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ペットの反抗

◯月◎日

ゆっくりだけど、あの子はこの家に慣れてきたみたい。今日一緒にテレビを見ていた時、思わずって感じで笑った。初めて笑った顔を見た、とても可愛かった。ふと、妹のことを思い出した。気の早い話しだけど、いつか紹介したいなと思う。きっと二人は仲良くなれると思う。


**********


焦る気持ちとは裏腹に、日々はどんどん過ぎていく。

今日も、いつものように目を覚ます。瑞希さんは、相変わらず私を抱き枕だと思っているのか、抱きしめられた状態だ。

その後、朝食を作り食べ終わると瑞希さんは仕事に行く。私は部屋の掃除と勉強。合間に夕食の下ごしらえ。

最近は家事もかなり手馴れて、問題集の量が増えてしまった。

そんな事をしていると夕方になるから、食事の準備。丁度出来上がった頃、瑞希さんが帰ってくる。

夕食を食べて、それが終わると瑞希さんがお風呂に入り、私は片付け。

そして、瑞希さんが お風呂から出ると問題集のチェックが始まる。


「凛ちゃん、ここよく間違えるね。苦手なの?」


瑞希さんは問題集を指差しそう言った。


「え?どこですか?あ、ああ……」


指摘されたところは、確かに苦手なところだった。今日も問題を解く時、考えることすら面倒で適当な答えを書いたのだ。


「これ、根本からわかってないんじゃない?適当に書いたでしょ」

「い、いや。ちゃんと考えたよ」


思いっきりバレてしまった。私は目を逸らして誤魔化す。


「じゃあ、教えるから。ちゃんと聞いて」


瑞希さんはそう言って、問題の解き方を説明し始める。確かに指摘された通り私はかなり最初の方で躓いていたみたいで、説明を受けてやっと理解が出来た。


「よし、今日はこれくらいにしようか。凛ちゃん今日も頑張ったね、偉い偉い」


終わると、瑞希さんはそう言って私の頭を撫でる。


「……なんで、頭撫でるんですか?」


瑞希さんは私をペットにしてから何かというと、こうやって頭を撫でる。勉強が終わった時もそうだし、家事が出来ていれば撫でるし、食事を作っても褒めて撫でてくる。


「うん?ペットの躾は褒めることも重要って何かで聞いたよ?」


瑞希さんはなんでもない事のように言った。


「し、躾……」

「それに、凛ちゃん撫でるの癒されるし。あ、そうだお風呂に入っていいよ」

「はい……」


なんだか、納得がいかなかったが。私はそう返事をして自分の荷物から下着を取り出し、お風呂に入る。

ちなみに荷物と言ってもリュックひとつしかない。数枚の下着と日常で着る服くらいしか持っていなかったから、大したものは入っていない。

大切なスマホと生徒手帳は瑞希さんに取り上げられたままだし。

その代わり瑞希さんは最近、着せ替えが楽しいからと、私の服をやたらと買ってくるから服は増えた。

なんでこんな事をするのかと聞いたら。


『ほら、私って細いじゃない?髪もストレートだし似合わない服もあるから』


と困った風に言われた。


『自慢ですか?』


癖っ毛で猫っ毛で、体格は普通だが瑞希さんより胸の無い私には皮肉にしか聞こえない。


『え〜凛ちゃんのその髪ふわふわで可愛いし、将来絶対スタイル良くなるよ。それに今の体型は今しか楽しめないしね』


そう言って、何かと服を買ってくる。まあ、お金は私が出しているわけじゃないし、どちらにせよ逆らえない。

しかし、お陰で元々持っていた荷物より服の方が多くなってしまった。

パジャマも瑞希さんが買ってきたものだ、抱き心地がいいからとモコモコのボア生地の物を買ってきた。

それ以外にもこの部屋には私の荷物が増えた。歯ブラシはコップや食器、何かにつけて瑞希さんが買ってくるので最初より確実にこの家は物が増えた。

瑞希さんは酷い事を言うのに、頭を撫でたり物をくれたりなんだか優しい。

そのせいか、瑞希さんの事を本気で嫌いになれない。


「本っ当に、調子狂う……」


もう自分の気持ちもよくわからない。

ぼんやり体を洗いながら、そんな事を考える。

正直、頭を撫でられるのも嫌じゃない。あんな風に誰かに撫でられるなんていつぶりだろう。


「そろそろ出ようか」


考え事をしていたら、長湯になってしまった。

私はお風呂を出て体を拭き、パジャマに着替える。

部屋に入ると、瑞希さんが何かを読んでいた。


「あ!それ、勝手に触らないで!」


私はそれを見て慌てて駆け寄り、瑞希さんが読んでいたものを取り上げる。それは私の持っていた唯一の大切な物だった。


「なぁに?まだ途中だったのにー」

「読まないで下さい。大事なものなのに!」

「えー?ただの日記帳でしょ?」

「あ!」


瑞希さんは戯けたように言って、日記帳を奪い取った。


「そんなに大切?日にちも大分昔だし。えーっと『マンションの下で子猫を拾った。雨も降ってるし放っておけなくて、部屋に連れて帰った』って内容も普通だし」

