第二話 初めて1人で外へ行く
深夜、塀をよじ登る少年。
彼の腰にはナイフ、それと小さな袋を下げている。
9歳になった彼はある計画を決行した。それはエルフを死の森まで探しに行くという、子供らしい夢のある計画。しかしそれは大人でも死ぬ危険性しかないものだった。
手持ちには屋敷からくすねてきた金の指輪やネックレス。台所にあったナイフ。それと夕食時に隠したパンだ。
少年の激しくなった吐息。
助走をつけて、なんとか塀をよじ登れた。そのまま少年は夜に紛れる。
屋敷の外は街、そのまま路地裏を歩く。
心臓の鼓動が早くなった少年はある貼り紙を見る。
『物品買取。こちら』
汚い字だと思いながら、下に書かれている図を見て、少年は振らりとそこに向かう。
路地裏のT字路を一回、二回と曲がる。そこは袋小路、しかしそこには店らしきものがあった。
粗雑な木材を雑に並べ、所々汚れた布を敷いた。ところに男が座っている。
その元に少年は歩いて、袋を台の上に置く。
男が言った。
「買取か」
少年は頷く。
男は袋の紐を解き、中身を見た。
「......上物じゃねえか」
そう男の口から漏れた。
「......」
そして次に少年を舐めるような目付きで見て、男は袋を閉め、懐に入れた。
「次を待っているぜ。去れ。」
そう男は言って、角材を手に持った。
__________
取られた。取られた。大事なモノがまた一つ、また一つ取られた。許せない。許せない。
返せ...... 返せ...... 返せ...... 返せ......!!
僕の手はいつの間にかナイフを掴んでおり、男の胸に刺さっていた。
「こんっの......!クッソガキィ!!」
男が暴れた。
怖い!怖い!怖い!怖い!
僕の手は男の胸を十数回刺した。
「ぁ......」
「......」
息の根を止めた男の前に佇んだ。
手を見ると血だらけの手。男の体に無数の傷。
コレを自分がやったの?
男の体。血だらけ......
「.....」
無言で数分が経った。
僕は英雄だ!!デベルと同じようにゴロツキを倒したんだ!僕は英雄なんだ!
そう自分に言い聞かせた。
ゴロツキから袋を回収して、ゴロツキの持ち物とお金を取る。
目的は果たした。......だけど。いや、僕は英雄だ。英雄なんだ。
だけど......怖い。男を殺した僕が怖い。
なんで殺してしまったんだ。と後悔しながら走って逃げた。
走る。
少しでもあそこから離れたかった。
しかし、後ろから首根っこを掴まれ、宙へ浮く。
「血の匂いがするなぁ......お前かぁ?」
寒気を感じた。引っ張った本人を知る為に振り向く。
深く呑み込まれそうな赤い目。そして長い黒髪。僕を掴んだのは女性だ。
しばらく、目を合わせる。
「まだ子供じゃねえか?おい。こんな年で人殺しっちゃあ、はええ。このままじゃ見つかって奴隷落ちするぞ」
女性は顔を近付かせる。
「おい。聞いてんのかぁ!」
慌てて、頷く。
「ったぁいい。ウチへ来るかぁ?」
咄嗟に首を振る。
「いいから来いよ。行くぞ」
選択権など無かった。強引に引っ張られていく。必死に暴れるが、女性の手は離れることは無かった。
女性に連れられてきたのは路地裏の看板の無い店。バーだった。
「おい、レーさん。裏、入んぞ」
「......ああ」
女性の声でレーさんと呼ばれたバーのマスターが頷き、女性は勝手に地下扉を開けて入っていった為、それについて行く。
地下扉を入ったその先は螺旋の石階段。奥からは賑やかな声、だけど少し酒臭い。
奥に行けば行くほど、明るくなっていく。
そこは酒場といった所だろうか。
ジョッキがぶつかり合う音。キャッキャと喚く女やバカをする男共。結構な広さの酒場にはそれに見合った結構な人数がいた。
それをズカズカと目の前の女が気にせずに通っていく。
キョロキョロするが誰も気にしてないあたり、これが日常なのだろうか。
女性はカウンターらしき台をドンと叩く。
すると奥から赤髪の女性がやってきた。歳は目の前の黒髪の女性と近い歳だろう。
「加入だ。ガキだが、人を殺せる覚悟はある」
「はいはい。ってホントに子供じゃないですか。」
「おい、お前もなんか言え」
そう言われても......
とりあえず全力で横に首を振った。
「なんか全力で加入拒否してませんか?」
「気の所為だろ。というか喋れよ。」
ダメだ。話が通じない。首を振る。ちょっと首が痛くなってきた。
「もしかして喋れないって事ですか?」
赤髪の女性がとてもいい事をいった。頷く。
「そうみたいですね」
「そーかい。不便だろうな。まあコイツ、一匹殺ってるんで適当に登録させとけ。」
「この歳でですか。まあ、ノノさんにしてはいい判断です。」
「そうだろ?」
「皮肉なんですけど」
「は?」
ノノさんと言われた黒髪の女性は威圧的な声出して返す。
僕は会話に入る事は無理だろう。筆談用の紙とペンを持って行けばよかったと後悔する。
「それでなんですが、加入のギルドカードに必要なものは名前ですね。書けます?」
そう赤髪の女性に言われたので頷く。それで紙とペンを渡される。
そして、いざ名前を書こうとすると、自分の名前を忘れそうになり、ギリギリで思い出した。お爺様以外はお前とかしか呼ばれた事が無かったし、しかたないよね。
......懐かしい。三、四年前の事だ。ようやく思い出した。僕の名前は......
