こうして彼は×××になった
私がこれを書くのは後の世に教訓として残す為だ。もう二度とこの様な出来事を引き起こさない為にも私はこの事を書き残さなければならない。
この世界には『魔王』と言う恐ろしい存在がいた。
ソイツは魔物達に命令して人々を襲い、人が住める場所を瘴気が漂う悪魔の土地に変えていった。
我々人間が魔王に対抗できるのは『勇者』だけだった。
我々が敬愛してやまない女神様が我々の必死の願いを聞き、勇者を派遣してくれた。勇者は魔術師・聖騎士・弓使い・聖魔導士(聖女の男性版の名称だ)が魔王とその部下と勇敢に戦った。
しかし勇者は魔王と相討ちにあい死んでしまった。その時の衝撃は凄まじく勇者の遺体が塵と消え去った程だ。
我々は勇者の死を悼み、勇者が救ってくれたこの世界を守ろうと心から誓い、二十年もの間平和が守られていた。しかしここ一年魔王軍と名乗る組織が彼方此方で騒ぎを起こし始めた。
この状況を打破する為に国はもう一度勇者を呼び、国で一番の力を持つ者を勇者のメンバーに選んだ。
勇者は黒髪黒眼の普通の少年だった。
だが、彼は人に好かれていた。人当たりも良く貴族平民関係なく態度を変える事はなかった。彼の周りには彼の仲間を中心に沢山の人がいた。
ハッキリ言おう。
私も、私以外の当時彼に関わった全ての人間は異常だった。
彼の取り巻きは見目麗しい女性を中心に集まっていた。そもそも彼の魔王討伐のメンバーだった聖女様・聖騎士様・魔術師様・弓使い様は皆整った顔立ちの女性達でした。
彼女達を中心に沢山の女性達が群れをなしていた。未婚の女性だけではなく婚約者持ちの女性や既婚者の女性まで彼の取り巻きと化していた。
中にはこの国の第一王女を含めた王族の女性達の姿もそこにはあった。
これに男性陣は激怒しても可笑しくなかった。可笑しくなかったのに彼等は何のアクションも取ろうとしなかった。中には勇者と妻が仲睦ましくしている姿を見て微笑ましく見ていた旦那もいたそうだ。
それでも勇者の行動に異を唱えた人物がいた。
レンと言う名前の伯爵家の跡取りで、聖騎士様の幼馴染で魔術師様の実の兄だった。
彼は度々勇者に苦言を呈し、幼馴染や妹に勇者の行動を窘める様に話したり、時に国王に直訴したりした。
彼の行動は臣下として、人として当然の行いだった。後の世の人間達は彼の行動を褒め称えるだろう。
だがあの時の私達はレン様の行いを疎ましく思っていた。中には彼の陰口を叩く者もいた。
本当にあの時の事を思い出すと本当に申し訳なく、土下座しても許されない事だと思っている。だが言い訳をするならば、あの時は本当に信じていたからだ。
『勇者の行動は間違っていない』『勇者の言葉は正しい』と本当に本当に信じていた。だからレン様の正しき行動を異常と見なしていた。
特に聖騎士様と魔術師様はレン様を嫌悪する様になり、顔を見れば罵倒や嫌味を言う様になってしまった。幼い頃はあんなにもレン様を慕っていたあの二人が。レン様は二人の姿をとても悲しそうに顔を歪めていたのを見た事がある。
その後レン様は体調を崩し、療養の為に都を離れて行った。
そうして私達がレン様を失い、五ヶ月もの間勇者の行動を許し続けたのです。未婚の娘達と勇者の乱交を。
彼女達は見目美しい女性達でした。貴族平民問わず何十人もの女性とその様な関係を勇者は取り続けました。魔物討伐先での道中で寄る街の娘達の花を散らし続けた。
この様な行いを誰も諫めない時点で誰かが怪しいと思わなければいけなかったのだ。そもそも可愛い娘の処女を勇者とは言え、恋人ではない男に奪われたと知れば両親、特に父親は包丁を持って襲い掛かっても可笑しくなかったのに。
幸いなのは、勇者のお手付き、と言うか自ら進んでその様な関係になった乙女達が未婚で、婚約者もしくは恋人がいない方ばかりだったからだ。
……ただ、彼女達が勇者の関係を自慢している娘達を羨ましそうに見ていたで、もし彼等の行動がなければ遅かれ早かれそうなっていたかもしれない。
そんな現状は半年も続いていた。
突然の事だった。
例えるなら、薄い膜で遮られていた視界が、何かの原因で膜が割れて視界がクリアになった。その言葉がぴったりと合う。
私と同じように国王も王妃も宰相も大臣達も王子も王女も勇者のメンバーも宰相や大臣達の妻や娘達も皆夢から覚めたように目を大きく開いていた。
私達の目の前には跪く勇者と勇者に対峙する様に立っている四人の男性達。
聖女様の許婚のロナルド様、弓使い様の恋人のウィン様、第一王女の婚約者の公爵家長男のモーガン様。
そして彼等の先頭に立っているのは聖騎士様の幼馴染で魔術師様の兄であり、この場にいないはずのレン様がそこにいたのだ。
「……お前はどうして立っている?」
心底憎たらし気に言う勇者にレン様は何処か痛ましそうに勇者を見つめていた。
「静養する為に都を離れ、我が家の別荘についたその日の夜。僕の枕元に女神様が立っていました」
「女神様が!?」
女神と言えば我等が信仰する神その人である。何故一貴族の令息でしかないレン様の元に降り立ったのか?
