218 人生最大のチャンスとピンチが同時に訪れた。
<矢内真司視点>
午後になって、ようやく国民的無敵美少女Ⅱ『プリンセス真子』役を解かれた俺、矢内真司。煌びやかな表舞台での慣れない仕事と女性スタッフに取り囲まれたため、かなり、消耗している。天性の仕事だと、おだてられたけど本当だろうか?騙されないぞ!
イギリスの投資家、ダン・B・リトル氏の東京別邸の執事室に戻って、着替えの真っ最中!等身大の鏡に映し出される自分の女装姿を見つめる度に不思議な気分になる。矢内真子、この子は本当に俺なのだろうか。偽パイのせいもあって、変な気分になってくる。
「くっ!知るか。姫様の命令は、俺の全てだ」
言葉に出して雑念を振り払う。ようやく本業である『執事』界のプリンスに戻れる。俺は姿見に気を取られないように気をつけ、急いで化粧を落として『執事』の衣装をまとった。やはり、この姿が俺様本来の姿なのだ。
姫様が学校から戻るまで時間がある。メイドを住まわせる場所がないから掃除、洗濯、台所仕事まで全て、俺様の支配下にある。てか、俺がやるんだけど。
部屋の掃除を始める。うお!床に姫様の金髪が!洗濯を始める。おふ!姫様に丸一日密着していたあれが・・・。無防備すぎる・・・。俺は欲望に負けないように、心を保つのに精一杯だ。断じて変態なんかじゃない。
よくよく考えれば、この家は姫様と俺の二人っきり!これって・・・。同棲と同じじゃないか!世界で唯一の憧れの天使。ヘレン・M・リトルお嬢様と二人っきり。今頃、気づくなんて。どうしよう。間違いを犯してしまうかもしれない。
気付いてしまうと、どうしても意識してしまう。これはマズイ。姫様は、俺を信頼してお側に置いてくれている。その思いを裏切るわけにはいかない。俺だって男だ!だけど・・・。その男の部分が・・・?女なら・・・!
そうだ!俺様は矢内真子。どってことない。『Be Mine』の社長、森崎弥生さんがサイズ合わせだと持ってきたメイド服に着替えよう。心の切り替えに制服の力は絶大だ。俺は急いで女の子に戻った。
うん。ルンルン気分で家事仕事!なんだかスカートにも慣れてきた。デビューに向かって特訓している持ち歌を口ずさむ。最高ー。ふふっ。俺、かわいいよね!姫様、早く帰ってこないかなー。えへへ。
プルルルル。プルルルル。プルルルル。
ロンドンからテレビ電話のコールが鳴った。俺はいつものようにスイッチを入れてしまった。
『失礼だが、キミはどなたかな?新しいメイドを雇ったのか。『執事』のヤナイを呼んでくれないか』
ヤバイ!主のダン・B・リトル様ご本人。英国紳士の気品を感じさせるダンディさ、かっこいい!どうする。このままでは確実に変態の烙印をおされてしまう。最悪だ!『執事』の仕事だって首になってしまうかもだ。
「やっ。まて!キミ、顔をよく見せてくれないか」
フリーズしたまま動けない。バレる。完全にバレる。背中を冷たい汗が伝う。心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動している。呼吸ができない。顔が火照る。
「キミ、美人さんだな。正に東洋の神秘。ヘレンらしい。良いメイドを雇ったものだ。驚かせて済まない。私は、ヘレン・M・リトルの父、ダン・B・リトルと申す。キミ、名前はなんと言う」
きっ、気づいていない!ため息が洩れそうなのを、ぐっとこらえる。名前?どうする。えーい!このままメイドを演じ切るしかない。幸いにして国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜さんから受けている演技指導は完璧にマスターしている。
「真子と申します。ご主人様のお父上であられましたか」
矢内真子となった俺は、両方の口角を引き上げて、満面の笑みをたたえる。ニッ!
「うむ。日本にまいった際はよろしく頼む。そうだ、日本に行ったら私と一度デートをせんか。ジジイは嫌いか?」
「えっ!!」
よし、バレていない。てか、俺の憧れのダン・B・リトル様・・・!イメージが崩れていく。そんなバカな?ロリコン?ダン様が!変態じゃんかよー。
「お気遣いをありがとうございます。でも、私、ヘレン様の家事がございますので・・・」
「気にせんでもいい。代わりならいくらでも本国から連れてまいる。私はキミが気に入ったのだ。一目惚れと言うやつだな」
なんてことだ。このまま会話を続けると確実に深みにはまる。
「あっ。ヤナイ様がお帰りになられました。ヤナイ様!ご主人様のお父上様からテレビ電話がつながっております」
自分の名を呼びながら廊下に駆けだす。俺は日本の年末テレビ特番恒例、速着替えにチャレンジする羽目になった。急いで『執事』制服に着替えを済ましてテレビ電話の前へと戻る。
「お待たせしまして、申し訳ございません。ダン様」
「どうした!息が切れておるぞ」
「なっ、なんでもありません。ダン様より直々のお電話、なにか急用でもありましたか」
「実はな。投資家仲間と西宮陽くんの『フォーシーズンリゾート』事業の話を検討した。みな、大いに関心を持ってくれてのう。日本政府を動かして、実現に向けた動きを取ることになった。
ついては陽くんを迎えに行って、これからすぐに私の代理として日本のトップ、内閣総理大臣に会ってきてほしい。日本有数の財界人も多数同席する。打ち合わせの根回しは既に取ってある。
いいな、日本企業が勝手に動き出す前に主導権を握るのじゃぞ」
内閣総理大臣!いきなり、国のトップから攻めるのか。日本有数の財界人も多数同席するなんて、とてつもない話だ。数千億円規模の事業、いや、下手をすれば数兆円の大事業。国家プロジェクト並みだ。
裏世界の支配者としての血が熱くたぎるじゃないか。西宮陽!あんなヘタレ、認めたくはなかったが、こうなったら意地でも成功させてやる。
「かしこまりました。私めにお任せください」
「少々、心もとないが、ことは急を有する。私が行くまでの間だ。くれぐれも、内密に進めるのじゃぞ」
キター!遂にこの時が。この矢内真司、一世一代の晴れ舞台。俺は『執事』界のプリンスとして裏世界の支配者となるのだ。
「ところで、先ほどの麗しいメイドはどこに行ったのじゃ?」
「はい?」
「あれは良い。東洋の神秘じゃ!『オーシャン パラダイス号』で出会った、佐々木瑞菜に匹敵する。美の女神だ。来週早々に日本へ飛ぶ。ぜひ一度、真子さんと二人っきりで会食でもしたいものだ」
「えっ?」
「男のロマンだ!わかるな、ヤナイ。手配しろ。妻のアンナには内緒だぞ」
おっ、男のロマン?困る。なんてことだ!人生最大のチャンスとピンチが同時に訪れた。




