229 新郎無しの新婦が二人。
<西宮陽視点>
「じぁあ、みんな!今度は月の歌も聞いてね!」
僕の妹、西宮月がステージで叫ぶ。東京ドームの天幕や垂れ幕に月の顔がドアップで映し出される。
ウォー!ボクっ子。かわいい。
溢れんばかりの声援が会場に広まっていく。
ヤバイ。ポンコツな妹が歌って踊ったらせっかくのイベントが台無しになる。
「陽くん!これってかなりマズいよね」
ボクシングバンタム級世界チャンピオン、八重橋元気先輩の顔が青ざめている。
「元気先輩も月の歌を聞いたことがあるんですか?」
「遊園地デートの前にカラオケデートした・・・、死ぬかと思った。ボクシングの試合で恐怖を感じたことはないけど、あの歌声にはちょっと・・・」
「ですよね。人気猫型ロボット漫画に出てくるガキ大将キャラのリサイタル顔負けですよね」
「それ以上かもしれない!」
「何とか止められませんか?」
「この盛り上がりじゃ無理だろ」
アップテンポな伴奏にのせて妹の月が歌いだす。僕と元気先輩はすかさず耳を塞いだ。
あれっ?あんなにテンポの速い曲なのに音が一つも外れていない!ってかものすごく上手い。僕は思わず国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんを見た。
「私は月ちゃんが歌うなんて知りませんでした。歌の指導もしてませんけど・・・」
僕はまるで狐にでもつままれたかのような気分だ。あの声は正しく月の声。聞き間違うはずもない。
「ボーカロイドです。月ちゃんの声をサンプリングしてコンピューターに歌わせる技術。あんなに長い曲を、息継ぎせずに歌いきることなんて人間にはできません」
瑞菜さんが気付く。ボーカロイド?カフェ『YADOYA』に集う人の中に、何人かボーカロイドの専門家がいたような。それにしても自然な歌声だ。技術の進歩に驚かされる。
「エアボーカルかよ!」
元気先輩が、ギャグアニメのキャラのように大きくのけ反った。エアギターやエアドラムなら聞いたことあるけどエアボーカル?
全てコンピューターグラフィックで作った3Dアイドルならともかく、リアルのボーカルが口パクなんて斬新だけど・・・こんなんで良いのだろうか。
「じぁあ。あのキレッキレのロボットダンスは!」
スポーツは得意だけど、こと、音楽に限ってリズム感のまるでない妹の月にそんな芸当はできっこない。
「人間3Dプロジェクションマッピングみたいです」
最新テクノロジーを無駄に駆使して、ポンコツな妹をアイドルに仕立て上げるなんてアイデアを思いつくのは一人しかいない。
宮本京社長!あなたって人は何者なんですか?
盛り上がる会場!口をつぐむ僕と元気先輩。
これって立派な詐欺ですよね。
僕達の気持ちも知らずに妹の月はステージで弾けまくっている。マジかよ。
ようやく、恐怖の時間も過ぎ去り、一曲歌い終えた妹の月が、ステージの上で観衆を見回す。
「みんな!もう気付いていると思うけど月は歌もダンスも、全然できないんだよ。
才能のない普通の女の子でも、ステージに立って歌って踊れるなんて素敵だと思わない。
みんな!アイドルになれるんだ。新しい時代、新しい世界の始まり。
それじぁあ、月をアイドルにしてくれた人たちを紹介するね」
月の掛け声とともに技術者たちが登場した。割れんばかりの拍手が彼らを包み込む。
「やっぱり『YADOYA』に集う人たちです。企業に属さず、コツコツと自分の才能を信じてモノづくりしている仲間たちです」
驚いたけど彼らならやってのけるだろう。それを支える下町の技術も僕はたくさん知っている。
彼らはスマートフォンを取り出して、ちゃっかりとアプリの宣伝を始めた。元気先輩が感心しまくっている。
「ビックリだな。スマートフォンに写真を撮って、ちょこっと歌うだけで、自分のデータを使ったアイドル動画ができるらしい。
国民全員がアイドルになれる時代なんだな。動画配信サイトが益々盛り上がる。
何より、月ちゃんと心置きなくカラオケに行けるよ」
「カラオケが苦手な人には朗報ですね。でも、元気先輩!それでいいんですか?」
「陽くんは意外と堅物だな。あきらめていた個人の可能性やチャンスが広がるのは良いコトだと思うな。それに、時代は止まらない。だったら、とことん楽しまなきゃ」
「そうですね。古い感性に縛られていたら取り残されちゃいます。私も新しいことを始めなきゃですね」
瑞菜さんまで・・・。でも、確かにそうかもしれない。アニメキャラだって人が作ったものだ。実在する人じゃなくても、そのキャラクターに感情移入して人は喜怒哀楽を感じている。
ボーカルが人間じゃなくても、歌い手の魂は残る。あれは間違いなく月の声だった。バーチャルがリアルと混在する世界。何だか楽しみになってきた。
「次は森崎弥生さんの会社『Be Mine』の春夏コレクションのファッションショーの始まりですね」
海中から透明なランウェイが、水面ぎりぎりまでせり上がってくる。色とりどりの個性的なアニメキャラの衣装に身をまとったファッションモデルたちが、水の上を歩くように次々と出てくる。