「女神様は僕の病気を治しました。……と言うか病気ではなく勇者様に毒を盛られて体調を崩しただけだったのですけどね」
レン様の衝撃の告白に周りの人間は目を見開き、勇者は小さく舌打ちを打つ。
「女神様に導かれ僕はある草原へ向かいました。そこにはロナルド、ウィン、モーガンがいました。彼等も女神様に導かれて集まったのです。
彼等は都の現状を、愛する人の姿を見て心を痛めていました。
……正直僕も妹と幼馴染が幸せなら何も言うつもりはありませんでしたが、どう見ても幸せになれる未来を見る事が出来なかったのです」
レン様の言う通りあの時の勇者の取り巻きだった女性達は、彼の関心を得る為に潰し合いをし始めていた。最悪殺し合いに発展していたかもしれない。
婚約者・恋人・兄・幼馴染達の心を知って聖騎士様達は申し訳なさそうに顔を俯いた。
「そして僕達は勇者の真の目的を聞かされました。それを阻止する為にも僕達だけで魔王を討伐したのです」
「何!? 魔王を討伐しただと!!」
国王が驚愕の余り玉座から立ち上がる。他も信じられないと言いたげに頭を振り、目から零れんばかりに見開いた者もいた。
「と言っても魔王は先代の勇者が討伐済みです。俺達の仕事は『魔王軍』の残党のアジトを残らず壊滅させるだけした。残党軍のリーダーだった男を討伐する事に成功し城に戻ったのです。そして女神様から『真実』を聞かされました」
そこまで言うとレン様は、いえ残党軍討伐メンバー全員が国王とその側近達を睨みつけた。
「……陛下。陛下が王太子だった時に先代の勇者、『マリカ』様は本当に魔王と相討ちによってしんだのですか?」
この時の国王達は明らかに動揺し顔を真っ青に青ざめた。
「そ、それは本当だ。パーティーメンバーだった私達の目でちょくせつ」
「嘘ですね」
バッサリと切り捨てたのはモーガンだった。
「貴方の伯母であり、私の母である第一王女が先代勇者が城に帰還したのを目撃しています。それを見たのは深夜だった事、城の人間が騒がなかったので見間違いだと思ったそうです。……ですが。改めて調査した所、あの日城の裏門から先代勇者が帰還したと証言する衛兵がいたのです。……そしてそれを証言したら家族の命はないぞと脅したのは若かれし頃の騎士団長、貴方ですね」
指摘された騎士団長はダラダラと滝の様な汗を流し始めた。その様子はモーガンの証言の信憑性を高めるだけだった。
「お、お兄様! 一体、一体何が言いたいのですか!!」
「勇者様が貴方に毒を盛った事と何か関係があるの!?」
重い空気に耐え兼ねた聖騎士様と魔術師様はレン様に詰め寄った。しかし聡い二人は、いやその場にいる全員が国王達が先代勇者に何をしたのか想像できた筈だ。
「……当時の国王陛下達は裏門から帰還した後、人目がない場所でマリカ様に毒入りワインを飲ませて殺した。
……勇者様、いいえ、カイト様。貴方はマリカ様の実の弟ですね」
「グっ! ……ギャハハハハ!!!!」
それは悪魔の嗤いの様で、何処となく泣いている様な笑い声だった。
「へ、陛下! どう言う事ですか!! マリカ御姉様は魔王と相討ちになって死んだとそう言っていたではありませんか?!」
勇者の嗤い声が大広間に響く中、先代勇者を実の姉の様に慕っていた王妃は夫である国王に詰め寄った。そもそも国王は先代勇者であったマリカと婚約関係だった。マリカが相討ちになって死んだから今の王妃と結婚したのだ。
「―――ハハハハっ……! ……こんな事ならお前を直ぐに殺すべきだった」
「で、では本当にお兄様の話はっ……!」
「ああそうだよ。俺がお前の兄貴に毒を盛った事も先代勇者、マリカ姉さんは俺の姉だ!! ……それなら俺の計画も知っているな?」
「ああ。アンタは魅力の力と洗脳の力を使い王族や貴族達、アンタが訪問した場所の人間達をアンタの操り人形にする。そして王族・貴族、ついでに平民の娘、その妻に自分の子供を妊娠させる。
