215 涙が止まっていないのに!笑わせないでください。
<佐々木瑞菜視点>
「瑞菜さん!」
西宮陽くんが思いつめたような顔をしています。月ちゃんが森崎弥生さんの家に遊びに行っているので二人っきりです。
「はい」
私は短く答えて、陽くんが話し出すのを待ちます。
「藤原克哉に会いに行こうと思うんです」
陽くんは私の目を見ずにぼそりと言いました。藤原克哉さんは陽くんの実の父親です。『KFホールディングス 代表取締役 社長』をしていて、青年実業家として政財界でそれなりに名の知れた人物です。
国民的無敵美少女アイドルである私、佐々木瑞菜は、藤原克哉さんが束ねるグループ企業全体のイメージキャラクターとして広告塔をしています。宮本京社長の事務所にとっては一番の上顧客です。
陽くんは、その事を知っていながら藤原社長を自分とは関係ないものとして扱ってきました。藤原社長も私が西宮陽くんとつき合っていることが大々的にバレたときもなにも言いませんでした。二人の距離は縮むことも離れることもなく、他人としての時を刻んでいます。
私はどんなことが起ころうと陽くんの味方です。陽くんの為なら国民的無敵美少女アイドルなんて直ぐにでも辞められる覚悟ができています。私にとって西宮陽くんは命より大切な人なのです。
「そうですか」
「瑞菜さんに迷惑をかけるようなことはしません」
陽くんは真剣な眼差しで私を見つめます。
「いいですよ。陽くんの迷惑なら望むところです」
私も真剣に覚悟を伝えます。
「僕が、今、『YADOYA』に集った仲間とやろうとしていることは、身の丈を遥かに超えたことだと思っています」
「はい」
「ついこの間まで、僕は藤原克哉という男を恨んでいたし、恐れてもいました。今でも会社の為に全てを捨てるなんて馬鹿げていると思っています。あんな男には絶対なりたくないとも思います。でも、最近、良くも悪くも、僕の中に彼の血が流れているのを意識せずにはいられないのです」
「・・・」
「瑞菜さんは覚えていますか。藤原克哉から僕と同じ匂いがしたって言ったことがありますよね」
「はい。『太陽の匂い」がしました」
「僕は、ずっとその言葉の意味を考え続けていました。今、僕は未熟でも一人で十分生きていけるだけの力が備わったと思ています。彼がどんな提案を持ちかけてきたとしても、西宮家の西宮陽としていつづける自信ができました。それでも僕は自分自身から逃げてただけでした」
「陽くんは、陽くんです。私の大好きな陽くんは、他の誰でもありません」
「ありがとうございます。瑞菜さんは無敵ですね」
「はい。こう見えても、国民的無敵美少女ですよ」
「そうでしたね。瑞菜さんがいれば僕も無敵ですね。急ですいません。藤原社長と連絡が取れませんか」
「わかりました」
私は藤原社長に連絡をとり、三人で渋谷のシティホテルのロビーで会う約束をしました。藤原社長はとてもいい人です。間違いをおかして陽くんが生まれることになったのは、不幸な出来事かもしれません。でも、私は二人にずっと仲良くなって欲しいと願っていました。
「じゃあ行きましょうか」
陽くんは真っすぐに前を向いています。私も陽くんと並んで前を向いて歩みます。勇気があれば、間違いや誤解はいつだって修正できるのです。遅いと言うことはありません。
藤原社長は一人、ホテルのロビーに立っていました。私たちを認めると、ちょっと照れたような表情を浮かべます。そして陽くんに向かって一言告げました。
「ずいぶんと大きくなったな」
「はい。父と母に大切に育ててもらいました」
「そうか。西宮夫妻は元気か?」
「ええ。フランスに行ったきり中々連絡もくれませんが。元気にしています」
藤原社長は私の方に向き直ります。
「瑞菜さん。ありがとう。彼に会う機会をつくってくれて」
「陽くんが望んだことです」
「そうか。西宮陽くん。会いに来てくれてありがとう」
藤原社長は『西宮』姓を付けて陽くんを呼びました。陽くんもそれに気づいたようです。
「謝って済むことではないが、大人としてのけじめをつけさせてくれ」
「・・・」
「言い訳はしない。キミとキミの実の母を捨てたのは事実だ。すまなかった」
藤原社長は陽くんに向かって深々と頭を下げました。何事かと周りの人たちがチラチラとこちらを見ています。
「頭を上げてください。僕を産んでくれた僕の本当の母、佐伯日奈の墓参りを欠かさないとを、ここに来る途中で瑞菜さんから聞きました。それだけで十分です」
そう言って、陽くんは下を向きました。陽くんの瞳から一粒の涙が零れ落ちました。涙は強く握りしめた彼の拳を濡らします。陽くん・・・。でも直ぐに顔を上げます。
「藤原社長にお礼を言わなければならないことがあります」
「・・・」
「もう、ご存知とは思いますが、僕は佐々木瑞菜さんとつき合っています。二十歳になったら結婚するつもりです」
陽くん!うれしい。ちゃんと報告してくれている。ありがとうございます。今度は私の方が涙が零れそうです。
「そうか。おめでとう」
藤原社長は曇りのない笑顔で答えてくれました。
「宮本社長から聞きました。恋人宣言したアイドルを、今風だからと言い切って、グループ会社を説得してくれたそうですね。ありがとうございました」
陽くんは藤原社長に深々と頭を下げた。陽くん!私の為に藤原社長に会ってくれたのですか?もう、涙を堪えることができません。
「それは違う。国民的無敵美少女アイドル、佐々木瑞菜に魅せられただけだ。事実、彼女を起用してからと言うもの、我社の企業イメージは上がり続けている。彼女の実力に感謝しているのは私の方だ。どうやら、僕もキミも無敵美少女に仕える運命の様だな」
「そうみたいです。変な血を受け継いだようです」
「変な血か!」
藤原社長が驚きの表情を浮かべる。
「無敵美少女に仕える変な血です」
陽くんは私の顔を見て意地悪そうにほほ笑む。二人は顔を見合わせてから、小さく声を出して笑い始めました。
「そんな。仕えるだなんて・・・」
涙が止まっていないのに!笑わせないでください。




