225 助けてくれてありがとうなのだ
<ヘレン・M・リトル視点>
「帰ったぞよ!」
「・・・」
「だれもおらんのか」
何じゃいもう。矢内真司のやつ、召使いのくせして、主をほったらかして何処へ行ったのじゃ!学校に迎えのリムジンだけ寄こして本人は雲隠れじゃと。あんな奴は首じゃ!
どうせろくに掃除もしちょらんのだろう。例えば、このテレビの後ろとか。ぬっ!塵一つない。んじゃあ、この食器棚の上とかはどじゃ。ぐっ!ここからでは見えんのう。
「矢内真司!椅子を持ってこい」
って、おらんか。あ奴がおらんと誠に不便じゃのー。自分で運ぶか。よいしょっと。んで登って、指先でツツ―ッと。ほれ見ろ、埃がたんまり溜まって・・・、無いか。ぐぞー、矢内真司め。綺麗好きも程があるのじゃ。
「こうなったら、最後の手段じゃ」
制服のスカートをつまんでバフバフするのじゃ。こうすれば埃が舞いあがって奴をとっちめられるのじゃ。
「ぐーはははは。わらわは賢いのう。ほれ、ほれ、ほれー」
バタン。
「ん?」
リビングの扉が開く音?
「姫様、ただ今戻りました!」
「えっ!」
「ひっ、姫様!何をなさって・・・。下着もおへそも丸見えでございます」
リビングの入り口からわらわを見上げている矢内真司。タマゴの様なつるりとした顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「んぐ・・・。見たな!召使いのくせしょってよくも・・・」
「下着ならいつもお洗濯をさせてもらっておりますが」
「殺す!嫁入り前のレディを前にして・・・。うわっ!」
椅子の上で慌てるわらわ、バランスを崩して中を舞う。
「姫様!」
スライディングキャッチ。すかさず飛び込む矢内真司!
どっちーん。
「うげ!」
わらわを抱き止めて仰向けに床に転ぶ矢内真司。その上に覆いかぶさるわらわ!止まる時間。固まる二人。
「不思議の国のヘレンちゃん!いないの?カップ麺持って来たぞ・・・」
「えっ!」
リビングのドアの前に立つ西宮月の姿。何ゆえお主はスマホを手にしている。
カシャ!
「ドアが開いていたもので・・・。カップ麺、置いとくね。月、帰るね」
バタン。
音を立てて勢いよく閉じられたドア。
「ぐへへへ。見てしまったのだ!決定的瞬間の撮影成功なのじゃー。弥生ちゃんに報告なのね」
廊下から玄関に向かって駆け抜けて行く悪魔の声。
「どかんか。矢内真司!」
「乗っかっているのは姫様ですので」
「うぐっ。口答えをするでない。お主、顔が真っ赤ではないか」
「姫様もです」
ほえっ!そう言えば顔が火照っている。秋ももう終わりじゃと言うのに。どうしたことじゃ。
まじかで見ると女の子みたいに綺麗な顔をしておるわい。国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』などと騒がれている内に色気がついたような・・・。
「バカ者。急に出てきて脅かすからじゃ!」
「何をなさっておられたのですか?」
「お立ち台の練習じゃ」
「お立ち台?」
「『Be Mine』の件やら『フォーシーズンリゾート』の件など、しばらく日本で暮らすことになりそうじゃ。私立修学館中学校の生徒会長に立候補しようと思っての」
「もう直ぐ三年生の二学期も終わりではありませんか。今更、生徒会長に立候補も無いかと」
「うるさい!」
「ところで、いつまで覆いかぶさっておられるのですか?お話をする距離では無い様な・・・。夕食の支度もありますし」
「ダメか?」
「私めの心臓が爆発しそうです」
「わらわとて同じじゃ」
「・・・」
「・・・」
カチカチと時計の針が進む音だけが、リビングにこだまする。
「月様に誤解を与えてしまいました。写真まで撮られてしまって。このヤナイ、姫様にどのようにお詫びして良いものか」
「撮られたものは仕方ないのー」
「よろしいのですか?姫様」
プルルルル。プルルルル。プルルルル。
「ダン・B・リトル様からのテレビ電話のコールが鳴っております」
「くっ!お父上め、今、良いところなのに」
「良いところとは?」
「気のきかん奴じゃ」
「はっ、すぐに電話に出ます」
寂しい思いをさせられた上に、良いムードになったらこれだ。わらわを狙っておるなら、このチャンスを生かすのが男じゃろ。抱きしめて強引にでも、チュっとしてくれれば恋のチャンスもあったろうに。
これじゃから、何時まで経っても、召使いのままなのじゃ。乙女心をまるで理解しとらん。こ奴にときめくとは思わなんだが、ときめいてしもうたものは仕方ない。
「助けてくれてありがとうなのだ」
「えっ」
「そんなにわらわに感謝されるのが嫌か。もういいぞよ。テレビ会議の準備じゃ。召使い!」
「『召使い』ではなく『執事』にございます。姫様」