国の上層部が機能を停止している間、武器や力を蓄えた魔王軍の残党兵達が襲う。襲うのはアンタの子供が全員産まれ、洗脳魅力の力を解除した時だろう。
そうして絶望した人間達を殺し、奴隷にする。お前の血を引く子供は奴隷となった人間達の主になる。ああ、マリカ様の当時のパーティーメンバーだった陛下達は殺されません。奴隷達や残党兵達の『サンドバッグ』として不老不死にされますが」
ウィン様の醜悪な計画の内容を聞いて女性達は小さく悲鳴を上げ、男達は奪われない様に、守る様に妻や娘達を抱きしめて隠した。
「で、出鱈目だ!!」
宰相が血相を変えて否定するが直ぐにロナルド様が反論する。
「いいえ出鱈目ではありません。貴方方はマリカ様の遺体を肥溜めに捨てようとしましたが、『それはあんまりだ』と当時のパーティーメンバーであった今は亡きレン殿の父君であった伯爵が引き取り、亡骸は伯爵家の領地にある小さな教会の墓地に埋葬されました」
「……小さい頃から父上はある時期になると一人でその墓地に花を手向け一日中祈っていました。父上はとある女性の肖像画に向かって毎日の様に懺悔する様に頭を下げていました。……改めて例の墓を調べると棺桶はカラでした」
「……そうだ。そこの屑共に殺された姉ちゃんはメガミサマのご厚意によって遺体は元の世界に帰ったよ。姉ちゃんがいなくなった期間は三日。その間俺達はどんなに生きて欲しいと願った事が。…………姉ちゃんの遺体を見た時どんなに絶望したか」
勇者の目はまるで闇の様に深く、吹雪の様に冷たい目だった。
「姉ちゃんが死んでから俺の家庭はめちゃくちゃだ。
母さんは『あの子が死んだのは私のせいだ』と自分を責めた挙句首吊り自殺。父さんは母さんと姉ちゃんの事を忘れる為に仕事にのめり込んたのが原因で三十八歳の時に心筋梗塞で死んだ。
父さんの葬儀が終わって家の中で一人、ずっとずっと考えたよ。
何で父さんが病気で死ななければならないのか。何で母さんが首を吊らなければならなかったのか。何で姉ちゃんが。
頭が良くて運動神経も良くて美人で優しくて皆に好かれて小さい頃虐められた俺をいつも助けてくれた大好きな大好きな自慢の姉ちゃんがどうして全身傷だらけで髪がボサボサ肌がガサガサでしかも毒殺と言う苦しんで死ななければならないかとずっとずっとずっと考えていたよ。
そんな俺に全てを話してくれた神様が目の前に現れたくれた」
「それが『狂乱』の神と『混沌』の神ですね?」
後半の部分を息継ぎ無しで話す勇者にレン様は静かに尋ねた。
狂乱の神と混沌の神は女神様の弟神達の事だ。
その名の通り狂乱を、混沌を愛する弟神は度々人間を唆し現世に混乱を招いた。そんな弟神に頭を痛めた女神様は二度と悪さを仕出かさない様に天界にある神殿の一つに封印したと語り継かれている筈だった。
「あの二人はこの世界には手を出す事が出来ないが、異世界はその制限を受ける事はなかった。だから俺に真実を語ってくれた。
姉ちゃんが異世界に誘拐された事、勇者として魔物とは言え殺しを強制された事そして……」
「……『勇者』と結婚したくなかった陛下達によって謀殺された」
「何だそれも知っていたのかよ」
「? ……何故御姉様が『勇者』だから殺されなければならないの? 『勇者』と結婚できる事は素晴らしい事ではないの?」
「王妃様。この国は王妃様の様に『勇者』の事を好意的に思っている方々が多数を占めていますが、少数派もいます。陛下達はその少数派だった」
そう言うとロナルド様は小さく呪文を唱えると人差し指を陛下達に向かって振り上げた。
すると彼等の背中に醜悪な花の蕾が生えだした。蕾が咲くと毒々しい色の花が、花の真ん中に人の口が付いていた。
「……『真実の花』……」
聖女がポツリと呟く。
『真実の花』と言うのは魔法の一つで、呪文を掛けられた人間の背中に大きな花の蕾が生える。
