるような声で言った。


「だって、助けてもらったお礼も全然出来なかった。これから恩返しするはずだったのに……」


瑞希さんはそう言って顔を歪めた。


「そんな時にあなたを見つけた」


しかし、そう言ってぎゅっと私の手を握り返す。顔を上げると微笑んでいた。


「私?」

「話には聞いていたし、そっくりだったからすぐにわかった……」

「それで、私を家に上げてくれたんですね」

「これで、恩返しができると思った……妹の事はよく話してくれていたし、大好きだった事は知ってたから」


そうして瑞希さんは苦笑しながら「ごめんね、なんとか助けようとしたんだけどあまり上手く出来なかった。あなたのお姉ちゃんはもっと優しく私を助けてくれたのに……」と言った。


「そ、そんなことない!そんなこと……」


確かに、驚いたし腹も立った。でも後から理由を聞いたらそうする理由も理解できた。きっと私は最初から助けると言っても信用出来なかっただろうし意固地になってはねのけてしまっていただろう。


「凛ちゃんは私の事を許さなくていい。これは私のエゴなの。私の勝手で身勝手な押し付けの恩返しだから……」


瑞希さんはそう言うと、ボロボロ涙をこぼした。


「瑞希さん……」


私は立ち上がり、瑞希さんを抱きしめる。瑞希さんも私を抱きしめ返してくれた。


「ありがとう。私に恩返しさせてくれて……本当にありがとう……」


***********


◯月□日

もうそろ私はダメみたい。……あの子はどうしているだろう。泣いてなければいいのだけれど。あの子はよく私に恩返しがしたいって言ってた。でもそんなの必要ない、だって会えただけで、一緒に居られただけで私は幸せだったから……