「返して!だから読まないでよ!」


私は日記帳を奪い返すと、瑞希さんを睨みつける。


「なに?ちょっと触っただけじゃない。そんなに、怒る事じゃないのに」


瑞希さんは何も無かったかのように言う。でも私はその態度に腹が立った。


「これは、私のお姉ちゃんの物なの。瑞希さんには関係ない!」

「へー、凛ちゃんお姉ちゃんがいたんだ。勝手に持ってきたの?っていうか内容ちょっと読んだけどお姉ちゃん、ちょっとおめでたい性格してない?大丈夫?」


私は怒っているのに、瑞希さんはどこ吹く風だ。むしろちょっと小馬鹿にしたように言う。


「……っ!お姉ちゃんはおめでたくなんかない!それに……それに勝手に持ってきてなんかない。お姉ちゃんは……お姉ちゃんは」


私は頭に血が上って上手く話せない、それでも何とか言い返す。


「病気で……もう死んだの……」


腹が立ちすぎて視界が滲む。お姉ちゃんのことを何も知らないくせに、赤の他人に口出しされたくなかった。

それなのに、瑞希さんは相変わらず何も無かったみたいな顔だ。


「ふーん。あっそ、まあ確かに私には関係なさそうね。つまんないし、そろそろ寝ようか」

「……っ!一人で寝る!」


私は腹が立って怒鳴る。

こんな人の命令になんて従いたくない、写真をばら撒きたいならばら撒けばいいと投げやりな気持ちでそう言う。

それなのに、瑞希さんは更にバカにしたようにクスクス笑う。


「一人で寝る!って子供そのものじゃん」

「大人とか子供とか関係ない!嫌なものは嫌!」

「本当に子供っていいよね。そうやって駄々こねてれば、どうにかなると思ってるんだもん」

「うるさい!」

「まあ、いいや好きにすれば?」


瑞希さんはそう言ってベッドのある部屋に行ってしまった。


「信じられない!なんなのよあれ!」


私は怒りが収まらず、一人部屋でそう言った。日記帳はまた触られたら嫌だから、持ったままソファに寝転ぶ。


「本っ当、最悪。あんな人だとは思わなかった……」


というかそもそも、人を脅して奴隷になれなんて言う人だ。その事に思い至って、瑞希さんをちょっと可愛いなんて思った自分に腹が立ってくる。


「お姉ちゃん……」


日記帳を抱きしめてそう呟く。

私には年の離れたお姉ちゃんがいた。とても優しくて綺麗な人で、私は大好きだった。

私の家族は、私と姉と父と母の四人家族。

しかし、私の両親は昔から仲が悪かった。何が原因なのかはわからない、私が物心ついた頃にはもうよく喧嘩をしていた。

そんな中で心の拠り所は、お姉ちゃんだけだった。歳が離れていたこともあって私にとってお姉ちゃんは、もうひとりのお母さんみたいな存在だった。

両親が大声で喧嘩している時、お姉ちゃんは私の気を紛らわせるためなのか、一緒に遊んだり一緒に寝てくれたりした。お陰で辛いと思った事は少ない。


「懐かしいな……」


その後、両親の仲は悪化の一途を辿り、私が中学生の頃に離婚した。私は金銭的な余裕のある父親に引き取られることになった。

お姉ちゃんはその頃にはとっくに成人していたので独り暮らしをしていた。だから、私は暇があればよく会いに行っていた。

でもそれも長く続かなかった。突然お姉ちゃんは病気になったのだ、しかも今の医療では治せない病気。

発見が遅くて、わかった時は余命数ヶ月だった。


「っ……」


その時のことを思い出して涙が滲む。

色々手を尽くしたが、それも虚しくお姉ちゃんは一年前に死んだ。

病気のせいで、どんどんやつれていく姿は見ていられなかった。お姉ちゃんが死んだ後はしばらく私は、学校にも行けないくらい落ち込んだ。

お姉ちゃんの日記を撫でる。

これはお姉ちゃんの形見だ。

日記をパラパラめくる。お姉ちゃんは本当に優しい人だった、それはこの日記を少し読んだらわかる。いつでも、誰にでも分け隔てなく優しく接し、困っている人がいたら手を差し伸べるようなそんな人だった。

この日記には、お姉ちゃんが助けたであろう人達の事が色々書いてある。人にかかわらず犬や猫も捨てられていると放っておけなかったみたいだ。

でも、きっとお姉ちゃんは親切にしてあげたなんて思っていなかったと思う。それが当たり前だと思って行動していた。私をあの冷え切った家庭で守ってくれたみたいに。

瑞希さんにおめでたいと言われて腹が立ったが。確かに少し天然で優しすぎなところがあった、いつか誰かに騙されないか、心配していたくらいだ。


「お姉ちゃん。なんで、死んじゃったの……」


神さまは不公平だ、お姉ちゃんみたいに優しい人がこんなに早くいなくなって、瑞希さんみたいな性格の歪んだ人が今も元気に生きてる。どう考えても理不尽だ。

私は体を丸めて泣くのをこらえる。

助けてくれる人はもういない、自分でどうにかしないといけないのだ。

私は目を瞑り、寝ることに集中することにした。でもなかなか眠りは訪れなかった。


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