清い心の持ち主は蕾が咲くと可愛らしい色の花弁、その中心に美しい女性がいるのだが、醜くい心の持ち主には毒々しい色の花びら、中央は人ではなく大きな人の口しかない。
両方共その口から寄生した人間の心の中で思っている事を嘘偽りなく話す魔法だ。全てを語り終わると真実の花が枯れて背中から抜け落ちる仕組みだ。
『だーれがあんな『化け物』を嫁にするんだよ!』
『愛人にしてやろうとちょっとちょっかいを掛けたら顔を殴られてマジムカつく!!』
『そもそも俺よりも強い女なんて死ねば良いんだよ!!』
『あんな化け物の力を持った女を嫁にしたくねぇし、さっさと処分した方が国の為になるだろが!』
『あんな化け物肥溜めに捨てるのか相応しいのにあのカス、遺体を引き取りやがって』
それは聞くに堪えない悍ましい本音だった。
マリカ様の事だけではなく、それぞれの妻の事や下僕――レン様の父親であった伯爵の事だ――に行った数々の虐めの証言。それぞれが最高の地位に就くと浮気や賄賂をし、挙句の果てに手籠めにして妊娠した娘達や都合が悪い人間達を処分していた事も語り出した。
第一王女はショックの余り気絶し(モーガン様が素早く動いてその身体を受け止めた)王妃だけではなく宰相と騎士団長の妻達は夫から離れて行く。宰相達の娘もそれぞれの婚約者や夫に耳を塞がなければ第一王女の二の舞になっていただろう。
特に王妃は顔を青ざめたと思えば段々と顔を真っ赤になり怒りの余り唇を噛み切ってしまった。
衛兵や侍女、他の大臣貴族達も余りの醜悪な言葉の数々に呆然としていたが直ぐに正気に戻り三人から離れて行く。
現勇者が魔王を退治した後、その力を使って近隣の国と戦争し世界征服狙っていた。
美しい女達は自分達の性奴隷、宝石や金塊は自分の懐に収める。それ以外の人間は老人子供関係なく奴隷にし、逆らう者は全員殺す。世界征服した後はマリカ様の様に現勇者を毒殺して処分すれば良い。
魔王退治後の恐ろしい計画は三人しか知らされていないのか、他の大臣達は驚愕の表情を作り三人の顔を凝視した。
ただ、この時私が一番恐ろしかったのは、勇者とレン様達パーティーメンバーだった。
勇者は自分が殺人兵器として利用し、最後に殺されると言うに表情一つ変えなかった事と、レン様達は女神様に全てを聞かされたのか、陛下達を汚物を見るかの如く侮蔑の表情をしていた。
レン様達は本当に心の優しい人達で、貴賤関係なくみすぼらしい恰好していた者ですら笑顔が崩れる事がなかった人達が侮蔑した顔を作っていたのだ。
聖騎士様達も私と同じだったのか驚いた様に彼等の顔を凝視していた。
そして全てを国王達の心の声を全て語り終わった真実の花は急速に枯れて背中から抜け落ちた。
そしてシーンと数秒静かになった。
「……陛下」
静かに怒りを堪えて言ったのはマリカ様を姉の様に慕い、隣国の王女であった王妃だった。王妃の顔はまるで鬼の様に怒り狂っていた。
しかも噛み切った唇から流れた血を流したままで、それが一層王妃が憤怒に身を焼かれている事が見て分かる。
「……貴方は、貴方方は私達の恩人であるマリカ御姉様を、私達を洗脳したとは言え勇者であるカイト様に何て事を……!」
「ま、待ってくれて王妃! わ、私は本当は其方の事が好きで」
「黙れ!!!!」
醜い言い訳をし始める国王に王妃は一喝した。
「御姉様を殺した事を私のせいにするな!! そもそも貴方と御姉様の婚約は身元のない御姉様の安全を守る為であって仮初めの婚約に過ぎません! 『何方か片方が望めばその婚約は破棄される』と先代の国王が貴方に婚約を命令された時にそう話したじゃあない!?」
「えっ……?」
初めて知ったかの様にポカーンと間抜けな顔を晒す三人。
その様子にレン様達は一斉に溜息を吐いた。
「一般兵だった親父が言っていましたよ? 『マリカ様は元の世界に帰還する事強く望んでいた』とね」
