ペットの家出
翌日、結局あまり眠る事が出来ずに朝を迎えた。
ぼんやりした頭で起き上がる。同時に昨日の事を思い出してまたムカムカしてくる。
だけど、瑞希さんはいつも通りの態度で、それがまた腹が立った。
ムスッとしたまま朝食を作る。子供っぽいと言われても構わなかった。どうせ私は子供だ。
それでも命令されたことはこなした。瑞希さんは何も言わず仕事に行った。
イライラしながらも、家事と問題集を解く。腹が立ち過ぎているせいか、いつもより時間がかかる。
「あれ?足りない……」
そうして、もうすぐ夕食の準備が終わろうとしていたその時、私はそう呟いた。
料理に使う材料が足りない、いつもなら瑞希さんに買ってきてもらうのだが、すっかり忘れていたのだ。
今ある材料を眺める。代用できるものもないし、いまさら他の料理も間に合わない。
「どうしよう……」
スマホは取り上げられてるし、瑞希さんに連絡する術もない。よく考えたらどこで働いているかも知らないのだ。
それに、昨日の事があったのに忘れてましたと謝るのは嫌だ。また子供だからと馬鹿にされる。
「……ちょっとくらいなら、外に出てもバレないよね」
お金なら少し持っている。確か歩いて少ししたところにスーパーもあったはずだ。
買う物も決まっているし、時間も30分は掛からない。瑞希さんはもうすぐ帰ってくると思うが、すぐに出て速攻で帰ってこれば見つからずに間に合うはずだ。
私は、昨日のことがあったのもあってちょっとした反抗のつもりで、私はこっそり外に出た。
「うわぁ、よく考えたら外久しぶりだ」
あんまりに外に出なかったから、外の感覚を忘れていた。
深呼吸して、束の間の自由を満喫する。
それと同時に、瑞希さんがいかに理不尽か、思い至って腹が立ってくる。
改めて、データを取り戻すために頑張ろうと心に誓った。
「よし、買えた……急いで帰ろう」
買いたいものも買って、スーパーから出る。
瑞希さんがいるはずがないのはわかっているが、つい周りをキョロキョロ見て確認してしまう。
「だ、大丈夫だよね。でも早く帰ろ」
勢いよく外に出てしまったが、時間が経つとなんだか心細くなってきた。
早く帰ろうとマンションの方に歩き出そうとしたところで。突然、誰かに腕を掴まれた。
「見つけたぞ!こんなところにいたのか!」
「え?きゃ!」
「全く……お前は何を考えてるんだ!」
「お、お父さん……!」
父は私を睨むと怒鳴った。
「電話をかけても出ないし、学校からは休んでいると言われるし。何を考えてるんだ!」
「や、やだ!」
父は顔も真っ赤でしかも酒臭い。私はそれを見て血の気が引き、体が硬直する。
私はなんとか逃げようとするが、体が上手く動かない。
「とりあえずこっちに来い!」
父は私が嫌がっているのを見て舌打ちをする、怒鳴るとイライラしたように腕を引っ張り車に乗せた。
こうして、私は家に連れ戻されてしまった。
「くそっ、ふざけやがって!!」
家に入った途端、私はいきなり殴られた。
「っ!……っ痛!」
私は勢いのまま部屋に倒れこみ、テーブルに体をぶつけた。
テーブルが動いて、置いてあったコップや瓶が倒れ落ちる。
部屋は、私が家を出た時よりゴミが散らかって、酷い状態になっていた。
「家出なんてしょうもないことして!舐めてんのか!」
「や、やめて!お父さん」
それでも父は倒れた私に追い打ちをかけるように殴り、蹴ってくる。
私は必死に体を丸め、部屋の片隅まで逃げた。それでも容赦なく蹴られ、息も出来ないくらいの痛みに襲われる。
私は、日常的に父から暴力を受けていた。
父は元々こんな性格ではなかった、四人で暮らしていた時も母と喧嘩している時以外は、優しいお父さんだった。