「字、書けないんですか?」
赤髪の女性が聞いてきた。
心配している。早く書かねばと思い、ペンを走らせる。
『アルヴィーン』
それが僕の名前。
三、四年前。それが僕が名前を呼ばれなかった時間だった。
「へーそういう名前なんだな」
「これで宜しいですね?」
コクンと頷く。
赤髪の女性はカードを作る為に奥に行った。
「座ってよーぜ」
そう言って、黒髪の女性、ノノさんは僕を引っ張って席に連れていく。
「おっちゃん、エールくれ」
ノノさんが手を上げて、注文する。
「アルヴィーもなんか飲むか?」
お爺様以外に名前を呼ばれたがやっぱり、自分だという実感が無い。
というか早速、省略された。
そして伝える方法が無い。そうだ、宙に文字を書いてみよう。
『水』
そう書いた。
「分かった。ミルクだな!おっちゃん、追加でミルク!」
ノノさんは見たが別のモノを答える。まさか......字が読めないのでは......?と最悪の会話すら出来ない状態を考えてしまう。
出てきたのは勿論、水。では無く、白いミルク。ノノさんは紫のワインではない黄色いお酒、ピール。
仕方ないので飲む.........と思ったら味が思ったよりかなり薄い。コレは......
「おい。おっちゃん!薄いぞ!水で薄めたな!」
ノノさんは一気に飲んで半分程になった頃に言う。このミルクも薄められてるであろう。
「うっせ!どんだけツケが有ると思ってんだ!お陰で赤字だぞ!」
「薄めるはねーだろ!薄めるは!」
「アルヴィーン君、カード出来ましたよ」
おっさんとノノさんが言い争いをしている中、赤髪の女が僕を呼ぶ。
なので薄められたミルクを飲み干し、カウンターらしき台へと向かう。
「コレですね。」
そう言って差し出されたのは黒のカード。そこには、紋章と名前しか書かれていない。紋章は黒
赤い旗に短剣が刺さっている図だ。
「ようこそ。闇ギルド『アルデイラ』へ」
闇ギルドという言葉にビクつかせる。裏ギルドのイメージ。と言ったら、暗殺、違法な取引や運搬などである。
そんなギルドに入った英雄はいるのか?正義の味方では無く悪の方ではないか?と思ってしまう。
そして、カードを渡した時、赤髪の女性にこう言われる。
「このギルドの情報や場所をバラしたら、夜道は気を付けた方が良いですね。」
そうニッコリと微笑んだ。笑っているのに怖い。この人は絶対に敵に回したくない。そう感じた。
カードを貰い、本来の目的を思い出した。赤髪の女性に宙へ字を書いて知らせる。
『紙とペンは有りますか?』
をそう知らせると白紙の紙と先程のペンを持ってきてくれた。
それに書いていく。
『お金が欲しいんです。コレを売れませんか?』
その横に屋敷でパクッた金の指輪とネックレスを出す。
「それなら換金所が横にあるので変えてもらいましょう。その紙とペンは上げます。」
と言われた。とりあえず『ありがとう』と書いて見せて横に置いたものをズラす。
横の換金所には優しそうな顔の青年がいた。
「はい。コレを売りたいんだね〜ちょっと調べさせてもらうよ〜。」
そして、その青年は黒い皮の手袋を着けて指輪とネックレスを触り、目を近付ける。
「デイラベル侯爵の刻印......四方位門も越えれる。コレは高価なモノだよ。裏でなら欲しがる人が沢山いるから、高く売れるからねぇ......500......600万までは出せる。どうだい? 」
600万という額。......多すぎる。目的である馬車に乗るお金を稼ぐつもりがその馬車と馬すら容易に買えるお金だ。
『はい』
と紙に書いて伝える。
「わかったよ、用意してくる。」
そして、青年は奥へといった。ふと、ノノさんを見ると......
「おらァ〜!酒もっと持ってこーい!!」
完全に出来上がっていた。目を離した隙に何が起こっていたのだろうか。おっちゃんも酒を飲んでいる。
「用意が出来た。使いやすいように白金貨五枚、金貨百枚にしておいたよ」
大きな袋と小さな分厚い袋を受け取る。それと聞きたい事があるので優しそうな青年に聞く。
『ここって依頼とか強制は無いんですか?』
「そうだね。まあ、指名依頼とかあるから義務ではなくても人間関係の都合上する事があるかも。」
なるほど。それじゃあ遠慮なく死の森の近くの街のデレサッタまで行ける。
『ありがとう。出口はどこ?』
「あっちだよ。だけど血を落とした方がいいんじゃないかな。ここでは服や公衆浴場が完備しているからね。買ってきたらどうだい?」
確かにそうだ。服には手のついてた血を拭き取った後や返り血が付いている。青年の言う通りに従ったほうがいいだろう。
自分の服を確認して顔を上げると青年が指さしていたのでそこに視点を移すと服屋、その横に公衆浴場があった。なのでそこへと向かうことのしよう。