「そもそも残党兵が此処まで蔓延っている原因を作ったのは、殆どの戦闘をマリカ様とレン殿の父親であった魔術師様に任せて碌に動かなかったことで、逃げた魔物がいた事が原因だったのに」
「そもそも勇者降臨の術が違う事に気づくべきでしたね……まぁ、そもそも女神様が勇者降臨の術を消したから呼ぶことはあり得ないのですけどね」
レン様達と勇者のパーティーメンバー以外の人間はウィン様の言葉に一瞬理解できなかった。勇者メンバー……特に信仰心の強い聖女様と魔法関係の知識が深い魔術師様以外は。
「そうよ……それが本当だったら……!」
「何て事……全て混沌と狂乱の神の掌の上だったのね……!」
と聖女様は衝撃の余り口を手で押さえ、魔術師様は悔しそうに唇を噛んだ。
「そうさ。アンタ達が大好きなメガミサマは姉ちゃんを殺された事にブチ切れて召喚の術を消したんだよ。本当なら姉ちゃんを呼んだそこの三人は俺が召喚された時の術と違うと気づくべきだったけど、全く気付こうとしなかったな。……まぁ、そこのレンって奴の父親だったら直ぐに気付いただろうな」
マリカ様の時にいた当事者達の殆どは、病気や年齢を理由に隠居したり様々な理由でこの世から旅経ってしまったので、この王宮にいなかった。
マリカ様の仲間だった三人は魔法関係の知識にさっぱりだった為気づかなかったみたいだ、だけど王族やそれに近い人間なら常識の問題だった筈なのだが。
「そもそも混沌と狂乱の神はこの世界に手を出す事は出来ない筈。どうやって偽の勇者召喚の術を?」
「さっき言っただろ? 俺を此処に呼んでくれた神様達は異世界では自由に出来るって。異世界から俺を呼ぶ術を寄こしたんだよ。
俺も流石に成功しないと思ったぜ? メガミサマと神様達の術は全く見た目違うから一度メガミサマのを見ていたら直ぐに中止にすると思ったのに……まぁそんな奴らだから姉ちゃんを簡単に殺せたんだろうな。
俺の野望は化け物と蔑んだ姉ちゃんの血縁であるこの俺が、アンタ等の嫁や娘。貴族の令嬢や奥方。この世界の女達を全員孕ませて子供を産ませる。正気から戻ったこの世界の人間達が絶望に浸っている間に魔王軍の残党に支配される筈なのに……あーあ。こんな事になるなら狂乱の神の提案に乗ってもっと狂えば良かった。そうすれば未婚だけじゃなくて既婚者・婚約者持ちともヤレたし……アンタを毒殺出来たし」
フッと勇者様は寂しそうに笑った。その笑顔は恐らく本当の笑顔だったのだろう。
皆がその笑顔に戸惑っている内に彼は腰に携えていた剣を―――
「駄目だ!!!!」
レン様が彼の腕から剣を奪おうと動いたが、それよりも早くカイト様が己の首を裂いたのが早かった。彼はレン様に笑顔を向けた。
「―――――ごめんな」
その謝罪は誰に向かっての謝罪だったろうか。
後に先代勇者マリカ様を暗殺した元国王・元騎士団長・元宰相は王妃によって捕縛され、民衆の前で処刑された。
内容は書く事すら憚れる程の悍ましく、三人にとっては早く殺して欲しいと願う程の凄惨な刑だった。
本当ならば神殿や心有る民衆達のそんな処刑を実行する事に反対しても可笑しくはなかったが、反対処か『生温い!』と言う意見まで出てきた。
女神様からお越し頂いた『勇者』私利私欲の為に殺した三人を、信心深い神殿の人達が激怒しない訳がない。しかも遺体を粗末扱おうとした事も知り神殿だけではなく国民達――マリカ様を知らない子供達も――は暴動を起こしても可笑しくない程怒り狂った。
それでも革命等が起こらなかったのは神殿や国民以上に怒り狂った人がいた。
それは王妃だ。
王妃はマリカ様を殺した三人をそれはそれは惨い拷問に掛け、死刑の内容も彼女が提案した。余りにも苛烈さと三人の悲惨な姿を見て流石の国民達もドン引きした。『生温い』と批判した者も実際に死刑の内容を見て『流石に可哀想では……?』と同情する意見まで出てきた。
それ程マリカ様を敬愛し、マリカ様を無残に殺した夫達を彼女は許す事は出来なかった。