どの衣装も手の込んだ芸術品だ。素材も、布や革と言った従来のもだけじゃない。近未来的なプラスチックや金属、木や葉っぱなど様々だ。
それなのに、普通に街を歩いていても違和感を感じない絶妙なデザイン。こんな衣装は見たことない。
日本のアニメや漫画の世界を、日本のサブカルチャーから世界に向けた本格的な文化へと押し上げていく力を感じる。弥生さんらしい才能の開花だ。
東京ドームに集まった女子の黄色い声が、巨大な会場を埋め尽くす。マスコミたちはせわしなくシャッターを切り続けた。
衣装だけじゃない。バッグや靴、腕時計やアクセサリーに至るまで身に着けているものは完全なオリジナル。弥生さんワールドは確実に拡大している。
オマケにショーの後、特別販売ブースを用意するらしい。何からなにまで、商売に結び付ける宮本社長!その徹底ぶりは守銭奴と罵る前に感動すら覚える。
飛び跳ねる噴水がファッションモデルたちを出迎える。光の渦、はじける音楽。水面に映し出される映像。
幻想的な光景が観客を魅了する。息を吸うのも瞬きするのも忘れてしまいそうだ。
会場を埋め尽くす人々は総立ちになり、鳴りやまない拍手の中で春夏コレクションは終わりを迎えた。感動の余韻に酔いしれる人々。最高のエンターテインメントだ。
水中から人魚が飛び跳ねる。ステージの上で純白のウエディングドレスに早変わり。もう、どんな技術が用いられているのかさっぱり分からない。
金色に輝く髪、濃くはっきりとしたサファイアブルーの瞳が会場の人々を釘付けにする。『Be Mine』の社長。そして僕の幼なじみ弥生さんの登場だ。
「弥生さんです」
「はい、弥生さんですね」
僕も瑞菜さんも、これ以上の言葉が出てこない。誰も見たことがない可憐な少女に誰もが息を飲む。宝石の様なサファイアブルーの瞳に魔法をかけられる。
これがちょっと前までチョー堅物真面目女子、赤フチメガネがトレードマークの生徒会風紀委員長だったなんて言っても誰一人として信じないだろう。
空からはペガサスに乗った宮本社長、いや、羽佐間恵果さんが颯爽と舞い降りる。長い黒髪が風になびく。
大人の色香をまとった純白のウエディングドレス。暴力的なまでに危険な香りをまき散らしている。宝塚のスターですら霞んでしまう。会場に集まった女子たちからため息が漏れ聞こえてくる。
全く年齢を感じさせない。ってか宮本社長は男なんですけど。『カマレズ』なんて事が知れたら暴動が起きそうだ。恐ろしすぎる。考えないようにしよう。
愛らしい魔女っ娘と、対照的な妖艶にオーラをまとった美魔女。二人の花嫁に会場がどよめく。しかし、いつまで待っても新郎は現れない。気配もない。
海中から氷のチャペルがせり出してくる。真っ白なスモークが足元を覆う中、二人は見つめ合う。
妹の月が登場して、弥生さんのドレスの裾を持つ。羽佐間恵果のドレスの裾を持つのは銀髪の美少女、ヘレン・M・リトル。ヘレンちゃんも、やっぱり登場するんだ。だよな。
二人の花嫁は手を取り合ってバージンロードを進む。
司会者は国民的無敵美少女Ⅱ矢内真子こと矢内真司くん。
彼女?が結婚するのがこの二人だと告げる。会場はどよめきに包まれたのだった。
そりゃあまあ、そうだよね。女の子同士の結婚にしか見えないもんな。アブノーマルな世界だ。
二人のプロフィールが大きく映し出された。ゴクリと唾を飲みこむ観客たち。
森崎弥生
年齢:16歳
性別:女性
職業:株式会社 Be Mine 代表取締役社長
エグゼクティブコスプレデザイナー
宮本京
年齢:32歳
性別:ニューハーフ&レズビアン
職業:芸能事務所 代表取締役社長
マスクライダーのヒロイン、羽佐間恵果
ここで、カミングアウトするんですね。宮本社長!本日、一番のサプライズ。
ニューハーフ&レズビアン!
ややこしすぎる新たな性別が人類史に刻まれた。
二人が歩む先、チャペルで待っているのは・・・。
嘘だろ!
神父さんは昼行燈で名高い鈴木総理じゃんか。
ハチャメチャなキャスト。新郎無しの新婦が二人。しかも、一人はニューハーフ&レズビアン!年齢差はダブルスコア。
余りのインパクトに声を上げる者は一人もいない。荘厳な雰囲気と共に式は進んでいく。
スポットライトの下で新婦二人が、唇を重ねて永遠の愛を誓った。
手もとに置かれた、本物の婚姻届けがアップで映し出される。弥生ちゃんと宮本社長が揃ってサインを終えた。
性別すら超越した新世代カップルの誕生。
国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』のデビュー、普通の女の子をアイドルにするアプリの紹介、『Be Mine』の春夏コレクションの発表、そして弥生さんと宮本社長の結婚式。
四つのイベントは、それぞれに日本の古い価値観をぶっ壊し、新たな歴史の一ページを創り出す。
新たな日本の夜明けが、今、正に始まろうとしている。
めでたし、めでたし。
おしまい!
って、まだ終わってませんから。もちっと続きます。