***********







「ちょっと……また来たの?もうここには来ちゃダメって言ったでしょ」


その声で私は顔を上げる。

マンションの下で座っていた私を見て、仕事帰りの瑞希さんは呆れた表情でそう言った。


「大丈夫だよ。ちゃんと行き先は言っておいたし、瑞希さんなら安心できるって職員さんも言ってくれたし」


あれから私は児童養護施設に入ることになった。

父にされた事を知られたくなくて、逃げ回って状況を悪化させてしまったけど。

実際に知られてしまったら、呆気ないくらい状況が好転したし沢山の人が助けてくれた。意地になっていた自分が馬鹿みたいだった。


「そういう事じゃなくて……」

「それより瑞希さんお腹すいてない?材料買ってきたから作るよ、一緒に食べよう?」


私は瑞希さんの言葉を遮ってそう言った。後からわかったのだが、瑞希さんは料理があまり出来ない。放っておくとコンビニの弁当とかファストフードで終わらせてしまうのだ。

瑞希さんは私の言葉を聞いて、ため息をつく。呆れているのはわかっていたけど私は強引に部屋に向かう。


「ちょ、ちょっとダメだって……」

「でも、もう食材買っちゃったし……女の子一人で帰るの怖いし……」

「……っ、もう!仕方ないな……ご飯終わったらすぐに帰ってもらうからね」


わざとらしくしゅんとしたら、瑞希さんはそう言って部屋に入れてくれた。


「やった!」


声を上げて喜ぶと。瑞希さんは呆れた表情で、またため息をついた。

料理が出来上がると、二人で向かい合って食べる。こうしていると二人で暮らしていた時みたいだ。


「ねえ、瑞希さんあの事考えてくれた?」


私は何気なさを装ってそう聞いた。


「え?なんのこと?」

「私の恋人になって欲しいって話」

「……っだ、だから!もう断ったでしょ!」


瑞希さんは顔をちょっと赤らめて言った。

この間、私は瑞希さんに告白した。

児童養護施設に入り、少し距離が開いてある程度落ち着いたそんな時。瑞希さんに対して特別な気持ちがあるのに気が付いたのだ。

本当は優しい人だってわかったし、それにお姉ちゃんの好きな人だったのだ。私が好きにならないわけがなかった。

でも当然のように却下された。


「えー?いいじゃん。私、お姉ちゃんに似てるんでしょ?すぐ大人になるし、成長したらスタイルも良くなるって言ってくれたじゃん。今のうちに唾つけといた方がお得だよ?」

「そう言う問題じゃない!そもそも、あなたは今17歳でしょ。仮に付き合って私が何かしたら淫行で捕まるんだからね?」

「黙ってたらわからないって。ねーお願い」

「だ、駄目なものは駄目!もうその話はもう終わり!」

「えーダメ?まあ、まだ胸も小さいし、お姉ちゃんみたいに優しくもないけどさ……」


しょんぼりしながらそう言うと、瑞希さんは慌てたように話題をそらした。


「っていうかこんな事してる場合じゃないんじゃないの?凛ちゃん大学に行ってお医者さんになるんでしょ、勉強はちゃんとしてるの?」


そう、私はもうすぐ三年になる。本当は医者になりたい夢があったけど、こんな事があったから諦めて就職しようかと思っていた。でも、調べたら公立で奨学金が貰えれば行けることがわかったので目指す事にしたのだ。かなり勉強しないと難しいが……


「大丈夫だもん。ちゃんと勉強してるもん」


私は、子供みたいに口を尖らせる。


「でも、学校サボってた分遅れてるでしょ?」

「それは、大丈夫だって。瑞希さんに見てもらってたから、そんなに遅れてなかったし」


そうなのだ、家出していた時は学校も行ってない。だから当然、授業にも遅れてしまったけど。瑞希さんの命令で問題集を解いていたお陰でそこまで遅れはなかった。むしろ丁寧に教えてくれていたから、前より成績は上がったくらいだ。


「そうやって、油断してたらすぐ落ちこぼれるよ?」

「あ!いい事考えた。また、瑞希さんに勉強見てもらえればいいんじゃん。代わりに御飯つくるから、またここに来ていい?」

「……もう……ああ言えばこう言う……」


瑞希さんは私の言葉を聞いてがっくりと項垂れる。


「だって、私は子供だもん。瑞希さん言ってたじゃん、子供は我が儘だって」


私はニヤリと笑ってそう言った。


「まったく……」


瑞希さんは呆れて言葉もないようだ。

食事が終わり片付けると、もう帰る時間になってしまう。でも私は帰りたくなくて何かと言い訳して居座っていた。


「凛ちゃん。いい加減にしなさい。もう遅いし送るから帰りなさい!」

「えー。ちょっと、あとちょっとだけだけだから……」

「駄目。ほら、行くよ……あ、そうだ。これ」

「え?なに?」


ごねていると瑞希さんがそう言って鍵を取り出し私に手渡す。

鍵はこの部屋の鍵だった。


「この先、何言ってもどうせここに来るでしょ?マンションの下で待たられると、他の人に迷惑かけるし。それに勉強するなら、私の部屋使ってもいいから。勉強はちゃんとしなさいよ」

「瑞希さん……!やっぱり大好き!」


嬉しすぎて思わず抱きつく。


「ちょ、こら!調子に乗るな」

「だって……やっぱり帰りたくない。今日は泊まってもいい?」

「だーめ。仕方ないわね……」


瑞希さんはそう言うと、顔を近づけてきた。


「あ……」


一瞬何をされたのかわからなかったが。おでこに柔らかい感触がして、キスされたのがわかった。

私はあっという間に真っ赤になって硬直してしまう。

瑞希さんはそんな私を見て苦笑して、頭を撫でる。


「やっぱり、子供ね。いい子だから、帰ろ?」

「うん……」


私は真っ赤になったまま、ぎこちなく頷く。


「まったく……本当に貴方はお姉ちゃんにそっくりね。私の事を振りしてばっかりのところも……我慢するのも大変なんだからね……」

「え?なに?」


心臓がドキドキしすぎて、よく聞こえなかった。


「なんでもない。行くよ」


聞き返したが瑞希さんはそう言ってドアに向かってしまう。


「あ、待って」


私は慌てて追いかける。ドキドキと顔の熱はまだ引かない。

早く大人になりたいと思った。大人になって、今度は私が恩返しをするのだ。

そして、出来れば恋人にもなりたい。恋人になってお姉ちゃんの代わりに瑞希さんを幸せにするのだ。

私はそう心に誓い、大好きな飼い主に駆け寄るペットみたいに瑞希さんの元に向かった。



おわり

お読みいただきありがとうございます。これで完結となります。

2019年1月23日の活動報告であとがきを書いております、興味があればどうぞ。

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