222 今日の出来事は一生忘れません。
<佐々木瑞菜視点>
結局、後から届いた分も含めて、一晩、サイン書きに追われて過ごすことになってしまいました。リビングの中は色紙で一杯です。足を踏み入れる隙間もありません。こんなにサインを書いたのは初めてです。
西宮陽くんは夜食を作ったり、私の手をマッサージしてくれたりとこまめにサポートしてくれました。陽くんのお父さんとお母さんも、ノートに書き記されたリストとにらめっこしながらコメントを考えてくれました。
「これが最後です」
陽くんが金色に輝く色紙を取り上げました。
「しかし、贅沢な色紙ですね。これ!本物の金ですかね?」
私はそれを受け取って、最後のサインの準備をします。
「父さん。コメントは何を入れますか?」
「左上に、『西宮新、西宮沙希夫妻へ』と!私らを励ますコメントを一つ」
ご夫婦はお互いに顔を見合わせて頷いている。一人、小さくなる陽くん。
「父さんと母さんの分じゃないですか・・・。最後まで瑞菜さんを困らせるなんて。ごめんなさい。瑞菜さん。こんな父と母で」
大変です。一番緊張するものが残っていました。どうしましょう。ご両親を励ますコメントとか言われても・・・。
「分かりました。陽くんには見せないと約束してくれるのでしたら」
「おっ!国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜と私達だけの秘密か。それはいい。陽には絶対に見せない。死んでもな。墓場までもっていくぞ」
満足そうに頷くお父さんとお母さん。慌てる陽くん。
「瑞菜さん!僕だけ、のけものですか」
陽くんをリビングから廊下に追い出して私はコメントを書きました。ちょっと恥ずかしい。色紙を渡して陽くんのご両親に深々と頭を下げました。
『私、佐々木瑞菜は西宮陽くんを、生涯愛し続けることを誓います。西宮家の家族としてお迎えください。よろしくお願いします』
二人は顔を見合わせます。陽くんのお母さんは目に涙を浮かべています。
「お父さん。やりたいことしかできない頑固者だけど、瑞菜さんなら任せられるわね」
「ああ。陽にはもったいないくらいしっかりしたお嬢さんだ。元気が出るコメントをもらった。こちらこそよろしくお願いします」
私は陽くんのご両親にお許しをいただきました。ありがとうございます。感謝の気持ちと感動で目が霞んで見えます。今日の出来事は一生忘れません。
ピーン、ポーン。
玄関の呼び鈴が鳴りました。
「おはようございます。陽くん。月ちゃん!いるかい」
「元気先輩!帰ってきたのですね」
廊下から陽くんの声が聞こえてきます。
「おっ。この声はもしかして」
「はい。月ちゃんの彼氏、ボクシングバンタム級、世界チャンピオン八重橋元気先輩がタイトル防衛戦を終えて、日本に帰国したみたいです」
「沙希、大変だ。色紙を用意しろ」
「あなた。ほんとですわね。直ぐに宅配してもらいます」
陽くんのお母さん、西宮沙希さんがスマートフォンを取り出して近所の文具店に電話を入れました。
「はい。以前お世話になってました西宮です。色紙を百枚ほど持ってきてください」
たった、今、書き終えたばかりなのに・・・。
ピーン、ポーン。
「うわっ!元気だ。帰ってきたんだ。月、会いたがったよー」
陽くんの妹、西宮月ちゃんの声だ。
「あれっ。月に弥生さんまで。今日も『Be Mine』の春夏のファッションショーの準備じゃなかったんですか」
陽くんの声。どうやら月が森崎弥生さんを連れて来たみたいです。
「なっ、なんと。『Be Mine』の社長、アニメファッション、コスプレデザインの神様、森崎弥生ちゃんか」
「さっ、沙希、大変だ。色紙を追加だ」
陽くんのお母さんは慣れた手つきでスマートフォンを操作した。
「はい。先ほどお電話した西宮です。色紙を更に百枚ほど追加で。えっ、在庫が無い!そんな。何とかできませんか。はい。問屋を当たってみる。・・・。何とかなるんですね。良かった。お父さん。手配できましたよ」
こうして西宮家のリビングは、挨拶もそこそこに、更なる色紙で埋まることになりそうです。そう言えば、私と陽くんが豪華客船『オーシャン パラダイス号』から帰って来た時、この部屋は月ちゃんの『金松堂のいちご大福』で埋め尽くされていました。ふふっ。血は争えないんですね。
「はい、父さん。これが最後です」
陽くんが終わりを宣言した時はお昼を回っていました。ご苦労様です。
「いやはやなんとも、すごいお宝の山だ。なあ、沙希!」
「お父さん。フランスに持ち帰るお土産がこんなに・・・。世界的無敵美少女『幸運の女神』の力ですわ。これで心置きなくフランスに戻れますね」
リビングに山と積まれた色紙の数々を眺めて満足そうな西宮夫妻。
「えっ!父さん。まさか帰ってきてすぐにフランスに戻っちゃうんですか」
「すまん。時間が無いんだ。沙希!帰り支度をしろ。陽、悪いが残った色紙を全部フランスまで送ってくれ」
慌てふためいて荷物をまとめるご両親。荷物は全て色紙です。嵐のように現れて、嵐のように去っていきます。全員で玄関まで見送りに出ます。
ピーン、ポーン。
玄関ドアを開けると宮本京社長が女装姿で立っています。
「はっ、羽佐間恵果!今、再放送でフランスでも密かなブームになりつつある日本の特撮ヒーロー、マスクライダーのヒロインがどうして西宮家の玄関に・・・。10年以上前の作品なのに年を取っていないぞ」
後ろから鈴木総理がひょっこりと顔を出しました。
「すっ、すっ、すっ、鈴木総理?」
驚きのあまり腰を抜かして、座り込んでしまうお父さん。
「あっ。もしもし。西宮です。色紙をもう二百枚手配してくださる!」
スマートフォンを取り出して、馴染みの文具店に追加注文する陽くんのお母さん。元気いっぱいなのです。