でも、離婚をした後から変わってしまったのだ。お酒の量が多くなって怒鳴るようになり。お姉ちゃんが死んだ後あたりで、手を出すようになった。
最初はお酒を飲んでいる時だけで、酔いが覚めるとごめんと謝ってくれていた。
だから、私はいつかまともになってくれると思って、誰にも相談しなかった。
でも事態は良くなるどころか悪化した。
お姉ちゃんはもういないから相談出来なかったし、母はもうとっくに他の人と再婚していたのもあって、頼れなかった。
もしかしたら、父が荒れた原因は母の再婚もあったのかもしれない。仕事も上手くいってないみたいだった。
でも、どちらも私にはどうにも出来ない。
私はどうすればいいかわからなくなって、ひたすら父の暴力に耐えていた。
そんなある日、父が私のお風呂を覗いていた事に気がついた。
最初は流石に気のせいだと思った。しかし、そんな事が何度もありどうしようと思っていた矢先。
夜、ドアの前でじっとこちらを見ていたのに気が付いた。
それで、私はもう駄目だと思って家出をしたのだ。それしか思いつかなかった。
そして友達の家を渡り歩いて、とうとうどうにもならなくなった時、瑞希さんに出会ったのだ。
「生意気に学校をサボりやがって!お前は大人しく親の言うことを聞いていればいいんだ!」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい。お願い、やめて」
私は必死に逃れようとするが、父の怒りは収まるどころか高まってくる。
「これは、お前のために言ってやってるんだ!感謝しろ!」
父は私の髪を掴み引っ張り、また殴った。衝撃で目に星が飛び、勢いでテーブルが倒れて派手な音がした。
痛みと絶望感で、私はもうどうしていいかわからない。
家にいても、家出しても何も上手くいかなかった。
「凛ちゃん!」
その時、玄関から私を呼ぶ声がした。
「ああ?誰だ!」
「み、瑞希さん……?」
顔を上げるとそこにいたのは瑞希さんだった。瑞希さんは私を見つけると必死の顔で駆け寄ってきた。
「凛ちゃん、大丈夫?」
「瑞希さん、なんでここに?」
「おい、関係ないやつは口出しするんじゃねぇ!引っ込んでろ」
私の疑問をよそに、父が怒鳴った。瑞希さんは私の前に立ちはだかり、父を睨む。
「これは虐待です、今すぐやめなさい!」
「はぁ?何言ってんだ!他人は黙ってろ。これは躾だ!俺のやることに口出しするんじゃねえ」
父はそう言って瑞希さんを突き飛ばす。
「きゃぁ!」
細い瑞希さんは簡単に倒れてしまう。
「瑞希さん!」
「くそ!ふざけやがって!なんだよ!」
父はそう言って、今度は瑞希さんをガンガンと蹴り始めた。瑞希さんは抵抗することも出来ず、物のように転がる。
「や、やめて!やめて!お父さん!」
私は必死になって起き上がり、やめさせようとしがみつく。しかし、すぐに「うるさい!」と髪を引っ張られ、また私は床に転がる。
「きゃ!」
「みんな、俺の事を馬鹿にしやがって!お前の所為だ!」
父はそう言って血走った目で私を睨んだ。そして、床に落ちていたビール瓶を持つと、思い切り振り上げた。
「っ……!」
避けることも出来ず、私は目をつぶった。
「凛ちゃん!」
ガシャン!という音が聞こえる。
しかし、予想していた衝撃はこなかった。不思議に思って目を開けると、瑞希さんが私の上に覆いかぶさっていた。
床には割れた瓶が散らばり、瑞希さんはぐったりとして動かない。
唖然としていると床にゆっくりと血が広がっていくのが目に入った。
「嫌ーーーー!!!!!」
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△月+日
今日、あの子とお別れした。悲しくて辛かった。
でも、あの子には誰よりも幸せになって欲しいから……