今回の事件が切っ掛けに他国から批判され、戦争を起こされたりもしたが、その度に王妃が先陣を切って次々と敵を倒していった。元々隣国の姫でなければマリカ様と共に旅に同行出来る程の実力の持ち主だ。例え彼女の故郷の人間さえも彼女は殺し続けた。
彼女が通る場所は全て灰と化するその姿を見て他国は我が国を襲うのを止めた。
国の人間達は『逆賊共のせいで優しい王妃様が壊れてしまった』と嘆いていた。王妃の子供達も国王達を惨たらしく殺した王妃との仲がギクシャクし始めた。
そんな両者の中を取り持ったのは、第一王女の配偶者であるモーガン様だ。
あの騒動が起きて直ぐにモーガン様達はそれぞれの婚約者・恋人と結婚した。と言うのも当時の婚約者がいる王族貴族は事件の後、結婚ラッシュが起きた。直ぐに結婚して子供を作らなければ……と言う考えが広がったからだ。
しかし唯の幼馴染だった聖騎士様と実の妹である魔術師様はレン様と一緒にならず、其々他の男性と結婚した。聖騎士様とレン様は何日も話し合いをしたそうだが、聖騎士様の強い希望でこんな形となった。
モーガン様達は残党軍を倒した英雄なので、洗脳・魅力されて混乱する貴族平民達を落ち着かせる為に色んな所に足を運んで彼等の精神的ケアに尽力した。
幸いな事にカイト様と関係を結んだ娘達は全員妊娠しておらず、彼女達の嫁入り先をモーガン様達が良縁で作ってくれて、娘やその家族に大変感謝された。
レン様は表立って活躍する事はあまりなかったが、裏方として尽力した。
彼は勇者の……カイト様の遺体をマリカ様が眠る墓と隣同士に埋葬した。その後彼等の墓を守り続けた。彼の父親は最後までマリカ様を守り続けた事が女神様に強く感謝され(だから残党軍の討伐メンバーに選ばれたのかもしれない)レン様に何か一つ願い事を叶えてあげると言ったが、彼は『ならばマリカ様とカイト様とその両親が来世で幸せに暮らせる様にして欲しい』と願った。
私は昔、レン様にどうして勇者を憎まないかと聞いた事がある。
彼のせいでレン様は殺されかけたし、妹や幼馴染を含めた沢山の人達から蔑まれ苦しく悲しい思いをした。それなのにどうして恨まないでいるのか?
『う~ん……何でかな~……? そりゃあ妹達に誤解された時は悲しかったし毒を盛られた時は苦しかったけど……時折彼の目がまるで硝子玉の様に何も写さない時があったり、苦しそうな顔を人に隠している姿を見て……どうしても恨む気が湧かないんだよなー』
……モーガン様達はレン様の事を『底抜けのお人好し』と呼ぶのも頷ける。そしてどうして彼の周りに人が途切れないのか分かった気がした。
これがこの国で起きた大騒動の顛末である。
因みに狂乱の神と混沌の神は女神様により力を奪われて再度封印されている。そして我々に『二度と勇者を召喚しない』と宣言した。
その代わり未曽有の危機がこの世界が襲った時に力を貸そうと約束してくれた。ろくでなし共のせいで我々を見放しても可笑しくないのに誠に慈悲深い神である。
どうかこれを読んでいる貴方はあのろくでなし共の様な過ちを犯してはいけない。
幾らこの世界の人間ではないから、凄まじい力を持っているからと言って決して迫害してはいけない。恐れを持つ事は悪くないが、彼等への対応を間違えれば後々にとんでもない代償を支払わされてしまう。
どうかカイト様やマリカ様の様な不幸な人を、レン様の様な悲しい思いをする人が二度と出さないで欲しい。
当時まだ十歳だった第一王子事、この国の現王であるアルヴァーンより。
勇者なのに魅力と洗脳のスキルを持っているのか、私なりのアンサーで書いてみました。
因みに勇者が『メガミサマ』と言っているのは、女神様の事が殺したい位憎んでいるからです。姉が死んだ一番の理由だからです。
レンの父親はマリカが殺されるのを知りませんでした。マリカが殺された時は彼は別の所にいて、全てを知って駆け付けた時は手遅れでした。